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神様のワンルーム

作者: 逢坂一傘
掲載日:2016/03/16

「神様、来ましたよ一人目のお客さんです」


 お客さんをおぶってドアノブを捻ると、神様はいつものようにワンルームの小さなお家で、コーヒーの用意をしていました。

 神様のこだわりのインスタントコーヒー。インスタントが一番庶民的な味がして好きなんだそうです。


「まだ寝ておるか。ソファーに運んでやってくれ」


 神様の指示通り、お客さんを移動させます。いくら天使と言えど私みたいな小柄な女の子一人で男の人を運ぶのは大変なんですよ?


「お茶菓子はルマンドでいいかな?」

「いいと思います」


 神様はお菓子をお皿にあけます。このお菓子、私は好物なのです。隙があればいいだこうと企んでいるところです。


「お客さん用じゃ。食べ過ぎるなよ」


 流石は神様。お見通しのようです。でも食べ過ぎなければいいんですよね。食べ過ぎなければ。


「まだ起きんか」

「そりゃあ、あんな大っきい事故ですもん。意識がこっちに移動するまでにも時間はかかりますよ」


 神様も私も、これから大忙しです。何て言ったってあんなに沢山の人が一度に亡くなられたのですから……。


「何人が転生すると思う?」

「さあ。できればみんな、すぐ転生していいってくらい、悔いのない方々だといいんですが……」


 そんな訳がない。私だって何千何百それよりもっと多いかもという人達を見てきました。悔いの全くない人なんて本当に一握りの限られた人だけ……。


 このワンルームは神様と亡くなった方の面談室。

 死んでしまった人達は転生するか、魂だけとなって現世にとどまるかを選びます。

 大抵の人は後者を選び、現世で自分の死後の世界を見届けようとします。

 でも、その中にはそれで満足出来ない人も沢山いるんですよね。自分から何かをすることはできませんから、見ているだけでは結局もどかしくなってしまうのでしょう。

 そうすると、皆さん諦めたような顔でまた戻ってくるんです。

 私はその顔が苦手です。胸が痛くなってしまうから。


 この人はどうなんでしょう?

 ソファーで眠る男性の顔は安らかに見えます。彼の死因は飛行機事故。

 幸か不幸か、死について向き合う時間は十分にあったようです。


 それがちょっと酷なところ。家族や友人に別れを告げる時間が残されているのです。

 別れを告げる時、彼はどのような気持ちだったのでしょうか。そして突然別れを告げられた方々は……。

 ああ、また胸が痛くなります。


 でも私に悲しんでいる時間はありません。私達の仕事はあくまでお客さんを笑顔で迎え入れること。

 いままでお疲れ様と、労うような気持ちでないと駄目なのです。


 お客さんがおもむろに目を開けました。

 即ち、彼は完全に死者となってしまった訳です。

 切なさと安堵が込み上げます。それは同時に、彼が死を受け止めてくれたということでもあるからです。

 中には死を受け止められず、こちらに来ることなくその場にとどまってしまう方もいますから……。


「ようこそ天国へ」


 神様が言いました。私も続きます。

 ようこそ。天国へ。


「神様……?」


 お客さんは戸惑いながらも状況を把握してくれつつあるようです。神様が立派な長いお髭を蓄えて、まさに神様! と言った顔をしているお陰で、割とすんなり受け入れてくれる方も多いんですよね。


「まあ、とりあえずコーヒーでも飲みなさい。今までよく頑張ったな」


 神様はいつもこうやって労いの言葉をかけます。これは同時に、人生が終わりを迎えたことを、はっきりと伝える意図もあると神様は言います。

 お客さんが少しはにかんだように笑って「ありがとうございます」とお礼を言いました。

 落ち着いています。私はこうは冷静になれませんでした。やはりそこは、お客さんが大人だからなのでしょうか。


「死んだ自覚はあるかね?」

「正直ありません。こう丁寧に出迎えていただけると……夢だったのではないかと思えてしまいます」

「残念ながら夢ではないのじゃ。無念だがな」

「ですね……むしろ今こそ夢を見ているのかもしれません」


 夢——。確かに、夢と言ってもいいかもしれません。記憶や環境が作り出すパラレルワールドである夢とは少し質は異なりますが、肉体から乖離して訪れる世界という点では一致します。

 そして味や匂いを感じられるところもまた一緒。だから、コーヒーに味があることにそんな不思議そうな顔をしなくてもいいのですよ。


「コーヒーに味がついておる!」


 人の心を読まないで下さい神様。あとそういうジョークを飛ばすのはやめてください。お客さん、きょとんとしているじゃないですか。


「ちょっとした冗談じゃ天使よ。和むじゃろ?」

「ああ、そちらの女性は天使さんだったのですね」


 ガーン。

 思わずコーヒーカップを落としそうになるくらいの衝撃。

 私だって羽つけてるし、頭に輪っかだって浮かべて、コッテコテの天使って格好しているんですよ?

 確かに以前から天使だと思って貰えないことは多々ありました。でも最近は髪の毛も金髪に変えてもらったし、服装も学校の制服をやめて、かなり天使らしくなったと思っていたのに。


「ちなみに私、何だと思ってました?」

「お孫さんか何かだと……」


 神様の孫ですか……まあ確かに、神様はおじいちゃんみたいなものですけど。でも私は天使なんです。神様のお手伝いをする重要なアシスタントなんですよ。


「うちの娘がちょうど貴女と同じくらいの年頃なんですよ。今年高校に入学するんです」


 お客さんが寂しそうに笑いました。

 そう言えば……私も卒業を間近に控えていたんだっけ。

 新しい制服も仕立ててもらいました。結局、着ることはなかったんですけど。

 でもそれもきっと何年も前の話。

 私はもう、あれからどのくらい経ったのかわかりませんが、 きっと私がそのまま高校生になっていたら、もう卒業しているのかも。


「娘の新しい制服が見れなかったのが唯一の悔いですね……」

 

 私のお父さんやお母さんも、同じような気持ちになったのでしょうか。

 晴らしてあげたくても私にはどうしようもできない悔い……。

 私が与えてあげられなかった成長の喜びは、妹に託すしかありません。

 大丈夫。自慢の妹でしたから……。


「さて、そろそろ本題に入ろう」


 私までちょっとしんみりしてしまっていたところに神様が言いました。雑談は終わりのようです。


「君には選択肢がある。転生か、体を失ったまま現世に残るか。選ぶのは君じゃ」

「転生……生まれ変わるということですか」

「そうじゃ。さもなくば記憶と魂だけを現世に残すのも手じゃ。自分無きあとの世界を見るためにな」


 お客さん、小さく唸った後、黙り込んでしまいました。当然ですよね。突然、こんな大きな選択を迫られたら誰だってこうなります。

お客さんは一言断りを入れた後、本格的に長考を始めました。長い長い静寂が訪れました。

 コーヒーにもお菓子にも目を移すことなく、自分との対話に没頭します。こういう時間って本当に大切なんですよね。生きているうちに気付いておきたかったです。


 しばらくして、お客さんが頭を上げました。実に強い眼差しを持っています。

 答えが、決まったのですね――。


「転生を選びます」


 正直なところ、意外でした。てっきり娘さんの入学式くらいは見届けるものだと思っていましたから。


「娘の成長は見届けたいです。妻が今後どう生きて行くのかも」


 だからこそ、とお客さんは言います。


「新たな生を受けて、僕は家族を一つ離れたところから見守りたいんです。僕は娘に、常に前を見ることを忘れるなと教えてきました。娘は前に進んで行きます。僕も立ち止まってはいられません」

 

 お客さんは一拍置いて、力強く言いました。


「僕は鳥になりたいです。今度は自らの翼で羽ばたきたい。空から見届けたいんです。未来を」


 飛行機事故で死した彼がなお空を目指す理由――。それが私にはなんとなくわかる気がしました。

 父親としてのプライド。おそれず前を見る姿勢。転生してでも娘さんに訴えかけたいメッセージがあるのでしょう。お父さんは大丈夫だよ、と。


「次の一生を、家族のために使おうというのかね」


 神様の問いに、お客さんは力強く頷きました。


「こうしてチャンスをいただけるのであれば、僕は愛する者のために真の意味で一生を捧げたい。日向に立たなくてもいい。陰から愛を注ぎたいんです」


 どこまでも一途なお馬鹿さん。もしご家族が内心煙たがっていて、清々したなんて笑っていたらどうするんでしょう?


 なんて。きっとそれは有り得ないって胸を張って言えるからこれだけ愛しているんでしょうね。

 何だか私もそのご家族に会いたくなってしまいました。


 神様はその強い決心に、安心したようです。


「そこのドアから外へ出たとき、君は新たな人生をスタートさせることになる。自分がなりたいものを願いながらドアノブを捻るのだ。できるだけ強く願いながらな」


 このワンルームの出入口は、結構重要な意味合いを持っていたりします。

 言わば人生の終わりと始まりを紡ぐ場所。私はお別れ前の言葉をかけます。

 


「しっかり見届けてあげてくださいね。娘さんの成長」

「ええ」

「奥さんも放ったらかしちゃ駄目ですよ?」

「ええ。悪い男が寄ってきたらつついてやります」


 お客さんが笑いました。


 私の夢はもう、叶いません。

 でも貴方は叶えられるはず。


 次の一生で、叶えてください。


 ドアが開かれました。

 

 また、こっちに来たら聞かせてくださいね。ご家族がどんな人であったのか、どんな人生を送ったのかを。


 私が手を振っても、もうお客さんがこちらを振り返ることはもうありません。


 光の向こうを目指して、彼は羽ばたいて行きました。



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