03黒い猫
会社から出たヒロトは会社の駐輪場へ向かっていた。会社には、自転車で通勤している。会社と自宅は自転車で20分程な距離だ。ズボンのポケットから鍵をだし、自転車に鍵をさし、自転車に跨るヒロト。帰る途中にスーパーもコンビニもあるため、晩飯は、普段どちらかで調達している。頭に思い浮かぶ光景に右手をハンドルから離し自分のほっぺをつねるヒロト。ホラー系は苦手なんだよと。
「リエ。」
誰もいない場所で不意にこの名前を言ってしまうヒロト。もうあうこともないであろう昔の彼女の名前。困ったときや誰かに助けの手を求めたいときに呟く魔法の言葉、ヒロトにはそんな感じのものだった。
そもそもあのオンナは誰なのか?闇を纏っているため顔はよく分からない。どこかであったことのある相手なのか?あるともないとも言えない。漠然とどうしたらいいのか?ただ
そのことだけが、ヒロトの頭の中にあった。
夜、7時過ぎにヒロトは自分のアパートの前にいた。恐怖と好奇心、そして喫煙所での出来事は気のせいだったのではないか?そんなふうに感じていた。
結局、ヒロトは、アパートの近くのコンビニまで戻っていた。スーパーによる気分でもなく、晩飯をコンビニで調達することにしたのもあったが、家に入るのに、抵抗があったからだ。少し立ち読みをして、頭の中を整理し、晩飯を買って帰ろうと。結局、ヒロトは何も買わずにコンビニを出た。自分では、せっかちな性格ではないと思ってはいるのだが、どの本を立ち読みしても面白く感じなかった。
コンビニから自転車をひき、歩いてアパートに戻る途中、きっと気のせいであり、あのオンナが来るならばそれはそれでいいし、来なければ来ないでいいと少し割り切れていた。
アパートに戻り、鍵を開け、ドアを開いたヒロト。狭い玄関、ずっと置いてある玄関マット。ドアの方から射す、外の街灯の光。ヒロトの目の前に映った黒い猫。真っ黒な毛で覆われた、紫の目に光を灯した猫。ただ、じっと4本の足で立ち、真っ直ぐヒロトに向けられる紫の目。 黒い猫と目があったヒロトは、直感で悟る。昼休みの喫煙所での出来事は気のせいではなかったのだと。そして、ドアが急に閉まり、前にも後ろにも逃げ場のなくなったヒロトは灯りを付けようとスイッチを押すが、何度押してもつかない。目の前の猫は、闇に包まれ、闇の中からは、しばらくしてからオンナが現れた。何回も夢で見た、昼休みに見たオンナだった。