02夢と現実の狭間で
その日、ヒロトは朝からいつものように会社に行き机の上の書類を淡々と処理していた。入社して8年になるこの会社での仕事は事務処理でさすがに慣れたものだった。
書類に目を通し、パソコンに入力。間違いがないか確認し、あれば修正する。毎日、同じことの繰り返しだ。鯨が空を飛ぶような非日常を想像したりもするが、ふと変わらぬ日常にどこか安堵するような気分にもなる。夢で見る非日常と対照的な現実。その大きな違いをどこか自分のことでないように感じていた。
ヒロトにとって仕事は、生きていくために、そう生きていくためにお金が必要だから働く、ただそれだけの存在でしかなかった。だからこそ、就職活動でここを選んだ。やりたいではなく、やれそうな仕事を。
入社当初は、ヒロトにも人並みには出世したいや社会に貢献したいなんて考えもあった。だが、あるとき気がついてしまった。頑張れば頑張るだけ面倒な仕事を押し付けられるだけで、求めていた同僚からの信頼や仕事に対するやりがいなんてものはまやかしであると。「仕事はいかに楽をして多くお金を稼ぐか、ただそれだけのものだ。」そう言い放った父親のようにはなりたくないと葛藤した時期もあったが、社会に出て少しずつその言葉の意味が分かったような気もする。
人と関わること自体、ヒロトは嫌いではないが得意ではなく、1人でいる方が人との関わりに振り回されなくて楽だと感じていた。
昼休み、パパッと昼食を会社の食堂ですませたヒロトは喫煙所にいた。会社の中で1人になれるかけがえのない一時だ。タバコをゆっくりと2本、缶コーヒーを飲みながら吸うのが日課となっていた。禁煙が叫ばれる現代社会の影響か同僚の多くはタバコを吸わず、今日も喫煙所には誰もいなかった。いや、いないと感じていた。
「ヒロト」。
自分が呼ばれたのかヒロトには分からなかった。誰もいないはずの喫煙所。ふと、左手に持ったタバコに目をやり、正面を向く。そこにはオンナがいた。闇を纏ったオンナだった。
そして、オンナは、「コンヤ、オマチシテオリマス。」とだけ言い、次の瞬間には消えていた。
ヒロトは、どういう顔をしていいのか分からなかった。ただ、夢と現実の境界線が曖昧になったような気がした。
ヒロトは、喫煙所を出て、エレベーターに乗り自分の机がある部屋に戻った。歩きながら喫煙所での出来事を考えてしまう自分に午後からの仕事に集中するように言い聞かせた。
椅子に座ってから淡々と書類に目を通したパソコンに入力するという作業を繰り返した。いつな間にか、時刻は、夕方6時を過ぎていた。窓の外はまだ少し、夕暮れ時で明るかった。季節は、春から徐々に夏に差し掛かってきていた。
「ふぅ、今日ここまでかな。」
1人で呟き、帰る用意をして、同僚に「お先に」と声をかけて会社をでるヒロト。
さて、どうするかな?と晩飯の用意をどうするか考えはじめたとき、あのオンナの言葉をヒロトは反芻した。