表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
如月・弥生  作者: たむら
season1
5/41

まったくやっぱり君って奴は。(☆)

「クリスマスファイター!」内の「君って奴は。」の二人の話です。

「トモトモー、チョーコちょーだーい」

 一週間ぶりに部屋に来た彼女への一言目がそれかオイ。

 むかっ腹が立ったので、狭い廊下をデッカイ体で塞いでる奴の脇をすり抜けざま、その掌にちょこなんとチロルを一つ置いてやった。しかも、彼氏の苦手なコーヒーヌガー入り。

 私の後をついてきて自分も部屋に戻った恋人は、チロルを見て、私の顔を見て、もっかいチロルを見て、またなっさけない顔で私の顔を見た。見たって増えないって。

「これだけなのですか?」

「文句があるのですか?」

「あるうー!」

 口をとがらせてくねくねしていいのは、女子だけだろう。しかもカワイイ子限定。

 ガタイのいい二〇代後半男子にされたら軽くテロ行為だってば。

「大体チョコならあんじゃないのよ」

 ローテーブルの上にでんと鎮座ましましている彼の会社のロゴ入り紙バッグを指差してやれば、そこには色とりどりの小箱ちゃん達が入っている。目視で五、六個ってとこか。しかも義理ではもらえないレベルの品々だ。イイワネー(棒読み)。

 彼は私とは違う職種の違う会社にお勤めだし、指輪とかマーキンググッズも特にしてない。オフモードはこんな感じでフニャフニャしてるけど、ガタイがいいしいかついから、キリッてしてれば筋肉好きな人にはもてるんだろうなあ。残念なのが分かるとさーっと引いていくらしいけど。引かなかったのは私くらいのもんだ。君はモノズキな私に感謝するといいと思うよ。

「トモトモー……」

 見えてなくても眉毛が八の字になってるのが丸わかりな声を背後に聞きつつ、「ちょっくら拝見―」と一応ひと声かけてから、紙袋に入っていた小箱を一つ一つローテーブルにそっと出していく。

「あ、ここのってすんごい人気あんだよ、いいのもらったねえ」

「ともちーん……」

「わ、外箱カワイー、空いたらもらってもいいかなあコレ」

朋絵(ともえ)

 後ろから急に抱きついてくんなびくってしただろうが。

 しかもそのまま絞め技に入ったみたいにぎゅうぎゅうされて息が苦しいっつうの。

「ちょ、やめて死ぬる!」

 そう訴えて、ようやく腕が緩んだ。

「ごめん」

 後ろから、私の肩におでこを乗っけてきた。重い。しかも背中側が温いの通り越してちょっと暑い。

「……妬いてくんないの?」

 彼氏、ショボーン。

「妬いてどうすんの」

 私、キョトーン。

「……だって。俺、朋絵の彼氏なんだよ……? よその女の人からチョコもらったからってヘイヘーイってついて行ったりしないけどさぁ、ちょっとは気にして欲しいって云うか……」

 そう云うと私から少し離れていく熱と肉。振り返れば、デッカイ体を精一杯折り畳んで、いじましくも体育座りをした二〇代後半男子。まったく、見てくれに似合わないセンシティブボーイだな君は。私もこんなのがどうして愛い奴なんだかまったくもって理解不能だ。


 まあ、これ位にしといてやるか。欲しい言葉ももらったことだし、いじめっ子モード、これにて終了。

 未だいじいじしている塊の前まで膝でにじり寄っていって、猫の挨拶みたいに鼻を彼氏の鼻に擦りつけた。

「妬いたよ」

「――――――ハイ?」

「妬きました」

「え、そんなあっさり云われても……」

 彼氏、ポカーン。

「妬かない訳ないでしょ? へなちょこ筋肉マンだって云っても一応愛しの彼氏なんだよ? よそでモテてきていい気するわけないじゃん」

「えっとスルー出来ない何かがある気がするんだけど、まあそれは後でいいとして。……そもそも俺はトモトモのものだからね、安心して?」

「人の名前を早口言葉に組み込むな」

「ともちん、大好き」

「……ちゃんと呼んで」

「朋絵」

 そう呼ばれたら顔赤くなるって分かってて云ってみた。さっきは後ろからのハグだったから顔見られてないけど、正面にいては隠しようもない。今だけは触れてくれるな、と念を飛ばしたら珍しくちゃんとキャッチされたらしく、すぐ照れるだの、かーわーいーいーだのと云った地雷ワードが投げ込まれることはなかった。

 いつのまにやら体育座りを解いて胡坐を組んだ君が、両手をがっと広げて、来い! って笑ってる。しょうがないな、顔赤いの見逃してくれたし、バレンタインだもんね。甘やかして差し上げよう。

 私は出来るだけ後ろに下がって、そこから助走をつけて彼氏の腕の中に飛び込んでいった。案外勢いがついてしまい、そのまま二人してごろっと床に転がる。どんな体勢になっても、筋肉エアバッグが私の体を守ってくれるって云うのは、彼のいいところそのいち、かも。

 そのにもそのさんもそれ以上もあるっちゃあるけどトップシークレットだ。

 これからもずっとそばにいるって云うなら、いつか小出しで教えてあげないでもない。


 デッカイ君に包まれてると、まるで自分が頼りなくてカワイイ女の子みたいに錯覚する。

 そんなタイプじゃないのに、君がバカの一つ覚えみたいにそうやっていつも「朋絵、かわいい」って云うから。勘違いしたらどうするつもりなんだ。

 無駄口を塞ごうと手を伸ばしたら、そのまま社交ダンスするみたいに繋がれた。

 離せえって云ってローキックをかますつもりだったのに、乙女のような口づけにやられて両方とも立ち消えてしまう。

 デッカイ体に似つかわしい、デッカイ掌が私に触れる。またキスをする。髪を撫でる。そのどれもが、見た目に反してちっとも乱暴じゃない。君のそんなとこ、私しか知らないでしょ? だから、小箱を貰ってきても平気なんだよ。むかっ腹は立つけども。


 スーツの腕はパツパツで、シャツを腕まくりするとナイス筋肉で、おなかもかっちかち。お願いだからプロテインとか飲まないで。養殖じゃなく天然物がよろしい。でもいつか衰えて体の線が細くなってもきっと好き。モノズキですから。


 ひとしきり気が済むまで擽ったり擽られたりした。

 そろそろお風呂タイム、って段になってようやく止まって、それで気が付いた。

「ああそうだチョコ渡してなかった」

「持ってきてるんやないかーい!」

 この小悪魔! 俺のハートを弄ぶ恋泥棒め! とか若干昭和な雰囲気かつキモいこと云ってる人は軽く無視して、私はバッグの中から円筒形の物を出し、ローテーブルに置く。小箱群と比べると、こじゃれた感よりむしろ書かれたイラストから素朴な雰囲気のそれ。

「ああこれ好き―!」

「知ってる」

 かれこれもう五年はバレンタインと云えばこのチョコだ。その都度新鮮に喜ぶ顔は見ていて気持ちがいい。

 ぺりぺりと透明フィルムを外して、蓋を開ける。中に入っている直径三センチ程度の白いボール状のそれをつまむ。

「ほら」

 口元に持って行けば、半分相当がごっそり齧られた。

 きれいな歯形のついた断面は、外側白の内側赤ピンク。ドライの苺にホワイトチョコのコーティングのこのチョコレートは、物産展やらバレンタインの特設売り場でないと買えない――取り寄せも出来るけど商品代と同じくらい送料がかかるので却下――から、年に数回見かける時に買ってはこの人をこうやって喜ばせている。

「今年も食べられてうれしいねえ」

 しみじみ云うから笑った。

「そんなに好き?」

「そんなに好きだよ」

「じゃあ全部あげるよ」

 そう云うと、何故か息を呑む彼。――そ、そんなに熱烈に好きだったっけ?

「じゃあ、もらう、全部」

 囁かれたと思ったら、またぎゅうぎゅうにされた。

「苦しいってば!」

 本日二回目に本気で焦る。

「朋絵が、あんなこと云うから」

「あんなことって?」

 私はただ苺内蔵チョコを全部お食べよって云っただけじゃろがい!

「今すぐ、婚姻届出しに行きたい……ああ、証人が要るんだった」

 くそ、と珍しく私みたいな悪態をつく。

「えっとー?」

「もう駄目だからね取り消しなしだよ」

 そんな小学生みたいなこと云っちゃってどうした? と茶化そうとしたらものすごくまじめな彼と目が合った。

「全部くれるって云うから貰う」

 チョコをね。

「朋絵を」

 私かーい! ってことは、要するに、さっきまでのやり取りを、彼は。

『今年も(朋絵と)食べられてうれしいねえ』

『そんなに(私を)好き?』

『そんなに(君が)好きだよ』

『じゃあ(私を)全部あげるよ』

『じゃあ、(朋絵を)もらう、全部』

 って解釈したってことだ。とんでもないファンタジー野郎め。――でも。

 私を好きって云ってくれても、なかなか同じようには云えない。云わなくちゃいけないような場面では、ごまかすようにキスをして。我ながら駄目男みたいな所業だ。

 元はと云えばチョコと私を取り違えたやり取りだけども、勝手に汲まれた気持ちは間違っちゃいない。むしろ、こんな形ででも本当のところを伝えられて良かったと思う。


 全部あげるよ、女に二言はない。

 だから君も全部頂戴。

 デッカイ体も筋肉もいかつい顔もセンシティブな心もおばかさんなところも。

 私は、『まったく君って奴は……』ってあと何万回思うかな。毎日五回は確実に思える自信があるよ。


 私が生涯モノズキでいることが決定した夜、同僚のさっちゃんに『嫁になります』とメールをしたら、『明日のお昼に是非詳細を教えてね! 笑ってもいいようにイチゴミルクは飲まないから』とお返事が。笑うこと前提やないかーい!

 おかしいぞ、結婚しますメールの返事はもっと感動的なもんなのでは、と納得がいかない私の横で、ものっそい幸せそうな顔して円筒形の入れ物を持ってもぐもぐとチョコレートを食べている彼氏。それを見てたら、ま、いっか、と思えたから、ま、いっか。


1日5回を365日×ざっと30年=54750回

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ