チョコレイト・ギフト(☆)
「如月・弥生」内の「清算する女の子・擬態してる男の子」の二人の話です。引き続きじゅん寅がちょこっと出てきます。
実はあれからずっとギクシャクしてる。
バレーボールで『お見合い』しちゃったみたいなかみ合わなさとタイミングの悪さ。なんかいっつも少しずつ何かが違っちゃって、そのたびに二人とも「ごめんね」って、そればっかり口にして。
いちどはバラバラになった歯車を、それでも二人で一から組み立てたんだよ。なのにどこかしらに砂つぶが挟まってるみたいに、ぎこちない。あたしも、無事に彼氏の座に返り咲いた真野君も。
「一発ボカーン! て殴って、それでチャラにしたら?」
富岡さんは、思いっきりストレートをぶちかますジェスチャー付きで、まんざら冗談でもない風に言う。
あたしが『もしや真野君は富岡さんのことが好きなのでは』と疑心暗鬼をこじらせてしまったせいでいっとき勝手に気まずかったりもしたけど、彼女がさっぱりした性格の人のおかげで今はこうして仲良くしてもらってる。――不思議系美少年な菊池君の彼女をしているだけあってしっかり者なはずなのに、なぜかこう、変な方向に思い切りのいいアドバイスをくれるんだよね……。
「あたし、別に殴りたいわけじゃないよ」
「そう? 一発二発、いやもっとボコボコにしてやってもいいと思うけどな」
そう言うと、名残惜しそうにまだシャドーボクシングしてる。
「富岡さん、カフェでそれ続けるのやめようか」
「ごめんごめん、寺田さんがなーんかまだ浮かない顔してるから」
「そうだよねー……」
チョコの入ったラテは、甘くて熱くておいしい。セットで頼んだアップルパイも、さっくりとした生地と、煮詰めたりんごと、パイの横でとろっと溶けたバニラアイスと、全部が完ぺきにおいしい。
富岡さんとのおしゃべりはすっごく楽しい。
それなのに、真野君とぎくしゃくしてるって、そんなちっちゃいことでうじうじしちゃってる。
ラテのカップにそっと落とした溜め息は、富岡さんにまんまと見つかってしまった。でも、ちょっと『んっ』て唇を寄せただけで、ぎくしゃくについては触れずに「さて、じゃあそろそろデート用の服でも見に行く?」って笑ってくれた。
富岡さんに『寺田さんのよさが引き立っててイイ!!!』と絶賛されたワンピース――白い柔らかな生地にグレーの細い線で花が描かれていて清楚系アイドルグループみたいな雰囲気の――を纏って待ち合わせ場所にたどり着くと、先に来ていた真野君があいさつを口にしたあと、「…………すごく似合ってる。かわいい」とぼそぼそ、でも一生懸命言葉を紡いでくれた。かたいぼうろを口の中でゆっくり溶かすように、その精一杯を味わう。
「……ありがと。富岡さんが一緒に選んでくれたんだ」
「そっか。いいな」
「真野君も、こんど服選ぶの手伝ってくれる?」
そう誘うと、ぱっと目を輝かせたあと、なぜか困った顔になる。
「あー……、でも俺、なに着ても『かわいい』しか言えなさそう……」
「……それは候補がいくつかある中で一枚決めたい時困るかなあ」
あはは、と笑い話にしようと思ったら。
「せっかく声かけてくれたのに、ごめん」と大真面目に謝られた。慌ててあたしも「ううん、考えなしに誘ってごめんね」と謝り返す。
二人とも、笑ってるけど、――また、ぎこちなくなっちゃった。
ベンチに並んで座る二人の間には、三月の午後の温かい日差しと時折吹き付ける冷たい風と、それから気まずい空気。
いつまで、こんな風なんだろ。
元に戻りたいよ。
違うな、あのまんまの『元に』じゃない。あたしは、アップデートした今の二人で、前みたいになりたいんだ。この、常に隙をついてくる気まずさなんか強力な掃除機で吸い取ってしまえたらいいのに。神様、なんとかしてよ。
そんなやけくそな神頼みが届いたというのか、プ――ンと耳障りな音を立てて小さい虫が飛んできた。虫は嫌いだけど苦手ではないので、かわいらしく『キャッ』ておびえることも出来ない。ただ、払っても払っても虫はめげずに顔の近くに戻ってきてしまうので、だんだん払う手が大きく動いてた。そんな時。
「寺田、だいじょ」
やたらと近づく虫と格闘する彼女を心配してこちらを覗き込んだ真野君の顔と、どんどんヒートアップしていくあたしの手のひらの動きがばっちりあってしまって、あたかもそれは――
『一発ボカーン! て殴って、それでチャラにしたら?』
富岡さんの声が、脳内で再生された。
元凶の虫は、真野君の頬に見事ヒットしたあたしの手のひらのバチーン! ていう音(もしくは、叩いた時の風圧)に驚いたのか、とうとうどこかへ見えなくなった。
真野君は、頬を押さえて目をまん丸くしてる。
「ご、ごめん!!!! だいじょうぶ???」
あたしがようやくあわあわと謝罪を述べると、真野君はゆっくり解凍されてく人みたいに、最初は小さく、だんだん大きく笑いだした。そして息も絶え絶えに、「す、すげえいいビンタ……!」とそう言うと、おなかを抱えて笑い続ける。
「ねえ、笑ってないでほっぺ冷やそう? あたし湿布買ってくる!」
「いいいい、そんなん、赤みくらいすぐ引くって……あーおなか痛」
ふ――と長く息を吐くと、真野君はベンチの背に大きく凭れた。
「でもおかげで久々に大笑いした」
そう言うと、思い出し笑いなのか「ぶほっ」とまだ吹き出す。
「やべー、寺田さん女子にしとくのはもったいないな」
「ちょっと! 失礼じゃんそれは!」
「ごめんごめん」
そんな風にやりあってたら、通りすがりの小学生男子の集団に「カップルがいちゃついてる~」「おれもいちゃいちゃしてえ~!」などとはやし立てられ、二人して恥ずかしくなってしまった。
こちらを照れさせたくせに、もう『カップル』には興味をうしなったらしい小学生男子たちの「どこでスプラする?」「広場の方いこーぜ」なんて楽しげな声が遠ざかっていく。示し合わせたわけじゃないのに、少しずつ目線を横に向けたら真野君と目が合って、おんなじタイミングで笑った。
あ、戻った。
そう気づいて、泣きたいくらいうれしくなる。
ちゃんと笑って、ちゃんとおしゃべり出来た。ちゃんと憤慨したし、ちゃんと謝られた。
これで一安心、と思っていたあたしの目の前に、真野君が「これ」とおしゃれにラッピングされた小箱を差し出す。
「? あたしに?」
「そう」
「ありがと! えー、なんだろ?」
「開けてみればすぐ分かるよ」
あれ、真野君なにやら緊張してる? やや硬い声を不思議に思いつつ、十字に結ばれたローズピンクのリボンを解いて箱を開けると。
「わ、トリュフだ!」
小さな箱の中には、大きさがばらばらでやや不格好なトリュフが、ぎゅっと身を寄せ合っていた。
「形はアレだけど、味は保証する」
驚いて右隣りの方に顔を向けると、彼氏は照れ臭そうに笑ってる。でもまだやっぱり表情がどこか硬い。
「これって、今食べてみてもいい?」
「もちろん」
「いただきます」
「どうぞ」
虫襲撃→彼氏にビンタ→真野君お手製トリュフを実食、という展開にやや付いていけてない頭のまま、一粒摘まんで口に入れる。柔らかなコーティングに包まれた、もっと柔らかなクリームが口の中であっけなく溶けると、ラム酒がふわんと香った。
「おいしい――!」
お世辞じゃなくそう言うと、真野君はようやくほっとした顔になった。
「よかった。……あー緊張したー!」
いつもながらの落ち着いた口調から一転したと思うと、真野君は飛行機の緊急時みたいに、座ったままがばっと身体を前に倒した。は――……。と長く聞こえる安堵のため息。そのまましゃべるから、いつもよりこもって聞こえる声で、ぼそぼそと話し出す。
「仲直り、してもらったけどなんか足んない気がして。ずっとちょっと気まずかったし」
あ、そっちも同じように感じてたんだねやっぱり。
「それで、ホワイトデーどうしようと思いながら学校の帰りに駅前の商店街歩いてたら、フレンチかなんかのお店に『令和はお返しも手作りチョコで! ワンデー講習会参加受付中』っていう張り紙してあって、行ってきた」
「そうだったんだ」
だから味は保証してたんだ。
種明かしにニヤニヤしてたら、真野君はゆっくり顔を上げて、じいっとあたしを見た。
「自分が作ったもの渡すの、あんなにドキドキするとは思わなかったし、作るのムズいし、リボンも何回もやり直したし……」
「ハハハ、手作りあるあるだ」
こんなことで共感出来るなんて、と思いつつ笑ってると、真野君は対称的に真顔になる。
「こんなに一生懸命やってくれたのを、俺は台無しにしたんだなと思い知らされた。本当にごめん」
「……」
あ――……、やっぱそこに戻っちゃう感じか。
取るに足らないあたしの小さな傷。でもそいつには、ようやくかさぶたがはってきたところでまだ完治には時間がかかりそう。
もう傷付いてないよ、とは言えない。でも許したい気持ちもある。てか、とにかくもうここからの気まずいループはいらないんだって。
どう言ったら伝わるかなあと悩んでいたら、真野君は神妙な面持ちで口を開いた。
「だから、何発でも気が済むまで殴ってくれ」
って、言いながら笑ってんじゃん!
「殴んないってば! もう人を乱暴者扱いして!」
「ごめんごめん、じゃあどうしたら気が済む?」
「あの喫茶店でごちそうしてもらおうかなー」
あたしたちのバレンタインの一部始終を繰り広げてしまった『あの』お店をわざと指定してみても、真野君はびくともしなかった。
「うん、じゃあ今から行こう」
「!」
さらっと手なんか繋ぎやがって。負けた気がして心の中で悪態ついたけど、真野君の手はじっとりと汗をかいてる。
「……緊張してるの?」
「うん」
かっわいいな。口には出さずにいたのに、「百面相してないで言いたいことあったら言って」と言われたので素直に「かわいいです」と申告したら、手汗はますますひどくなった。
後日、富岡さんにデートの日の報告をすると、彼女は「ほんとに殴るとはロックな女だね!」と大笑いした。
「事故! あくまで事故だから!」
「いやーそれにしても間がよすぎだよ。……てか、なんで真野君はうちの寅を餌付けしてんの?」
真野君の席の方を見やれば、うっとりとした顔の菊池君が、目を閉じ口を開けて『あーん♡』をされている。
「なんかね、トリュフづくりにハマっちゃったらしいよ」
真野君ががんばって作ってくれたトリュフ、本当においしかったのに当の本人はちっとも納得していなかったなと思ったら週明けに改めて『こないだより見栄えのいいのが出来た!』と二度目のそれを渡された。
それだけかと思いきや、さらなるブラッシュアップを図りたいらしく、あたしはあれからもう何度トリュフを受け取ったか分からない。このままじゃ太っちゃう! と申告したところ、ああやって時々菊池君にあげてるってわけ。
「寅だけじゃなく、真野君も幸せそうな顔しちゃって」
「ほんとだ」
ヒナのように口を開けて待っている菊池君に、真野君は『自分でつまめよ』と言わずに請われるまま何度でも口に運んであげている。なんなのこの人たち両思いなのとデジャブがよぎるあたしに、富岡さんがリュックを肩にかけつつこっそり耳打ち。
「ヤローどもがキャッキャウフフしている間に、私たちはパフェデートでもしようか」
「いいね! いこ!」
粋なお誘いに即応えて、あたしもいそいそと帰り支度をした。彼氏たちはまだうっとりタイム続行中で、こちらの動向には気づいていない。
それに乗じて、くつくつと小さく笑いながら教室を出た。さて、恋人の不在を察知した男子二人が鬼のように電話をかけてくるのと、女子二人がパフェを食べるのと、どっちが早いかな。




