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如月・弥生  作者: たむら
season1
4/41

田崎と私と自動車と。(☆)

「クリスマスファイター!」内の「私と田崎と自転車と。」の二人の話です。

 水色のワーゲンを見たら、その日はラッキーだとか。

 空に飛行機を見るたび願いごとを唱えれば、一〇〇回目で願いがかなうだとか。

 子供の時には訳の分かんないおまじないが沢山あった。きっと、今でもあるんだろうな。女の子とおまじないは、親和性が高いしね。


 そんなことを思いながら、私は水色の軽自動車を待つ。

 私を乗せてすいすい走る、田崎(たさき)の車を。


 いつもきっちり同じ時間に田崎はやって来る。待ち合わせは私のアパートの最寄りのコンビニ。うちのあたりは道が狭くて車の出入りに時間がかかるので、比較的大きい通り沿いのここで待ち合わせて、その代わりにお八つや飲み物を買うことにしている。

「おはよう」

「おはよう」

 朝だけ、自分で助手席のドアの開け閉めをする。ゆっくり歩きの田崎にエスコートされるのは大好きだけど、残念ながら朝そうしてもらえるほどの時間の余裕はない。

 はい、とコンビニで買い求めた缶コーヒーを渡す。お迎えのお礼を、田崎は決して受け取らない。恋人なんだからいいんだ、なんて。でも、飲み物や中華まん位なら受け取ってくれるから。

「今日も混んでるねえ」

「この道はしょうがないな」

「あ、ねえ、今日本社から視察来るらしいよ」

「へえ、誰がご説明係するの」

「そりゃー(みどり)さんに決まってるよ」

「あー、あの人そつないしね」

「私と違ってね」

「そんなこと云ってないだろ」

 拗ねたふりすれば、簡単に釣れる田崎。

「……お前はお前でいいとこあんだから、拗ねてないで頑張れ」

「分かってるよう、だ」

「そっか」

 運転中だから、こっちを見ないで頭をポンポンした後、左手は私のほっぺを撫でた。そのまっすぐな励ましが、田崎らしくて好き。本気で拗ねてる訳でもないし、思わず笑ってしまえば、「単純」って笑われた。田崎にだけは云われたくないよ、それ。

「あー、会社なんか行きたくねえな」と、いつもは風紀委員みたく真面目な田崎がそんなこと云うから、思わず食い付いてしまった。

「どこ行くの、じゃあ」

「そうだな、天気もいいし湘南あたりなんかいいよな」

 どきりとした。それを気取られぬように笑ってやった。

「ばぁーか、社会人のくせにそんなこと云っちゃって」

「お前と行きたいんだよ」

 はぐらかしたのに。

 ギュッと繋がれた手は、冷たかった。

「行って、いい加減けり付けたいんだ。ずっと行けないでいるけどお前となら、行ける気がする」

「行ってあげてもいいけど、それは今日これからじゃないよ」

「分かってる、そのうち、ちゃんと……思い切れたら」

 信号が青になると、冷たい手は私から離れてハンドルを握る。黙ってしまった田崎を、私は肉まんを食べて知らん振りした。


 田崎は、箱根駅伝のランナーだった。大学二年生まで。

 三年の夏に交通事故で再起不能になっていなければ、おそらくまた湘南(そのあたり)を走っていた筈だ。そして実業団に入っていれば、こうやって私と同じ会社に勤めることも、恋することもなかっただろう。

 それを思うと、切ない。

 同期として出会えたのは嬉しいけれど、私はランナーとしての田崎のファンでもあったから。

 むらっ気がなくて、冷静で。人一倍練習熱心だ、と云うチームメイトの言葉が、当時の陸上雑誌でもテレビで求められたコメントでもよく出ていた。天才肌ではなかったかもしれないけど、そのひたむきな走りには目を奪われた。テレビで観る、ランシャツから出た尖った肩にいつもドキドキしたもんだ。


 晴れて恋人同士になり、初めて裸を晒し合った時、まず目がいったのはその肩と腕だった。さすがに現役時代同様、とまでは行かなくても、尖った肩と無駄がそぎ落とされたシンプルな肉体は健在で、走れなくなっても膝に負担がかからない部位のトレーニングを続けていることが伺えた。

 そんなところがとても好きで尊敬している。口には出来ていないけど。


 選手時代のことはずっと知らないふりをしていた。ただの同僚が興味本位で触れてはいけないことだって分かってた。私の自転車の事故がきっかけで、知っているよとネタばらししたけど、だからと云ってこれまで話題に上がることはなかった。でもこうして本人が云ってきたってことは、田崎の中で何かがようやく動き出したのかもしれない。


 入社してすぐの研修で田崎と同じグループにぶっこまれた時は本当にびっくりした。その後、走り以外の田崎を知って、ますますいいな、と思った。その時はそれだけで終わって、今の支社で再会してからはやたら突っかかってくるなあと思いながらそれでも片思いを満喫していた。

 まさか向こうも好いてくれているだなんて思わなかった。お母ちゃんみたいにねちねちウルサイお小言は、私が嫌いだから云うんじゃなくって心配だったから、だなんて。

『云おうよ、そう云う大事なことは!』

 ようやく素直に明かされた裏事情に、照れ隠し半分嬉しさ半分で思わず憤慨して云ってみれば、『云えるか! こっちは嫌われてると思ってたんだ!』と赤い顔で反論が来た。

『最初にがっつり『ミニスカートでスポーツタイプのチャリに乗るんじゃねえ!』っていきなり云われたら、こっちはそりゃケンカ売られたって思うじゃん』

『だからそれは、……!』

 田崎は今までの私たちのようにどんどんヒートアップする会話を、突然ぶった切った。

 ふ―――っと長く細い息を吐く。信号待ちのハンドルをきゅっと握りなおして。

『お前の足が綺麗なのが、悪い』

 ハンドブレーキを解除して、再び走り出す直前にちらりとこちらを見て、満足そうに笑った。顔どころか耳まで熱くなってしまい、それがなかなか冷めなかったのを覚えてる。


 素直になってみたら、田崎を手に入れられた。通勤で使っていた自転車を車に引っかけられてからは、寒くてすぐに暗くなってしまう冬だけ、田崎に送り迎えしてもらうことになった。毎朝好きな人に会えるのは幸せ。仕事終わりにも二人になれて、もっと幸せ。

 でも自転車が大好きだから、春になって新しい自転車を買ったら、送り迎えはなくって大丈夫だよ。

 そう宣言したら渋い顔をされた。その後、『……恋人の行動を自分の我儘だけで制限することはできないから』と安全運転の宣誓と引き換えに運転の許可をもぎ取った。ただし、残業で遅くなった時には必ず俺の車に同乗すること、もし俺が先に帰っていたとしても必ず俺を呼ぶこと、と云われ、それに頷くまで自転車通勤の許可は下りなかった。

 頑固で真面目でお母ちゃんな田崎。

 私とは真反対。なのに、くっついたことが会社の人達に知れると、皆『ああ、よかったねえ田崎君』だとか、『やっとくっついたかー』とか、『今まで付き合ってなかったの!?』とか、やけに好意的な言葉ばかりを頂戴したので戸惑う。すると、田崎は渋―い顔をして『……多分、俺がバレバレだったんだよ、お前以外に』と云った。

 そ、そうか、にぶくてごめんと謝ったら、本当にな……。とモンゴルの平原を望むように遠い目をされたっけ。



 田崎、湘南は本当に行きたいのかな。もし行ったらこの人泣いちゃったり辛すぎて吐いちゃったりしないかな。そんな心配をよそに、田崎は渋滞ののろのろ運転にも苛ついた様子を見せず、「今度、部のOB会にお前連れて行きたい」って云い出した。

「――D大、の?」

「そりゃそうだろ、中学とか高校とかのに連れてってどうすんの」

「だってN高だって強豪校じゃん! いっぱいランナー輩出してるじゃん!」

「――そういやマニアだったなお前」

 忘れてた、と笑う横顔に、おずおずと聞いてみた。

「……私、行っていいの?」

 駅伝部、のOB会に、きっと今まで田崎は出席していない。そんなとこ行ったら箱根の話はきっと出る。さすがに同期生は気を遣ってくれるだろうけど、後輩とか先輩とかは田崎を知らない人もいるだろうし。

「いいから誘ってんだろ」

 思いのほかあっさりとした返事だった。

「みんな奥さん連れて来るらしいから、丁度いいよ」

 またまた飛び出したびっくりワードに、心臓がまたドキリと跳ねた。ちょっとちょっと、奥さんとかどういうつもりで云ってんの。

西川(にしかわ)?」

 私のこと、まだそうやって名字で呼ぶくせに。

「どうしよっかなー」

 答えは決まってるくせにわざと焦らすようにそっぽをむいた。

「お前が行かなきゃ俺も別に行かなくていいんだけど」

「行きます」

 即答したら髪を乱暴に撫でられた。

「ねえ、登りのファンタジスタとか下りの絶対王者とか、あとあの三つ子ランナーとかも来る?」

「大会前じゃなければ来るんじゃねえの?」

 そっけない返事が肯定だったから調子に乗ってみた。

「じゃあじゃあ、ライバルだったW大のエースは???」

「……さすがに他校生は呼ばないと思う」

 箱根スキーの血が騒いで思わず興奮して云ってしまうと、「お前本当に好きだったんだな」と感心された。

 封印していた田崎の過去に、触れても触れなくてももう起きたことは何も変わらない。

 だから、触っていいなら思いっきり触る。無神経、って誰かに云われても、田崎がそう思わなければ私はそれでいいや。遠巻きにしてかわいそがって欲しいなら、田崎はきっと私みたいな女のことなんか好きにはならなかったと思うから。


 だから、湘南へと誘われた数日後、何でもなさそうに朝の車の中でこっちから云ってみた。

「いつ行く? 湘南」

 きっと、ああ云ったはいいもののまだ決意は固まっていないんだろう。まあ、私も分かってて口にしたんだけど。

 いつもよりやや硬さがある運転で、車が走り出す。

 何か云おうとして、やめて。――ったくもう。

「いいんだって、無理して今行かなくって」

 お行儀悪くヒールの靴を脱いで、席の上で体を折りたたむみたいにして座ったまま、田崎の顔を覗き込んで笑った。

「いや、行きたい」

「いいじゃん、その気持ちだけでも」

 私といることで、そこに行きたいと思えるようになってくれたならそれだけで充分だよ。出来ない癖に無理にけりを付けようとしなくって、いいんだよ。なんなら一生抱えていたって構わない。ちゃんと、そばにいるから。

「……だって、海、行きたいだろう夏とか」

「あの辺混むから海水浴には行かないなー。寺泊にも大洗にも浅虫にも海があるってご存知?」

「鎌倉を、歩いたりだとか、」

「そのエリアに行きたくなったら友達と行くよ……ねえ、田崎」

 シフトレバーに掛けられた手に、手を重ねた。

「湘南はさ、じじいとばばあになった時にでも行こうよ」

 真面目に云ったのに思い切り笑われた。笑いの発作は、信号待ち一回分止まらなかった。目尻に浮かんだ涙は見逃してあげよう。

「老後の楽しみか、いいな」

 かつてないほど首がもげる勢いで、頭をぐっしゃぐしゃに撫でられた。揺さぶられて体がぐらんぐらんだって。シートベルトしてて良かったとこんなことで実感することになろうとは。

「西川、お前、最高だよ」

「そうでしょうとも」

「だから、一生俺のそばにいろ」

「命令形かよ!」

「いてくれ」

「……」

「……頼む」

「…………いいよ」

 大型犬を構い倒すのか、はたまたか弱い女子にダメージを与えんとしているのかと云う頭部への攻撃めいた撫で行為は、むち打ちになる前に今度こそ回避させていただいた。



 某宅配便のトラックの飛脚に触るといいことがあるだとか。

 某宅急便の黒い猫のトラックを一日三回見るとラッキーだとか。

 そんなの、信じてなかったし自分には関係ないと思ってた。でも。


 毎朝やって来る、水色の軽自動車。田崎の車。大好きな人の車。

 それが、私にいつでもラッキーと幸せを運んできてくれることは、日々実感しているので間違いない。

 だから私も田崎に勇気をあげるよ。

 湘南に行けなくてもOB会に出ても大丈夫。

『事故で走れなくなった悲劇の元ランナー』じゃない。田崎は田崎。私の好きな人だよ。


14/10/13 一部修正しました。

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