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如月・弥生  作者: たむら
season2
38/41

勅使河原さんは愛を囁く(☆)

「夏時間、君と」内の「勅使河原さんは瞬きをしない」の二人の話です。

 嘘と瞬きを覚え、人間関係を多少潤滑に営めるようになった勅使河原(てしがわら)さんは、ここへきてなんとじわっとモテるようになった(!!!!!)

「よかったですね!」

 他部署の女子から手書きのカード付きのチョコレートを受け取った氏は、「なぜ藤野(とうの)さんが喜ぶか分かりません」と、いただいたブツを開けもしないでそう言った。

「まず私はくださった方の事をよく知りませんから、喜びより先に警戒心が働きます。これといってさしたる接触のない人物からいきなり物を渡されても人間は喜ぶものなのですか?」

 でたでた、曖昧さ回避な勅使河原さん。この半年ほど彼の傍で『人間とは』『日本人とは』をつどレクチャーしていたけど、まだまだ彼の学習していない事ってあるねえと思いながら、「二月一四日、つまり今日は、バレンタインデーと言って日本では好きな人にチョコレートを渡す日なんです」と教えてあげた。

「好きな人」

「この場合、彼女にとっての勅使河原さんですね」

「しかし、私は藤野さんと偽装恋愛をしている設定では」

「偽装と設定ダブルでゆーな」

 ポカリと殴りかかる仕草を見せると――もちろんほんとに殴ったりしないし、殴ったところでこの体に擬態しているだけの、元々人間より強い肉体を持つ彼にさしたるダメージはない――、それが『ふざけ半分だけど、ちょっと不愉快だよ!』の意だともう知っている勅使河原さんは「失礼しました」と素直に謝った。


 そう、彼と私は、会社でカレシカノジョという事になっている。


 夏にカレーうどんぶっかけちゃった事件をきっかけに、私と勅使河原さんは親しくなった。というか、私の方が一方的に彼に近寄ってって親しさの押し売りをした。結果、私は彼の秘密をいくつか知ってしまったし、こんな世慣れていない人を野放しにしておけないという使命感もあるのでちょこちょこ様子を見たり、フォローを入れたりしていた。ネット通販で日本語の怪しい業者の、いかにも胡散臭さ満載なグッズを買おうとするからあわてて止めた事は記憶に新しい。嘘を吐く事は少し馴染んだけど吐かれる方はまだそうと見抜けないケースが多いから、今時おじいちゃんだって騙されないよ……と思うような詐欺メールをまるっと信じて『芸能人から友人になってほしいと言われましたが、どうしましょう』という報告もあった(それは放置しておくよう指示した)。

 一事が万事この調子で、危なっかしくって仕方ない。面白かったり心配だったりな出来事は社内だけじゃなく社外でも起きてしまうから、ちょいちょいつるんでるうちに、何でもない職場の男女にしては、距離が不自然に近くなってしまっていた。なので、『じゃあもう付き合ってるって事にしちゃいましょう』と切り出して、偽装カップルになったって訳。

 手間の掛かる人だけど、まあここまで面倒見ちゃったらいまさら放っとくのも無情ってもんだし。


 勅使河原さんが本当だと思っていた嘘が一つ暴かれるたび、彼は理解不能という顔で「地球(ここ)では嘘が当たり前に飛び交うものなのですね」とため息を吐く。

「そうですよ。それで騙される人だっていっぱいいますから、いちいちヘコまなくっていいんです」

 私がそう慰めてやると、「私の体は凹むようには作られていません」とまっすぐに打ち返してくる。安定の勅使河原品質。


 ナチュラル風味を添加した勅使河原さんは、手に提げている小袋の数からすると、どうやらチョコを複数もらえたらしい。普通の男性ならさぞ喜ぶシチュエーションだろうに、彼ときたら「私はサービス業に従事していないにもかかわらず、感情を向けられればもれなく親切に対応しなければならないというのが、実に煩わしいですね」と率直にコメントするもんだから、「包め!」とこちらもキレ散らかす羽目になる。


 勅使河原さんは相変わらず融通がミリもきかなくてやる事なす事面白い。だから、いまだについ、ウォッチしちゃう。

 でも奴ときたら、私がじろじろ見てると最近は『そんなに見ないでください。穴が開きます』だなんて言って、手で顔を隠しやがる。ちょっと前なら『穴が開く、とは、藤野さんは目からビームを出せるという事ですか?』なんて大真面目に問いただしてたくせにさ。

 まだまだ、たぶんあずきバーよりカタくてとっさの応用なんてきかないけど、でもそれだけじゃない。少しずつ成長してる。なんだろうな、出汁がちゃんときいてておいしいお味噌汁みたいな、そんな味が出てきた。――だからモテはじめたのか。


 ただのウォッチャーの私だったら、『よかったねえ、地球の女に好感抱かれるほど馴染んだねえ』って感激するところ。

 なのにどうしてちょっとムカつくのかね。


 勅使河原さんをかまうのは、決してラブとかそういう事ではなかったはずなんだけど。――だから、こんなのも本当は渡すつもりじゃなかったんだけど。

 人間より鼻が利いててかつ情緒の分野がまだまだ低スペックな勅使河原さんは「ところで、藤野さんのカバンからも、チョコレートの匂いがしているのですが」と包む事なく直球で聞いてきた。

「……まあ、バレンタインなんで」

「意外です。藤野さんにはそんなイベントがなくても、相手に思いを伝える人かと思っていました」

「私もそう思ってたんですけどね」

 はは、と苦笑いすると、勅使河原さんは『解析不能』という顔をした。

「差支えなければ、チョコレートを贈る相手について教えてもらえませんか」

「どうしてですか」

「どうしてなんでしょう……謎です」

 君が謎だよ!

 勅使河原さんは不思議そうに、でも納得がいかない、という顔をして見せた。――かわいいね。解けるはずの問題がどうしても解けない天才小学生か。

 もうね、コレがかわいいとか思っちゃう時点で負けなんだよねほんとは。

 アメリカのティーン向けのドラマに出て来る柄の悪い女の子みたいにくそ、と毒づきたい気分で「私にだって好きな人くらいいます」と言い放った。

「その人に、あげるのですか」

「……そのつもりです」

 本当は勇気がなくて、バッグに手を入れてチョコの箱を探り当てて『勅使河原さん、どうぞ!』っていう五秒にも満たないそれが出来ずにいるんだけど。

 義理チョコといって、特別好きな人に上げるのとは別に、お世話になっている人にあげるチョコレートもあるんですよ、と嘯いて受け取ってもらう事も出来るだろう。でもそれは駄目だ。

 嘘を嘘と見抜けない人相手に、弱気でコーティングした義理チョコ(うそ)を差し出したくはない。でも『ラブ』の概念を持ち合わせていない人に突撃して木端微塵に砕ける勇気もありゃしない。

 いいもん、持って帰って食べるもん、といじいじしていると、いつもまっすぐ見つめてくる勅使河原さんがふいっと視線を外して、「……なぜだか、いやなんです。藤野さんが、好きな方にチョコレートを差し上げるという事が。それについて考えると、ここに、ぐるぐるとよくないものが渦巻いているようになるのです。スキャンしてもなにもあらわれないのに」

 ここに、と胸からお腹のあたりを指し示す指を、私は瞬きも忘れて信じられないものを見るように凝視した。てか、信じらんないよ、だって今この人、もし聞き違えでなかったら、『ラブ』のような事を言ったぞ。


 納得いかないモードからなかなか抜け出せないらしい勅使河原さんを見ているうちに、あー降参、って笑いが漏れた。しょうがないな。

「……それなんていうか教えてあげます」

「なんですか」

「ジェラシーです」

「ジェラシー……」

 自分の言いように嘘を擦り込むつもりはないから、なるべく主観が入らないように、地球に遊びに来た宇宙人さんのガイドの気分で言う事にした。

「好きな人が、自分以外の人を好きな時の感情です。――この場合、私が勅使河原さんにとっての好きな人って事ですね」

 なるほど、と一人ごちる彼を見て、これは告白が来るかとワクワクしながら待っていた――んだけど。

「分かりました。説明を受けてなお、胸のあたりはすっきりとしませんが、藤野さんがチョコレートを贈りたい相手がいるのなら、私はあなたとお付き合いしているという、この設定をやめなければ」

 おっと、そうきたか。そうだね、私もあなたが好きって言わなきゃ分かんないよね。よし言おうと思ってると、氏の言葉は「でもやめたくないみたいなんです」と続いた。

 目を離したらいけない気がして、怯みたい心を叱咤しながらハイライトのない細い目を見つめた。

「そのチョコレートは私にください」

 曖昧さ回避を全開にして、瞬きも忘れてぐいぐい来る勅使河原さん。あなたそんなキャラじゃなかったのに。やってる事の一つひとつは相変わらずだけど、そんな組み合わせをされた事はない。誰かに強いベクトルを向ける人でもなかったはずだ。こらこらこら、そんなに見つめるな。永久凍土はどこに行った、これじゃあ真夏の太陽だ。

「もしこの先自分以外の宇宙人が地球にやってきたとしても、それが侵略目的であれば命を懸けてしっかり殲滅しますから、どうか私を選んでください」

 おいおいおいおいおいおい勅使河原さんどうしちゃったのどこでそんなん身につけんの? 熱暴走起こしてない??? てか殲滅つったか今。けっこう過激派だぞ……?

 内心慄きながら聞いていた私の耳に、さらに信じられない言葉がぶっこまれた。

「あなたを守ります、一生」

「な、……なんで?」

 自分の声は、木の棒を残してゆるく溶けはじめたアイスみたいに頼りなかった。それを零さないように優しく掬う手付きで、勅使河原さんの指が初めて私の頬に触れる。

 ぎぎぎぎって音がしそうにぎこちなかった笑顔が嘘じゃないかと思うほどスムーズな微笑みを、まぢかに見た。

「違う部署の知らない人から告白された時、わたしも『なぜ私に?』と問いました。その人の理由は『おしゃべりしている時の笑顔が優しいから』でした」

 確かに、最近の勅使河原さんは休憩中なんかに話すと、やたらと笑顔を大盤振る舞いする。時には、小さいながらも声を上げて笑い出す。――でもそれって。

 私が勅使河原さんを見つめると、彼も小さく頷いた。

「そうなるのは、藤野さんといる時ばかりです」

 そう言われた瞬間、胸の中にいるすべての感情がアカデミー賞受賞会場並みにスタンディングオベーションをした。独占欲もよろこびもうれしさも。

「あなたといると、予測不能な色々な事が起こって、それが楽しい。あなたが笑っているのを見るのが嬉しい。あなたが私のそばにいないと寂しい。あなたが他の人を好きなのはいやだ。そんな感情、地球(ここ)に来るまで知らなかったのに」

 とつとつとした話口に、一見なだらかに表れる感情。でもそれらは、実はいくつも波頭を立てている。しらなかったのに、という責めるような言葉の中に、甘えもひと匙含ませて。

 なんだろうな。なんなんだろうなこの人。いや、宇宙人(物理)なのは分かってる。空気読めないのも。服や言動に気を遣えるようにはなったし頭小さくて手足長くてかっこいい(我ながら欲目がひどいな)のに、相変わらず街ですれ違って一〇秒後には忘れられるようなモブ的存在なのも。

 でも私はそうじゃないよ。渋谷のスクランブル交差点を歩く人波の端と端にいても見つけられるよ。

 よし、侵略してくる宇宙人は任せた。詐欺目的の地球人の対応は、任せて。


 そんな風に、どうと押し寄せてきて頭から足の爪の先までを満たした感情の中、ひたすら感動していた私に、今度は「だから、責任を取ってください」という言葉が飛び込んできた。

「――は?」

 ちょっと、今いいとこだったよね? まだまだロマンチックに浸っているべきシーンだよね?

 だいぶ成長したとはいえ未だ発展途上の勅使河原さんは、「おかしいな、この間観た昔のドラマでは確かに婚姻関係を結ぶに当たって『責任を取る』という文言があったのに……」と納得のいかない様子でぶつぶつ呟いていた。

「……それは、子供が出来ちゃったとかで彼氏の方が『責任を取る』って言ったのでは……」

「そうそう、そんな流れでした。藤野さんもどうか犬にかまれたと思って責任を取ってください」

「何かいろいろ間違ってますよ?!」

「いいえ、何一つ間違ってはいません」

 勅使河原さんはそういうと、私の手を取り彼の胸に押し当てた。掌が、速い鼓動を聞く。

「脈拍が異常です」

 そう言うと、手は彼の頬に触れさせられた。

「熱くなっています」

 触れたまま、手を彼の手に包まれる。

「こうして触れていると、脳内麻薬が大量に放出されます」

 そろそろ突っ込んだ方がいいかな、と思いながら、珍妙かつ熱烈な彼の告白を大人しく聞いてしまう自分がいる。

「藤野さんからも、同様の現象が確認されています。ですから、おそらく私たちは共通の感情を抱いていると思われます」

 読み取られる訳ない、と 高をくくってたら、まさかのスキャン&分析が来た。プライバシーも何もあったんもんじゃない。


 宇宙人になんか惚れてどうする。学術目的ならいつまで地球(ここ)にいるかも分かんないし、そもそもコミュニケーションだってまだ凸凹だらけだっていうのに。

 気持ちを認めてから、なんどもなんどもそう思った。

 でもその凸凹具合が面白いんだよ。彼はとても素直な人だし、こちらがなにかすれば都度お礼を口にする、そのあらかじめ備わっている品の良さ、みたいなものがある(まあ、大抵それはデリカシーのない発言でプラマイゼロになっちゃうんだけどさ)。

 いつまで続くか分からないのは、宇宙人じゃなくたって同じだ。だったら、好きでいいじゃない。片思い、上等。

 一人でそう決めつけていた。


 ――気が抜けて、勅使河原さんの胸に頭を預けてしまう。でもそのまま甘い恋の雪崩に埋もれてしまうのは悔しくて、「そういう時なんて言うか教えます」なんて偉そうに言ってしまう。

「なんですか?」

「……『好き』」

 教える態で、こちらの感情も乗せて伝えた。

 さあ、あなたは私が教えた言葉を、語学番組みたいに素直にリピートしてくれる?


 だがしかしというかさすがというか、勅使河原さんときたらこちらの期待をあっさりと裏切り「いいえ、それだけでは不足です」とのたまった。

 言ったなこのやろう。じゃあ他になんて返すつもりなのさ。

 心の中で毒づきながらも胸元から離れられずにいる私に、勅使河原さんは「先ほどのものとは別のドラマからの受け売りですが」と前置きをしたのち、めちゃくちゃぎこちなくハグしながらこう告白した。

「愛しています」

 合格。花まるをいくつもあげちゃう。思わず頬が緩むと、勅使河原さんもほっとしたように笑う。こんな顔、出来るようになったんだもんなあ。しかも、いつの間にか肩を抱いて、「キスをしてもいいですか」なんて囁いたりしちゃってさ。そのくせ返事なんて待たずに顔を傾けてくる。

 いいも悪いも聞かないまま近付いてきた唇が私の唇を捉える前に、あわてて注意事項を述べた。

「キスする時、目は閉じるものですからね」

「いやです。藤野さんを見ていたい」

「ねーちょっとほんとに誰ー?! 宇宙人に乗っ取られてんじゃないの実は!」

「勅使河原です。今現在乗っ取りは確認されていません」

「真面目か」

 あーもう、キスするって雰囲気じゃなくなった……


 と思っていたのは、私だけだったみたいで。


 予想を裏切って、勅使河原さんは熱心にキスをした。予想外にじょうずなのがむかつく。

 さらに。

「唇が荒れているようですから、今夜はケアを忘れずに」

 うるせえわ。


 返す言葉は生まれたばかりの仔猫ちゃんみたいに頼りなくて、それを聞いた勅使川原さんは細い目をこれでもかと新月まぢかの月ほど細め、いっそう笑みを深めたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あの勅使河原さんが、すっごい進化を遂げていますね! 宇宙人と判っても普通に対応する藤野さんの、教育の賜ですね(笑)
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