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如月・弥生  作者: たむら
season1
3/41

チョコレートガール/キャンディボーイ

高校生×高校生

「はい」と、何でもないように目の前に突き出された小さな紙袋。

「はい?」と云いながらうっかり両手で受け取っちゃったのは、それが大好きなチョコレートブランドの袋だったからだ。

「じゃ」と、渡したことで任務終了とばかりに、(たいら)君は踵を返して自分の席へと戻って行った。

「ちょー、待ったあ!」

 慌てて引き止めれば、怪訝な顔して振り向く。怪訝な顔は多分こっちも同じだ。なんで、ただのクラスメート@男子に高級チョコレートを贈られてるかな私。

 はっと気づいて、とりあえずチョコは机に置いた。

「これ、何」

藤田(ふじた)さんの方が俺よりずっと詳しそうだけど? ベルギーのチョコなんだろ?」

「いやいやいやそうでなく、それはもちろん知ってるんだけどっ」

「あげたかったから。チョコレート、藤田さんに」

「えっと、それは嬉しいんだけど」

 日にちが微妙。

 男の子からでも、二月の一四日のチョコレートって、そう云う意味のものではないのか。

「迷惑?」

「いやいやいや」

 チョコレートは大好物だ。なんなら三食チョコでもいい。そう云うと母親が悲しむから云わないしちゃんとご飯も食べるけどそれくらい好き。

 バレンタインだからって、自分の好物あげて、お返しに好きだけどチョコよりはうんと好きのランクが落ちるキャンディなんかもらったってちっとも嬉しくなんかない。

 エアインチョコのエアの意味わかんない。穴の中までチョコで埋め尽くせっつうの。

 そんなことを、つい先日たまたま帰りの電車の中で会った友人の麻美(まみ)ちんに云ったら、『相変わらずブレないね』と呆れられた。そんな私なので、今年も男子に義理であってもチョコをあげることはない。好きな人もいないことだし。ちなみに友チョコもチョコチップクッキーでの参戦だ。


 平君は黒縁眼鏡のブリッジを中指で軽く押し上げた。おお、手の筋がいい感じ。

「藤田さん、チョコ好きだよね」

「うん、大好きー」

 思わずにやけた顔で即答したら、ふっと笑われた。それが、バカにした風じゃないのがまたいい。

「だから、食べて欲しくて」

「……ありがと。でも何も今日渡すんでなくても良かったんじゃないの」

「どうして」

「どうしてって」

 おかしいな。平君てこんな間抜けな会話をする人だったっけ?

 否。

 クラス長でしょ。

 ハンド部の副部長でしょ。しっかり者のはずだよ。

「好きな人がチョコ好きだったら、渡すのにうってつけの日だと思うけど?」

「すきなひと」

 えっと。

 予想外の言葉とリアクションに、脳みそが学校のパソコン(windowsXP)みたくビジー状態になってしまった。おかげで、えらく反応が鈍い。平君は私が机に置いたチョコレートを指差して、「まあ、そう云うことだから」と云って、今度こそ席に行ってしまった。

 そう云うことって、……そう云う、ことなの?


 その日を境に、平君による私の餌付けが始まった。

 毎朝ひと粒、もしくはひとつ、もしくはひと箱、チョコレートをくれる。


 アポロ。チョコベビー。眼鏡の形のハイエイトチョコ。アーモンドチョコ。きのこの山。普通に板チョコ。小枝。チョコボール。ハイクラウン。ルック。ハートチョコレート。チロルチョコ。パラソルチョコ。サッカーボールチョコ。コインチョコ。アルファベットチョコ。キスチョコ。ペロペロチョコ。アルフォート。シガレットチョコ。

 土日祝日を挟めば、その分も、くれた。私が遅刻ギリギリに教室へ滑り込んだ日には、机にちょこんと置いてあった。ごんぎつねか。


 そして、ホワイトデーの前日。


「はい」と、何でもないように目の前に突き出された小さな紙袋。

 その中の小箱に何が入っているか、もう知ってる、充分過ぎる程。

「ありがと」

 受け取る私も、なんで、とかつまらないことはもう云わない。チョコレートに罪はないし、もらうのは嬉しい。それに。

 チョコレートを貰うことだけが嬉しいんじゃない。そこに乗せられた気持ちが、嬉しい。


 毎朝、そっけなく渡されたひと粒、もしくはひとつ、もしくはひと箱。

 なのに、渡されたチョコレートには何か魔法でも掛けてあるのかなってくらいに、甘くて特別な味がしてた。

 平君が席に戻って行けば、いつの間にやら教えあっていた携帯のアドレスに、メールが届く。

 今日のヘアピン、かわいい。

 目、赤いけど大丈夫?

 あとで一緒に自販機いこ。

 咳してたけど、風邪?


 送られてくるのは、チョコレートみたいに毎日一言。

 メールが苦手なの? それとも遠慮しているの?

 聞きたいことなら沢山あるよ。たくさんリストアップしてある。

 ひと月で、ただのクラスメートの男子は、特別なひとりに、なった。


 明日になったら、教えてよ。一つずつでいいから。

 今度はね、私が平君の席に「おはよ」って毎朝一つずつ飴を渡しに行く番。


 ―――――――――――――――――――


 からりと教室の引き戸を開けて、入り口近くの自席に座る。つい昨日まで、窓際の席まで行っていた朝の習慣はひとまずやめた。

 さて。

 餌はきちんと餌として機能したか。チョコ好きの彼女だから、餌だけちゃっかり戴いて『ごちそうさま―、ありがとね』と逃げたとしてもおかしくはない。『チョコレートに罪はない』とか云ってるし。でも、毎日ああやって餌付けして、それをなかったことには出来ない人だと云うことも知っている。――それにしても。

 俺はこのひと月のことを思い出しては、一人笑い出しそうになって、眼鏡の位置を直すふりをして掌で顔を覆い隠した。


 最初は、おっかなびっくり。でも、チョコを渡せばいつも目を輝かせて、口に入れればふにゃんと幸せそうに笑んで。

 慣れると、にこっと笑ってお出迎えしてくれた。そのつやつやのほっぺに、『今日は何チョコかな!?』って云うのがでかでかと極太のゴチック体で書いてあったけれど、期待には応えられただろうか。

 いろいろ聞きたいことはある。プロフィールや好き嫌いは調べ済みだ。だから、今回のラインナップにエアインチョコは入ってないだろ。

 主に聞きたい中身はこのひと月の成果だ。懐かれた自覚はある。だからこそ、『ごめんなさい』だったらダメージがでかいな、とぼんやり思っていた。

「平君」

 彼女だ。

 俺は、机の横に立っている彼女の方に顔を上げた。

「おはよ、藤田さん」

 心の動揺が見えにくい顔であることを、今ほど感謝したことはない。

 ドキドキしてるよ。少し怖いよ。

 どんな答えが待ち受けている?

 君は俺に、何をくれる?


 彼女は、体の後ろに隠していた袋をにゅっと突き出した。

「とりあえず」

 とりあえずって、なんだ。言葉の真意を掴めぬまま「ありがとう」とお礼を云って、受け取る。――重さから云って、いわゆる『お断りアイテム』の筆頭であるマシュマロではなさそうでホッとする。

 顔を再び見上げれば、うっすらピンクだ。お化粧を積極的に施す人ではないから、チークではない。――と云うことは。

「そこの、おいしいから。オススメなの」

「開けてみても、いい?」

「いいよ」

 許可を得たので、その包みを開ける。出てきたのは、老舗のフルーツパーラーのキャンディだった。

「とりあえず、今日はそれ」

 だからその二度も云う『とりあえず』の意図は?

「明日から、今度は私が飴ちゃんあげるから! じゃ!」

 それだけ云うとものすごい勢いで自分の席に戻ってしまった。

 呆然としたのち、笑いと安堵と嬉しさが後から後から湧いてくる。彼女が大好きだと云うチョコレートファウンテンのように。

 なんだなんだ、その『とりあえず』はそう云うことか。

 でも俺は、君のことホワイトデーまでに釣り上げる為にひと月チョコをあげてたのであって、別にそれを真似する必要はないんじゃないのか? あとなんだ『飴ちゃん』て。関西人かよ。


 おかしくて、鉄壁な筈の表情筋が緩む。

 やっぱりそうだ。

 彼女は俺を笑わせるのがきっとうまい。


 席に座って、憎しみの対象が目の前にあるみたいにじっと前の席の椅子と自分の机の間の空間を睨んでいる彼女。さっきよりもピンクに染まっている頬を見れば、あれは怒っているんじゃなく照れているんだと分かる。その様子を見ながら、『今度チョコレートを食べに行かない?』と、いつも送っていたメールの延長のように、お誘いのメールを送信した。

 チョコレートファウンテンをやっているお店とか、チョコレートショップのカフェとか、連れて行きたいところはたくさんある。

 もうそれは餌なんかじゃない。ただのデートだ。


 彼女がメールの着信に気付いて、携帯を取り出す。

 差出人を見て目を見開いて、本文を見てぐるっと首だけこちらに向けて。

 ああ、もう首まで真っ赤だ。しかもすげー嬉しそう。

 それ、嬉しいのは俺とのおでかけなのチョコなの。まあ現時点ではチョコだよなと少し面白くない気持ちもあるけれど。

 いいや、藤田さんかわいいし。

 そう思いながらふっと笑って手をひらひらと振ると、彼女は高温で溶けたチョコみたいにぐにゃりと机に突っ伏した。


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4804ce/3/


14/03/13 誤字修正しました。

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