イージーでルーズでジェントル(☆)
永嶋家シリーズ。未読でもお楽しみいただけると思います。
「ゆるり秋宵」内の「スウィートでハニーでシュガー」の後の、秋から冬の話です。
みーは音楽が好き。数学嫌い。国語好き。英語嫌い。
成績は、五と一ばっかで、先生に「お前は高校選びに難航しそうだなぁ」って苦笑されてる。
だからね。
「なんであの子は廊下で歌ばっかり歌ってるのに、うちの子より成績がいいんですか! おかしいじゃありませんか!」ってよそのママさんにみー指差されて云われたけど誤解だと思うんだよ。
「――ごめん」
「いーよ別に気にしてないよ」
「でも、うちの母さんが永嶋さんにひどい事を」
「あんなのひどいうちに入んないって」
エキサイトしちゃったママさんは、部長やら生徒会やら色々がんばってて成績も優秀でなおかつグッドルッキングというカンペキなクラスメイト、結城君のお母さんだった。
二学期最大のゆーうつイベントであるところの三者面談の日。結城君の面談が終わって、さー帰りましょってタイミングで、まだ面談待ちしてたみーがお友達と待機部屋である視聴覚室の前の廊下で「音楽の小テストで一〇〇点とっちゃったよー」の歌を歌ってたら、ママさんそれを中間テストの数学かなんかだと勘違いしちゃったみたいなんだよね。
んで、からまれて、ポカーンてしてたら結城君が「母さん、やめて」って止めてくれて、騒ぎに気付いて視聴覚室の隣にある生徒指導室から出て来た先生が「お母さん、こちらへ」ってママさんをどこかに連れてって。
残った結城君が、悲痛な面持ちでみーに深々と頭を下げたって訳。
元はといえばみーたちが廊下で騒いでたのが悪い。でも、何度「もーいいからー」って云っても、結城くんは頭を上げてくれなかった。いつもは堂々としている(でもいばりんぼではない)ヒトのそんな様子を、視聴覚室にいる他の待機生徒や、廊下を通り掛かった人が興味津々に見るのがなんかヤで、「こっち」って結城君を生徒指導室に引っ張り込んだ。
二人してパイプ椅子に腰かけるけど、結城くんはまだひどく落ち込んでるみたいだ。だからみーは、よしよしってその頭を撫でた。ちなみに、優等生だからか、結城君の頭は形がよくって、髪質もやわらかだった。
まさかの撫でられ攻撃が効いたのか、結城くんは「まいったな」って苦笑して、ようやく頭を上げる。そして。
「――母さん、俺の成績の事になるとちょっとその、おかしくなっちゃうんだ、たまに」って、どこか痛そうな顔して、無理して笑った。
「そっかー」
「この話をして『そっかー』って普通に云われるの、初めてだ」
結城君の目元がふっと緩む。
「俺が頑張って成績キープ出来てればいいんだけどね、この間のテストで数学だけ一〇〇点取れなくて、それで」
「結城くんは今、全ワタシにケンカ売ったね」
「売ってないけど」
「秀才が憎い!」
「全俺は永嶋さんが面白いよ」
「なんだとー!」
「永嶋さんと話してると、息がしやすい」
「さては貴様宇宙人だな」
「それは永嶋さんのあだ名じゃん」
「ぐう」
「――なに、それ」
「ぐうの音。普通出ない奴を出してやった」
「あぁ、ほんと」
永嶋さんといるとこの世は素晴らしいような気になるよって、結城君が見たこともない程全力で、笑った。
それがきっかけで、結城くんはちょくちょく休み時間とかにみーに話しかけてくるようになった。周りはまるで接点のないふたりの組み合わせに最初は驚いてたけどね。すぐに慣れたね。
彼のいいとこは、みーのするどんな話にも、『ヘンなの』って云わないとこ。グッドルッキングボーイなだけでなく、グッドボーイなんだよ。
一二月、風はあるけど日差しがポカポカな日。みーは、ぽーっと外を眺めてた。
まるまる太った雀をみてかわいーなーって笑ってたら、「何見てんの」って結城君が云ってきたから「あれ」って指差して教えてあげた。
「かわいいよねー」
「そうだね」
「雀がぎっしりプリントされたブラウスとか、着たいよねー」
「いや、俺はいいかな。でも永嶋さんはそういうの似合いそうだ」
ほらね。
こんなリアクション、他の男子はしないんだから。
女子は幼稚園からいっしょの仲いいコもいるけど、男子はみーのこと苦手さんもいっぱいいる。結城君が云ってたみたく『宇宙人』って呼ばれてるの知ってるよ。
「結城君はいい子だねえ」ってしみじみ呟いたら、「おばあちゃんか」って苦笑された。
そっちこそ、陽だまりみたいに居心地いいじゃんねぇ。
二月、バレンタインがだんだん近づいてきて、やっぱり教室のテンションもかなり上がってきてる。みーは男子にあげないからカンケーないけども、男子も女子もみんなそれなりに浮足立ってるねぇ。受験生なのにねぇ。
おかしくなっちゃったのは結城君も同じで、みーにむかって何か云いかけたり、やめたり、そわそわしたり。今日だって、日直のお仕事で放課後残ってたら「俺も」ってお手伝いを申し出てくれたのはいいんだけど、手にしたその黒板消しはペアの日直の男子が今日お休みだったからって、みーのお友達が帰る前にきれいにしてくれたんだってば。云ったよね。みーさっき云ったよね。なのに「ああ」って生返事して「じゃあ黒板消し、クリーナーに掛けてる間に日誌書いて」って、こらー! 人の話聞いてないだろう。――その浮わつき具合から推測できる真実は一つ。
「結城君、君は今クラスの女子に気になる子がいるのかい?」
みーがマボロシのカイゼルひげをエアー撫でしつつ探偵気分で問うと、「――うん、まあ、そうっちゃ、そうだな」と灰色な発言。
「ほうほう、いるのだね?」
「――いますよ」
「誰さんなんだい?」
「云う訳ないじゃんそんな事」
「ではこの名探偵が当てて見せよう!」
「無理だと思うけど」
失礼だぞ、あからさまにため息までついて『仕方ないな、遊びに付き合ってやるよ』みたいな顔してさ。もう絶対に当ててやる。
「結城君が好きな相手は、やまちゃんだな!」
「違う」
「じゃあ、さなっち!」
「違う」
「遠藤さん!」
「違う」
みーは自信たっぷりにコレ! という候補を一人ずつ挙げてみたんだけどことごとくはずれで、とうとう五人目に突入したとこで結城君に「ほんとにもう云わない」って宣言されてしまった。ちぇ。
「永嶋さんこそ、誰にあげるの、チョコ」
ちょっとふてくされたみたいにそっぽ向いて聞くなんて結城君なのに珍しいねと思いながら「ワタシはパパさんにしかあげないよ」って教えた。しかもみーがあげるのは五〇〇円くらいのプチプラチョコだけど、パパさんからのお返しはとってもおいしいベルギーのチョコだったりする。
バナメイエビでタイを釣ってるみーです。
「――そっか」
「うん」
「好きな奴はいないの」
「あれ、まだ続いてるのその話題」
「いいから。――いる?」
「いるよー」
そう答えた瞬間、まだヒーター切ったばっかで教室の中は暖かかったのがなんか急にすーって寒くなったんだよね、不思議。
「うちの学校の奴?」
「んーん」
「じゃあ、どこの中学校? それとも高校?」
さっきの逆みたいなやりとり。でもみーは隠さないよ。
「ハズカシーから小声で教えてあげるね」と、好きな人のことを聞いてるくせに険しい顔した結城君を内緒話の距離に呼んで、その耳元にこっそりと、大大大好きなおじいちゃん俳優の名前を告げたら、すっごいぽかんとした顔になった。
「――――は?」
「あ、観たことない? 面白いんだよ! コメディ映画なんかにもたくさん出てて、ダンスも歌もお上手だし演技もすごいのー!」
そうお話ししてたら、またその人が出てる映画を観たくなってしまった。受験が終わったらDVDぜーんぶ観よーって思って、書き終わった日誌を閉じて筆記用具を片付けるみーの横で、結城君が悔しそうに「――そんなの太刀打ち出来ないじゃん」と口を尖らせてた。
「結城君は俳優さんになりたいの?」
「いや、それは無理だけど、でも」
CMに入る直前のテレビ番組みたく、すごく思わせぶりに言葉を止めて。人のことじいっと見つめて。
どこかのクラスの女子がおしゃべりしながら廊下を走っていくのをひとしきり聞いてから、結城君がみーに向かってきっぱりと静かに宣言した。
「いつか俺、面白い男になるから、待ってて」
「? うん、楽しみにしてるよ」
そう答えると、何故かにっこりされた。
そしてお休みだったチョコの日、彼はみーのうちにわざわざ友チョコを届けに来てくれました。
「友チョコありがとうね!」ってお礼を云ったら、「どういたしまして……」って力なく笑ってたけど、どうしたんだろう。
そのやりとりをお話ししたら、パパさんは『結城君、かわいそうに』って苦笑するし、ママさんは『友チョコね! うん、友チョコなのね』って大笑いするし、ねーねーは『あー……』って天井見て絶句するし、意味わかんない。
「誰か教えてヨー」ってヘルプミーしても、「それはあんたが自分で気付くこと」ってねーねーに鼻の先をぴんってされた。地味に痛い。
みーが自分で気付くまで、どれほどかかるかわかんないよ。でも結城君なら待ってくれそうな気もする。
彼がグッドルッキングなファニーマンになる前に間に合うといいねって、思うよ。
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