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如月・弥生  作者: たむら
season1
26/41

チョコレート対決(前)(☆)

「クリスマスファイター!」内の「サンタガール日記」の二人の話です。

 クリスマスの夜、バイト先の店主でケーキ職人の立木(たちき)さんに電話で改めて告白したら、やっぱり返事は『……おう』だった。――閉店後寝ていた彼にこっそり告白した時に聞こえた『おう』の意味を聞く前に、気持ちが先走って告白して、この体たらく。おかげで『おう』ってなによ、『おう』って! と机をバンバンする気力もなく、『……そうですか』とだけ云って、電話を切った。


 その『おう』をどう解釈したらよいのやら分からないまま、未だに何も変わることなく過ごしている。

 もしかしたら流されて、なかったことにされてるのかも。そう思ってもバイトを辞める気にはどうしてもなれなかった。お店はいつも忙しいし立木さんは言動がキッツイけど実は分かりにくく優しいし、ケーキを売るこのお仕事が好きだから。

 とはいえ、宙ぶらりんのまま放置されてひと月ちょい、そろそろ何らかの返事が欲しいとも思う。――『おう』ってぶっきらぼうに云うの、かわいいけど告白の返事までそれだなんて。

 諦め悪いなあ。いいお返事がない時点で察しようよ私、って自分で自分につっこんでしまうよ。でも、はっきりしなくちゃ私だって諦めようがないから、きちんと答えをもぎ取ろうと思う。それまでは、このままで。

 立木さんに今日も寒いですねえって話しかけて、冬に暑かったらおかしいだろって冷たくあしらわれて、ひどーい! って憤慨して。上がる時、お疲れ様でしたって声を掛けて、おうって手を上げられて。――そんなのが、いいの。


 この時期、お店でもチョコレートなお菓子をいくつか売っている。フォンダンショコラに、ハート形の生地をチョコレートでコーティングしたケーキに、チョコレートとラズベリーのタルト。どれも小さいお一人様サイズだ。

 さすがにクリスマス程ではないけれど、立木さんの作るものはどれもおいしいとこのあたりでは評判だから、バレンタインを目前にしていつにも増して毎日忙しい。嬉しそうにそっと包みを抱えて帰る女の子達を見ると、『ガンバレ』と心の中でエールを送ってしまう。

 私も好きな人になにか贈りたいけれど、この店で買い求める訳にはいかない。作った本人にお店で買ったそれを差し出すのはあまりにもマヌケすぎる。かといって、よそのパティシエが作ったものを差し出すと云うのもおかしな話だし。もしそんなことしたら、自称天才パティシエの御機嫌がとんでもなく斜めになってしまいそうだ。

「困ったなあ」

 四時半にバイトを上がって、途方に暮れつつ駅を目指して歩く。すると、同じ商店街で小さなフレンチのお店を営むシェフのナオさんと、その店でギャルソンを務める大矢(おおや)君の二人が駅の方から歩いてきて、「こんにちは」と声を掛けてくれた。ナオさんはコックコートに上着を、大矢君はシャツと黒のスラックスでライムグリーンのダウンジャケットを羽織っている。それぞれの手にはコンビニの袋。

「こんにちは。お二人は休憩中ですか?」

「ええ。それより、柘植(つげ)さんさっき『困った』って云ってましたけど、どうかしましたか?」

 ナオさんが水を向けてくれたけれど、往来では話したくない。そう思って少し口を噤んでいたら、「よかったら、うちの店でコーヒーでも飲んでいきますか」と誘われて、気が付いたらこくりと頷いていた。


 クローズの札が掛けられたドアを「どうぞ」とナオさんに開けてもらい、中に入る。

 カウンター席に案内されて座っていると、上着を脱いだ大矢君が私の隣に滑り込むようにして座った。大きく足を開いてその間の座面に両手をついているのがやんちゃな子供みたい。

「柘植ちゃんは何をお困りなの?」

 にこにこ笑う大矢君が、そんな風にお気楽に聞いてくるから、こちらも「チョコを、どうしようかと思って」と素直に口に出してしまった。

「ああ、立木さんに」

 ナオさんが私の前にコーヒーを置きつつさらりとそう云うと、大矢君も「やっぱりなー」と納得していた。

「え、なんで」

 この辺に住んでいない大学の友人には話したことがあるけど、こっち方面の人には誰にも云っていないのに。慌てていたらナオさんと大矢君が「柘植さん、分かりやすいですよね」「そりゃもう」と納得の理由を教えてくれた。

「ねえ、もう告白済み? それともバレンタインに告白すんの?」

 大矢君の繰り出す芸能レポーターばりの質問にたじたじになっていると、ナオさんが「大矢君」とたしなめてくれた。――気持ちがばれているんだったらいまさら隠す必要もないだろうと腹を括り、コーヒーを一口飲んでからぽつぽつと話し出す。

「クリスマスに告白したんですけど……」

「けど?」

 聞き逃さない大矢君がそこを聞き返す。

「……『おう』って返されました」

 ありのままを伝えたら、大矢君はこっちを向いて片肘をカウンターについたまま「マジか……」と絶句した。ナオさんはとカウンターの向こうの人を見ると、こちらもおでこに手をやって「そうきたか……」と苦笑い。

「でも、柘植さんは『嫌い』とは云われていないんですよね?」

 ナオさんの優しい問いかけにこくりと首を縦に振る。

「立木さんは、正直な人ですから、嫌いなら嫌い、迷惑なら迷惑だときっと云う筈です、大丈夫」

 その言葉にじーんとしていたら「……多分」と付け加えられてずっこけそうになった。

「ナオさんひどい……」

 私が涙目で怒っていると、ナオさんは苦笑しながら「そんな柘植さんに一つ提案です。来週の祝日の十一日、夕方五時過ぎから有志がここでトリュフを作るんですけど、よかったら柘植さんも参加しませんか」と声を掛けてくれた。

 なんでも、場所を提供するだけでナオさん自身はノータッチだから、『ナオさんのお店のチョコ』じゃないとのことだ。願ってもないそのお誘いに、「お願いします!」と飛びついた。バイトはこの日も確か四時半までだから丁度いい。



 十一日は上がり時間がずれ込むこともなく、スムーズに夕方からのシフトの子と交代出来た。休憩室で少し時間を潰して、五時を回る頃店を出る。

 商店街の道をナオさんのお店の方へと歩き出すと、すぐに「柘植」と聞き覚えのある声に呼び止められた。

「立木さん」

 振り返り、どぎまぎしながら返事をすると、「忘れ物」と目の前に紙袋を付き出された。

「わ、すいません」

 慌てて受け取る。中身はこれから使うゴム手袋とエプロン。多分さっきまでいた休憩室のテーブルにほいっと置いて忘れちゃったんだろう。

「お前、なんで駅と反対方面に歩こうとしてたんだ?」

「えっと、その」

 普通に『ナオさんのお店に行こうと思って』って云えばいいのに、取り繕おうとして失敗した。挙動不審になっていたら、「おーい柘植ちゃーん」と陽気な声を掛けられた。

 立木さんと二人で見ると、既に私服姿の大矢君がこの間と同じライムグリーンのダウンを着て手をひらひらさせている。その目が私だけじゃなく立木さんもいることに気付いて口が「やべ」と小さく動いた。

「――そう云う事か」

 立木さんは一人で何かを納得すると、くるりと踵を返した。

「邪魔したな」

「え」

 展開について行けない私がお店へと戻る立木さんを見送っていると、大矢君が眉毛を下げて「ごめん、俺立木さんになんか勘違いさせちゃったかもしんない」としょげてしまった。

「――大丈夫です、行きましょ」

 告白したのに返事は『おう』だもの。そんなの気になんかしていないよきっと。


 ナオさんのお店に着くと、大人! な女の人と、かわいくて元気な感じの女の人がいた。その二人をナオさんが紹介してくれる。

「婚約者の織枝(おりえ)さんと、お店の常連さんのみゆさんです。こちらは商店街のパティスリーにお勤めの柘植さん」

「柘植です。今日はよろしくお願いします」と頭を下げると、二人からも「こちらこそ」と柔らかい笑顔付きのお返事をもらった。

 さっそくエプロンをつけて、みゆさんの指導のもと作り始める。その様子をカウンターの向こうの席から大矢君がデレデレした顔で見て「うわ、いい……」と漏らした。

「写メりたいなー。厨房がいつもと全然違って華やか―」

 大矢君の言葉に、同じく座って見守っていたナオさんが「文句があるなら女性の多いお店に転職したらどうかな」と冷静につっこんでた。すかさず大矢君が云い訳をする。

「いやいや、俺はナオさんについて行きますよ?」

 その様子にくすくす笑っていると、「この二人、いつも仲良しさんなんですよ。ね、織枝さん」とみゆさんが云って、「そうなのよ。やけちゃう」と織枝さんも膨れて見せた。


 ビターチョコレートとミルクチョコレートを必要な分だけ刻む。湯せんにかけた後、温めた生クリームを混ぜる。粗熱が取れてからバターを混ぜてコニャックを投入。

 すべての作業を一人でするには作業スペースが足りないため、チョコを刻んだあとは織枝さんと交代しながらやった。絞り袋に生クリームの混ざったチョコを入れてからはまた一人ずつ作る。絞り出したチョコを一旦冷蔵庫で冷やしている間にお片づけと洗い物をしていたら、「……何か心配事?」とみゆさんが横からそっと声を掛けてくれた。今日初めて会った人に心配されるほど分かりやすいかなぁ、私。

 苦笑しながらここに来る前のことをクリスマスの告白からぽつぽつと説明すると、織枝さんとみゆさんも「あー……」と声を揃えてしまった。

「でも、大矢君いい仕事したかも、うん!」

 みゆさんが明るくそう云って、織枝さんも「そうね」と相槌を打ってくれた。 

「私は直接見てないし、その人のことも知らないから断言はできないけど、はっきりさせるにはいいチャンスじゃないかな」

 そう答えてくれた彼女の鼻には、チョコが少し付いていた。それをナオさんが「かわいい」と笑いながらおしぼりで拭くと、「え、やだ、ついてたんだ」と織枝さんが照れる。周りなんか目に入らない二人の様子に、みゆさんが「もうそこ甘―い! 甘すぎ!」とイエローカードを出すジェスチャーをするから、私も大矢君も大いに笑った。


 冷やし終えたチョコを冷蔵庫から出して、ゴム手袋をした掌で丸く成形する。それからコーティング用のチョコを溶かして丸めた方のチョコの周りに付けていく。粉砂糖をまぶしてまた冷蔵庫へ。閉めた冷蔵庫の扉にコツンとおでこを当てて、「……チョコを渡してもまた返事が『おう』だったらどうしよう」と呟くと、それまで雑談に花が咲いていたのが嘘みたいにしーんとしてしまった。

 その沈黙を破ったのは織枝さんだった。

 ぽんと私の肩に手を乗せて、そして素敵な笑顔で云い放つ。

「その時は、グーで殴ってもいいと思う」

 うんうんとみゆさんも両方の拳を握って頭を縦に振っている。そうか、殴っていいか。納得していたら大矢君が自分のほっぺたをおさえて「ヤメテー! 暴力反対!」と大げさに騒いだ。


 出来上がったトリュフを試食する。さすがにみゆさんが何度も作り慣れているだけあって、ちゃんと美味しく作ることが出来た。欲しそうな顔を一切隠さない大矢君には私の分を、大人なのできちんと隠していたナオさんは織枝さんの分をそれぞれ試食してもらい、二人の男性からもお墨付きを戴くことが出来た。用意してきた小箱を組み立てて、立木さんに渡す分をそっと入れる。それ以外は同じく持参のタッパーの中に入れて持ち返ることにした。

 後片づけをして、場所を提供してくれたナオさんと分かりやすくおいしく作れるように教えてくれたみゆさんにお礼を云う。みゆさんは「柘植さん、頑張って下さいね!」と手を振り、お迎えに来ていた彼氏さんと一緒に手を繋いで帰って行った。――いいなあ。

 私も支度を済ませてご挨拶をしてからお店を出る。振り返って見たお店の中には、大矢君がいるのに甘い空気のナオさんと織枝さんの姿。こっちも、いいなあ。

 どうしたら両想いになれるんだろう。あの人は、どんな私なら好きになってくれるんだろう。

 そんなの考えたってどうしようもないのにと思いながら駅方面へ歩く。閉店時間の九時を過ぎて灯りの落ちたバイト先の前を通ると。

「おい」

 ――この人って『おい』と『おう』でたいがいのことを済ませてるよね。呆れつつも振り返らないと云う選択肢がない私は、その声にちゃんと反応して振り返った。

 今日、この人に呼び止められるのは二回目だ。そう思いながら、仏頂面をした、コックコートを纏ったままの立木さんに「ちょっといいか」と云われれて、やっぱりこくりと頷いた。


 閉店後の店内に灯りをつけて、イートインスペースまでずいずい歩いた立木さんに「座って」と促された。

 何だろうと思いながら腰掛けると、作業スペースに引っ込んだ立木さんが数分後戻ってきて、目の前にフォンダンショコラの乗ったお皿とフォークを静かに置いた。

「食って」

 再び促されて、「戴きます」とフォークを取る。いい匂い。さっくりとショコラのお腹を割ると、中からとろりとチョコレートが流れ出てきた。

 口に運ぶ。あんなにぶっきらぼうな人が、どうしてこんなに優しい味のお菓子を作れるんだろうといつも不思議に思う。

「おいしいです」

 こんな時、もっと気の利いたことが云えたらいいのに。自分の語彙の少なさが悲しくなる瞬間。でも次の一口で、すぐにまた幸せになっちゃう。


 一口一口味わって食べていても、あっという間になくなってしまった。

「ごちそうさまでした」

 そういえば、立木さんは何で私を呼び止めたんだろう。フォンダンショコラを食べさせるため? 売り出す前に、試食はもう済んでいるのに。

 訝しんでいたら、立木さんの重い口がゆっくりと開いた。

「……今から俺は店主じゃないスタンスで聞くから、柘植も正直に返事をくれ」

「……はい?」

「お前、フレンチの店のあのギャルソンと付き合ってるのか?」

「付き合ってないです!」

 すかさず反論した。好きだって、云ったじゃない。私はたったふた月弱で心変わりする女だと思われているの?

 なんだか、みじめで悲しい。

 立木さんの質問はまだ続いた。

「お前、俺の事、まだ気持ちは変わってないのか?」

 ――って聞かれて『はい』って素直にお返事するとでも?

 私は伝えたのに。はぐらかしたのはそっちでしょう。そう思っていたから、自然に返事もつんけんした。

「そっちこそ、どうなんですか」

「聞いてるのはこっちだ。質問に質問で返してくるな」

「私、もう伝えましたからこれ以上は云いません」

 グレーゾーンも含めれば告白は二回。返事らしい返事がないのに、言葉でこれ以上告白を重ねるなんて自分には無理だ。だから、言葉の代わりにその小箱を出した。

「――チョコレートです。あげます。ちょっとフライングだけど」と、暗にバレンタインの品物だと含みを持たせて小さな箱を渡す。そして見つめた。


 返事をきかせて。気持ちの向かう先が天国なのか地獄なのかを早く教えて。

 息がうまく出来ないみたいに、深呼吸を繰り返す。

 お店の外は、街灯の灯りだけが燈っていて、もうすっかり商店街は眠っている。この時間にここいらで開いているのは、駅前の飲み屋さんが何軒かと、ナオさんのお店くらいだ。

 バイクが通り過ぎていく音が聞こえる。その音が辿れなくなるころ、ようやく立木さんが返事をくれた。

「……おう」

「!」

 ひどい。

 信じらんない。

 なんなの。

 気付いたらふらりと立ち上がっていた。そして立木さんの目の前に立って、足をすっと前後に開く。

「立木さんの、」

 構えて、後ろに腕を引いて。

「バカ――――――――ッ!!!!」

 正拳で、お腹を突いた。

 そのまま床に崩れ落ちた立木さんを置いて、店を出る。


14/05/21 誤字修正しました。

14/09/11 誤字修正しました。

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