ノーカウントベイビー/掌(☆)
「クリスマスファイター!」内の「カウントダウン・ベイビー」の二人の話です。
相手が本当にそう思っていたとして自分もそう云った賛辞に多少慣れているとしても、こんなに嬉しくない言葉も珍しいなと、それを聞いてもどこか他人事のように感じた。
にこにこと、ご機嫌な顔が見られるのは満足。
どこぞの店で見知らぬ男に振りまかれるのではなく、自分の巣で見られると云うのは、かなり満足。
けれど、一〇に少し欠けるくらいには年下の彼女が無邪気に放つ言葉は、いつも無自覚で残酷なもの。
「マスター、今日もかっこいいー!」
「――そりゃどうも」
「あ、すぐそうやって人のことあしらうんだから!」
君は憤慨するけれど、『すごーい』だの『へえ』だのと云った相槌と同じ熱で云われて誰が額面どおりに受け取ってなどやるものか。――とは云え。
嬉しくない、と云うのは正しくはなく、その笑顔とその言葉がセットでこちらに向けられれば、無条件で心は喜ぶ。喜んで、そして地べたに叩き落とされる。いつものことだ。
その視線は、恋する人間のものだと先に気付いたのは俺の方だった。
店のお客で結構な年下で学生。手出しをしない理由はいくつもあった筈だ。レーザービームみたいにまっすぐ飛び込んでくるその遠慮なしの視線を無視出来ないと気付いた時には、もうとっくに好きだった。
でも俺は君の言葉を手放しで喜んだり、まともに受け取りはしない。君は俺の目を見ないだろ? 好きなくせに、俺を掴もうとはしないだろ?
そんなのは、いくら云われてもアプローチにはしてやらない。ただの言葉だ。
彼女はここで俺を恋する目で見ておきながら、『ダーリン』への電話で甘い声を出す。それを、わざわざカウンター越しの俺に聞かせる。
そいつを迎えに来させて、腰に手を絡ませ去っていくのを見せつける。
カウベルを高らかに鳴らして退場した二人にため息を漏らすと、聞き逃さない彼女の友人は『まったく、恋のお作法ガン無視なんだから』と肩を竦める。その的確な言葉に俺が苦笑する。それも、いつものことだ。
彼女の恋のパートナーが何度変わっても、俺との変わらない関係を苦く思う。いらいらしながら煙草に手を伸ばせば、あいにく中身は空だった。
「――煙草買ってくる」
ウエスタンドアからカウンターの外側に出ようとすれば、「あ、いいよ、あたしコンビニで買って来るから。ラッキーストライクのボックスだよね!」と君が即答した。
ああ、と掠れた声で返事をすると、嬉しげに「じゃあ、行ってきます」と店を飛び出して行った後姿。
そうやって、俺の役に立てた! とあからさまに喜ぶくせに。
俺が煙草を咥え、マッチで火を付け、用済みになったそれを一振りして火を消して、灰皿に落とす仕草をうっとりと見つめるくせに。
自分では吸いもしない煙草の銘柄を、しっかりと記憶しているくせに。
彼氏の自慢の車は、いつまで経っても覚えられないくせに。
俺が他の女性客に迫られていると、切ない顔で見るくせに。
挙げていけばきりがない。これだけの状況証拠が揃っているのに、彼女はまだ自分の気持ちに手を伸ばそうともせず、『ただ年上のバーのマスターに憧れているだけ』と云うスタンスから出てこようとはしない。周りの人間の方がよほど敏感だ。無責任に囃し立てる常連客に、彼女の友人に、彼女の彼氏。そして俺。
長い前髪をざっとかき上げれば、コの字のカウンターの奥にいつも陣取っている常連の野郎どもが、今日もやっぱりにやにやしている。
「マスター、もう自分からいけばいいのに」
「そうだよ、年上の余裕ぶっちゃってさ、そのくせ余裕なんかないのこっちにはバレバレ」
「若菜ちゃん、あの彼氏と喧嘩してんだってさ。チャンスじゃーん」
やいのやいのと騒いでいるのはいい大人の男たちの筈だが、忙しい仕事の合間を縫って夜毎集っては、人の恋愛感情を当人である俺に断りもなく肴にして楽しげに飲んでいるあたり、かなりの悪趣味だ。
「文句があるなら、よそ行ってくれ」
ムキになればなっただけ、このおっさんらを喜ばせるだけだと知っているのでなるべく素っ気なく云う。指は無意識のうちに煙草のボックスを求めて胸元を探っていた。そして『ああないんだった』と気が付いて溜め息をつく。
そうこうしているうちに彼女が戻ってきた。その姿を捉えると、意識せず目を細めていたらしい。俺と彼女ウォッチャーと公言してはばからない男どもがそれを見逃す訳もなく、どっと爆笑が起きた。「え!? 何?」と事情を知らない彼女はただひたすらに戸惑う。
「――なんでもない。煙草、ありがと」
「いいえー」
はい、と手渡され、入れ違いにはい、と小銭を渡す。かすかに指先が触れた掌はしっとりと柔らかそうだった。いつか存分に味わってやる、と決めた瞬間。
彼女はそれから程なく彼氏と別れ、ここでクダを巻き、大いに泣いた。少し元気になったと思ったらもう合コンで次の彼氏を釣り上げ、わざわざここでお披露目をした。
知らないところで俺の知らない顔をしているのも不満だけど、彼氏をここで見せつけられるのもいい気はしない。だから、なんで連れて来るのかを聞いた。彼女はテキーラサンライズを飲みながら『ンー』と思い出す素振り。
「テツ君は何度かここに迎えに来てもらってるうちに、一度ちゃんと連れてけって云われたから連れて来た」
ちなみにテツ君はいっこ前の彼女の彼氏だ。
「でもね、連れて来たらなんかその後ムッとされて、喧嘩しておしまいになっちゃったんだよね」
――だろうな。俺はカウンターの中で、グラスを拭きながら苦笑する。
すくすく育む恋心に気付かないまま彼女が俺ばっかり見てりゃ、彼氏としてはむかっ腹も立つだろうさ。
「じゃあ、マスダ君は?」
マスダ君は、彼女の現在の彼氏だ。
「マスターとか常連さんとか、大人の人に彼を見てもらいたくて。麻友ちゃんにいつも、『若菜は男を見る目がない』って云われるから」
そう云って、テキーラサンライズのグラスに視線を落として笑む。
マスダ君が来たのは二週間前。テツ君よりクレバーな奴だった。すぐに彼女の気持ちの在り様を見抜いて、『出ようか』と挨拶も早々に彼女を店から連れ出した。
不満げながらもまんざらでもないと云った顔をして、誘われるまま大人しく攫われていく彼女を、ただの『行きつけのバーのマスター』でしかない俺は見送るほかなかった。
扉の向こうへ消えてゆく一瞬、ちらと投げかけられた視線は、『――あたしのこと、好きになんかなってくれないんでしょ?』と諦めだけを帯びていた。
そんなわけあるか。そっちこそ、何なんだ。
好きなら好きって、認めて欲しい。ちゃんと俺のことを見て欲しい。
わざと目の前に現れて挑発しては、こっちが鼻先を向ける気配だけで巣穴に逃げ込む野兎。俺がどんな気持ちで、どんな目で見送っているかだなんて、ひたすらに前を見て逃げ惑うだけの君は知らない。
無茶なくせに臆病者。ここがどこだかも知らないで、無邪気に引っ掻き回して。
ここは俺のテリトリーだよ。
そんな風に、応える気もないくせに思わせぶりな態度と熱い視線を寄越すくせに、肝心の気持ちは差し出しもしないだなんて、とんだルール違反だ。やんちゃも過ぎると追い詰められても文句は云えないんだよと、いっその事その身を屠りながら聞かせてやりたい。
彼女が自分自身でそれを自覚するまで、放っておくつもりだった。人に云われて気付くのではなくてちゃんと自分で見つけて欲しかった。でも、彼女はマスダ君との恋が終わってから一年経っても、俺を好きだとは決して認めない。
マスダ君に、『結局若菜は俺のことなんか見てないんだよ』と諭されるようにしてお別れされた――俺にしてみればお別れしてくれた、と云って過言ではない――後、目が溶けるのではないかと心配するほど彼女はここで泣いた。もう恋なんかしないなど、昔のラブソングのタイトルみたいな言葉さえ吐いて。
その次の週にはもう『どっかにいい男の子落ちてないかなー!』と根っからの恋愛体質を取り戻していたけれど。
ここに、一人いるよ。
君が気付く前から勝手に予約済みの男が。君以外の人間は、皆それを知っているのに、君だけが気付かない。
いい加減そろそろ自覚してくれてもいい頃だと、こちらの自制も危うくなってきた矢先。
何とも思ってない筈の男をそんな目で見たらいけないよと親切ぶって警告をしたら『勘違い、じゃなかったらどうするのマスター』とまた無邪気過ぎる爆弾を投げ込んできた。
――何も、分かっていないくせに。
心が、沸騰する。理性が転覆する勢いで煽られ揺さぶられた。――もう、見逃してやれない。
自分の身体からやけに獰猛な気配が隠し切れずに漏れ出ているのが分かる。それにようやく彼女も気付いたらしい。ジャスミンティーのおかわりを渡す時に思いきり身を竦めたのを見ては『遅いよ』と笑みが漏れた。今から逃げてみたってこっちは先回りして全部塞いでやる。君が見ようとしない本当の気持ちを突き付ける。もう、カウントをくれてやって、目を瞑ってゆっくり数えている間にお逃げと、優しい隙をわざわざ与えるような真似はしない。
怒りなのか愛情なのか、焦りなのか懇願なのか、混沌としたこの気持ちにきれいな名前のタグはつけられない。人を好きになる、シンプルな筈の行為に何故こんなに複雑な気持ちが付随してしまうのだろう。
そしてそれすらも、彼女が初めて俺に向けた関心――俺の名前を知りたいと云うのはだいぶ今更だけど、でもやっぱり嬉しい――で心に渦巻くマイナスの感情は簡単に消滅してしまう。
こうなると、追い込んだのは誰なのか、追い込まれたのはどっちなのか、自分でも訳が分からなくなる。追いかけていたのはこっちの筈だ。なのに今焦っているのはどう考えても自分。
いいよ、じゃあ今度は俺が餌だ。せいぜい君が好きそうないい匂いをさせておびき寄せるとしよう。
その前足を、不用意にではなく、ちゃんと自分の意志で踏み込んできたら、捕まえられたっていい。こちらからも捕えて、二度と離さない。
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洋介さんが、あたしのものになってしまった。なってしまったって云うのはおかしいって分かってるけど実感としてはこれが一番しっくりくる。
若菜、って洋介さんがあたしを呼ぶ。愛おしげに。気持ちを隠さずに。
この人は誰なんだろう。こんな、切なげな眼であたしを見る人なんて、知らない。
戸惑い、逃げ出したくなる。でも逃げられないって分かってる。……本気で逃げようだなんて思えないくらい、あたしも洋介さんのことを、好きだと分かってしまったから。
洋介さんは、『あの時の若菜の仕打ちはひどかった』と、以前のあたしのしたことを苦笑交じりに教えてくれた。あたしからしてみれば、手に入る筈のない人を好きになんかならないと必死に足掻いていたつもりだった。でもそれも、洋介さんの側から見た気持ちを伝えられれば『ごめんなさい』と云うしかない。
悪気はなかったもん、と云うのはきっと簡単。でもそこまで無責任な人間じゃないつもりだ。物を知らない小娘でも、小娘なりに矜持はあるから。
自分のことでいっぱいいっぱいで、何も分からずに洋介さんのことも付き合っていた人も傷つけてた。
恋は一人でするものじゃない。特に両思いのそれは、相手のことを大事にしないと簡単に駄目になる。今まで、それがちっとも出来ていなかった。だって、心にいつも洋介さんがいたから。恋人に『甘えさせて』『キスして』ってねだっておきながらずっと目は洋介さんを見ていたなんて……ほんとひどい、あたし。
恋人だった人たちには、もう会うことも話をすることもないけれど、大事に出来なくてごめんなさい、なのに大事にしてくれてありがとう、と思っている。
赦されなくていい。あたしも、自分がばかだったことを、恋を駄目にしたことをずっと覚えている。
こんな、あたしを。こんな、あたしなのに。
洋介さんはずっと待っていてくれた。好きでいてくれた。それだけで泣きそうな気持ちになる。あたしはその間、何回恋をして何回駄目にしてた?
待っていてくれてありがとうと大好きが、心の中でくるくる回る。回転木馬みたいに。
両思いになった瞬間から、洋介さんは熱烈な恋人の顔で接してくれるようになった。
『いつでも使って入って』と渡された合い鍵。
『若菜はこういうのが好きそうだから』と、洋介さんのお部屋に用意された、メンズライクなネイビーのパジャマと、お店に置いてあるのと同じ、ファイヤーキングのジェダイのマグ。それを使って、淹れ方を教わったジャスミンティーを飲んで、彼の帰りを一人待つ夜。先にお風呂も借りてベッドに潜り込めば、洋介さんと煙草の匂いに包まれて、すぐに眠りに誘われた。
二時を少し回る頃、洋介さんがお仕事を終えて帰って来る。そっと静かに鍵を回して、足音も忍ばせて。それでもあたしは必ず気付いて目を覚ます。
洋介さんがゆっくりと寝室のドアを開け、またゆっくりと閉じる。閉じる時に向こうを向いて、閉め終えてこちらに向き直れば、ぱっちりと目を開けているあたしと視線が合う。少しだけ眉を顰めて、それから洋介さんは長い前髪をかきあげて優しく笑う。仕方のない子だ、と云いたげに。近付く足取りは、さっきまでの気配を押し殺したものではない。
「寝てろって云ってんのに、なんで毎回起きてるかな」
そう云いながら、冷たい手があたしの髪や頬を撫でる。
「ちゃんと寝てたよ。……おかえりなさい」
ただいまの言葉とキスをもらった。洋介さんは唇と無精髭であたしの輪郭を辿る。まるで、そうすることであたしが生まれるみたいに。
でも本当にそうだよ。そのキスで、あたしはもっともっと洋介さんを好きになる。煙草の味のキスをもらって、自分からほんの少し開いてるその口にキスを返して、新しい自分になる。
ここに居るのは最新型の、今まででいちばんあなたのことを好きなあたし。
あいして、と呟けばこれ以上か? って苦笑される。
むりなの? って聞けば、欲張りだなってため息を吐かれた。
わがまま……? って、不安交じりに見上げてみれば、嬉しいよ、って洋介さんが目を細める。
キスして、とお願いすればキスだけか? って笑う。
もっと、とおねだりすれば、どうしようかな、とはぐらかされる。
いじわる、と涙目で見上げれば、涙は睫毛ごと啄まれた。
だいすき、と何度繰り返してももっと、と乞われる。
あいしてる、と云えば小娘のくせに、って首にキスマークをつけた。
ようすけさん、って名を呼べば、強く抱き締められた。
ずっとずっと、ずっと欲しかった。手に入ったなんて嘘みたい。夢じゃないよね。ここにいるよね。
まだ疑ってしまうあたしを、洋介さんは莫迦だな、って笑ってくれる。笑って、嘘じゃないよ、夢でもないし、ここにいるよといつも言葉をくれる。体中に教えてくれる。
そうしてようやく信じられた。洋介さんがあたしのものになったこと。
酔ったお客さんにハグされて香水の匂いを移してきても、ほっぺやシャツに口紅がついていても、二月のその日にたくさんのチョコレートを持って帰ってきても、大丈夫……とはまだ云えない。
やっぱりどーんと構えている余裕はなくって、少し経つとまたすぐに怖くなる。
だから、忘れっぽいあたしが、忘れないようにいつでも刻んで。
あたしが洋介さんのものだって。もう逃げられないって。
指で顎を辿る。無精髭の感触を楽しむ。――ああ、幸せ。もうこれなしのキスやハグなんて考えられない。それは感触だけのことじゃなくて、要するに、洋介さん以外の人なんていらない、ってこと。
どこか執着の薄い洋介さんは、そのうち一人でふっと消えてしまうんじゃないかと思うと怖くてたまらない。でも、もしそうなっちゃってもあたしはもう他の誰かで寂しさを埋めようなんて思えない。
本気で人を好きになるのは苦しい。でもとてもとても甘くて素敵。煙草の苦い味のキスでそう教えてくれたから。
いつまでも触っていたら、そのうち「邪魔」といたずらな指は洋介さんの手に捕えられて、掌に軽く歯を立てられた。そして、掌と指の隅々までキスをされる。
何かの儀式のように、はじまりの合図のように、掌に落とされる口づけ。
洋介さん手フェチなの? って何度聞いてみても、『――ナイショ』と意地悪げに煙に巻かれるばかり。そんな風にされたら余計に気になるじゃない。
いつか必ず聞き出してやるんだからと思いながら、掌にくれる愛撫を存分に堪能した。
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眠り込んだ彼女を眺めながら、開け放したドアの向こう、リビングのソファで寝る前の一本を吸っていた。
夢じゃないよねと未だに疑う彼女の言葉を思い出す。――現状を今一つ信じられないのはこちらも同じ。焦がれていた時間が長かったせいだろうか。幾度言葉と身体を重ねても、今みたいに少し離れて眺めてみればどこか夢のような気がしてしまう。平気な振りは得意だし、二人して不安がってもいられないから年上のこちらが余裕の態でいるが、逃がさないと強気でいられたのは手に入れるまでの事だ。手に入れてしまったら、失う事への恐怖心がたちまちに生まれた。
話し上手で聞き上手、と彼女が俺を好きだと云ってくれる点は、そのままある日突然キライに変わっても、価値を失ってもおかしくはない。『誰にでもいい顔をして』と恋人が涙ながらに詰りつつ去って行った事もある。
だから、俺はわざと掌への愛撫の謎をそのままにしている。何度聞かれてもさぞ訳ありげに笑ってはぐらかして。
大したことじゃない。密かに思いを寄せていた時『存分に味わってやる』と誓った通りに、彼女がこの部屋に来る夜は必ずその掌を噛んで、吸って、確かめているだけ。
秘密は秘密であるからこそ、その価値があるんだ。それを請われるままに手放して『なぁんだそんなこと』とつまらない顔をされる位なら、一生黙っているさ。
一つ位、若菜も俺に振り回されるといい。こっちはもうずっと振り回されっぱなしなのだから。
煙草一本分彼女を眺め、そして寝室へと戻る。足音は必要以上に潜めてはいないが若菜に起きる気配はない。細心の注意を払っていても、俺がここへ帰って来た時には必ず目を覚ますくせに。そんな些細な事の積み重ねを幸せに思う。
恐れる気持ちは心の片隅にひっそりと存在していて、ずっと消える事はないのかもしれない。けれど、そばにいたい気持ちの方が圧倒的に勝っている。
身軽でいる事が好きだった。いつでも、すべてを捨てて旅に出られる、そんな風に生きていくのだと思っていたし、実際そうしてきた。今の自分を見たら、一〇年前の俺は笑うだろうか。――それでも構わない。
ベッドを軋ませて、腰掛ける。すうすうと規則正しい呼吸に目を細める。
根無し草だった自分に、この場所へ根を下ろすと決めさせたのだからそれ相当の覚悟をしてくれよと左手の薬指を撫でていたら、眠ったままの若菜が微笑んだ。その事に、この日最後で最高の満足を得た。
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