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如月・弥生  作者: たむら
season1
18/41

だいすきなひと(☆)

「クリスマスファイター!」内の「ずるいひと」の二人の話です。

「ねえ、私の下着ちっともセクシーじゃないし、ナイスバディでもないんだけど」

「……ええと、グラビア撮る訳でもないし、別にそんなこと俺は求めてないよ」

 指先を、ちょこっと唇で包まれる。

「それに、美人でもない」

「何回も云ってるけど、俺は好きだよ君の顔」

 頬に、ちょんと触れる唇。

「誘惑とか出来ないし」

「そう思ってるのは君だけだよ」

 頭をいいこいいこされた。

「痛いのとか苦手だから、縛ったりされるのも嫌だし」

「俺も苦手。二人がちゃんと気持ちよくなれるようにしよう」

 やくそく、と繋いでいた両手を、恋人繋ぎにされた。

「あんまり声出さないから、あなたつまんないかも」

「寄り添うようにすれば、溜め息だって聞き逃さないよ」

 ぎゅっと、強く抱き締められる。

「あとは?」と、優しいけれど、熱を帯びた目で促された。

「……押さえつけられるのとかも、ちょっと苦手」

「俺も。気が合うね」

「寝る時にぎゅーってされるのは、好き」

「じゃあ早速あとでそうしよう」

 もう一つ約束、と指を絡めたままキスをする。差し出された舌に、私からもおずおずと舌を絡めた。

「初めてじゃないけど、まだちょっと怖い。でも優しくされるなら多分好き」

「ゆっくり?」

「そう、ゆっくり」

 分かってもらえるのが嬉しくて、笑いかけたら笑い返してくれたから、もっと嬉しい。

「抱き合う形はどう云うのが好き?」

 あなたは色々と挙げてくれた。――私が恥ずかしがるからって、手を添えて内緒話みたいに聞いてくれたけど、広いお部屋に二人きりなのにそんな風にするあなたがかわいい。だけど、過去の彼氏と経験した片手で十分足りるいくつかくらいしか知らない。

「いっこずつ、試そう」

 あなたにそう云ってもらって、私から約束、と絡めたままだった指をきゅってした。

「あとは?」

 絡めた指をあなたの口元に持って行かれる。ごくごく軽く、噛まれた指。

 不意打ちの攻撃に言葉を失っていたら、「降参?」ってあなたが囁く。だいぶ降参だけど、意地だけで首を横に振る。何度も。

「がんばるね」

 口から離された途端、ようやく息が出来る。――ずるい、こんな、初めて会った時をなぞるみたいなの。こっちが睨んでるのに笑わないでよ。

「……弄ばれるの嫌い」

 大嫌い、だなんてもう云えない。嫌い、と云うだけで胸が痛くなる。ほんとはあなたが大好きだから。

 ベッドであおむけになっていた体をころりと横向きにして背を向けた。

「そんな風にするつもりはないよ」

 もうふたつ転がるとさすがに落ちそうで、そうならないようにと添えられた手を背中に感じながら、私と同じようにベッドで横向きになっているあなたの方を向く。気のせいかな、掌から背中に伝わる温度にもあなたの目にも、以前感じていた余裕が今は感じられない。

「からかわれるのも嫌い」

 枕を抱えて熱過ぎる視線をシャットアウトした。

「そんなつもりじゃないよ」

 こっちを向いて、と切なげにお願いされたから、半分だけ聞いてあげることにして、枕を少し下げて目だけ見せた。それだけなのに、あなたは嬉しそうに私のおでこと瞼にキスをくれた。

 初めて会った時と同じホテルの、ちょっと特別のフロアのちょっと贅沢なお部屋。

 お願いだからスイートとかにしないで、と再三お願いしたせいもあって、それだけは何とか阻止出来た。そのかわりにこれ以下は譲れないよと連れてこられたのは、私には十分敷居の高いこのお部屋――通常よりも大きめのベッドを二台置いてなおゆったりとした広さを持ち、見るからに質の良い、実際座り心地も最高だったソファーや二つのベッドの横にそれぞれ置かれたナイトテーブル、広々としたデスクは温かみのあるつくり――だった。

 きっとカーテンを開け放てば、煌めく夜景を堪能出来ることだろう。でも今は、そんな余裕なんかない。私が何も云わなくてもベッドに横たえられたのと同時に灯りは絞られたから、ほの暗い空間に私たちはいる。

「かわいい」

 不意に落とされた言葉に思わず外してしまった枕はそっと脇にどけられて、鼻先にもあなたの唇が降りてきた。

「――だから、どうしてそう云うこと云うの」

 ほとほと困り果てた。出会った時から甘い雰囲気を纏っている人だと思ったけど、今なお少しも色褪せておらず、それどころかもっと増量した甘さを会うたび振りまかれてしまう。

「全部伝えたいから。俺がどれだけ君を好きかってこと。――もう、いいかい?」

 横に寝そべり、下になった片足は投げ出して上の片足は立てて、片手で頭を支えている。なのに『お休みの日のくたびれたお父さん』にならないのはどうして? 

 もういいかいと問いかけてくる顔は笑ってる。普段、洗練されたスリーピースを身に纏って、それが嫌味なく似合ってしまう大人の男の人なのに、あなたはそうやって私を構い倒しては楽しげに笑う。

「まだ」

 まあだだよ、と返せる余裕は、やっぱりどこにも見当らない。

「がんばるね」

 苦笑された。

「……面倒くさい女でしょう? 云った通り」

「俺も云った通り、面倒見いいでしょう? 君のすることなんか我儘のうちにも入らないよ」

 安心しなさいと抱き込まれた。ゆったりした口調と態度とは裏腹に、早い鼓動。熱い目と体温は気のせいじゃなかったらしい。

「……知ってると思うけど、こんなの、慣れてないの」

「俺だって、いつでも余裕があるわけじゃないよ」

 ほんとに? すごく慣れていそう。初めて私を『朝まで一緒にいよう』って誘ってくれたけど、その時だって食後のエスプレッソを飲みながら、ごくごくさりげなく、だった。

 今までの人にもそう云う風にしていたんでしょう? となるべくやきもちを感じさせないように聞いてみたけど、「過去と比べるのは意味がないよ。その時はその人のことを好きだったけど、誰をどれくらい好きだなんて測るのは失礼だしね」と大人な答えを戴いてしまった。――自分が子供っぽくて恥ずかしい。

「ごめんなさい」

「どうして? 嫉妬してくれたんでしょ。すごく、嬉しい」

 ふざけた様子を全部引っ込めて、あなたが真顔になる。ぎゅっと抱き締められたまま上を向くのは苦しい。それだけじゃなく、何故か胸まで苦しい。

「君がどうしても嫌なら、今までどおり何もしないで家に帰してあげる。でも、嫌じゃないならもう離さない」

 いつも穏やかな人の強い言葉に、私は目を閉じる。嫌な訳ない。



 ずっと、見逃してもらっていた。

 クリスマスパーティーの後、何度かのデートのあとあなたのお部屋に誘われたけど、固辞しまくって苦笑された。それからもデートだけを重ねて、少しずつ距離を縮めてくれた。

 初めてじゃない。だけど、だからって怖くない訳じゃない。私は臆病者だから。でもあなたは『分かっているよ』と云いたげに、ただキスとハグだけをくれた。


 先週のデートでは、訪れた小料理屋さんでうっかりと飲み過ぎて帰れなくなった。電車はまだ動いていたけれど、私が電車に乗れるような状態ではなくなってしまったから。

「ごめん、そんなつもりで飲ませた訳じゃないけど、うちで休まないか。誓って何もしないから」

 お水を飲ませてくれたり、私に断ってから服のボタンを緩めたりお世話をしてくれたあなたが心底申し訳ない、って顔で申し出てくれた。

 私が、体調を考えずにいつものペースで飲んでしまったから。あなたのせいじゃない。そう伝えたいけどそれも出来なくて、ただその申し出に頷いた。

 お店の人に呼んでもらったタクシーの中で、あなたはやっぱり「気持ち悪くない?」と気に掛けてくれたり、その後はそっと寝かせておいてくれたり。そのタイミング一つ一つが心地よくて嬉しい。

 このままずーっとこうしていたい――このままじゃ、駄目なんだよね。恋人同士ならその先に進まないといけないって分かってる。

 それを考えていたら身を硬くしてしまったんだろう。気付いたあなたが、そっと私の肩を撫でた。

「……今は、いいから。何も考えないで。ただ俺を君の傍にいさせて」

「でも、」

「いいの」

 まだ着かないから寝てなさいと、目の上に大きな掌がやってきて覆われた。ふんわり置かれた指の隙間から灯りが漏れる。

 あなたが作ってくれた優しいくらやみ。あの日のパーティー会場の、テーブルの下みたいだよ。

 ああ、この人ならだいじょうぶ――そう思った瞬間、力が抜けた。頭を置かせてもらったあなたの腿に、猫の様に頬をすり寄せる。

「まったく、人の気も知らないで」

 苦笑するあなたの声を聞いたような気がした。


 あなたは約束通り世話を焼くだけ焼いて『何も』しなかった。

 明け方に喉が渇いて目を覚ます。常夜灯でうっすらと見える室内は見覚えのない場所だったことにびっくりしたけど、記憶は失くしていなかったのですぐにここがあなたの部屋だと分かる。

 まだ少し酔いが残っていたものの、頭痛や吐き気はなくてホッとした。サイドテーブルに置かれていたミネラルウォーターのペットボトルを開けて何回かに分けて半分飲む。緩められていた服のボタンを嵌め直して、ベッドの下に置かれていたスリッパを履いてドアをそうっと開けた。

 歩いて行った先のリビングのソファーでは、あなたが窮屈そうに寝ている。近付いて、膝を抱えてあなたをじっと観察した。

 かっこいいひと。とびきりチャーミングなひと。でも、一番しっくりするのはやっぱりだいすきなひと、かな。

 今でも信じられない、私があなたの恋人ってこと。美人は食い尽くして、ちょっと目先の変わったものが食べたくなったの? って前に聞いたら、ものすごく怒られたっけ。

「君よりいろいろ経験していることは否定しないけど、だからって君を好きな気持ちは疑わないで」とぽつりと云われて、こっちの胸まで勝手に痛んだ。

「ごめんなさい」

 謝っても、「すぐに許すのは、さすがに癪だな」とそっぽを向かれてしまった。だからって泣くのは違うし、よく考えたらそんなかわいい技は自分には使えなかった。しかも、こんな時どうしたらいいかなんて、知らない。

 だからあなたの真似をした。私が不機嫌になった時、あなたは。

 そっぽを向いた方に回り込んで、目線を合わせた。

 両手で頬を包んで、ふっと優しく笑った。

 頭をそっと何度も撫でた。

 気持ちよさそうに目を瞑ったら、たくさんキスをした。

 それから仕上げに、「……仲直り、して?」

 そのフルコースをお見舞いされると私は「いいよ」と不機嫌なポーズのままで返すけど、あなたはとびきりの笑顔で「もちろん!」とキスのお返しをくれた。


 その時のことを思い出しながら「だいすき」と、息ほど小さい声で告白したら、いつの間に起きていたのか、あなたは目を瞑ったまま「……俺も」と笑ってくれた。

 もう逃げない。次に誘ってもらった時には、『うん』と云おうと心を決めた。


 そして迎えた今日のデートで訪れたのは、あのクリスマスパーティーの会場だったホテルの中にあるレストランだった。

 あなたは「体調はどう?」とあくまで気遣ってくれる。大丈夫と、この間はごめんなさいとありがとうを伝えて、食事をした。いつも通り、社交が苦手な私をとびきり楽しませてくれるあなたのお話とおいしいご飯。

 デザートのソルベまで平らげて、沈黙が降りる。ああ、今日は誘われないかな。でも私から誘うのはまだ無理――そう思っていたら、あなたがさっきまでと変わらぬ口調でお誘いの言葉をくれた。

 『朝まで』って、朝まで何もしないで眠ったり、トランプをしましょうってことではないって分かってる。そう云うつもりで誘ってくれている。

 キスとハグだけでも充分幸せ。今までの私ならそれで満足してた。

 でも、あなたがそれを望むなら。私に、楽しいことと愛情をたくさんくれるあなたとなら。

 うん、と頷いたらあなたが嬉しそうに笑う。その顔を見て、私の心に浮かんだ危険信号。

「……もしかして今『浮かれて』る?」

「うん、浮かれてるね」

 何度か遭遇した『浮かれたあなた』は、私には分不相応な靴やバッグをプレゼントしてくれて、嬉しいけどその金額には毎回腰が引けた。今回もそのパターンだとしたら。そう気付いた私は先手を打つ。

「スイートは、嫌です」

 そう掛けた鎌はビンゴだった。

「俺は嫌じゃないよ」

「贅沢すぎます。スイートルームだったら、泊まらないで帰りますよ?」

 私は怒ると他人行儀になるってあなたは悲しい顔をする。今もその形のいい眉がしょげているけど、ここで引いたら駄目だと自分を叱咤し、そして、やっぱり私から見たら充分贅沢だけどスイートではないお部屋を勝ち取った。



 覚悟してきたはずなのに、それでもやっぱり私は往生際が悪かった。ベッドに上がっても、そんな風に思ってないくせに『ナイスバディでもない』だの、あなたを疑うような言葉で始めた。まあ、そんなのもあなたにはお見通しだったみたいだ。

 一つ一つ、私に絡んでいた鎖を外してくれた。自信の無さ、経験の少なさ、あなたとの年の差、経験の差、恐怖心、嫉妬、――ぜんぶ、外してくれたから。


「もう、いいかい?」

 あなたが私の首筋に熱い息を掛けながら、まだそれを云う。だから、こちらからも背中に手を回して、そして。

「もう、いいよ」

 答え終る前に、始まっていた。



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