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如月・弥生  作者: たむら
season1
13/41

恋するスーヴェニール(☆)

「クリスマスファイター!」内の「ただいま。おかえり。」の二人の話です。

 幾度にも及ぶ攻防の末、ようやく勝ち取った合い鍵。――今は、自分のうちでもあるから『合い』がとれてただの鍵に昇格したそれを使って部屋に入った。

「ただいまー」と云ってみても、真っ暗なそこからお返事は当然返ってこない。返事があったらコワイか。

 玄関のシューズボックスに敷いてある、まあるく編まれたくすんだピンクのドイリー。その上に乗せられたミュージックボールをころりと一回、掌に転がす。意外と重みのあるそれで澄んだ音を楽しんで、元あった通りドイリーの上にポンと戻した。


 部屋の灯りを付けたら、壁掛けのプレイヤーで音楽を流す。広東語の女の子ボーカルはちっとも聞き取れないけど不思議にポップでお気に入りだ。黄山毛峰茶をマグに淹れて飲みながら、ふんふんと鼻歌交じりで夕食を作る。

 一人の時のご飯は凝ったものは作らず、極めてシンプル――手抜きとも云う――だ。鮭を焼いて、大根おろしを添えて、すりごまをぱらりのほうれん草のお浸しに、玉ねぎのお味噌汁。それに炊き立てのご飯とお漬物があれば私には充分ご馳走。

「いただきます」

 白菜の浅漬けも、蕪の糠漬けも、いい感じに漬かっていて食べごろ。これ食べさせてあげたいなあ、なんて思う。

 食卓の向かいの空席には、牛のパペットを置いてみた。彼によく似たつぶらな瞳とたまに目が合う。でも彼みたいに顔を赤くしてぷいと横を向いたりしない。パペットだからねえ。

 食べ終わると、すぐに皿を洗って食後にまた黄山毛峰茶を飲む。すっきりしていて飲みやすいのでついガブガブと飲んでしまうなあ。

 家計簿、と云ってもただつけているだけのそれに今日のお買い物の分を記入した。表紙にはお金がたまりますように、の願いを込めてガネーシャのシールが貼ってある。御利益があるかどうかはまだ分からない。

 書き間違えたのですぐに消しゴムを掛けて直した。そのまだ角のある新しめの消しゴムを見て、ガネーシャを見て、ひとりなのについ笑ってしまう。


 全部、彼が出張先で私に買ってきてくれた。


 玄関のミュージックボールは大連で。いい音のその球体にプリントされたパンダの顏かたちはにょろっとしていてかなり微妙。

 ミュージックボールの下に敷いた古びたドイリーは、フランクフルトで。シックな色と柄は、ミュージックボールよりほんとは花瓶の方が似合うね。

 広東語のCDは、香港で。かわいい声のその人はどうやら女優さんらしい。かわいくて歌も上手いだなんていいなあ。

 真っ白のマグは、ホーチミンで。現地の由緒正しいホテルでも採用されている同じシリーズの食器は、マグ以外にも二つずつ揃っている。

 黄山毛峰茶は、台北で。『せっかく台湾に行ったのに中国のお茶買ってきちゃったよ』とがっかりしていたのがおかしかったっけ。

 牛のパペットはNYで。写実的だけどパンチの利いた造形は、もしかしてもしかすると、気分によってはブサかわいいと云えなくもないかも。

 ガネーシャのシールはニューデリーで。CDケースほどの大きさのガネーシャのシールは、デザイン違いのものがあと三枚残ってる。

 消しゴムは、これも台北で。日本のメーカー品で見慣れたデザインなのにロゴが漢字なのが新鮮。


 きっと、短い休憩時間や、空港やら駅やらでの待ち時間の中で見繕ってくれてきたものたち。そのどれもが私の好みのど真ん中なのが、とっても嬉しい。


 お土産なんて、成田空港で出発前に免税店で口紅一本買うのがきっと楽ちんだし、普通におしゃれな人ならそれできっと喜べるのに、残念ながら私はブランド品にも高級なコスメにも今一つ興味をひかれない。そう云うところも含めて、大人しそうに見えて頑固で気が強い、とよく過去の恋人に云われた。でもあなたはそれを『大人しそうに見えるけどしなやかで強い』だなんて、いちいち良い風に解釈してくれてる。

 でも気が強いだけで本当はちっとも強くなんかない。

 出張の多いあなたが恋しい夜はこうしてあなたがくれたものをずらりと並べていないとすぐに寂しくなってしまう。今回だってあと一日で会えるのに泣くとか、大人なのにへなちょこすぎる。


 去年の一二月に約ひと月あなたが出張だった時には、事前に喧嘩しちゃったしメールは来ないしで実は結構凹んだ。

 来なくていい、って云われてたのにこのお部屋に週一で来て、郵便物をポストから出して、お部屋の床にモップを掛けて。別に面倒見のいい彼女アピールをしたかったわけじゃない。ただ単に、ここにきて癒されたかっただけだ。いつもお掃除しながらあなたの気配をそこここに感じて元気をもらって、それで帰っていた。合い鍵は渡されていたとは云え、さすがに主のいない部屋に許可もなく泊まっていくほど図々しくはないから。


 そしてひと月を通して強く思ったのだ、『いつもこの空間にいられれば、もう少し寂しさが紛れるのにな』と。

 だからもの凄く頑張ってその権利を勝ち取った。彼が云いそうな消極的な意見を予想して、一つ一つもっともらしい理由を拵えては潰していって。だって寂しくても泣いちゃっても、ここであなたの物達に包まれていれば眠りにつくことが出来る。夢の中でキスしてもらえる。


 今回の出張はブリュッセルに一週間。

 ベルギーと云えば、とか、二月中旬と云えば時期的に、とかで、きっとお土産はチョコレートなんだろうなと当たりをつける。

 でも、元気に帰ってきてくれたら、それが一番のお土産。


 あなたがここに帰ってきて、『ただいま』って云う姿を見て、私はまた恋をする。

 あなたが太ってても痩せててもくたびれていても、その笑顔を見れば寂しさなんかどこかにいなくなっちゃう。

 免税店にもブティックにも売っていない、私が欲しいのは世界で一番大好きな(あなた)


「――ただいま」

「お帰りなさい」

 ハグをして、キスを交わして、私たちは会えなかった日々を満たす。

 同じご飯を食べて、同じ時間と同じ空間にいられる幸せに思いきり身を委ねる。

 差し出されたお土産を受け取って、お礼を云う。開けてみてまたお礼を云う。

 予想的中のチョコレートを食べる。食べさせて、お返しにと食べさせられる。

 チョコレートの味のキスをする。たくさんする。

 夜を目いっぱい使って、互いを確かめ合う。


 お帰りなさいの儀式をつつがなく終えて、同じベッドで横になった。

 眠そうなあなたをじっと見ていたら、「見ないの」って云われてしまったけれど。

「でも見たいんだもん」

「おっさんの顏なんか見たってしょうがないだろ」

「おっさんでも大好きだよ」

「……」

「愛してる」

 難しい顔をして天井を睨んでいるあなた。見るなと云っても私に背を向けたりしない、優しい人にこれでもかと気持ちをぶつけたら。

「……眠いし、明日も仕事なのに」

ああもう、とハグされて、まだ足りなかったらしい儀式の続きが再開された。


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