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如月・弥生  作者: たむら
season1
1/41

Sweeeet!(☆)

「クリスマスファイター!」内の「Joy!!!!!!!」の二人の話です。

 ユキと付き合うようになって、季節の移り変わりや気温の変化にすごく敏感になった。

 ――って、別に感性豊かになったってことではなくて、相変わらず私たちの逢瀬の〆は、駅近くの跨線橋の上、だからだ。

 この季節の夜は、とりわけ気温が低い。いくらここが南関東で降雪が少なくてヒートテックな肌着だとかファー付きのダウンだとかを着ていたとしても、出ている部分はめちゃくちゃ寒い。

 そんな訳で、デートの終わりを甘く惜しむ時間も、寒さに負けて短めなのだった。

 そんな訳でも、ユキの一八歳のお誕生日が来るまではこのパターンを変えるつもりはさらさらない。ユキも私も。

 ――楽しむと決めたのだから。二人の今の時間を。

 だから私は今日も、お洒落と防寒の両立についての研究に余念がない。


 ユキと会う日の上着は大体ダウンだ。襟にラビットファー、ウエストベルトにリボンがついていたりとちゃんと女子仕様の、とろりとした風合いの落ち着いたピンクの。表面がつやっつやしたのは苦手。

 それに、タートルネックのアンサンブルにスキニージーンズ、長い丈のジョッキーブーツで、仕事帰りに待ち合わせたいつものお好み焼き屋さんへ行く。

 お店の引き戸をカラリと開けて「こんばんは」と声を掛ければ、カウンターの中からおじちゃんもおばちゃんも馴染んだ笑顔で「お疲れさん、いらっしゃい」「もうきてるよ、ユキ君」と声を掛けてくれた。

 猫背のガクラン姿はすぐに見つけた。先に焼いたお好み焼きを豪快に食べているせいで開けない口。それでも私の姿を捉えればにっと笑って、お箸を持っていない左手をひらひらしてみせた。

「遅くなってごめんね」

「いーのいーの。(みどり)サン、何食べる? 俺が焼くから、まあビールでも飲んでのんびりしてなよ」

 今日も早速甘やかしてくれる。一七歳にしてこの気遣いって、将来が怖い。と云うか、今現在でもモテてるんじゃなかろうか。そう思って、どさりとユキの傍らに置かれているメッセンジャーバッグ近辺を見回したものの、今日と云う日のマストアイテムはついぞ見つけられなかった。

「――何でっ!」

 注文してすぐにおばちゃんが運んでくれた生ビールのジョッキと、ユキのコーラのグラスで乾杯している時に思わずそう云ってしまった。

「何が『何でっ!』なのジャイアンな碧サン?」

 ほんといつも突然だよねーって乾杯途中で止まってしまったジョッキに、グラスのお尻をコンと合わせて余裕で笑わないでよ、憎たらしい。

 悔しいからすぐにはそれに応えずに、ごっごっごっごっごっと一気にジョッキの中身を半分まで減らしてテーブルに置くまで黙ってた。

「……チョコないとか、おかしいじゃん」

 かわいい顔したタレ目の男の子。うんと背が高くて、多分頭もよくって、バイトで鍛えたのか天性のものなのかは分からないけど愛想も良くって。それでモテないとか信じられる訳ない。

 だから今日、覚悟してた。ユキが甘い匂いのするちっちゃな袋をいくつも手にぶら下げてくるのを。私が作れない、手作りのお菓子だとか、手編みのマフラーだとかをこれでもかと見せつけられるのを。

 なのにノーチョコとか! ありえん!

 憮然としたままジョッキに手を伸ばすと、「白ひげ出来てるよー」とユキがタレ目をますます細めながらおしぼりでそれを拭ってくれた。

「彼女を喜ばそうと思ってたのにまさか怒られるとは思わなかったねえ」

 丼に入ってる私のお好み焼きの生地と具のシーフードミックスをくるくる混ぜながらユキが苦笑する。

「だって、どうせたくさんもらってくるんだって思ってたから」

 ふてた顔を隠したくてジョッキを持ち上げたらすぐ空になった。追加をカウンターに向かってお願いする。

「全部断ったよ」

 じょわーっと熱された鉄板と油に、流された生地が拍手みたいないい音を立てる。でも聞き逃さなかった。

「何で?」

「何でって」

 またすぐにビールを持ってきてくれたおばちゃんにお礼を云って口を付けつつ、さっきより少し落ち付いたテンションで聞いてみれば、ユキは形を整えながら何でもないようにさらりと云ってのけた。

「大好きなあなたがいるのにもらうのは、あなたにもくれる人にも失礼でショ?」

 ユキは、その柔和な見た目と違って、中身はすごく硬派。

 ふざけ半分な言葉の中に、時々こうして男らしい一面をちらりと見せるから、毎度ドキドキする。今日のこの言葉も、すごくすごく嬉しかった。

「……私、義理チョコを断らせるほど心狭くないよ」

 社会人だもん。社交が大事だって分かってる。頭では。

「知ってる。でも、」

 焼き加減をじっと伺う鉄板の向こうから、ちらりと上目をつかってくる。

「寂しくなるでしょ、碧サン。平気な振りをするから余計に。そんな我慢をさせるのは嫌なの俺」

 ねえ、とヘラを持つ手を下に顎の下で手を組んで、ユキはちょっと拗ねたような顔になる。

「それよりさ、碧サンはいつくれるのさ」

 さっきすごく男らしかったのに急にかわいくなっちゃって、こんなの困る。

 ジョッキを傾けて意地悪云ってしまった。

「あげなかったら、どうする?」

「どうもしないよ、泣きながら家に帰る」

 笑って私のお好み焼きの様子を見ているけど、伏し目になってるユキはちょっとだけ悲しそうに見えてしまったからもう意地悪は云えなかった。

「あげるけど、……今じゃなく、後で」

「うん」

 まだ現物を貰ってもいないのにタレ目を細めてすっごく嬉しそうな顔をして、ユキは上機嫌なままお好み焼きをひっくり返した。


 同じ生地と具で、同じ鉄板で焼いても、やっぱり私よりユキの焼いたやつの方が格段においしい。納得がいかないまま、「おいしいー、でもなんか悔しいー」ってずーっと云ってたら、カウンターの向こうでおじちゃんが「そりゃ、うちの『跡取り息子』が焼いてんだから、当たり前だよ碧ちゃん」と笑われた。

 ここのお好み焼きはボリュームがある上に生ビールをごいごい飲んだから、すっかり満腹だ。ちなみに、私が来る時にすでに一枚食べていたユキは、私に焼いてくれた後「何か見てたら俺も食いたくなってきた」ともう一枚注文してまた焼いて食べていた。それだけ食べても学ランのお腹のあたりはすっきりしてるのに、一体ユキがお腹に収めた食べ物たちはどこに行ってしまったんだろう。私のお腹に瞬間移動か。

 ユキが二枚目のお好み焼きもぺろりと平らげたのと、私が生ビールを飲み干したのが同時位だった。それからおばちゃんに焙じ茶を戴いて、ビールのせいで何回もトイレに行って、それが落ち着いた頃合いでおじちゃんとおばちゃんにごちそうさまでしたとお礼を云って、二人でお店を出た。

「さむ」

 お店を出た途端に冷たい風が吹いた。首を竦めたら、ふわりとマフラーを掛けられた。

「そんなおしゃれにしてくるから。もっと、あったかい格好しておいでよ」

「……ユキのばぁか」

「……出た、ジャイアンモード、本日二回目」

 私はその言葉を無視して、貸してもらったマフラーに鼻を埋めてくんとにおいを嗅いだ。

「ユキの匂いだ」

「ちょっと、碧サン、何で俺、バカ?」

「さてねえ」

 マフラーの中でフフ、と笑うとユキが焦ってる。

 おしゃれしてきたのは、ユキと会うからでしょ。心配性の恋人の為に、これでもおしゃれはダウングレードしてちゃんと防寒対策してきたって云うのに人の気も知らないでやっぱり心配ばっかりして。

 さっさと先を歩いたら慌てて手が追いすがってきた。それをぺしっとはたいて、「寒いから手、繋がなーい」とポケットに両手を仕舞えば、困った顔したユキが堪能出来た。――もー。その顔、計算して使ってるわけじゃないよね。そうだったら怒るけど。

 私は立ち止まってくるりとふりむき、ユキに向かって片手を差し伸べた。

「あっためてくれるなら、おいで」

 きて、と素直に云えないのを恥ずかしがり屋だと好意的に解釈してくれるユキが、やれやれと云った風情で、それでも手を繋ぐ。

「しょうがないヒトだね」

 繋いだ手は、二人とも冷たい。なのに指を絡めると途端に熱くなるような気がした。

「学校のヒーターみたい。宥めてすかして、それでもたまに動いてくれなくて」

 大人のくせに子供で、子供のくせに女で、女のくせに女の子で、女の子のくせにジャイアンで、さびしんぼの兎と称されたのはクリスマスの頃だ。

 さらにポンコツのヒーターに称されるとは。

「でも好きなんだよなあ」

「ヒーターが?」

「あなたがだよ」

 気が付けば、恋人繋ぎでいつもの駅の近くの跨線橋までやってきていた。真冬のここは、いつにも増して人通りがうんと少ない。


 いつもなら、彼がキスをねだって、私がそれに応えるのだけど。

 ――今日だけ、とくべつ。

 跨線橋の手すりの根元には、一五センチ程のコンクリートの段がついている。そこに足を乗せて、それでも足りなくてやっぱりダッフルコートの肩に手を掛けて背伸びをした。

 予告もなしにキスをして、離れようとしたらお返しにキスで繋ぎとめられた。足場にあまり余裕のない段の上で背伸びをしていた足の力が抜ければ、くっと腰を抱き寄せられて、猫背になったユキが上からキスをくれた。

 少しだけ唇を離して、私を見て、そして再びキスが始まる。それを何度か繰り返して、「今日はこれでおしまい」と不意に取り上げられた。

「なんで……?」

 他の季節なら人が多くて恥ずかしいけど、今はふたりきりみたいなものだからいつまでもして、もっと、と願ってしまう。

「……俺が、やばいから」

 おどけながら私を不安定な足場から下ろしてちゃんと立たせると、いつもキスをねだる時みたいにダッフルのポケットに両手を突っ込んでいた。

 そのタイミングで、酔っ払ったサラリーマン数名が大声でおしゃべりしながらゆっくりと通り過ぎていくから完全にキスする機会は潰された。……でも。

 バレンタインなんだよ。もうちょっと、甘えてさせて。

 私の首に巻かれたマフラーを取った。折り目を広げて、ユキの後頭部を包んでそして、

 そのまま引き寄せた。

 ユキは両手をポケットに入れてたから抵抗できない。

 何してるかなんて、きっとバレバレ。でも、目隠しがあるのとないのとでは私の勇気の出具合が違う。直接好奇な目で見られないなら、大胆にもなれる、こんな日くらいは。

 今度のキスは、ユキがポケットから手を出して、私の肩を掴んで追いかけるモードになったところでこっちが退いた。――悔しげな顔しちゃって。自分だって同じことしたくせに、このタレ目。

 マフラーを折り目で折って、ロックスターみたいにユキの首にだらりと下げた。

 余程悔しいのか、珍しくまだ無口のユキに、「これ」と小ぶりの手提げ袋を渡す。手提げの中には透明なビニールでラッピングされたチョコレートが入っている。

「あ、これ好き」と手提げから出して目の前に翳すようにして見て、ようやく笑った。

 スティックが付いたチョコレートは、温めた牛乳の中でかき回すとホットチョコレートになる奴だ。もしかしたら、ユキのバイト先のカフェのレジ前あたりにもあるかもね。

「じゃあもっといっぱいあげればよかったかな」

 いちおう五本セットのにしたのだけど。

「んーん、量はいらないから、これで充分。ありがと」

 そう云って、丁寧にメッセンジャーバッグの中に仕舞った。それから二人して、跨線橋の上から並んで電車を見る態で、そこにいた。

 いつもはユキの方がくっつきたがって、私の方が遠ざけるのに今日は逆だ。紳士的な距離を保たれて、つい不満げな顔で見上げてしまう。

「そんな顔したって、駄目だよ碧サン」

 ユキが、笑う。白い息が生まれて、ゆっくりと消えていく。

「だって、」

「聞かなーい」

 両耳を手で塞いで、子供か。

「聞こえない?」

 私が聞くと、

「聞こえません」

 すまし顔のユキが、答えた。

 じゃあ、いいか。聞こえないなら云ってあげよう。

「すきだよ」

「聞こえた」

 まさかの即答。笑っちゃうけど、男らしいっちゃ男らしいね。

「大好き」

 クリスマスの時には、橋の下を走る電車に向かって愛を叫んだ。今日は、ユキにだけ聞こえる声で、ユキに告げる。

「知ってる」

 笑って、細められたタレ目。

「じゃあ、もう一回だけ、キスして」

 恋人より八つも大人だから、普段こういう我儘なんて云えない。

 いっぱい我慢してるのはユキだって同じかそれ以上だから、もっと一緒にいたいも、もっとぎゅってして欲しいも云わない。云えない。

 でも。

 たまに、我慢が度を過ぎると気持ちが溢れてしまう。

 我儘を閉じ込めていた箱の蓋がぶっとんでしまった時にうっかり深酒なんかした日には、ひと気の少ない跨線橋の上じゃなく、お好み焼き屋さんを出てすぐの路上で人がいたって車が走ってたってお構いなしで私から深いキスを仕掛けてしまう。それをユキも『しょうがないヒトだなあ』って笑って。

 それが、今、来た。ほんと、自分でもこんなとこがジャイアンだって自覚してる。大人なんだからもっと大人らしい性格だったらいいのに。


 あーもう、とユキが乱暴に頭をガリガリと掻いた。

「そんな泣きそうな顔して云うとかさー、駄目って云える訳ないよね」

 やっぱり手はダッフルのポケットに突っこんだまま、ゆっくりとかがんで顔を斜めにしたユキがキスをくれた。

 唇に一つ。左右の頬に一つずつ。鼻先に一つ。おでこに一つ。

 最後に、お菓子の飾りつけの仕上げのように頭のてっぺんにキスをして、そしてユキがユキの高さに戻って行った。

「もう、ほんとのほんとにおしまいだからね」

 めっと小さい子を叱るようにユキが云う。

「うん」

 たくさんもらえて、いい子のお返事の私。

 一緒にいたい気持ちはあっても、ユキも私ももう帰らないと冷えすぎて風邪をひいてしまいそう。特にユキは学生服のズボンで、ウールの混紡とは云えペラペラだし。

「かえろ」

 無理に影を引きちぎるみたいにそれを口にして、さっさと歩き出した。


 跨線橋を降りて、スクランブル交差点でユキとはお別れ。

 去っていく後姿は高校生そのもので、何だか知らない男の子のように錯覚する。

 また来週会えるのに、いつもこの時が一番寂しい。

 ユキの姿が見えなくなってから、私も踵を返してようやく歩き出した。

 ――家に帰ったら、ユキにもらった投影機付きオイルランプに灯りをともして影絵を壁に映そう。それから、自分の分も買っておいたお揃いのスティック付きチョコレートでホットチョコレートを作って飲もう。

 萎んだ心に楽しいことを放り込んで、少し膨らますことに成功した。


 明日になればきっとユキからメールが来る。

『あと四カ月!』

 一五日生まれのユキは、その日になるとそうやってカウントするようになった。

 きっとあと四カ月なんてあっという間だ。それまでに、お腹周りやお尻とか、なんとかしなくっちゃ。お部屋の中もきれいに整えて、お料理ももっと出来るようになっておきたい。ユキに来てもらった時に不自由がないように、色々買い揃えてびっくりさせようかな。

 こうして考えてみるとやりたいことはてんこ盛りだ。忙しくなるなあと笑って、気付く。


 ねえ、ユキ。やっぱりユキは素敵な男だね。

 さっきまであんなに寂しくてたまらなかったのに、ユキのこと考えてたらそれだけでうきうきする。ユキに会えるって分かってる日は、仕事頑張ろうって気になる。ミスなんかしたら会うのが遅くなっちゃうからね。


 あの年下の、タレ目の、私の扱いがとっても上手な男の子。――『子』って云うと怒るけど、ごめんね、そう云ってわざと怒らしてる。怒ったユキを見られる貴重な切り札なのだ。


 大人のくせに子供で、子供のくせに女で、女のくせに女の子で、女の子のくせにジャイアンで、さびしんぼの兎、ね。好きに云い散らかしてくれちゃって。

 いいよ、ジャイアン上等。ユキは私のもの、って思ってるし。

 空気読まないで後先考えないで、ユキのことこれからもうんと困らせてやるんだから。覚悟しとけ。


 家に帰りお風呂に入ってから、帰り道に考えていた通りのお楽しみタイムを過ごしていたら、ユキから『今ホットチョコレート飲んでるとこ。おいしー!』ってメールが来た。でしょでしょ、私も今飲んでるんだよ、ってお返事の文面を作っている途中でまたメールを受信した。

 開くと、そこには。


『あと、四か月!!!!!!!』

 一二時になるや否や届いたそのメールには、想像していたより『!』マークがいっぱいついていて、ユキもその日が待ち遠しいんだなあって嬉しくなった。

 まあ、『!』はつけすぎだけれどもね。


14/03/05 誤字修正しました。

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