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ノイシュタットの近衛騎士、ヨアヒムは馬上で震えていた。
――今、目の前で起きた光景はなんだ?
突然、我々の飛行艇が現れたかと思うと、次の瞬間には矢が雨のように降ってきた。
そしてつい先ほどまでこちらを圧倒していた翼人どもが、見る間にその餌食となっていった。
――これは、本当に戦いなのか?
自分たち騎士や兵士は何もしていない。言われるまま後退し、眼前で繰り広げられる光景を呆然と見つめていただけだ。
正直、翼人どもは恐ろしかった。
翼を生やして空を飛ぶし、剣は信じがたいほどに達者だ。あのままだったら、やられていたのは自分たちのほうだったろう。
――しかし、これでよかったのか。
自分は、戦いには勝ち負けにかかわらずそれなりの意義があると思っていた。決闘によって正義が守られることもあるように。
だが、さっき起きたことはただ単に|敵をまとめて殺した|(、、)というその事実だけだ。
そこには、善悪の概念も人間的な感情も一切なく、ごみをまとめて捨てるように相手を排除しただけだった。
ヨアヒムは怯えていた。
今回はその犠牲になったのが翼人だった。
しかし、いつかは自分がその憂き目に遭うときがやってくるのではないか。
いつかは自分が、あの踏みつぶされた蟻の群れに入ることなるのではないか。
それを思うと、急激にここにいてはいけないような気持ちが高まってきた。
敵から逃げたいのではない。何か得体の知れない感情なき魔物から逃げ出したい思いがあった。
――どうして。
こんな気持ちになったのは初めてのことだ。敵前逃亡の経験など一度としてない。それどころか、ひとりで賊の巣窟に乗り込んだことさえあった。
しかし今はもう、軍に籍を置く気が急速に失せていた。翼人が怖いのではなく、ましてや味方が怖いのでもなく、戦いというその行為の行く末に暗雲を見てしまったからだった。
はっとして後ろを振り返ると、少し離れたところに主君たるノイシュタット侯がいるのがわかった。ここからではその表情がうかがえるはずもないのだが、なぜか手に取るようにわかった。
侯も衝撃を受けている。戦いはすでに、人間の手から離れてしまったのかもしれない。




