訪問
源氏三十一〜二歳
大后視点
花橘の咲き始めた季節にあの人は逝った。似つかわしいと私は思い、ささやかな弔辞を贈った。
彼女の妹からていねいな返しがあった。それには最後となるはずの花が添えてあった。さわやかな香気が辺りを包んだ。
もう会うことのなかったはずの女だ。その妹も源氏が世話しているらしいから私が気にかけることはない。元麗景殿の女御がいなくなっても、私の暮らしは変わらない。そのはずだった。
「本当に同期の者も少なくなって。でもまさか心友2号がこんなに早く亡くなるとは夢にも思いませんでしたわ!」
なぜだか当時の女御や更衣で健在な者が、ここ柏殿を訪ねてくる。もっともその数はもう少ない。
「本当にな」
妹君の元を訪れることは少し違うと思う同期の者の感傷はわかるので受け入れた。
大して言葉を交わしあうでもなく、それでも不快ではない時を過ごして帰るのを見送った。
女房が土産に蘇を詰めた壷を彼女の女房に渡すと、更衣は初めて涙ぐみ「よく彼女に分けていただきました」とつぶやいた。
「ならば今度は私が贈ろう」
そう口に出したのはなぜだろう。かつての私なら黙って実行しただけだと思う。さすがに年老いたか。
更衣は、玉というより餅のような涙をぼとぼとこぼした。
「......本気にしますわよ」
「嘘は言わぬ。それに、ズッ友であろう」
泣きながら彼女は笑い「それではお体に気をつけて。お暇しますわ心友5号」とやり返した。
彼女が帰っても柏殿は静かにはならなかった。女房に連れられて、小さな訪問者があったからだ。
「ご機嫌うるわしゅう、おばあさま」
孫の女一宮が礼儀正しく頭を下げた。里からこちらに来ていたらしい。
目立つ容姿ではないが、知性が滲むようだ。
「おお、久方ぶりだな。息災であったか」
「はい、心身共に健康です。おばあさまこそご壮健でいらっしゃいますか」
目から鼻に抜けるように賢いこの童女が私に似ているという者もある。だが更に美貌が加わってこそ足下に近寄る資格となるであろう。とは言ってもなかなか気に入っている。
「悪くはない。おまえは院の方から回ってきたのか」
「はい。先程おばさま方に琴と漢文をご教授いただきました」
朱雀の院に私の娘の女一宮と女三の宮が住んでいる。以前、六条の御息所の娘を呼ぶ手だてとしてそこに置かれ、それに挫折した後もそのままそこにいる。
「それはけっこうなことだ。精進するがよい」
「ええ、もちろんです。おばさま方はこちらにはお住みにならないのですか」
「部屋は持っておるので毎日顔を出すが、若いうちはもう少し華やかな暮らしをさせたい」
もっとも上の娘は楽器をガンガンに弾きたい時、下の娘はよくわからぬが薄い草子のシュラバとか言う騒ぎの時にこもる。こちらは人目が少ないので都合がいいらしい。
「あちらにはおまえの妹の女三の宮もいたであろう。会ったか」
「そのために来たのです。大変に愛らしくて胸がドキドキしました。あの子、持って帰っちゃダメですか?」
「そういうわけにはいくまい」
女一宮は不満そうに私を見つめた。だが皇女を玩具として与えることはできない。
息子の妃の一人で源氏の宮と呼ばれた藤壷女御は、中宮の位を望んで得られず、生まれた子も女であったため気落ちして世を恨みながら里に戻って亡くなった。
棚から椿餅がふってこないからといって生きる気力をなくすとは、近ごろの若い者は気概が足りぬ。もう少し社会問題に目を向けるとか、権力闘争に参加してみるとかチャレンジ精神を持って生きるべきであろう。
まあ終わったことを言っても仕方がない。
「思いっきり可愛がるのに」
この子の母は源氏の宮と割合に仲が良かったので同情的なのかもしれぬ。だがそれにうなずけない理由がもう一つある。
「院がそれを許さないだろうな。不憫がって自ら抱き上げてあちこちに連れて行っているほどだ」
くだんの女御には大した後見もいなかったので、一周忌が開けた途端に朱雀院に迎えた。それ以後はずっと彼の手元で育まれている。
「ええ知っています。ずるいわ、お父さま。私も連れ歩きたい」
息子の件があるので過敏になりすぎているのか、その言葉が気になった。底に逆の妬みが隠されてはいないだろうか。孫にそんな様子はうかがえない。率直に尋ねてみるときっぱりと答えられた。
「私は美しいものが好きです。それに三の宮はとても面白い」
こちらにも連れて来られることはあるが、無口で大人しいしまだ五歳なので特に面白みはない。この一の宮の方がよほどよい。だが不平等に接するつもりはない。
「自分をよく磨きなさい。年頃にはほどよくなるであろう」
「お言葉ですが、鏡を覗かなければ見ることのできない自分の顔など、どうでもいいのです」
「ならば顔のよい女房でも集めるか?」
わかってない、とでも言いたそうな口元だがそこまで礼を失することはなかった。
「女房などつまりませんよ。それに仕事のできる者の方がいいです」
その辺りの感覚はまっとうらしい。だが今のところ顔立ちしか目立たない小さな妹に対する執着は、愛玩物に対するそれとしか思えなかった。
「他に妹はいるだろうに」
「女二の宮はあの母の元に育ったにしてはいい子ですね。でも興味は持てません。末っ子は小さすぎますし可愛くありません」
断言された。腹違いの妹に対する平等性を説くのも無意味な気がしてやめた。
息子と違ってハキハキしているが、この妙な感性は方向は違っても彼に似ているような気がする。
「まあよい。やって来てかまう分には自由だ。母なし子を存分にいたわってやるがよい」
「お言葉に感謝してこれからもう一度行きます」
女一の宮は嬉しそうに部屋を下がった。それを見送りに行った乳母子も楽しそうに帰ってきた。
「先が楽しみな方ですね。先々入内されたらいかがでしょう」
「妹の娘と張り合わさせる気はない」
本当の理由は妹のことではない。今の帝は次の代につなげぬことがわかっているからだ。状況が許せば妹も止めたかった。だが苛酷な政の世界に生きてきた私はそれが不可避であることを知っていた。
「そうですね。四の君は大后さまをリスペクトしていて、梅壷を譲られた件も結局は納得してくださいましたし」
御息所の娘が入内する際、私の住んだ梅壷を譲るように息子から頼まれた。当然反対したが、ていねいに説明された。
「場所を与えなければ藤壷に入ると思いますよ。私の時にそこにいた源氏の宮は無力な女御でしたが、その後人々に強い印象を持たれている入道の宮が戻っている。もしそこを譲られて彼女が中宮になることがあったら、弘徽殿は敗者、藤壷は勝者の印象が定着してしまう。万が一でもそれは避けたいと思います」
論理的に納得できれば意見を変えることもやぶさかではない。同時に、私の名を貶めたくない彼の情だとも思う。だが一応は反論した。
「藤壷は兵部卿も娘のために要求していると聞いたが」
その時息子は口元に笑みを絶やさず言葉を返した。
「源氏側の手助けがない今、あの男の娘の準備が整うのは相当に先ですね。それに帝もおじより源氏を頼りにしている。彼が押せば通る話ですよ。ぜひその前に」
道理は立つので譲った。もちろん妹は敵に塩を贈るのかと激怒したが、順々に言って聞かせるとしぶしぶ承知した。梅壷は藤壷の後ろなので物理的にも帝から遠ざけられる。
もっとも気持ちにくすぶりが残ったらしく、梅壷の女御の入内後、絵合の騒ぎが起こり負けた時にわざわざここまで来てくってかかった。
「いただいた絵はどれもすばらしかったわ。でもお姉さま、何もあちらの女御にまで贈る必要はないでしょう!」
例のごとく息子は相談なく動いていた。私は「知っていたら止めた。力足らずですまない」と謝罪して妹を困惑させた。
「ええ? 私なんかに頭を下げないで」
「息子の不始末は親の責任だ」
「いえ......私はいいの。だけど夫が敬愛する院に裏切られたような気分で落ち込んでいたから」
無理もないことだ。妹の夫(元頭中将)は息子が帝を下りた後も変わらずに仕えていてくれている。
「元斎宮への気持ちがわずかに残っていたのだろう。それと私が常々、上に立つ者は公平でなければならぬと教えたことが災いしたのかもしれぬ」
と嘘ではないがコトの本質に関わらぬであろうこともつけ加えた。あの酔狂な息子はさぞやこのイベントを楽しんだことだろう。
妹は責める気力をなくし、私の言葉を夫に伝えた。彼もしばらくは気落ちしていたが、息子は絶妙に彼を扱い、また気持ちを奮い立たせた。
そもそも絵合の勝敗は源氏の絵でついたため、その後彼が息子を恨むことはなかった。
日々は柏殿の前の池のように緩やかに流れゆく。年が明けて少しして、時に押されたかのように太政大臣が亡くなった。年を考えると不思議ではない。そう思っていたら桜がほころびかけた三月、かつて藤壷中宮と呼ばれた女も世を去った。
ある種の感慨がなかったわけではない。それはもちろん悲しみではなかったが喜びでもなかった。
————息子の妃として迎えることができていたらよかったのに
そして子の一人もなしていたら本気で嘆いただろう。
しかし彼女はあの方の后で、現帝の母だ。過ぎゆく時代の象徴の一つの消滅は、少々ものを思わせる。
「わたしなど憎いばかりですけどね」
乳母子が首をかしげつつ東の方に目をやる。見えるわけではないが、あの女の院はそちらの方向だ。
誰も彼もが先に逝く。いまだ私はここに残る。まるで墓守のように。
憂鬱な気分を助長するかのように天災も多かった。
夏になると桃園式部卿も亡くなった。高位の人間がわずか半年の間に三人も逝った。前年の麗景殿のことを別にしても妙に荒れる年だ。
人々が不安がったためか源氏を太政大臣にする案が浮上したが、本人の辞退によって取りやめになった。
「多少派手な人だからといってあれを太政大臣にしたって、人心が落ち着くわけないでしょう!」
噂を聞き込んだ乳母子が歯がみする。私もそう思う。効果があるとは思えぬが派手な仏教イベントの方がマシだ。本当にそこまで愛されているとしたら、参内の義務がなくなるわけだからかえって気落ちするものも出るはずだ。
だけどそのうちにそうなることはわかっている。もはや抗えぬ時代の波だ。
とにかく東宮(皇太子)である孫にさえ害意を持たなければそれでいい。配下の者の出世を阻まれることは大いに不満だが、それは勝者の権利だ。
堪え難いのはむしろ自分以外の高貴な敗者への仕打ち——いや、何をするわけでもない、ただ放置されている八の宮や衰え一つ感じさせない六の君のことかもしれない。
朱雀院で暮らす彼女も時おりこちらに機嫌うかがいに来るが、その翳りのない美は私の心を切なくさせる。
変わらず明るく華やかで、これで中宮の位を手にしていたら息子の御代はどんなに輝いたかと思うと残念でならない。
表に残らぬ真実は史実ではない。だから、彼の時代はさして重要視されぬ短い世として扱われるだろう。彼自身が決めたことであろうと胸が痛い。
「それではあなたのために息子の代は長くなるように計らいましょう」
「私はあなたの代が長くなることを望んでいたのです」
「お望みに応えることができずにすみません。けれど充分に楽しませていただきましたよ」
柏殿に現れた息子に不満を表明すると、相変わらず優しげな笑みを浮かべる。
この上なく優美な居り位の帝。真実を知る人はそれでも彼を神と呼ぶことをためらわないだろう。
「しかしあの方や現帝より下に扱われて本当に楽しいのですか」
その感覚はわからない。私自身は必要があれば下に見られることも辞さないし、息子のためになるのならマイナス点は全て引き受けてもかまわない。だが帝としての彼には高みにいてほしかった。
彼はちょっと考えて言葉を継いだ。
「亡くなった源氏の正妻は、もともと私の妃として候補に挙がっていましたね」
「ああ。実にくやしかった」
結局源氏は后がねであった権高な女を御しきれず、不仲なままで亡くなったらしい。
だがなぜそんなに古いことを引っ張り出すのだろう。
「あれは私も残念でした。内親王を母に、左大臣を父に持ち気高くあれと最高の育ちをした姫君。私の元の来ていたのなら更に大事にして並ぶ者もないほどに高く扱ったでしょうに」
そうであろう。それが正しい。ちなみに私も母は内親王でこそないが、同様に尊重されるべきだったとしみじみ思う。
彼は半ばうっとりとありえぬ過去に目を向けた。唐国より取り寄せた錦の茵にゆったりと座っているため人より長い衣の裾が、白地に赤く鳥や蝶を織り出した文様の上にしどけなく流れる。
「そうやって思い上がらせた女を閨(寝室)で自由に扱うのはどれほど楽しかったでしょうか。実に惜しかった」
私はあんぐりと口を開けた。声が出なかった。
「その点父上はいかがでしたか。母上という最高の存在を手に入れていながら、あまり女の楽しみ方を極めていらっしゃらなかった気がしますが」
「ぶ、ぶ、無礼者ッ」
思わず叫んだ。至高の存在であることなどどうでもいい!
「は、母に向かって何を言うのですッ」
「これは失礼。でも、怒り狂うあなたは美しい。穏やかに現在を享受している姿よりも心が躍ります」
誰がその状況に追い込んだというのか。くわっと歯を剝きそうになって必死に自分をなだめた。これ以上のせられてたまるか。
息子は私の葛藤を見守り、やわらかな声で「私はこの立場をとても気に入っています。手に入れることのできなかった者を惜しむことすら楽しいのです」と、なんだか哲学的なことを言っていた。
そうなるに至った過程はわかるが、その心理自体は全くわからない。どんなに大事に思っていても、その片鱗さえ理解できない。
「母上は希有な存在ですよ。並の者なら闇にしてしまう心のひださえ、ひたすら前を向き先に進む素材にする。この年で全ての牙を抜いてしまっても、それでもそのまま終わる方ではない」
「お世辞はけっこうですっ」
「まさか。私がどんなに母上に敬意を抱いているかわかっていただけないのですか」
あいにく私は御しやすい女ではない。甘言では動かぬ。いや動かしたいのかどうかもわからないが。
「他に気を移さず自分のことを考えなさい。ここに来てから体の調子は良いようですが」
「元から悪くありませんよ」
少し妙に思い彼の目を見る。院はにこにこと続けた。
「食を減らせば自ずとやせます。すると人は不調だと見誤る。まあ実際、風邪程度はひきやすくなりますね。そのことによって動かせることもあるのですよ。もっとも企みの範囲外の影響もあって、六条の御息所に娘の求婚を断られたときは少し後悔しましたね」
............今更ため息さえつく気がしない。
「もうその必要はないでしょう。引き取った娘のためにもご自愛なさい」
「多少は妬いてくださいますか?」
期待を込めて見つめられて困惑する。何が悲しくて孫を可愛がる息子を妬かねばならぬのだ。
「いいえ全く」
「でしょうね。残念ですが」
「だいぶ連れ回しているようですね。他の妃の所まで」
「反応が面白くて。でも六の君のもとには連れて行ってませんよ」
それは意外だった。関係性から言ってもむしろ彼女の所へ連れて行く方が自然だと思うが。
だが息子は特に理由は語らなかった。
特に訪問者のない日は水の流れを見ていることが多い。御簾越しではあるが、ゆったりとした流れはどんな邸の池よりも豊かだ。
水面に雲の影が流れる。日の光を受けてそれは白く輝く。その中に魚が跳ねて、幾重もの輪が生まれていく。
飽きもせずに眺めていると離れた部屋から、箏の琴が響いてきた。娘の女一の宮だ。
技術的には何の問題もない。相当に腕の立つ方だと思う。だがいささか平坦な音だ。
無理もない。彼女は大事に育てられ穏やかに日常を過ごし、夫を持つ義務さえない。そのためか音に濁りはないが、安定しすぎていて驚きがない。
「そんなものでしょうか。女三の宮さま(大后の娘の方)の草子は真逆のようですが」
乳母子が首を傾げるので「読んだのか」と尋ねた。娘は私には見せてくれない。
「いいえ。でもうちの娘が仕えていますが、唐国を舞台とした壮大なラブストーリーらしいですよ」
「......あの子は派手好きだから」
子どもの趣味に口を出すつもりはないが、なまじ同じ好みの上の子の音の方が気になる。
「ごいっしょに遊びをなさいませんか」
別の女房が勧めたが、じゃまをする気にはなれずに断った。
乳母子は横でうんうんとうなずき「世代が違うと似ているような趣味でもまるで違いますからね」とつぶやいている。何を意味するのか尋ねると「うちの息子が」と語り始めた。
「ようやく勤め始めましたがまだほんの下っぱで、もちろんマイ牛車など持てる身分ではありません。出勤の際は親子で同乗していたのですが、去年のイベントの余波を受けまして」
「イベント?」
「絵合です。決着はついたし、帝は今度は学問にはまってらっしゃったので大半の者は絵から離れましたが、一部の者は先鋭化しまして。どうもその仲間に加わったようなのです」
「ほう。それで」
「ご存知のようにうちの夫の趣味は牛車なのですが、早朝出勤のために車宿りに行って腰を抜かしかけました」
「何故に」
「牛車の屋形一面に、巨大な女の姿が描かれていたのです」
「あれあなたのご子息だったの? けっこう噂になってたわよ」
別の女房が口を出した。乳母子は「うちの子だけじゃないわよ」と答えている。
「もちろん夫は怒りましたが、出勤時間も迫っている。仕方がないので車内で責めると息子は『いまだイラストのお好きな帝へのデモンストレーションです』とすましたもの。いったい何の絵だと怒鳴ると『かぐや姫です』と答えました」
どうも絹地に自分で描いて張りつけたらしい。
「で、決められた場所に車を止めると他にも亀姫(乙姫)だの落窪の姫君だの似たような牛車が並び、帝はこっそりと春華門の所まで寄せさせて、お忍びで鑑賞なさったとか」
あやうく流行しそうになったが源氏が素早く止め、三日ほど最初の者だけに許しを与えてその後戻させたらしい。
「もう夫はこぼすことしきり、許しを得た三日間は辛いというより痛いと言ってその状態の車に”痛牛車”とあだ名をつけていました」
何ともはやジェネレーションギャップとはすさまじいものである。娘の音に不満はあるがそこまでかけ離れていなくてよかった。
「憎い方ですが内大臣の対応は適切ですね」
「あら、帝がお好みでいらっしゃるのに止めなくてよくありません?」
女房が囁きあっている。もう私には関わりのないことだが、自分で指示したとしても似たような処遇になったと思う。
「これを認めると牛車のグレードで分けた身分制が崩れる。しかし帝の気持ちに配慮するとしばらくは許さざるを得ない」
気にくわないが、あやつの能力だけは否定しきれない。
「大后さまが政界に復帰して手を貸して差し上げたら世の中は輝くと思いますわ」
おもねりなのか慰めなのか女房の一人がそういったが、私は首を横に振った。
今さら政を求めたとしたらそれは老醜だ。そんなものを晒すつもりはない。
ーーーーそれでは私は何を求めるのか
子孫の繁栄と安泰以外は望むものはない。そう思っているがそれは本当なのだろうか。
わずかに揺れる池のさざ波に目をやっていると、また娘の音が遠くから響いてきた。