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源氏夢想譚  作者: Salt
第三章
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月華

源氏二十九歳

弘徽殿視点


連続投稿です。前話”譲位”の続きになっています。

 わが息子を表現する時、人はみな”なまめかしい”とほめる。若々しい。艶っぽい。そんな意味もあるが、この時代に真っ先に思い浮かべるのは優美な様子だ。


 噂で、ある女房の話を聞いたことがあるが、美よりは優雅さの方が上、しかしそれよりも上品さの方が上ではないかということだった。

 しかし優美さは、更にその上を行きはすまいか。


 優美という言葉を聞いて、人は何を思い浮かべるだろう。流れる水、風にはためく絹のたゆたい、薄様(うすよう)に流れる流麗な女の手蹟()。どれも自然な美しさだ。女の手蹟だけは、一見意識があるようだが、美しくあろうとの思いが前に出たものは優美とは言えない。


 優雅さには人に見せつける生々しさがあるが、上品さにさえ品よくあろうという意思がある。だが優美さには? それは存在するだけで見とれるような自意識の放棄だ。美しくあろうとさえせずに、天然自然に美しい。


 わが息は”清らになまめかし”い。源氏もそう評されることはあるが、息子の方がよほどふさわしい。


 至上の美を持つ()()(退位)の帝は、優しく私に笑いかけた。

 一瞬見とれかけたが気をしっかりと持ち、しゃんと背を伸ばして「それで、こちらを出た後はどちらに移るのです?」と尋ねた。

 彼はちょっと目を見張り、それから軽く噴き出した。


「母上のそういったところ、大好きですよ。朱雀(すざく)の院を(たまわ)っています。ええ、亡くなられたおじいさまから」


 その方は私の父ではない。院の父上のことだ。途端に脳内に過去の映像が広がる。あの、ゆゆしいまでの青海波(せいがいは)。源氏と頭中将が二人して舞った秋の日。

 あれは試楽(しがく)(予行練習)だった。それは何のため? 院の父である、朱雀の院に退かれた方の()の祝いだ。そう、紅葉の賀。あの華やかなイベントで、人々はみな源氏に見とれた。私ですら試楽の際、彼に無感心ではいられなかった。


 だがその日の主役はどうだ。意外に語られない()の院の動向。彼の視線は、いったい誰にあった?


 疑問が沸き上がると、別の謎も気になる。造花の件は、たぶん息子の手の者だろう。だがそれは何を意味するのか。


 いつぞやの記憶がよみがえる。赤い石——明石。源氏のいた場所の一つだ。地名に関わるのか。花の類もそうなのか?

 日陰葛(ひかげのかずら)......五節(ごせち)。そうだ、五節の舞姫の一人と源氏はつきあってはいなかったか。

 明石にも彼の女がいると噂になっている。土地ではなく女で考えろ。


 他には? あてはまるもの......花ではないが三角に切られた赤い紙。あれはあのとき思った通り、源典侍(げんのないしのすけ)を表したものではないのか。


 遥か昔に届けられた夕顔、山桜、花橘。他にもあったかもしれない。どれがどれだがわからぬが、全て源氏の女を表しているのではないか。


「いろいろと思いあたることが出てきたようですね」

「なぜあなたはいろいろと知っているのです?」


 うちのことはわかる。彼と通じる女房がいるのだろう。しかし源氏の元にも同じ役割の者がいたとしても、そう細かくわかるものだろうか。

 息子は優雅な笑みを絶やさなかった。


御所忍(ごしょしのび)という言葉をご存じですか」


 記憶のどこかに引っかかっている。あれは......乳母子(めのとご)の愛読書か。


「架空の存在ではないのですか」

「いえ現実にあり、高度に一元化された命令体系を持っています。多少ははぐれもいますが」


 主殿寮(とのもりょう)の者が火を点した釣灯籠(つりどうろう)が、東孫廂(まごびさし)の天井から下がって揺れるのが、いくつかの御簾(みす)越しに見える。手近に置いた大殿油(おおとなぶら)の灯りよりもおぼろで美しい。


「私はなぜ殺されなかったのでしょう」


 桐壺(きりつぼ)更衣(こうい)に寵が移った時に、死んでしまえたらよかったのに。

 思いごと生身も葬ってくれれば、幸せだったはずなのに。


「父上は(しのび)の存在すら知りませんよ」


 彼は穏やかな声で説明してくれた。

 

「全ての帝に与えられるわけではないのです。忍を得た者が院に退いても、彼らは離れません。その方が彼らの次の主を決めますし、その間もなく亡くなられた場合は、上忍が自分で判断するように決められています」

「ということは......」

「ええ。私は朱雀の院と御所忍を賜り、朱雀院を名のるように定められました」


 ぞくり、と体内の血が全て泡立った。


 船岡山(ふなおかやま)を基点として、都の中央を南北に貫くわが国最大にして最重要の道路、朱雀大路(すざくおおじ)。それに接する内裏の正門を朱雀門という。

 この道沿いの、三条大路の南に設けられたのが朱雀院。八町分の敷地を使った、極めて正当な上皇御所だ。


 この名をもらうということは、すなわちあらゆる帝の中で最も正当であると見なされることと同じだ。


 つまり彼はーー神なのだ。


「源氏の元にも忍びは入れてあるのですか」

「もちろん。それ以前から協力してくれる女性はいたのですが、須磨(すま)にはついて行けないので助かりました」


 それはいったい誰だ。たとえば源氏の乳母子か。もしくはかつての播磨守(はりまのかみ)の息子か。それとも別のヤツか。かってに都を抜け出して会いに行った宰相中将さいしょうちゅうじょう(元頭中将)か。

 私の脳裏に一人の男が浮かんでくる。


————右近将監(うこんのじょう)


 あの男は帝の蔵人(くろうど)だった。どの帝? もちろんわが息子だ。

 蔵人という立場は帝の傍でそのお世話をする。当然親しくなる機会も多い。


 彼は源氏と親しいという理由で職を失った。だがそれが隠れみの(フェイク)だとしたら。将来必ず戻すという約束で、一時的に解任されただけだったら。

 きっと、余裕ある態度を崩さずにすんだはずだ。


————確かあやつは源氏の子飼いではない。親しくなったきっかけは......斎院(さいいん)御禊(ごけい)


 なんとわが娘女三宮(おんなさんのみや)賀茂(かも)の斎院として(みそぎ)を行ったあの時だ。

 彼女は演出のために使いたい人物を素案にまとめていた。その筆頭が源氏だったわけだが、右近将監も臨時随身(ずいじん)としてあげられていた。


 あたりまえだが、娘は息子の同腹の妹だ。


「女三宮の素案を用意したのはあなたなのですか」

「いいえ。ただふさわしい人物を推薦はしましたが」


 決定的だ。だが更に疑問も浮かぶ。


「将監には兄もいましたね。紀伊守(きのかみ)がそうだったと思いますが」

「忍びは後継者に才のない者は選ばないそうです。上下は関係なく、ふさわしい者に伝えられるそうです」


 確かに将監は能力に富んだきらきらしい男だ。須磨や明石でも源氏に誠実に仕え、今や最もときめく臣下の一人だ。これからも源氏に寄り添い出世していくに違いない。

 だが彼の、真の主人は......


 思考をそこで止めるな。だとすると彼の父伊予介(いよのすけ)、いやもう常陸守(ひたちのかみ)だったっか、あの男ももしや。


「ええ、一員です。個人的にも含むところがあったらしく、私の下につく前に身近な女房を通して、さりげなく教えてくれたこともあります」


 届いた品のどれかがその女を表していたのだろう。私は無意識のうちにへし折っていた扇を下に置いた。


「彼らは私に忠実に仕えてくれます。ですから、傍目(はため)はともかく力を失うわけではないのです」

「しかし......次に継ぐ帝の子が生まれたら?」

「在位中に彼は、男宮を得ることはできません。決して」


 人から最も遠い男が薄く笑う。残酷で美しい神の微笑。人とは違う倫理。まっすぐに伸びる朱雀大路のように定められた道筋。

 それでも私は逆らいたい。


「だとしても、あなたにはようやっと三つになる皇子が立った一人いるだけではありませんか。どんなに守ろうとも病を得ることだってあります。いくらなんでも時期尚早ですっ!」


 なのに彼は優雅に微笑んだままだ。


「......リスクのない遊びなど、つまりませんよ」


 見とれるほどに優美な神にとって、高貴な自分の一生さえ玩具の一つでしかない。口元に笑みを浮かべたまま、平気で投げ捨てることさえできる。神は、暇を持て余して遊ぶのだ。


 そんな彼が執着を見せるのは、源氏とそして私だけだ。


「彼と私も遊びの対象なのですか」

「いいえ。お二人は特別な存在です」

「私に対してはわかります。実の母親であり、その美貌といい才といい輝き渡る太陽のごとき逸材ですから。しかしあの男は少々派手だが、しょせん臣下ではありませんか。気をとられる必要があるとは思えませんね」


 切り込んだ私に帝は嬉しそうな目を向ける。だがすぐに辰巳(たつみ)(南東)の方向へ目を移した。源氏の邸の方向だ。


「最初は憐憫と罪悪感でしたね」

「罪悪感? あんなゴクツブシにその必要があるとは思えません」

「母上は......昔から変わらずに優しすぎる」


 何を言うのかとあきれると、彼はしなやかな指を伸ばして私の、多少は雪の色が混じるがなめらかに美しい髪に触れた。


「幼い頃、私は(アリ)を源氏に踏みつぶされたと語ったことがありましたね」

「ええ、覚えています」

「あれは......嘘です。彼はそんなことをしない」

「!!」


 その驚きさえもすくいとるように優しく髪を撫で、そのままそっと指を離した。


「私が...光を責めて、あなたの嘘がバレるとは思わなかったのですか」

「まさか。私はあなたをよく知っています。母を亡くし祖母を亡くして傷ついた子どもを、あなたが責めるとは思いませんよ。せいぜい生き物の命を大事にしろ、と説教をするぐらいでしょう」


 全くもってその通りだ。きょとんとするあの子にむっとした記憶がある。しかし、確かにそれ以上問うことはしなかった。


「それだけではありませんよ。母上が気に入っていたものを彼から盗みました」

「なんのことです?」

「幼い源氏の笑顔を奪ってやりました。君は本当に賢くて美しいけれど、その笑い方は内裏にふさわしくないと言って、変えてしまいました」

「!!」


 二度もこの私がびっくりマークを出さなければならぬとは、何たることだ。

 確かに源氏はあの無邪気な笑みをなくし、優雅な微笑を身につけた。それは息子によく似ていた。


「私が憎いですか?」


 楽しむように覗き込む彼の瞳に、私の方こそ憎悪の影を探すが見当たらない。


「そうは思いません」

「八の宮に二度と近寄るなと命じても?」


 意表をつかれて目を見開く。繊細で気弱な少年の姿が思い浮かぶ。


「あなたの弟ではありませんか」

「他の者はどうでもいいのです。父上でさえそうなのですから、もちろん彼だって。ですが、あなたがあの子に目をかけるのなら、私は彼の敵になります。他の者を懐に入れることは許しません」

「しかし......!」


 彼がわが一族に取り込まれたことは周知の事実だ。ただでさえ源氏の威光が増した今、私が手を離せばあの弱い子は世間に捨てられてしまう。


「それでかまわないでしょう。権威をほしがるたちでもなし。さすがに食うに困るような目にはあわせませんよ。ですが、母上があの子に肩入れするのなら、どう扱うかは保証できません」


 ただの脅しではない。指一本動かさずにまばたき一つで、彼の意を組んだ者が速やかに何ごとでも実行するだろう。


「五の君の夫君なのですよ」

「それが何か」

「あなたにとっても彼女はおばでしょう」

「ええ。六の君もそうですね」


 甘美い翳りのある笑みを口元に浮かべると、私の髪を指ですき「髪についていたでしょう」と囁いた。


「何がです?」

「桜の花びらが。あの花の宴の夜に」


 困惑してあの夜を思い出す。いつの間にか源氏と通じていた尚侍(かん)の君(六の君)。発覚したのはもっと後だが、最初に契ったのはあの春の一夜だと......


「泣いているのですか。見せてください」

「この私が泣くわけがありません。なさけなくて目眩がしただけです」


 目元を抑えた袖は濡れている。だが私は絶対にそれを認めない。


「あなたは源氏にあの子を与えたのですか」

「さすがに惜しい気持ちにはなりましたね。でも、思った通り彼は、あの子に夢中になった。好きな女が他の男にさらわれるのは辛いものですね。たとえ自分でそれを企画したとしても」


 甘く切なく恨みごとを述べる優美な彼の幻想が、知らぬ間に餌食にされた乙女の映像に重なる。

 自分でも得られなかった最高の地位につけるはずだった大事な妹。


「一族全体が憎かったのですか? あなたも親政(帝自らの政治)を望んでいたのでしょうか」

「いいえ。私は自分の立場に充分満足していましたよ」


 息子は穏やかにそう告げた。火影が揺れて彼の姿もぶれる。


「憎んでくださってもかまいませんよ、母上。あなたにはその資格がある」

「だが断るッ!!」


 きっ、とにらんでそう叫んだ。下り居であろうとも帝の前で見苦しい。意識の一部がそう嗤う。


「あなたが望んだとしても、愛することをやめません」

「父上の最期に会えないように画策する息子であっても?」


 心の蔵が轟音を立てる。動悸が激しすぎて胸が苦しい。


「......そうなのですか?」

「ええ。長くはお保ちにならないと思ったので、あなたの見舞いが彼を悪化させると考えるように誘導しました。頃合いを見て、女房を使って補強しました」


 息子はひどく冷静だ。視線で私の醜態を味わうかのように、じっとこちらを見ている。私は鼓動の大きさで息が苦しい。


「私に憎まれたいのですか」

「あなたの感情を全てほしいのです。源氏はまあ、割にカンタンですがさすが母上、なかなか落ちませんね」


 残酷な神は人ならぬ美しさで、可憐な生け贄の陥落を待っている。私は動きを奪われたか弱い小動物のように相手を見つめる。


「あの方の最期の平安を奪ってまでそうしたかったのですか? この私の見舞いなくして成仏はできないでしょうに」

「ですから、父上はどうでもいいのです」


 肩をすくめた彼のうなじから腕への線が、息を呑むほどなまめかしい。なのにその顔は、その父を写し取ったようだ。


ーーーーだけど、あの人ではない


 私の心の蔵は大きく音を立てている。だが、そこから血は噴き出さないしこの身から取り出されることもない。

 そのことに気づいた時に、幼い息子の遠い映像が、悔恨とともに私の中によみがえった。


 明日はお父さまに会えると、里邸ではしゃいでいた幼子。すぐに受け入れられない、愛されぬ悲しみを呪いのように刻印された子ども。


 異形の怪物、あるいは神。いや、怪物などいない。そこには心底傷つけられた幼子が一人いるだけだ。


「さあ、母上......」

「やかましいっ!!」


 怒鳴りつけると息子は目を丸くしてこちらを見た。私はずい、と彼に身を寄せた。


「おまえはこの私を誰だと思っているのですっ」

「敬愛すべき皇太后であり、かつては弘徽殿(こきでん)女御(にょうご)として名をはせた生ける伝説とも言える大后」

「で、私のアイデンティティは?」


 驚いた彼は「権門の姫君?」と語尾上げで答えたので罵倒した。


「違いますっ」

「姫君はさすがに言い過ぎましたか」

「そっちは訂正しなくてよろしい。しかし育ちの良さを心のよりどころにしてるわけがありませんっ」

「はあ」

「私自身の存在意義は母親ってことですっ、この馬鹿息子っ!」


 胸元をつかみ上げて玉体を揺すると、そんな目にあったことのない彼が呆然としている。

 床下から不穏な気配を感じたので、息子から手を離しその位置をどん、と踏みつけて「親子間のことに手を出すなッ」と怒鳴ると気配が消えた。

 すぐに視線を息子に戻した。


「趣味が悪いからと言って見放すとでも思ったかっ、愚か者ッ!」

「でも母上......」

「語るなっ。悩むなっ。考えるんじゃなく感じろっ。この私は誰だッ」


 優美なる元帝は、今はあまり優美ではなかった。それでも育ちゆえの上品さは失わず、困惑したまま「......母上」と答えた。

 私は満足げにうなずいた。


「わかっておるではないか。それ以上でも以下でもないッ。幼い頃からあまりに優等生をやりすぎるからいい年をして中二病などおこすのですっ。位を下りたからには見栄を張らずにもっと暮らしを楽しみなさいっ」


 目を丸くしていたわが息子は、ふいにその身を二つに折ってくつくつと笑い出した。


「イエス、マム。さすがは私の母上」

「あたりまえだっ」


 私は立ち上がり息子を見下ろした。彼は笑いすぎたためか目尻に涙をためている。


「帰ります。......ところで私は、このまま里にいればいいのですね」

「いえ。朱雀院の柏殿(かえどの)をあなたのために磨かせております。落ち着いたら、ぜひこちらにおいで下さい」

「わかりました。これ、おまえたち。充分にお守りするように」


 床下に命じると、恭順の気配がわずかに漏り出た。満足して去ろうとすると、息子が優美な様子で立ち上がるのが見えた。


「これ、下りたとはいえ帝が見送っては行けません。慣習に背きます」

「今宵だけは見逃してください。私は大事な母上のお帰りをどうしても見送りたいのです」


 彼は清らかに微笑むと、院よりもよほど優雅にエスコートしてくれた。すぐに、私の女房たちも控えた場所から出てきて付き従う。知らせを受けて殿上人も現れて、最後の内裏からの戻りとなった。



 下弦の月がやるせないほどの色合いで、私の行く道を照らし出している。供の者の持つ松明の火は赤く、車の影は濃い。人を払う警蹕(けいひつ)の声は低く、辺りを脅すように響いている。

 物見の窓から覗くと道は静かで、大半の人々は眠りについているようだ。


 明け方が近い。私はもう眠れないだろう。

 それは息子のせいではない。大いに痛みを感じたが、彼がどんなに企んだとしても心の蔵を失うことはなかった。


 わかってはいた。私を殺せる刃は永遠に一人しか持たない。その人はもう、失われてしまった。これからどんなにイケメンパラダイスを与えられたとしても、あなたのように思うことはできない。


 だけど私たちは罪を犯した。あなたがまだ、彼らに会うことができるほどこの世に捕われているとしたら、そのせいなのかもしれない。


 罪はあなたにあり、私にある。

 愛さなかった罪。愛されなかった罪。

 それは息子に背負わせるものではない。

 

 愛されたかったとは思うけれど、それが与えられなかったとしても、この罪が私とあなたをつないでくれるのなら、関係ない他人でいるよりかは嬉しい。


 困ったことだとは思う。それこそ息子にはないしょにしなくてはならないだろう。

 帝の中の帝、最強の神である息子より、認められずに御所忍の存在さえ知らない脆弱なあの人が、私にとって最大の存在であるなんて。


 見上げるとか細い月は笑う。こうこうたる空中の孤月輪(こげつりん)

 満月でさえないのに、張若虚(ちょうじゃくきょ)の詩が胸のうちをよぎっていく。


 願わくば月華(げっか)をおうて流れて君を照らさん

 (できることなら、月の光を追ってあなたの元に流れていって、そうしてあなたを照らしたい)


 だけど私は月の光にはなれず、宵闇は薄れゆくのみだ。

 やがて、朝が来る。太陽は迷わずに進み、夜は明ける。



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