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源氏夢想譚  作者: Salt
第三章
66/89

苦闘

前中宮視点

源氏二十六歳

 丁字(ちょうじ)染めした衣のせいで、辺りに歯医者のようなにおいが漂っている。出家してからはあまり鮮やかに色を使えないので、せめてものたしなみとして多用したため、すっかり慣れきった香だ。だけどもうかぐこともないかもしれない。

 この染め物に使う丁字のつぼみは輸入された物で、大変に高価だ。これからは、紅花で薄く染めた上に支子(くちなし)の黄色をかけ合わせるもどき系に変えなくてはならないだろう。


 仕度を整えて供奉(ぐぶ)(お供)の者を待っていたがだいぶ待たされ、ついには今宵は人が集まらぬため延期にするべきでしょうと進言された。


「そう」


 私はうなずき、何ごともなかったかのように奥に戻った。従う女房の何人かはくやしさで泣いている。中宮職(ちゅうぐうしき)の者は当然のように来なかったが、あらかじめ根回ししておいた殿上人(てんじょうびと)さえも現れなかった。


「きっと大后がじゃまをしたに違いありません!」

「そうですわ! あの鬼のような女が脅したのですわ」


 扇の陰に皮肉な笑いを隠した。いちいちそんなことをするわけがない。権力者が黙っているだけで、周りがかってに(おもんぱか)る。利に敏い男たちはむだな労力を使ったりはしない。

 それでも、息子に会えないことは寂しかった。無理だと知っていながらも、彼の笑顔を見たかった。


「さぞやわれわれを侮っていましょう」

「無力な敗残者と嘲笑っているのでは」


ーーーーあたりまえだわ


 むしろそのためにやっている。あの者たちがわれわれを軽んじ、いつでも吹き飛ばせると甘く見るためにだ。

 扇の影で彼女たちの悲嘆を聞いていた。心は平静で乾いている。


「夜遅くまでお疲れでしょう。果実でも召し上がりませんか」


 ようやく落ち着いたらしい女房が近づいて来て勧める。首を横に振って断っていると、(べん)が甘ずらをといた湯を運んで来てくれた。気がたかぶると食の細る私を心配してくれたのだろう。それだけは口にできた。


 深夜テンションの中女房たちはまた、泣いたり怒ったり忙しい。だけど彼女と式部(しきぶ)だけは静かに控えている。

 特に式部はほんのわずかにこちらに目線を合わせ、他に悟られぬうちにすぐに外した。


 一見ただの年老いて見場の悪いありふれた女に見える。だけど彼女は恐ろしいほどの知性を秘めた女だ。普通ならいとうはずの加齢も、彼女にとっては隠れ蓑だ。

 だから私も彼女の策をとって、侮りやすい敗残者の立場を守っている。


 源氏が須磨に旅立つ以前から、人々は露骨に冷たくなった。外出の際もなかなか人が集まらず、息子の顔を見ることは難しくなっていた。もちろん源氏がいなくなってからはもっと困難になった。だからそもそもそのままとも言えるが、自ら進んでやっていることで私の心は落ち着いている。



「中宮さまはご自身の矜持と、春宮(とうぐう)さまのお立場と、どちらをお守りになりたいですか。見栄も体裁も必要ありません。充分にご自分のお心に問いかけてからおこたえください」


 過去の話だ。息子の元からやって来た彼女は、人払いの後まずそれを尋ねた。

 まだ源氏のいる頃で、それでも世間はだいぶ冷たくなっていた。その時もう、私は尼姿だった。

 考えたあげく、息子の立場を選んだ。式部はにぃ、と笑ってうなずいた。


「わかりました。絶対とまでは言えませんが、そのように運ぶように努力致しましょう」

「できるの?」

「難しいとは思いますが、あきらめるつもりはございません」


 ですが宮さまには辛い思いをさせますよ、彼女はそう続けた。


「まずは我々がいかに取るに足らないか、それを右大臣側の者に知らしめなければなりません」


 私は驚いた。侮られたら負けの世の中だ。どんなに手負いでも平然とかわすことが必然だと思っていた。


「ええ。普通はそうです。ですが大后はかなりぬるいので」

「あの......見敵必殺の大后が?」


 信じられなかった。

 彼女の恐怖の逸話は多い。仕える女房と別れた殿上人がとことん追いつめられて出家したとか、政敵が恐怖にうたれて辺境の地まで逃れ今でもそこで暮らしているとか、そう、私自身も一つは知っている。なくなった青衣の女御(にょうご)の父が名も知れぬ小さな寺に追い払われ、今もそこに住んでいる。


「ほほほ、そのこと自体イメージとは違ったぬるさを示しているではありませんか」

「どういうこと?」

「だれも死んでおりません」


 そんな時代ではないのだからあたりまえだ。


「桐壺の更衣のことは? その人が亡くなったせいで私はこうしているのよ」

「それは更衣側の判断ミスです。当時の情勢をかんがみれば、息子を春宮の位につけられるわけがない。適切に里に撤退して身を守るべきであったのです。それが許されなかっと言うのなら、許可を出さなかった方の責任です」


 彼女に大后をかばうつもりは微塵(みじん)もない。だとするとこれは客観的な判断だと思う。けれど私の気持ちはざわついている。


「敵を追いやるだけで充分に駆逐できるからではなくて」

「いえ。たとえば青衣の女御の父は生きているだけで充分に不安材料です。それに、やったことを考えれば寺に閉じ込めるなど生ぬるい。娘の名を汚そうとも公式に流罪にするべきでした」


 なのにその程度に留め、あろう事か彼女の息子の八の宮に目をかけている。


「右大臣の立場さえそうです。ようやく太政大臣就任の動きが活発になってきましたが、本来なら今の帝が即位した瞬間に就くことが可能でした。なのに院が存命中はもちろん、忌明けがすんでも就こうとはしなかった」

「その件に就いては反論があるわ。お飾り的立場の太政大臣よりも、右大臣の位置の方がアクティブ&スピーディに動くことができる。この二つを特徴とする彼にとっては、その方が都合が良かったからではなくて」

「一理あります。しかし大した実害はなくても左大臣の下であることは明白です。この場合のベストの対応としては、まず太政大臣の地位に就き、同時に息子を引き上げて自分の駒とすることでしょう。しかしそれはできなかった。なぜなら、彼の息子はみなひどく凡庸な人物で、その下の世代も期待できないからです」


 彼女の分析はたぶん正しい。


「彼らはあれだけ行動的なのに理不尽な動きはしない。更に大きな変革に就いてはかなり慎重である。次世代に不安も抱えている。つまり、つけこむ隙はあります」


 わずかな光明が見えた気がした。だけど式部は苦い顔で「くもの糸です」と牽制(けんせい)した。


「それでも春宮さまを守りたいのでしたらやってみるしかありません。中宮さまだけを守る方が楽ではありますがね。しかしこの場合も右大臣家にだけは媚びる必要があります」

「NO!」


 全力で拒否した。そうすることによってあの大后に侮蔑されるぐらいなら、死んだ方がマシだ。


「それでは矜持を守れたなんて言えないわ」

「さすがは中宮さま、誇り高い。ですが、だからこそこちらの道は辛うございますよ」


 念を押す式部にただうなずく。他の者に嗤われずともあの女に嗤われるのであれが意味はない。私の了承に基づいて、彼女はいろいろと策を練った。


 その一つは、(おう)命婦(みょうぶ)を息子の元に派遣することだ。


「訪れる者が減ったとはいえ春宮さまは内裏(だいり)にいらっしゃる。そこに仕える女房は何かと人目につきます。まだ若くきれいなあの人の尼姿。かつてを思い起こして人々は涙を注ぎましょう。彼女には充分にけなげにふるまってもらいます」


 細々とこちらに有利な空気を作り出して行く。気の遠くなるような小さな動きだ。


「中宮さまは今まで通り美と品位を保っていただきます。これがないとただの侮られ損になりかねません。もともと中宮さまがお持ちの美質ですが、特に大后との対比が際立つような気品をけして揺るがせないでください」


 できているかどうかはわからないけれど、そうありたいと心がけてはいる。だから素直にうなずいた。



 式部の読みはあたった。源氏は自分で自分を追いつめるような真似をして、自ら官位を返上し須磨へ落ちなければならなくなったけれど、それ以上のことは起こらなかった。


「二条の邸、燃えませんね」


 女房の中納言(ちゅうなごん)がぶっそうなことを言って不思議がった。私は首を傾げた。二条の邸とは源氏の自宅のことだろうか。


「どういうこと?」

「あわわ、品の悪いことを言ってしまいました。聞かなかったことにしてください」


 謝る彼女を押して尋ねると、中務(なかつかさ)が答えてくれた。


「権力者の意に逆らった者が邸を離れると、大抵の場合不審火で燃え落ちてしまうのですよ」

「それって......」


 ぞっとして青ざめると彼女はやわらかく続けた。


「ええ、そういうことです。ですがまだ起こっていません。なんならこっそり下人をやって、くれぐれも注意するように言ってやりましょうか」

「そうしてあげて」

「いえ、いけません」


 その日も式部が来ていたが、私の言葉を遮った。


「夜闇にまぎれて忠告など行かせると、あちらの下人に手の者が入っていた場合その日中に火をつけられて、こちらのせいにされかねません」

「まさかそんな。姪はあの邸に残っているのに」

「これは戦なのですよ、しかも我々の方が恐ろしく不利な。守れる者はお二方だけ。非情なようですが、兵部卿(ひょうぶきょう)の姫君の面倒までは見れません」

「なら、兵部卿の宮の方に文をやって忠告したらどうでしょう」


 中納言の提案は即座に却下された。


「兄上さまに対して失礼ですが、それを証拠として右大臣側に売りかねません。いえ、兄上さまのそのつもりがなくとも北の方がそう計らうかもしれません。付け入る隙を与えてはいけません」


 恐るべき世に生きているのだと身の震えが止まらない。言葉を交わすことさえない姪がかわいそうで仕方がないが、それさえも今の私には不相応な感情なのかもしれない。


「ただでさえ右大臣側に不穏な気配があります。気を抜いてはなりません」

「それって、ほぼ決定した太政大臣就任のことですか」


 中納言の問いに式部はうなずかなかった。


「いえ、八の宮の元服(げんぷく)の件です」


 亡き桐壺院の八男である彼は、確か十六ほどになっているはずだ。人柄についてはよく知らないけれど、なかなか端整な容貌で楽のたしなみも深いそうだ。


「あの方は右大臣側の手配で元服なさることが決まりました。右大臣の五の君、つまり大后の腹違いの妹を()()しとするそうです」

「!」


 女房たちが震撼とした。私も鳥肌を立てた。その意味することは明白だ。確かに姪などに関わっている場合ではない。


「あの女は春宮さまを引きずり落とそうと......」

「お黙りなさい、縁起でもない!」


 珍しく中務がいきり立って中納言を叱った。私はわが身をかき抱こうとしてそのことに気づいてそれをやめた。感情に従っている暇があれば事実関係を把握しなければならない。


「八の宮の祖父は?」

「春先から病んで、もう長くはないと」


 まずい、と私は思った。野心家の祖父の存在がストッパーになっていたのに、これではもう抑えがきかない。

 顔色の悪い私を式部がなだめた。


「元服に手を貸してやっても、急にそれ以上は動かないでしょう。次世代に汚名を着せぬために間を置くはずです。焦ってはいけません」


 くれぐれも私の評判を下げぬようにと忠告して、彼女は内裏に戻っていった。他の女たちは言葉もなく打ち震えた。



 王命婦のいない部屋は、あの人の不在を強く感じさせた。

 訪れる人のない寂しい暮らしがそう思わせるのだと、何度も自分に言い聞かせた。お母様と二人慎ましく暮らしていた頃に戻るだけだと気を取り直そうとした。

 でもダメだった。日に何度も命婦の方を見ようとしていないことに気づき、その途端に面影が降ってくる。

 振り払いたいのにまとわりつく懐かしい香の煙。いえ、違うわ。今まではあの人を責めればよかったけれど、たぶんこれは私の罪。春宮のことで嘆いていたはずなのに、気がつくとそれだけではない。


————子までなしたほどの前世からの因縁だから?


 そのせいにしてしまえたらきっと楽ね。でも、違うわ。あんなに冷たく扱ったのに、やかましい世の中にまだこのスキャンダルが流れていないのは、きっとあなたが守ってくれたのね。


 不在が私に傾斜をつける。どうしてもあなたを切なく思い出してしまう。優しくしてあげたい、なんて今さら考えてしまうのは未練なのかしら。

 そんな思いを増幅させる細い雨が降る梅雨の頃、源氏から文が届いた。


「松島のあまの苫屋(とまや)(粗末な小屋)もいかならむ 須磨の浦人(うらびと)しほたるるころ——須磨の浦人たる私が(涙で)潮垂れているこの頃、(私を待つ)松島の海人(あま)というか尼の住まいはどうでしょうかーー涙で前が見えない、ワイパーがほしいです」


 いつもだったらかちんときて、確かに私は尼だけれど、どうしてあなたを待つなんて思うの? といった調子で書いてしまうけれど、この時は慰めるつもりで返事を書いた。


「この頃はますます、しほたるることをやくにて松島に 年ふるあまもなげきをぞつむ——潮垂れることが仕事の待つ島の年取る海人、いえ尼の私も、塩を焼くために火に入れる投げ木、つまり嘆きを重ねています」


 ちゃんと気持ちを受け入れ、意味を整えた上さらに掛詞を加えた。私にしては破格の対応のつもりだ。慣れないわび暮らしを送るあの人に、言葉だけしかあげられないけれど少しでも癒されてほしい。そんな思いを込めて使者を返した。


 ようやく雨が上がって呉竹(くれたけ)の色が鮮やかだ。だけどいつもより長かった五月雨のせいか、その後の日射しの問題なのか稲の発育が悪いと聞いた。

 そのうち取り返しもつくだろうと暑い夏を耐え、実りの季節を迎えた。不作というほどではないにしても、豊作とは言えなかった。そのせいなのか私の荘園からの上がりは呆れるほど少なかった。


 女房たちは(ひさし)でこそこそ話し合っていたけれど、風向きのせいかほとんどが耳に入った。


「不作の年だってこれだけってことはなかったわ」

「院が亡くなられてからはどんどん減らされて、中宮位の御封(みふ)まで取り上げられてしまったのに更にこんなに」

「これじゃやっていけないわ」

「かかりをなんとか抑えなくては」


 耳を押さえたい。でもそうすると聞いていたことがバレてしまう。顔色を変えず平静にしていなければならない。


————大丈夫よ。貧窮している方が右大臣たちに目を付けられないわ


「こう度が進んだのはいったいなぜ?」

「八の宮の祖父君は思ったより保ったけれど、夏の終わりになくなったのよ」

「じゃあいよいよ......」

「当分は喪に服すと思うわ。だけどその後はわからないわ」


 須磨の浜辺をさまよう源氏の姿が目に浮かぶ。

 いや、その人は源氏ではない。彼によく似た白皙(はくせき)の美青年だ。

 気品といい美貌といいこんな荒れた海辺にふさわしくないのに、彼はみすぼらしい供に向かって寂しげに微笑みかける。


 あの子をそんな目にあわせたりするものか。そのために私は何をすれば?



 悩んでいるうちに冬が来た。炭火を消費しすぎないように、女房たちは固まって震えていたりあるいはかえって活発に動いたりしている。

 私も朝夕経読む間だけ炭櫃(すびつ)を近づけ、日中は消させている。一日中冷えきった指先は、人目がない時は弁が時たま握って暖めてくれる。


 先日、女房の一人が里へ帰ってそれきり戻ってこない。昨日、もう一人から帰省を申請された。きっとこんな状態が続くともっと増えるに違いない。

 こんなことが続くことを思えば、やはり式部の提案をのまなくてはならない。


 それは、地方の豪族に私の衣を与えることだった。


 聞いた瞬間怖じ気づいて固まってしまったので、その日はそれ以上聞かれなかった。

 (ひな)に住む下郎が私の身につけたものに触れるのかと思うと虫酸が走った。

 それは甘えだ。矜持を捨て息子の立場を守ると決めたから彼女は話を持ってきてくれたのだ。

 だけど私の心はまだ受け入れられなくて、自分の中で縮こまっている。


 なんとか気を変えようと顔を上げた時、急に女房たちの声が激しくなった。


「こんな所まで入り込んで! すぐに出てお行き!」

「ここをどこだと思っているの!」


 みすぼらしい子どもが二人ほど南庭の白砂に上がり込んでいる。


「腹へったよ」

「寒いよ。動けないよ」


 やせて小さな子どもが手を伸ばしている。下仕えの者はまだ来ない。

 私が口を開こうとすると中務が止めた。


「いけません。一人二人にやると次の日はもっと来ます」

「そうですよ。わざと子どもを入れているのです。どこかで大人が見ていますよ」


 そのとおりかもしれない。目を向けてはいけない。

 だけど一人は息子と変わらない年頃に見えた。


「......餅でも与えてやって」

「そんな、あんな乞食に」

「絶対明日も来ますよ」


 私は彼女たちの言葉をはねつけた。


「それでも」


 渋る彼女たちに冷たく命じた。さすがに逆らおうとはしなかった。



 案の定次の日にはもっとたくさんの貧民が来た。子どもだけではなく大人も混ざっている。


「どうかお恵みを。お優しい中宮さま」

「貧しいわしらにお恵みを。お優しい中宮さま」


 呪いのような賞賛の声は下人たちの怒号にかき消された。だけど追い払われたわけではなく下屋の方に引っ張っていかれたはずだ。そこから寺に連れて行かれる。


「よろしいのですね」


 やって来た式部にうなずいた。


「一日に一度決められた時間に、寺で大鍋一杯の粥をふるまう。あぶれた者は次の日に並ばせる。今後こちらに入り込んだ者には与えない。悪くはない手ですが、毎日ともなれば多少はかかりますよ」

「仕方がないわ。そのかわり必ず私からの恩恵であることを叫ばせるようにしたから」


 実行してくれる僧たちへの払いは貧民よりもよほどかかる。それでも、前中宮が冷酷な右大臣一派より慈悲深く優しいとの評判は少しずつ定着するはずだ。


「決めたからには悪あがきはしないわ。どの衣でも持って行ってちょうだい。だけど、本当に見せびらかしたり自慢したりしないのでしょうね」


 釘を刺すと彼女はにんまりと笑った。


「もちろんです。代々伝える家宝にするそうですよ。山がつ(田舎人)とはいえ力も経済力も充分に持っております。ほしいのは血筋の権威との縁と、都の文化の香りですよ」


 それしか持たない私は笑えなかった。だけどあがくことをやめる気はなかった。

 どんなに細くてもそこに光がある限り、私はけしてあきらめない。困難な道であろうとも立ち止まって泣き続けるつもりはなかった。


「さすがは中宮さま、わが主。あなた様が前を向き歩き続ける限り、私も共に歩きましょう」


 式部は満足げに私を見つめ、用事を果たすために立ち上がった。その後ろ姿を、私は黙って見送った。



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