4話:艶魔
一時間目の騒動が終わり、クラスは何とか一件落着した。そして、二時間目の開始時刻なのだが、クラスに転校生が来たと言うのだ。何でも、一時間目、先生が、来れなかった理由は、転校生の手続きや案内などがあったからだそうだ。
「はい、それでは、転校生に入ってきていただきましょう」
なので、二時間目は、転校生の紹介時間になったのである。
「はい、本日より、皆様のクラスに転校してきました。艶魔美希です」
えん、ま…?!一瞬耳を疑った。《炎魔》家を連想したからだ。黒板に書かれた字を見て、少し落ち着いたが、やはり、怪しい。
そもそも、魔法使いは、《炎魔》や|《木也》《きなり》など、名前に力を込めることもある。その込めた名前で、縛ることで二乗、三乗の力を得ることが出来る。それが、名家が名家たる所以だ。だが、それでは(名前で縛るには、その力が具体的に分かる文字が無くてはならない)、すぐにばれてしまう。だからそれを隠し込むために、別の名前で隠す事がある。それが、今回の《艶魔》なのかも知れない。《艶魔》の時点であまり隠せていないのだが、《炎魔》の本質は《炎》だ。《炎》を隠せば、それなりに分からなくなるらしい。まあ、もっとも、そのことを理解している人間には通じないらしいのだが。
今は、艶魔美希という少女が何者か、様子を見るべきだと思われる。彼女の外見は、赤みがかった茶髪に、大きな目。瞳の色は、茶色。体つきは、あまり良くない方で、腰などは細くくびれているのだが、胸が、体格に比べてやや小さい。
「席は、雨月の右隣だな」
雨月さんの右隣。即ち、俺の前だ。この席は、前まで、別の生徒が居たのだが、親の都合だかなんだかで、近畿まで引っ越したので、空席になったのだ。観察には、好都合の位置だ。
「初めまして」
「え、ああ、初めまして。俺は、四之宮ヒノキだ」
「ヒノキくんか…、うん、よろしく」
いきなり下の名前で呼ぶのかよ。思わず、そう言いたくなったが、仲が言い分には、今回は問題ない。だから、俺もなるべくフレンドリーに呼ぶことを決めた。
「ああ、よろしくな、美希」
その瞬間、美希の隣の雨月さんの肩がぶるっと震えた。どうかしたのだろうか?今の会話に、何か気になるところでもあったのか。
「あの、さ。四之宮くん。今、艶魔さんのこと、何て呼んだの?」
「いや、美希、だけど」
「(わたしのことは、一度も名前で呼んだことないのに…)」
雨月さんは、ものすごく小さい声で、呟いていた。それを辛うじて聞き取れた。何だ、名前で呼んで欲しいのか?よく分からないが、名前で呼んだほうが良いのだろうか。
「お、おい。ど、どうしたんだ。その…『時雨』さん」
すこし、言うのに惑ったが、一応、名前で呼んでみた。すると、時雨さんは、おもいっきり顔を上げて、俺のほうを丸くした目で見ている。
「なっ、何?」
「どうしたの?雨月さん?」
美希も心配したように、時雨さんの顔を見ていた。
「えっと、四之宮くん。今の、もう一回言って」
「どうしたんだ、時雨さん」
時雨さんは、少し顔を赤らめると、恥らうように、また言った。
「もう一回言って」
「どうしたんだ、時雨さん」
と言うより、もうこの状況が「どうしたんだ」である。そんなに名前呼びが良かったのだろうか。それならそうと、直接言ってくれれば、普通に呼んだのだが。
それから、しばらく、時雨さんは上機嫌だった。俺はと言うと、時雨さんに何度もせがまれて、疲労困憊だ。
学校も終わり、今日は、早く帰るようにという、瑠璃さんの言葉どおり、早めに帰ることにした。だが、何度も言うように、俺は、家に長居したくないのだ。だから、いつもは、遅く帰っているのだから、早めがどれくらいか分からない。と言うわけで、学校が終わるなり、すぐさま帰った。
「ただいま~」
「おかえりなさい。今日は早いのね」
ああ、なんとなく予想はしていたが、やはりこういうことだ。
「あの、早く帰ってこいと言ったのは瑠璃さんじゃないですか」
「そ、だったかしら?」
いつものことながら、その場の考えで、モノを言うため憶えていないことがある。今回がそのいい例だ。前にも、「しょうゆ買って来て」と言われて買って帰ったら、「しょうゆなんていらない」と言われた。かなりイラッとしたものだ。
まあ、折角早く帰ってしまったのだから、艶魔美希という名について聞いてみた。
「《艶魔》、ねぇ。全く、妙なつけ方をしたものね…。前に、名前を別の名で隠す事があると言ったことがあるでしょ。それには、二パターンあって、同じ読みの字の別の漢字で隠すのと、反対の字で隠す事があるの。例えば、火には水、氷、雪とか。他にも地には天、陽には月といった具合に」
反対の言葉、ね。そう言うのもあるのか。
「じゃあ、美希の《艶魔》は前者の可能性が高いのか…」
そもそも、魔法使いなのかどうかも分からないが。