1話:日常
俺は、魔法を使えること以外は、ただ単なる高校生に過ぎなかった。家の魔法は、瑠璃さんと俺以外に伝承者が居ないため、二人とも、同士討ちには反対しているから、家同士の戦いにまき込まれることはない。よって、普通の高校生以外になることがないのだ。
そもそも、魔法使いは、身分を隠すものなので、長野の山奥で戦ったのも、なるべく穏便に済ませるためのことだ。街中で堂々と魔法を使うことはない。とは言えないのが、魔法使いだ。世紀末には、フランスで、大型の魔法を発動させた馬鹿が居た。それが、多人数同時認識魔法というものだ。それによって、今まであまり注目されなかった、予言書が認識され、ノストラダムスの予言が世界的に広まったのである。世間的見解では、もともと、言われていた予言が、偶然解読され、注意のために故意に広めたことになっている。
その他にも、様々な世界的な事象に魔法使いは絡んでいるのだ。しかし、どれも、魔法のことは、世間的には知られていない。それほどまでに、魔法は、意識されていないのだ。第一に、魔法は、元来、科学では実現の出来ない大いなる力の象徴でもあった。しかし、科学が進んだ今となっては、実現が出来てしまうのだ。
よく、魔法は、超科学と同義であると言うことを聞く事がある。それは、ある意味では、正解なのかもしれない。先ほども言ったように、科学では実現出来ないことが、魔法であるなら、その時点の科学では実現できなかった事が、現在の進んだ科学で実現できるのだから、過去を中心に視点を置けば、正しい事なのである。
話が逸れたが、魔法は、世間的には、認識しないようにされているのだ。コレは、ただ単なる、瑠璃さんの仮説に過ぎないのだが、昔の偉大なる魔法使い達は、《魔女狩り》の手が、自分達に及ばないように、大規模な、認識阻害魔法を、世界そのものにかけたようなのだ。そんなことが出来るのかは、現時点を持っても不明だが、事実、其処まで意識されていないのである。事実として捉えるには、十分すぎる。
さて、本筋に話を戻すと、俺は、ただ単なる高校生で、魔法使いの一族の末裔とかそんなものではなく、極稀に現れる、強い魔力を持って産まれた人間に過ぎないのだ。正確には、何らかの《異能の血》とやらが混じっていると瑠璃さんは言っていたが、大して、悪影響は出なく、むしろ、それが、強い魔力の原因に近いそうだ。詳しい事は分からないらしいが、魔法とは関係ないらしいので、定義上は単なる一般人になる。
俺の高校は、家から徒歩で通える距離にある。そのため、のんびり歩いていても、普通に間に合う。学校開始時間の二十分も前に出ていれば十分だろう。しかし、家に長居したくはない俺は、七時には学校に着く時間に行っている。たいして部活などをやっている訳ではないのだが。家に居ると、色々と、大変な事があるのだ。それは、いずれ語ることになるだろう。その話はさておき、学校は、いたって普通の公立高校。学力も平均並み。真面目な人もふざけた人もいる。そんな、よくある高校だ。学校での俺の評判は、良くもなく悪くもない。少なくとも、同年代男子が希望する恋愛関係のこと(告白やラブレター、デートなど)は、全くない。普通に友人もいる。
「おはよ、四之宮くん♪」
「おはよう、雨月さん」
音符のつくような明るく弾むような声で、朝の挨拶をしてきたのは、雨月時雨さん。詳しい事は知らないが、よく、俺に話しかけてくるのだ。見た目は、歳相応かそれ以上に発育した身体、長く艶やかな黒髪と、それに合った黒い瞳。睫毛は長く、鼻もスッと通っていて、まるでモデルの様でもある。その様な容姿なので、高校の中でも一、二を争うほどの美少女と言われている。その美少女仲良くしているの、よく妬まれたり、羨ましがられたりと言うことがある。一年生の二学期の学級新聞なんかには、そのことを採り上げていた。しかし、俺は前述のように、同年代男子が希望する恋愛関係のことは、一切合切ない。自分で言っていて悲しい事この上ないのだが、事実なので仕方がない。だから、雨月さんとは、よく話す友達程度の認識なのである。これを本人に直接言うと、何故か、悲しげな顔をするため、言う事はないのだが。
「どうしたの、四之宮くん?元気ない?」
「あっ、いえ。別に何でもないよ。雨月さんは、相変わらず元気そうだけど」
「それってどういうことかな~?もう」
雨月さんは、そう言うと、ちょっと頬を膨らませて、拗ねたようにそっぽを向く。その様子が少女の様で、笑いを堪えるのには少々、苦労したが、堪えきることが出来た。
「それより、四之宮くんは、文化祭のイベントを何にするかのアンケート持ってきたの?あれって、今日までだったよね。出していないのは四之宮くんだけだったはずだから早くしてね」
そんな、無理な話題転換だったが、俺は、引っ掛かりを感じた。アンケート?そんなものがあったのか。しばらく考えてから、忘れていた事に気がついた。
「家に取りに行ってくる」
幸い、まだ、校門前だ。走れば、十分に間に合う時間であるし、問題ない。
「えぇ~、大丈夫?私も行こうか?」
「いや、大丈夫だから」
雨月さんは、何かと理由をつけて、俺の家に来ようとするのだ。理由は分からないが、迷惑な事この上ない。
俺の家に向かうに当たって、一つ、説明する事ができた。俺には両親がいない。両親は、所謂行方不明というものだ。だから、中学までは、施設で過ごし、瑠璃さんに逢って以来、俺は、瑠璃さんの家で、四之宮檜として生きている。それが、本名かどうかは、俺にも分からない。しかし、それが、今の名前ならば、それを名乗れば、何の問題もないのだ。それと、最初に逢ったときの不思議な恐怖感は、今や、瑠璃さんからは微塵も感じられない。