0話:プロローグ
かつて、この地に言い伝えがあった。この地には、天高く月が昇ったという。しかし、ある日から、月は、山に住む鬼の呪いで、年中雲に隠れるようになった。そんな時、一人の女性が現れ、鬼を払ったという。そして女性によって、この地は救われた。
しかし、鬼を払えど、雲は消えず。ますます濃くなり、終いに、月明かり、星明りが微塵も通らず暗黒に包まれた。そんな折、女性は、再び現れ、《白き剣》を手に取り、空を突いた。すると雲に穴が開き、再びこの地に、月明かりが戻った。
女性は、この地に、陣を引き、鬼を完全に封じ、剣を祀った。
それが言い伝えの内容である。だが、この言い伝えには、密かな続きが在った。それは、女性の一族にだけ伝わる続き。
女性は、この地で、恋に落ち、子を生した。しかし、それは、鬼の子であった。そう、女性は、鬼と恋に落ちたのだ。そして、鬼との間に生まれた子は、子を生し、子は孫を生した。そうして、薄まっていく鬼の血だが、確実に、受け継がれているのだ。そう、今も、鬼の血を引くものはいる。
幼いころから、この言い伝えを言い聞かされた。私は、自分が、鬼の子だと理解したのだった。しかも、鬼の血を色濃く受け継いでしまった者だと。鬼、それは、本物の鬼ではない。古来より、鬼や河童といった妖怪は、魔法使いの魔法を目撃した人間の話が、変化したものだといわれている。ならば鬼も鬼ではないのだろう。自己強化系の魔法使いか、変装魔法か。鬼と思われるのに十分な魔法はいくらでもある。だが、祖母曰く、本物の人外らしいのだ。そんなものが存在するとは思っていない。けれど、もしそうだとしたら、自分は人間なのか…。そんなことを考えてしまうのです。
家に伝わる《白き剣》。これが、言い伝えに登場する剣だと言われている。白くて神聖な剣。私の剣。
俺は、瑠璃さんから、一本の剣を受け取った。鋭く細い刀身は、鮮やかな《瑠璃》色。柄は、どこまでも深い《漆黒》。そう、《夜剱》だ。しかし、それは、魔法で作り上げた《夜剱》ではなく、魔法発動のための媒体と言うべきなのだが。
そもそも、魔法発動の媒体に、同形のものを使うのは、メリットが多い。いちいち形を形成していると、使う魔力がその分増える。だから、その分の魔力の消費を抑えられる。他にも、発動の速さなどだ。しかし、メリットがあれば、デメリットもある。魔法発動には、常に、その道具を持っていなければならない。つまりは、奇襲などに弱いということだ。
つい、こないだの《水素》家との戦いで、《夜剱》を預けたのは、これを作ってもらうためだった。この《夜剱》は、普通の剣としても使える。剣術は元々、瑠璃さんに習っているため、少々できる。だから、常備剣として、持ち歩くことにした。
さて、ここで、瑠璃さんに習っていた剣術についてだ。瑠璃さんは、様々な武器術、武術を心得ている。中でも、剣術、武術、忍術は人並みはずれている。俺は、剣術しか教わっていないが、その他の技の凄さも見て、受けて、身をもって体験して分かっている。それで、剣術というのが、暗殺、殺人に長けた《藍那流》の剣術だ。瑠璃さんは、忍術の素早さを併用して、その剣術の力を二倍にも三倍にもしていた。俺は、拾われてすぐに、魔法と同様に習ったため、かなりの間使っていないことになる。
なので、そのブランクを埋めるために、再び《藍那流》の剣術を修練し始めたのだ。
「なんだ、結構覚えているものだな…」
一通り、型の稽古を終えて、思ったことがこれだった。随分と使っていないのに、体が、感覚が、すべてを覚えている。鋭い剣先が、空気を切り裂くたびに、良い音を鳴らす。そして、久しぶりの稽古を終えた俺は、《夜剱》を鞘にしまった。
ここで、《夜剱》の詳しい全形についてだが、鋭い剣先は正に、日本刀のような形だが、日本刀の刃より少し太い。鍔は、ない。柄は、普通の日本刀のようなものだ。全長は、短くもなく、長くもない長さ。色は、前述のように、刀身が《瑠璃》色で、柄が《漆黒》。魔法的な能力はないが、剣としての能力は一級品。
《夜剱》を握っていて思い出したが、時雨さんの家の《剱》。あれが、気になる。あの《剱》は、聖剣なのだろう。とても神聖だった。今度、見せてもらえないだろうか。
そんなことを考えながら、家に帰路を辿る。すると、不意に声がかけられた。
「おはよ、四之宮くん」
「ん?おはよう、時雨さん」
いつもより早い時間なのだが、なぜこの人は、こんな時間に登校しているのだろうか。そんなことを考えながら振り返ると、時雨さんは、制服じゃなかった。それもそのはず。時間は、今、朝の三時半頃。こんな時間に登校するなんて、阿呆じゃあるまいし。
「何しているの?もしかして、また、道に迷った?」
「ふぇ?」
最初は何を言っているのか分からなかったが、今居る場所が、近くの山付近であることに気がついたため、ようやく理解した。
「あ、ああ、いや、今日は、考え事していたら、偶然。無意識で、時雨さんのところに向かっていたのかな?」
先ほどまで、時雨さんの家の《剱》のことを考えていたから、ここに向かったのかもしれないと、思考を巡らせながら答える。すると、頬を(なぜか)赤らめながら、もごもごと呟いている。聞き取れた部分だけでは、よく分からない。
「…それって…く…そんな…でも、」
本当に何言っているのだろうか。全然分からない。すると、急に、顔を上げて、囁くように、それでいて、はっきりと、喋りだした。
「あの、四之宮くん、あのね、こんなところで、立ち話もなんだから、家に上がってみない?べ、別に、無理だったら、いいんだけどね。よかったら、よかったらでいいから」
別に断る理由もない。むしろ、あの《剱》が見れるチャンスともいえる。
「時雨さんがいいなら、遠慮なく上がらせてもらうよ」




