淫行教師と純情と
私は、元宮奏が嫌いだ。
教師のくせにと、いつも思う。
外見からしてちゃらちゃらしていて、校内の誰よりも茶色い頭はよく目立つ。
女と見ればだれかれ構わず口説くようなまねをして、それでもクビにならないのだから信じられない。だって、最低の男だ。元宮は生徒にも声をかけるのに。
元宮は、見た目がいい。それに、調子もいい。だから話しやすいのか、いつも人に囲まれている。
どうしてみんな、騙されるんだろう。
周囲にいるのは女子生徒がほとんどだけど、男子もいないわけじゃない。それが理解できなくて、一度、男友達を責めるように問いつめた。
――だって、元宮は嘘をつかないじゃないか。
それが彼の返答だ。確かに、そうかも知れない。でも逆に言えば、欲望に正直過ぎるって事なんじゃないの?
短いスカートを頼りなげにひらめかせ、好意と好奇心いっぱいに教師を取り囲む女子生徒たち。そのまん中でへらへら笑う男を見るたびに、いらつくような、不安なような気分になる。
やっぱり、嫌い。
「月島はさ、イイ子だねぇ」
私から袋いっぱいの玉ねぎを受け取って、しみじみ言うのは元宮だ。
うさん臭い、と思う。それが顔に出ていたようだ。私の背丈よりずっと高い位置にある顔が、クシャリと崩れてげらげらと笑い出す。
面白くてしょうがない、と言う様子が、こっちの神経を逆なでした。
「もういいですね。失礼します」
「ゴメン、ゴメン。手伝ってくれてありがと」
ますますひねくれた私の内心を察してか、とりなすように教師は言った。だけど、そんな所も気にいらない。
「別に。頼まれたから、手伝っただけです」
「聞いてくれると思わなかったんだよ。オレの頼みはね」
驚いた。思わず、元宮の顔をじっと見つめてしまう。
不運にも、お互いに一人だった。私は部室に忘れ物を取りに戻るところで、元宮は車から荷物を降ろそうとしていた。
職員用の駐車場と、プレハブの部室棟だけがある校舎裏だ。部活も終わったこの時刻では、通りかかる人間もいない。
何てタイミングが悪いんだろう。
その考えが反射的に思い浮かんで、浮んだ時には元宮が私に向かって手招きしていた。
悪いけど、運ぶの手伝ってくれる? そう言って示した車内には、スーパーの袋やダンボールいっぱいの食材が積まれていた。元宮は調理部の顧問だったっけ、と。その時になって思い当たる。
いつもなら部員か、その辺にいる生徒に手伝ってもらうんだけど。そんな言いわけめいた言葉を聞かされながら、車と調理実習室を何回も往復した。
ずり落ちる袋を抱え直し、足を動かしながら私は密かに納得していた。元宮は大抵、生徒に囲まれている。その平均人数は二、三人から十人足らず。それだけの労力があれば、こんな作業はあっと言う間に終わるだろう。
ならばなぜ、いつもいるはずの彼女、彼らは今ここにいないのか?
その疑問に答える私の中の最有力説は、この状況を見越して全員逃げた、と言うものだ。だとしたら、見習いたい。要領がよ過ぎる。
そんな事を考えていたせいだろうか。嫌々手伝っていたのが、わかっていたらしい。
運んだ食材は、シンク付きの大きな机に積まれている。元宮はその机の下から引き出した椅子に座り、にっこりと笑う。うさん臭さ倍増だ。
「頼まれたら、手伝うのは生徒として当然だと思いますけど」
「だから、お礼を言ってるんだよ。オレを嫌ってるのに、教師ってだけでお願いを聞いてくれてありがとう」
「嫌ってません」
一応、嘘をついてみた。
よしあしはともかく、元宮は普通の教師じゃない。普通より、生徒から大人気。不本意な嘘もつきたくなる。にらまれたら、校内の居心地は最悪だろう。
それに、私も子供じゃない。教師を相手にまともにやりあえるとは、思っていない。……まあ、嫌悪を顔に出しちゃうくらいは、子供だって事なんだろうけど。
「イイんじゃない? 嫌いなら、嫌いで」
「え?」
「嫌なら嫌、嫌いなら嫌い。正直に言って、何が悪い? 月島がそう感じるには、相応の理由があるんだろ?」
うん。淫行教師のどこを好きになればいいのか、私にはさっぱりわからない。
でも、本人から肯定されるとは思わなかった。何を考えているんだろう。
この人が、いよいよわからなくなった。途方に暮れるのと似た気持ちで、その姿をただ見つめる。
調理室は、うす暗くなり始めていた。電気をつけていないから、太陽が沈む速度で闇が深まる。
「なのに、二人っきりになっちゃうんだよな。オレが、先生だってだけの理由で」
顔が見えない。
窓を背にした男の影が、ぞっとするほど恐かった。
「……失礼します」
どうにか挨拶を口にして、調理室を飛び出した。追ってきた「気を付けて」の声だけを、背中で聞いた。
「そんなこと言ったのか? 元宮先生が?」
驚いた顔で聞き返すのは、数少ない男友達の浜木だった。
調理室から飛び出して、校門に向かって走っている所を呼び止められた。猛スピードで走る私が余りに必死だったので、何事かと思ったらしい。
俺は委員会で遅くなったんだ。月島は? 部活にしても、ちょっと遅いよな。駅まで一緒に帰ろうか。言いたくないならいいけど、何かあった? ――こんなふうに、浜木は私に話しかけた。押し付けないよう、注意を払っているのがよくわかる。
聞き上手って、きっとこう言う事だ。思えば以前、元宮のどこがいいのかと問いつめた相手も彼だった。自分だってまだ混乱してぐちゃぐちゃなのに、相談できたのは浜木が相手だったからだと思う。
話している内に、ざわざわとした心が少しずつ落ち着いて行く。このタイミングで会えた事に、私はそっと感謝した。
「でも、らしくないな。元宮先生って人当たり良いから、脅かす様なこととか言わないと思ってたけど」
「だって、言われたもん」
厳密には、脅かされたわけじゃない。でも、あの状況ではそれに等しい。少なくとも受け取る側には、そうとしか聞こえなかった。
浜木は「ふうん」と呟いて、歩きながら空を見上げる。次にうつむき、指先で頭を掻いて「でもさ」と言った。
「解るよ。月島に、そう言いたくなる気持ち」
「何が!」
大きな声になった。
慌てて周囲をうかがうが、人影はない。この時間、駅に続く大通りに出れば車や人の交通量は多い。でもここは脇道みたいなもので、ごくたまに人と擦れ違うくらいだ。
夕闇の中、街灯の光に落ちる影を足元に見付けた。私の心は今、きっとこの影みたいにまっ黒な色をしているんだろう。
男ってみんな、同じなのか。浜木もしょせん、元宮側の人間って事か。
ショックで固まった私に、浜木はしかし落ち着き払って言葉を続ける。
「月島が俺を信用するのは、クラスメートだから? それとも、風紀委員だから?」
「そんなの……浜木だからだよ」
ほかに、答えようがない。
「光栄だけどね。だったら、もしも今から俺が月島にキスするとしたら、どうする?」
「逃げる」
「うん、まぁ良いけど。即答やめて。さすがに俺も切なくなる」
「だって、あり得ない」
「なくはないよ。力尽くでなら多分、できちゃうと思うんだ」
困惑した。そう言う浜木の様子が、何ともあっけらかんとしていたために。
女相手に力尽くと言ったら、物騒な話に決まってる。なのに浜木が言うと、どうもそんなふうに聞こえない。
眉を歪めて、その顔を見る。
「恐いなぁ。だけど、男と二人っきりって、多かれ少なかれそう言うことだよ。でも月島は、この可能性をチラッとも考えないだろ? それがさ、危なっかしい気がするんだよ」
「何がよ」
「そりゃ、心配するよ。先生ってだけで、信用してない相手に付いてっちゃうんだから。肩書きだけじゃどんな人間か解らないって、月島は知ってるのかと思ってた」
痛い所を突かれ、返す言葉もない。確かに、その通り。
私は元宮を信用してない。そのつもりだった。
だったら何で、私は元宮を手伝ったんだろう。ほかには誰もいない、二人っきりの状況で。先生は先生だって、頭のどこかで高をくくっていた気がする。そんなの、何の根拠にもならないのに。
「今日のは、元宮先生からの注意喚起ってことだと思うよ。だけどどうしても嫌なら、近付かなきゃ良い。それでも我慢できないことがあったら、また俺に相談してよ。これでどう?」
「……わかった」
これで解決。悩むのはおしまい。
近付かなきゃいいだけなんて、実に簡単な話じゃないか。
だけど、胸の中にもやもやとしたものが残ってる。
その理屈は結果として、元宮を擁護した形だ。もともと元宮に好意的ではあったけど、ただ好きだからって理由だけではかばわない。浜木はそう言う人間だ。
なら、理由があるはずだ。そう考えて、さらに面白くなくなった。
理由があるとしたら、元宮が正しいって事以外、思い浮かばない。
でもそれじゃまるで、あいつがいい先生みたいじゃないか?
納得行かない。
以降数日、これが私の口ぐせになった。
「だっていっつもへらへらしてるし、化学教師なのに調理部の顧問って女ウケ狙ってそうだし、髪も服も顔もチャラいし、変な事言うし、もうわかんない! 何考えてんのか、ちゃんと言ってみてよ!」
「落ち着け月島!」
わめきながら調理実習室に飛び込んだ私を止めたのは、当然と言うべきか、元宮だ。しかし実習室の中は先日と違い、部員らしい生徒でいっぱいだ。それらの視線を一斉に受けて、やっと部活中なのだと気が付いた。
急激に顔が熱くなる。しまった。事前に確かめて置けばよかった。
「で、オレを批判する以外に、何か用?」
「いえ、ちょっと……」
先日のあれはどう言うつもりだったのか、確かめたかっただけだ。
浜木の言う事を信じればいい気もするし、そうではないって気もしてくる。考えれば考えるほどわからなくなって、罵倒まじりに本人を問いつめようと決意した。
ついでに言うと、予定としてはこんなに大量の目撃者を作るつもりはなかった。
「まぁ、もうすぐ終るから。ちょっと待ってて」
隅に椅子を引き出して、座って待つように言い置くと元宮は部員の指導へと戻って行った。
あれ? と思う。落ち着いて見れば、部員の約半数は男子生徒だ。
意外と言うのが正しいかどうかわからないが、素直に驚く。見渡す限りの女子生徒に囲まれて、ハーレムみたいな部活動がくり広げられているとばかり思ってたのに。
男子が多い事にも興味を引かれたが、これだけの人間が一斉に料理をしている光景はなかなか面白い。
首を伸ばして調理の様子を見ていると、元宮のぼそぼそとした話し声が耳に入った。
「なぁ、オレってそんなにヘラヘラしてる?」
気にしてたのか。
しばらくすると、目の前に小鉢が差し出された。
「肉じゃが……」
「食べてみて」
視線を上げると、すぐ近くで料理をしていた男子部員の顔があった。
「肉じゃが嫌い?」
「いえ、好きです。いただきます」
怒鳴り込んだ私に食べ物をくれるなんて、きっと功徳のある人に違いない。心の中でそっと手を合わせ、ほくほくのジャガイモを口に含む。
「おいしい!」
「よかったー」
ほっと笑う男子の横から、感心したように元宮がひょいと口を挟んだ。
「美味い料理で釣れるのは男だけかと思ってたけど、これじゃ月島も釣れそうだな」
悔しいけど否定しがたいので、黙っている事にする。
と、ほかの部員から声が上がった。
「せんせー、ホントに男の人って料理に弱いの?」
「弱いぞー。男は単純だから、すぐ騙される」
「じゃあさ、男が料理できて得する事って? 月島さんが釣れるだけ?」
「いや、料理上手な悪い女に騙されずに済む」
もぐもぐと口を動かしながら、どっと沸く実習室を不思議な気持ちで眺めた。本当に元宮と言う教師は、生徒から人気がある。その事を、初めて実感したような気がした。
あと片付けを少し手伝い、部員たちと一緒になって昇降口へ向かった。その途中、女子部員の一人に声をかけられる。
「月島さんて、料理しないでしょ」
「うん、まあ……」
どうしてわかるのかと考えながら言葉を濁すと、彼女はくすくす笑って私を見た。
「からかってるんじゃないの。料理をする人ならね、分かるんだって。正確に材料を準備して、正確な手順で加工すると、教科書通りの結果が得られる。だから料理と化学って、実は凄く似てる――って、元宮先生が言ってたんだけどね」
「ああ……さっきの」
化学教師が調理部の顧問なんて、と。私がわめき散らしたセリフが、引っかかっていたのかも知れない。部の事まで否定するつもりはなかったのに、悪い事をしてしまった。
一言謝るべきだろうかと彼女の顔を見ていると、ん? と思う。何かを取りこぼしているような、そんな感覚が胸を満たす。
それが何かを思い出す前に、肉じゃがをくれた彼がのんびりと言う。
「でも月島さん、いいの? 帰っちゃって。先生に用だったんじゃない?」
……それだ。
忘れるくらいなら明日にしてもいい気がしたが、やはり気になる事は少しでも早く決着を付けたい。急いで調理実習室に引き返す。
まだいるか不安だったが、着いてみるとそこにいた。元宮だけでなく、元宮と女子生徒が、二人で。
「好きなんです」
その声が聞こえて、反射的に息を殺した。思わず屈んで机の陰に身を隠す。そうしてから、なぜそっと立ち去るデリカシーがないのかと自分を責めた。
彼女はまだ、私の存在に気付いていない。これはもう、最後まで自分の存在を隠し続けるしかない。そう判断し、目を閉じて耳を塞いだ。
こうなって知ったのは、耳を塞いでも結構聞こえると言う残念な事実だ。
元宮の声。
「で、君はどうしたい?」
「先生と、付き合いたいです」
「本気で? オレと付き合うのは、覚悟が要るよ」
「本気です! 覚悟ならあります。先生となら、どうなったっていい!」
「……どうなったって?」
少し置いて、元宮は吐息めいた笑いをこぼした。
「なら少し、どうなるか言ってみようかな。君がどう考えてるか知らないけど、オレは大人だから。プラトニックな付き合いは難しい。妊娠の事はどう考える? 百パーセントの避妊はないからね。あまり寝覚めのイイものじゃないけど、君の年齢なら親御さんが中絶を勧めるかも知れない。決めるのは僕じゃないから、その事も考えて置きなさい。それからもし出産するなら、将来は今の希望通りとは行かないだろうね。出産にはしばらく休学する必要があるし、子育てするなら進学は諦める事になるかも。それからオレはクビになって、収入がなくなる。結婚したとしても、君と子供を養う自信ないなぁ。それは再就職に望みを掛けるとして、オレは本当に君の王子様なのかな。妊娠を理由に結婚して、後でオレが酷い人間だって気付いたら? 学歴も社会経験も、仕事もないのに子供を抱えて離婚できる? そしてそうなって、何であの時って後悔しない? 覚悟って言うのはさ、享楽的に突っ走るって事じゃない。こう言う事全部、ずっと抱えて生きるって事だよ」
これはひどい。
目も耳も塞ぐのを忘れて、呆然とその男の横顔を見た。どこの世界に、少女の恋をこんなにまで打ち砕く教師がいるだろう。
ここはほら、当たり障りなくさ。気持ちは嬉しいけど……、とか言って逃げとけばいいんじゃないの?
告白した女子生徒は、ぱたぱたと涙を落として部屋から駆け出してしまった。そりゃそうなるよ。好きな相手にあんだけ言われりゃ、世界の果てまで逃げたいよ。
「ばか?」
物陰から顔を出すと同時に罵ると、元宮はびくりと震えて飛び上がった。がたがたと食器棚にぶつかって、ようやく細めた目で私を見付ける。
「……月島?」
「ねえ、断るにしてもさ。もっとあるでしょ、何か。トラウマだよ? あの子、トラウマになっちゃうよ? 恋愛恐怖症だよ! て言うか、女子高生の告白だよ? 何で軽薄教師が断ってんの? チャンスじゃないの? 待ってましたとばかりにぐいぐい食い付く所じゃないの? ねえ!」
「……覗きは趣味が悪いぞ」
反論はそれだけか。
やっぱり私は、納得行かない。
先日の一件からこちら、ずっと言いたかった言葉をぶつける事にしよう。静かに、目を見つめて。
「先生さ、何考えてんの?」
問いかける。
これに答えてくれないなら、私は元宮を永遠に信じることはできない。そんなつもりだった。
いつものへらへらは、今だけはどこかに引っ込んでいる。私の顔をじっと見て、それから手の平に隠れた唇で「うん」と小さく呟いた。誰かに聞かせるためじゃなく、決めた、とでも言うみたいに。
「オレ、教師になるつもりなかったんだよ」
「ああ、向いてなさそうだもんね」
自覚があったのかと同調すると、元宮は傷付いたようにこちらを見た。何だ。それが理由じゃないのか。
「じゃあ、何でなったの?」
「就職難でさー」
へらりと笑う。シリアスは長続きしないらしい。
「まぁ、向いてないのも事実だけど……。いや、だからかな。思ったんだよ。教師になったら、オレの知ってる事全部、生徒に教えるって」
「全部?」
「全部。勉強だけじゃなくてね。大人はずるいって事。大人は汚いって事。信用できる大人は中々いなくて、教師だって人間だって事」
「先生。私ら人間不信にしたいの?」
思わず言うと、元宮は吹き出すようにして笑った。
「人間不信は困るかな。考えて欲しいんだよ。大人だからって理由じゃなくて、先生だからって事じゃなくて。自分の目で見て信じられるかどうか、判断できる様になって欲しい」
今まで喉に引っかかっていたものが、すとんとお腹の中に飲み込めた。
腑に落ちる、って。きっと、この感じだ。
しかし何て、わかりにくいんだろう。「オレは恨まれたっていいんだー」などとうそぶく横顔に、私は腕組みをして言葉を投げる。
「先生」
「ん?」
「ばか?」
重要な事なので、もう一度言って強調した。
*
翌日、私は職員室に元宮を訪ねた。
彼は前屈みに、自分の机を見つめている。そこにあるのは、入部届け。私が示した、調理部への入部希望と言う意思表示だ。
「……月島」
「はい」
「去年、陸上部の一年で一人だけ県大会に出たのって確か……」
「私ですね」
「マズイだろ!」
叫ぶと同時に暴れるから、元宮の座った椅子はぎいぎいと苦しげな音を立てる。そんなに興奮しなくても。
「陸上は好きでしたけど、料理への情熱がおさえ切れなくて退部しました」
「待て待て待て。昨日の感じだと、全く料理した事ないだろ月島」
「経験と熱意は関係ないと思います」
「何でわざわざオレの所に来るんだよ!」
明るい色の頭を抱えて、教師はわめく。
そりゃ、そう思うよね。
一応事前に相談した浜木は、「その展開は予想してなかった」と呆れ果てた。
元宮奏は、ちゃらちゃらしている。調子がよくて、見た目もよくて、女と見ればだれかれ構わず口説くようなまねをする。
だけど。めちゃくちゃだけど。それはどこか誠実だった。
迂闊な私に、信用できない男と二人きりなるなと注意した。
向こう見ずな生徒の告白を、最悪な想定でたしなめた。
やり方は最低。だけどこれってさ、ほんと、私たちに必要な事だって思うよ。
「先生さ、ほんとばかだよね」
「あ?」
ぐしゃぐしゃの頭もそのままに、元宮は椅子の上から私を見る。
「あんなふうに大事にされてさ。私が先生を好きになっちゃうって、思わなかったの?」
この言葉のせいだろう。こちらを見上げるその顔が、泣きそうなくらい情けなく崩れた。私はそれに、胸いっぱいの幸せを感じる。
軽薄淫行教師に初めて勝ったと、心の中でほくそ笑んだ。
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