そのなな
「さあ二号よ。早く私についてくるのだ!」
「ま、待ってよー……」
一号と仲直りしてから、僕たちは秘密基地の中で遊んでいる。自然の中で遊ぶのも最初のうちは楽しかったんだけど、一号がジユーホンポーに走りまくるせいで、なんだかだんだん疲れてきてしまった。
楽しく一緒に遊ぶのは良いんだけど、もう少し僕の事も考えてほしいと思う。やっぱり一号は女の子なのに足が速いから、そのあとに着いていかなくちゃいけない僕は大変だ。
「ちょ、ちょっとタイム……」
だんだん頭のなかでぐわんぐわんって音がし始めて、息をすると肺がずきずき痛かった。本当の本当に疲れたから立ち止ると、一号は振り返って頬っぺたをふくらませてぶーぶー文句を言う。
「だらしないぞ、二号! そんなんじゃ宇宙人が来た時に負けちゃうぞ!」
「で、でも。ほら、宇宙人が来る前に疲れすぎたら戦えないから……」
適当に言ってから、またこの間みたいに「ナマイキだ!」って怒り始めたらどうしようって考えてしまって、ゴビが寝起きのお父さんみたいに弱くなった。
なんとなく背筋をこわばらせていたけど、でも一号は僕の言葉を聞いて「おぉう……」って何かうめき始める。腕を組んだ一号はミケンにシワを寄せながら僕を見つめる。やっぱり怒り出すのかなって思ってたけど、一号は結局僕におそいかかって来ないで言った。
「むむ。確かに、宇宙人と戦う前に疲れたら大変かもしれない……」
「で、でしょ?」
「よぉしッ!」
いきなり大きな声を出されて、びっくりして心臓が痛くなった。木の枝にとまってた小鳥が、ばたばた慌てるみたいにどこかへ飛んでいく。そして一号は僕の腕をつかむと、もう片方の手を高く空に向けて伸ばして、
「休憩するぞ、一号よ。うん、休憩しよう! 疲れてる時に宇宙人のやつらが来たら大変だからな!」
僕の腕を引っ張って、ずんずんどこかに歩き出す。あれだけ大きな声を出して、本当に休む気があるのかなってすごく気になったんだけど、一号が休むって言ってるんだから、多分休めるんだと思う。
やっと休めると思って安心しながら、先を歩く一号についていく。さっきからだんだんと風が強くなってきていて、木が大きく揺れる音がなんとなく不気味だったけど、走り回ってほてった体にはその風が気持ちよかった。お昼を食べてるときは晴れてた空も、今はうっすら灰色の雲に隠れてる。あんまり太陽の光が強いとそれはそれで暑いから、やっぱりこれくらいがちょうどよかった。
「よし、到着」
腕をはなした一号が言って、くるっと僕の方に振り返った。
「ここは秘密基地の中でも特に秘密なところなんだけど、二号には教えてあげよう」
一号がゆっくり歩き始めた。僕も同じくゆっくり歩きながら後をついていくと、そこには倒れた一本の木があった。ちょうど座りやすいくらいの太さで、表面にちょっとだけ緑色のコケが生えてたけど、一号が先に座ってしまったから僕もとなりに座りこむ。
高い木に周りをかこまれた、涼しい場所だった。そのせいでちょっと薄暗い気もするけど、見上げてみると頭の上では緑色の葉っぱが太陽の光で綺麗に光っていて、前にお父さんと一緒に見た映画に出てきた、ステンドグラスみたいになっていた。
水が流れるような音が小さく聞こえてくることに気づいて、周りを見回してみる。僕たちが座った木からちょっとだけ離れたところに、ほんとに小さな小川が流れていた。なんとなく体に引っ付いてくるような、ひんやりと冷たい空気の感じは、その小川のせいだった。
風で木がさわさわ揺れて、鳥の鳴き声がきこえる。べったり汗をかいたシャツが背中にくっついて冷たかったけど、今はそれも気持ちいいと思えた。
「二号は本当に体力がないなー」
「そうかな?」
むしろ、一号が元気すぎるような気もする。
「二号は運動とか、しないの?」
「んー」
一号にそう聞かれて、首をかしげた。かしげながら、言ってることがちょっとだけおばあちゃんみたいだなって思ってしまって、笑いそうになった。
「僕、あんまり運動とか好きじゃないから」
「じゃあ、二号は何が好きなの?」
「ほ、本とか……?」
トッサに答えては見たけど、そういえば、僕の好きなことって何だろうなって考えてしまった。確かにあんまり運動は好きじゃないけど、でも、そこまで読書が好きなわけでもないし。けど、運動より読書の方が好きなんだったら、それは読書が好きだって事なのかもしれないし。
わからない。
「うえぇ、本なんてぜったいにつまんないじゃん。子どものうちはだね、もっと外で遊ぶべきなんだぞ?」
「ん、うん……」
何だか急にキミョーな気持ちになって、返事をするのも適当になってしまう。
自分の事が自分でわからないなんて、それは変な話だ。お母さんはよく、自分の事は自分でしっかりやりなさいって言うけれど、それは自分の気持ちを自分でわかっていることも、含まれると思う。というより、自分の気持ちを自分でわかってることは、きっと他の事より大切だと思うし、だけどそうすると、自分の事が分からなくなってしまった僕は、おかしいのだろうか。
「お?」
しばらく僕がだまっていると、タイクツし始めた一号が何かを見つけたみたいで、木の上からぴょんと飛び降りる。「しー……!」って口の前で人差し指を立ててから、一号は猫みたいな忍び足で小川の方へと近づいていった。
そして一号は、ゆっくりゆっくり、水辺に転がった石に近よって行って、
「捕まえた!」
大きく叫んだ一号が、今度は騒ぎながら僕のところに戻ってくる。何を捕まえたのか気になって、僕は一号が背中に隠した何かに目を向けた。
「何を捕まえたの?」
「ふっふっふ。気になるかね、二号よ」
「う、うん」
「ふっふっふ」とワルモノみたいに笑って得意そうな顔をした一号は身体の後ろに回していた手を前に突き出して、
「じゃじゃーん!」
一号が捕まえてきたのは、一匹のチョウだった。二本のショッカクと、くりくりした目。羽は光を反射して青くキラキラ光ってて、びっくりするくらいに綺麗だった。
「ふっはっは! このチョウはねぇ、この秘密基地でもめったに見られないんだよ?」
「へぇ」
「二号は運がいいな。初めて秘密基地に来た日に見られるなんて、たいしたヤツだ!」
そんなにスゴいチョウなら、もっとしっかり見ておかなくちゃいけない。そう思って、僕は一号の指につままれたチョウに顔を近づけた。虫をあんまり近くで見るのはちょっとだけ気持ち悪いけど、チョウの体をよく見てみたら、細かい毛みたいなのがいっぱい生えてて、そのふわふわした感じが可愛かった。
だけどそのチョウは、小さい体をいっしょうけんめい震わせて、小さな足をメチャクチャに動かしまくってもがいていた。あんまり必死に動くから、そのうち一号につままれた羽がちぎれちゃうんじゃないかって、だんだんと怖くなってくる。
「…………ねえ、逃がしてあげようよ」
気付くと、僕は一号に言っていた。
「えー?」
前にも。
前にも、人とこんなことを話したことがあったなって、胸の中がずきずきした。
自分の事がよくわからない僕だけど、こういうところは、ぜんぜん変わらないんだなって思って。それが嬉しいような、悲しいような、フクザツなしんきょーだった。
「お願いだから」
「むぅ……」
頬っぺたを膨らませた一号は、しばらく嫌そうにミケンにシワをよせてたけど、そのうちしぶしぶといった感じでチョウを逃がす。
一号の手からはなされたチョウは、ゆらゆらと頼りなく飛びながら、森の向こうへ消えてしまった。
「あーあ……、せっかく捕まえたのに」
「で、でも、死んじゃったらかわいそうだし」
「むぅ……。二号の優しさにめんじて今回だけはゆるしてやろう」
その言葉を聞いて、怒らなかった二号の言葉を聞いて、僕はとても、とっても安心していた。
安心するのと同時に、いつからか僕の胸をぎゅーっと締めつけてた力が抜けて、みょーに泣きそうになった。
「…………ん?」
急に変な声をあげた一号が手の平を空に向けて、空を見上げた。
ぽつりぽつりと、灰色の空から雨が降ってきた。