そのろく
橋を渡ってからも、僕たちはほとんどしゃべらなかった。一号がときどき何か話しかけてくるけど、それを僕が無視するせいだった。
怖い橋を渡りきったし、時間もたったし、一号が悲しそうな顔をしたせいで、僕もちょっとだけ、怒っているのがばかばかしく思えてきた。だけど一度だまり込んでしまうと、どうやってもう一回話し始めればいいのかわからなくて、気分がなんだかもやもやしたけど、僕には話し始めることが出来ない。こんなことなら橋を渡って家に帰りたかったけど、たぶん、一号が一緒じゃないと僕は橋を渡れないだろうし、そんなことを一号に言うのも、恥ずかしいから言い出せない。そもそも一号が悪いんだから、コレで良いんだと自分をなっとくさせるのにイッショーケンメイだった。
「ねえ、おなか減ったから、お昼ご飯食べよ?」
「…………………」
「あっちに座れる場所があるから」
僕は無視し続けた。それでも、僕の先を歩く一号に着いて歩いていくんだから、われながら変だなって思ったけど、ここで置いて行かれたら僕は迷子になってしまうし、だけどやっぱりまだ怒ってはいるし。フクザツなしんきょーだ。
少し急な坂道をだまったまま上って、少し平らになった、しばふみたいな草が生えている場所に出る。
一号が草の上に座るから、僕も間をあけてとなりに座る。ゆるい坂道みたいな場所だったから、顔を正面にむけると、視界をジャマする物はなくて、そこから景色を見ることが出来た。
けっこー高い場所にいるのかもしれない。見下ろすと、うっそうとしげった木たちの向こうに、小さく町が見えた。目印になるたてものがないから、あの町が僕たちの住んでる町なのかはわからなかったけど、たぶんきっと、町なんて遠くから見たら、どれも同じだと思う。同じふうに家があって、学校があって、公園があって、友達と遊んでいて、車が走ってる。
今、僕たちがいる場所が、特別なんだと思う。
となりで一号が、背負ってたカバンから小さいお弁当箱を出した。一号がふたを開けたから、僕はなんとなくその中身をのぞいた。全体的に、かわいいお弁当で、デザートのイチゴに太陽の光が当たって真っ赤になっている。
おいしそうなお弁当を見ていたらおなかが空いてきたから、僕もお母さんに作ってもらったお弁当を取り出す。ふたを開けて、僕のほーのデザートがリンゴだったのを確認してから、からあげを食べる。
「ケチャップついてる」
僕がハンバーグを食べていたら、いきなり一号がそー言って、お弁当と一緒に入ってたタオルで僕のほっぺたをふこうとした。だけど僕は思わずそれを手ではらってしまって、よけいに気まずい気分になる。ほっぺたを手の平で拭いたら、赤いケチャップがべたりとへばりついて気持ちが悪かった。
さすがにかわいそうだったかなって思って、こっちまでだんだん悲しくなってきた。仲直りするにもゆーきが必要だ、って聞いたことがあって、本当にそのとーりだな、ってしみじみ思う。だけど僕には、そのゆーきが無かった。
「…………ごめんね?」
お弁当箱が小さかったから先に食べ終わった一号が、それをしまってから言ってきた。僕はそれを聞かないフリをして、そのままお弁当を食べ続ける。だけど僕の方も、もうすぐ食べる物が無くなりそうだったから、このままお弁当の時間が終わっちゃって、また気まずい感じになりそうで少しあせった。
「調子に乗って、ごめんね?」
僕がお弁当を食べ終わってから、一号がもう一度、そんなことを言った。
別にヒーローの女の子は変だけど、調子には乗っていない様な気がしたから、おかしいなって思ったけど。だけどやっぱり僕はだまったまま、食べ終わったお弁当をカバンの中にゆっくりとしまう。変なイジだった。おじいちゃんと一緒だった。意味もないのにガンコになって他の人を困らせる。僕はまだ子供なのに、としおりのおじいちゃんと同じ。いつまでも弱い子供なのは嫌だけど、こんな風に大人になるのも嫌だ。
「私ね」
僕がだまってても、やっぱり一号はそこでしゃべるのをやめなかった。そういうところはこの子らしいけど、今はなんだか無理をしてるようにも思える。
「私、友達いないから」
どきっ、と。心臓が、心が泣いた。
「学校とか、みんなと一緒に遊べなくて、休みの日とかも一人で遊んでるんだ」
「な、なんで?」
思わず聞き返してしまって、しまった、と思ったけど、でも、これ以上はだまっていられないとも思った。
「パパのお仕事忙しくて、引っ越しばっかりしてるの。だから、友達いなくて、時々、少し仲のいい人とか出来ると、うれしくなっちゃって、みんな、嫌がるの」
「………………」
「調子乗ってるって、言われる」
「そんな……」
「だって私、変だって言われるから。女の子なのにヒーローが好きだったり。だから、友達とかいなくて、でも今日は二号がいたから、仲間が出来たから、うれしくて」
ごめんね、って。もう一度一号は言った。
確かに一号は、僕のことをごーいんに引っ張って橋を渡って、僕はそれが怖くて泣いちゃって。一号のことは、今でもちょっぴり怒ってるけど、だけどそれは一号がとっても元気な子だから、きっと仕方ないことなんだと思うし、ヒーローの女の子には変なところもあるけど、嫌なところではないと思った。それだけで友達が出来ないのは、すごくかわいそうだと思った。
一号は女の子なのに、虐めっ子に虐められてる僕を助けてくれた。擦り剥いた手の平や肘の痛みを忘れさせてくれた。『仲間』にしてくれた。
それは僕にはぜったいにマネ出来ない事だと思うし、ゆーきがあるからこそ出来る事だと思った。ゆーきの無い偽物の僕なんかより、ヒーローの女の子の方が、ずっとずっと素敵な子なのだ。
「あ、謝らなくて、良いよ」
ゆーきの無い僕には、せめてコレくらいの事しか言えないけど、だけどそんな素敵な子の仲間になってあげたいから、なりたいから、
「……どうして?」
「だって、弱気な僕も悪いから。だから、謝らなくて良いよ」
きっとヒーローの女の子の、何にでもまっすぐなそーいう勝気なところは、大切な、素敵なことだと思うから。
「それに僕たち、仲間なんでしょ?」
「――――――うん」
柔らかい風が吹いて、小さくて細かい葉っぱを、空高くまで運んでいった。ぱらぱらと、きらきらと、ゆっくりゆっくり落ちてくる葉っぱたちを見て、
「なんか、雪みたいだね」
その時の一号の横顔。とても嬉しそうで、幸せそうな横顔。
自分でも訳がわからないくらい、ほっぺたが熱くなって、胸がどきどきして。
これからも、ずっとずっと。いつまでも、この子の仲間で、二号でいたいと、密かに思ったのだった。