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そのご

 緑の広場からのびた坂道を、一列に並んでおりていく。一号を前に、僕がその後ろを歩いた。

 足下は大きな石や中くらいの石がごろごろしていて、歩くのがなかなかむずかしい。けれど一号の歩くスピードはやっぱり変わらなくて、着いて行くのが大変だ。

 顔の真ん前に飛び出す細い枝をどかしながら坂道をおりると、そのうち、さっきの広場よりもっともっと広い場所に出た。僕たちをかくすようにのびてた木々がいなくなって、りょーこーなシカイの真ん中には大きな川が流れている。

「ここはね、秘密基地を守るためのダイイチカンモンなのだよ」

 たくさんの石がごろごろしている土の坂道は、とちゅうから土の代わりに小さくて丸くて白い石がころころいっぱい転がってる川原に変わっている。足場がフワンテーなことは変わらないそこを、がりがりと何かをけずるような音を立てて一号が歩いてく。

 川の近くまで一号が行くから、僕も川のそばに立つ。足下を流れる、学校にあるプールの横の長さくらいハバがある川は、水がキレイですきとーっているみたいだけど、流れが早くて、水の表面がぐちゃぐちゃになっていたから、底のほうを見ることが難しい。これくらい水がキレイだったら魚とかがいるかもしれないって思ったけど、水の中に浮かぶ黒いのが、魚なのか石のカゲなのかわからなかった。

 しゃがんで、川の水に手を入れてみる。さっきまで一号といっしょに走り回ってた体はまだ熱くて、だけどその熱も川の強い流れが遠くに流してくれるから気持ちいい。

「ほら、あそこ。あそこに橋があるから、渡って秘密基地に進入しよう」

 しゃがんだ僕の背中をばしばし叩いて一号がいう。いーかげん、背中叩くのやめてほしい。

「進入?」

「うん、進入」

 日本語の使い方が違う気がした。

「さあ急ぐぞ二号よ!」

「え、でも……」

 一号が元気よく橋を渡ろうとし始めたけど、僕はその木で出来た橋を見て、すごく怖くなってしまった。

 青や緑、白色の絵の具をごちゃ混ぜにしたような川には大きな岩があんまり無いんだけど、その川の水面ぎりぎりにかけてある橋は、僕たち二人が並んで歩いたら、どっちか片っぽが川に落ちちゃいそうなくらいせまかった。

 持つところとかも、なんだか古くて汚いロープが、橋にキントーに突き刺さった細い鉄の棒からのびてるだけで、映画とかであーいうロープが出てくると、ぜったいに切れる気がする。そして映画の中だったらそのせいで人が谷に落っこちたりはけっきょくしないんだけど、僕はまだニセモノのヒーローだから、どーなるかわからない。

 こんな橋を、一号はいっつも渡ってるのだろうか。やっぱりこの子、変。

「ほら、渡れ!」

 橋の所まで僕を引きずってきた一号が、僕の背中をどんどんと押してくる。言い方がヒーローじゃなかった。

「え、えー。でもだって、スベったら落ちちゃうし……」

「ヒーローはスベらないの!」

「ぼ、僕泳げないんだけど」

「ん? 私もだから大丈夫」

 うわー。

「なんだよー。二号は情けないなー!」

 僕が橋を渡らないでいると、怒った一号が僕の横を通り抜けて、先に橋を渡っていってしまう。そして橋の真ん中くらいまで進んでから、こっちに振り返る。

「ほら、ぜんぜんスベらないよ。パパのダジャレの方がスベりまくってる」

「パパって言った」

「い、言ってないし!」

 「早くしろよー!」ってまた怒り始めた一号が橋の真ん中くらいでぴょんぴょんジャンプし始めた。

 ぜんぜん怖がらないでジャンプしてるから、一号はちょーすごいなって思ったけど、それ以上に、足をスベらせて川に落ちちゃわないかが心配だった。おなかの下あたりが、すっごくギュッてなる。

 僕が一号の言うことを聞けば、ヒーローの女の子もジャンプするのをやめるんだろうけど、それでもやっぱり、橋を渡るにはゆーきが必要だった。けれどゆーきをまだ持ってない僕がこの橋を渡るのは、ゆーきを持ってる一号よりずっとずっと大変なことなのだ。

「うわっ!?」

「ああっ!!」

 僕が迷ってると、橋の上でジャンプしてた一号がアンノジョー足をスベらせてしまった。今までタテに上下してた一号の身体が、ナナメになる。男の人の大切なところが車で坂道を下りるとき以上に、ギュゥゥーッてなったけど、びっくりしてしまった僕は足を動かせない。

 けど、

「おー! 怖かったぁ!」

 両腕をいっぱいに広げて、抱きつくみたいに橋に倒れた一号は、僕のよそーと違って、ぜんぜん川に落ちなかった。どうやら橋は、ちょっと転んじゃったくらいじゃ川の中に落ちないくらい、ヨコのはばが広いらしい。

「ビックリしたぁ、おまたがムズムズしたよ。あはははっ!」

「す、すげー……」

 笑ってる。僕だったらぜったいに泣いてた。

「ほら、怖くないからこっちおいでよ。川渡ったむこーの方に、もっとスゴイところいっぱいあるんだから」

 立ち上がった一号が、転んだせいで汚れちゃった服なんか気にしないで笑いながら言った。

 一号が身をてーして転んでも大丈夫だって事をショーメーしてくれたから、僕はまだ少し迷ったけど、意を決して橋に足を乗せた。

 一歩一歩、なんとなくペンギンみたいな歩き方で橋を進む。川の上にあるからか、橋の表面はしっとりとしめってるみたいだ。だけどどうにか、僕は一号のところまで進むことが出来た。そして「うむうむ」って偉そうにうなずいた一号が、また僕の手を引っ張り、橋をまた進み始める。

「ま、待ってよ。もうちょっとゆっくり歩いてよ!」

「大丈夫だよ。ぜんぜん平気だって」

「へ、平気なんかじゃないって」

 僕を引っ張る一号の足の速さはやっぱり早くて、僕はもう少しゆっくり歩きたかったんだけど、一号はそんなことちっとも気にしてくれなかったから、今度こそ泣きそうになった。

 やっぱり無理をして偽物のゆーきを出そうとしたから、早く歩くとものすごく怖い。

「うっ」

 ずるっと。しめってた橋のイッカショがぬるぬるしていた。一号に無理矢理引っ張られてたせいで歩きづらかった右足が、そのぬるぬるの場所を踏む。転びはしなかったけど、もう少しで転びそうになった。身体がかたむいたせいで、視線が足下からずれる。ごーごーと大きな音を立てて流れる水。それがふっとうするみたいに細かく泡をたてる様子が、目に飛び込んでくる。

 今度こそ足がぜんぜん動かなくなってしまった。足がぶるぶるふるえて、ごーごーうるさい川の音が、どんどんどんどんおっきくなっていくような気がした。そうすると、また目が勝手に涙を出そうとして、目の前がぐにゃぐにゃのスライムみたいになって、立っているのがすごく怖かったから、僕はそこで座り込んでしまった。

「…………ねー。座らないでよー」

「嫌だ。もう怖い」

「これくらいで怖がってちゃダメだぞ。二号はヒーローなんでしょ?」

「やだ。やだやだやだっ!!」

 僕の前にたって、一号が偉そうに腕組みする。僕が怒ってにらむと、一号も怒って、言う。

「二号は泣き虫だな」

 ギュッと。心臓がすごく痛くなった。今まで虐めっ子の奴らにいっぱい同じ事を言われたけど、一号に言われたら、すごく心臓が痛くなった。

 なんでだろう、って思ったけど、その理由はぜんぜんわからなかった。ただ、すごく、僕自身が、とってもとっても泣きたくなった。けれどそれは恥ずかしい事だと思うし、それにリフジンな一号にとても頭にきたから、僕は体育座りをして顔を隠すようにうつむいた。

 半ズボンから出た足に、涙がぽろぽろと落ちるのがわかった。ゆーきの無い心臓が、ずきずきと痛む。一号の声がした。

「ねー。泣かないでよ」

「…………別に、泣いてないから」

 ヒーローにはカクシゴが必要だと思った。だってヒーローが泣いていたら、それはヒーローじゃないから。僕がアコガレるヒーローはいつだってかっこよくて、泣いている人を助けるような人たちだから。それにはゆーきが必要で。ヒーローになりたい僕は、ゆーきが欲しい僕は、ここで泣いたらダメだと思った。

 けれど今僕は、すごく怖くて、すごく心臓が痛くて、泣きたくて仕方ない気持ちでいっぱいだった。だけどそんな事じゃきっと僕はヒーローになれなくて、いつまでたってもゆーきを手に入れられないから、泣いてないって、言うしかなかった。

 だけどやっぱり怖い物は怖いし、痛い物は痛い。一号が、どうしてそんなふうに、平気でいられるのかが、僕と違うのかがすごくフシギで、すっごく悔しくて。悔しいなって思うと、よけいにずきずきして。

 そんな嫌な気持ちから逃げるために、ぎゅっと目を閉じてみるけど、そうするとよけいに、川のごーごーと流れる音が大きく聞こえてきて、水に打たれ続けてる木の橋が、水の勢いでほんのちょっとだけ揺れてる事に気づいちゃって、どんどん怖くなった。

「置いてっちゃうよ?」

「……………………」

「……もう、置いてくから」

 僕は思わず顔を上げそうになって、けれど今顔を上げたらなんだか恥ずかしいし、まだ一号に怒ってもいるから、素直に顔を上げることが出来なかった。そうしたら、川の水が流れる音に混じって、一号が本当に橋を渡っていこうとする音が聞こえた。

「い、嫌だ!」

 僕はさけんで、あわてて立ち上がって一号が背負ってるカバンをつかんだ。一号が引っ張られるようによろけたけど、やっぱりゆーきのあるヒーローの女の子は転ばなかった。

「立ってるじゃん」

「……………………」

 お母さんがいつも、僕の嫌いな食べ物を食べさせようとイジワルする時みたいだと思って、それでよけいに、悔しくなった。

「歩ける?」

「……………………」

 僕がだまってると、一号が悲しそうな顔をした。僕は悪いことをしてないと思うんだけど、それでもなぜか、顔を下に向けてしまう。

 一号は何も言わないまま、だまってる僕を連れて橋を渡った。



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