そのよん
腕を引っ張られたり、追いかけたり追いかけられたり、ぺちゃくちゃしゃべりながらだいぶ長い間歩いていたら、僕たちはウッソウとしげった森の入り口までやってきていた。
「着いたぞ二号よ! ここがわれわれの秘密基地だ!」
一号といっしょにいることに夢中になっていたから、ここにどーいうケイロでたどり着いたのかは覚えてない。赤い字で「立ち入り禁止」と書かれたカンバンがはりつけてあるフェンスの前にたち、一号がやっぱりえらそうに腕を組んで僕に言う。
漢字で書くことは出来ないけど、読むことなら出来るそのカンバンの文字に僕はなんだか胸のあたりがギュッと苦しくなるのを感じた。だけど一号はそんなことを気にするよーすもなく、僕たち子供が通るには十分なフェンスのスキマをくぐって、ザッソウがぼうぼうになってる森への入り口へ歩いていった。
僕は一号を呼び止めようかと思ったけど、フェンスの先にある森へのコーキシンとか、たぶん呼んでも一号が止まることはないだろうと言うヨカンのせいで、風船がしぼむみたいに口が勝手に閉じる。
だいぶ進んだところで、一号が振り返ってテマネキしてくる。僕はカバンを背負いなおして、服が引っかからないように気をつけながらフェンスのスキマをくぐった。
しっかりスキマを閉じない大人が悪いんだ、って心の中でいいわけをしつつ、じゃりじゃりうるさい土の上を歩いていたら、いつの間にかザイアクカンはどこかに飛んで行ってしまって、結局小走りで一号のとなりに並んだ。
しばらく歩いていると、僕たちは一つのトンネルにさしかかった。トンネルはどうやらとても長い様で、中をのぞき込んでみると、道のずっとずっと先の方で豆電球くらい小さな光がぽつんと真っ黒い中に浮いている。
「こ、ここ通るの?」
「うん、そうだよ。ここから先が真の秘密基地なんだもん」
「えー……」
「怖がるな、二号よ! こんなことで怖がってたら、宇宙人となんか戦えないぞ!」
僕のソデをつかんだ一号が「レッツゴー!」と大きくさけんでトンネルの中に入っていく。宇宙人となんか戦いたくはない僕がこのトンネルを通る必要があるのかわかんなかったけど、だけどこんなことくらいで怖がってたら、僕はいつまでたってもゆーきを手に入れられそうにないのは確かだったから、足をぼうみたいにしてなるべく進む早さを遅くしながら、真っ暗なトンネルの中に入る。
トンネルの中は真っ暗で、ずっと先の豆電球みたいな出口の光は、僕らの足下をてらすには小さすぎた。さっき一号があげた大きな声が、まだトンネルの中でぐわんぐわんとウナってるような気がして、すぐに引き返したくなってしまう。引っ張られてる仕返しだと言うことにして、僕も一号の服のソデをつかんだ。急に夜、トイレに起きてしまったときのことを思い出して、ソデをつかむ手に力が入る。
怪獣のうなり声みたいな、低い音がトンネルの中で鳴りひびいて、半袖のズボンから出している足に、冷たい風がそわそわとからみついた。蹴飛ばしてしまった小石がトンネルの壁にぶつかりまくって、そのナンジュウにもかさなる高い音がなんだか、ドクロのあげる笑い声みたいだから足がふるえる。
それでも一号の僕を引っ張る強さと歩く早さはちっともかわらなくて。僕みたいな偽物じゃなくて、本物のヒーローやっぱりすごいなって、すごく思った。
トンネルの暗さ、冷たさ、静かさからレンソウしててしまう嫌なことをイッショウケンメイ頭の外に追い払いながら歩いていたら、ようやくトンネルの出口までたどり着くことが出来た。
はじめは小さかった光が、近づくにつれてどんどん大きくなっていく。光は僕たちと同じくらいの身長になって、そしてさらに歩くと、お母さんやお父さんくらいの身長になる。見上げるぐらいの天井の高さがあるトンネルから出ると、外はとてもまぶしくて、僕は目を開けることが出来なくなった。
「どうだ、すごいでしょ? ここがわれわれの秘密基地である!」
一号がばしばしと背中を叩いてくるから、僕は頑張って目を開ける。
そして、思わずだまり込んでしまった。
そこは夢を見てるみたいな空間だった。
学校の校庭くらいの広さがあるそこは、足下いちめんに黄緑色のしばふみたいな草が生えている。視界の両側には、まるで壁を作るみたいに背の高い木がいっぱいのびていて、たくさん並んだ木の枝たちが、タワーくらいの高さの場所で、屋根を作るみたいにからみあっている。風が吹くたんびにさわさわと揺れる葉っぱのスキマから、目が痛くなるくらいまぶしい太陽の光がさしこんでいて、僕らの足下に、光の水たまりをたっくさん作っていた。広場の一番先には細い坂道が続いてて、土や草のにおいがジューマンする、涼しくてきれいなキラキラした空間が、まだまだ先に続いていることがわかった。
僕が口を開いたまま、空と地面の真ん中くらいのトウメイな部分をいつまでも見つめ続けていたら、一号が僕の前に立った。どこかで小鳥が鳴く声がして、耳の中をくすぐられたみたいに、体ぜんたいがうずうずした。
「ねえ、すごいでしょ?」
僕がだまったままうなずくと、一号はにっこりとうれしそうに笑って、今度は僕の手を引っ張った。そして走り出して、緑の広場をぐるぐる回りながら、大きくさけぶ。
「すごいでしょ! 私だけが知ってる秘密基地!」
一号の大きな声が気持ちよかった。足の速い一号に引っ張られて、いっしゅん転びそうになったけど、それもなんだかむずむずして、嫌な気分じゃなかった。そうしたら、なんだかどんどん体中がむずむずしてきて、僕はのどと肺が痛くなるくらい空気を吸って、
「すごい! 秘密基地! ヒーローの秘密基地だ!」
一号に負けないくらい大きくさけんだ。体中のむずむずが無くなってすっごく気持ちよかった。思いっきり走ったら、もっともっと気持ちよかった。一号といっしょに意味もなくさけびまくった。地球人にも宇宙人にも意味がわからない言葉。一号の女の子も二号の僕もわからない言葉。だけど、それでぜんぜん良かった。大きな声を出して、背の高い木をざわざわと笑わせるのが、最高に気持ちが良かった。
そこには僕のことを虐める嫌な奴も、虐めっ子を怖がってすぐに離れていってしまう友達もいなかった。すぐとなりには、いっしょに走っている一号しかいなくて。僕はこの女の子のことを何も知らない。なんにも知らないけれど、だけどそれはヒーローの女の子がヒーローだから、一号だからとーぜんのことで。結局今の僕には、今のここには何もないんだけど、何もないから逆にどこまでも自由な来がした。光る葉っぱも、笑う木も、飛び跳ねる草も歌う風も。全部が僕で、全部が僕ではなくて。全部が秘密の中にかくされてしまうこの場所にいる間は、コンクリートと鉄で出来た僕の空間ですごすことを忘れることが出来た。
手をつないだまま走って走って。勢いのせいで僕たちは転んだ。柔らかい草が僕たちのことを受け止めてくれて、少しだけ痛かったけど、草の表面についていたスイテキがとても冷たくて。僕たちはしばらく、うつ伏せになったまま体全部で草と土と一緒に呼吸をした。一号がいきなり笑って、僕もみょーにおもしろくなった。二人でいっぱい笑いながら、草の上をごろごろとイッショウケンメイに転がった。
息が苦しくなるくらい笑って、転がって、走って、追いかけて追いかけられて。
僕たちは広場の真ん中あたりで、いっしょにたくさんの枝が作った天井を、寝っ転がって見上げていた。
すぐとなりで、一号が大きく息をするのがわかった。僕も同じくらい疲れていたから、冷たい空気をいっぱいいっぱい吸い込んだ。いつのまにか、どっちがたくさん空気を吸えるのかキョウソーを始めていて、気づいたらまた、ふたりでいっしょに笑ってた。
「ねえ、良いでしょ?」
「うん、すっごく良い」
何度目かわからない同じ質問に、僕も何度目かわからない同じ答えを言った。葉っぱがキラキラ光っていて、とてもまぶしい。だけどその光はなんだか柔らかくて、目を閉じなくても平気だった。また小鳥が鳴く声が聞こえて、大きく息をはき出す。聞こえてくる音が、ぜんぶ気持ちよかった。
「まだまだたっくさん良いところがあるんだよ」
「本当?」
「うん」
言うと一号は、ぴょんとバッタみたいに元気よく立ち上がった。そして僕に手を差し出して、にっこり笑う。
「さあ、行くぞ二号よ。われわれの冒険は始まったばかりなのだ!」