そのさん
今日は土曜日。僕が二号になってから何日かがたった。
とっとっと。静かな廊下に、階段を下りる音が広がる。背中に背負ったカバンの中身がガチャガチャと音をたてて、僕の足音と一緒になったそれは廊下を包んだ静かさを僕の周りから遠ざける。汚しても怒られないように選んだ黒色のくつ下。スリッパをはいてない足には直接、かたくて冷たい廊下のカンショクが伝わってきた。
最後の一段を飛び下りて、カバンを大きく揺らして着地。肩からズリ落ちかけたカバンを背負いなおしてから、僕は廊下の向こうにある、リビングへのドアへ顔を向けた。
ちょっとだけ開いてるドアの向こうから、お母さんがみてるテレビの音がもれて来ている。『わはははは』って聞こえてくるから、お笑い番組をみてるのだろうか。お母さんは休みの日のテレビはつまんないってよく言うのに、結局いつもテレビをみてる。たぶん、子供の僕より。
「お母さーん。出かけてくるねー!」
大きい声で言ってから、僕は玄関に座ってくつをはく。もちろん僕のくつは、ベリベリうるさいマジックテープの物ではない。僕はもう大人だから、くつヒモも一人でむすべるのだ。
「あ、あれ……」
ぬいだ時はきれいにほどいたつもりだったくつヒモが、よく見てみるとまだしっかりほどき終わってなかったみたいで。けどそれをしっかり確認してなかった僕は、絡まったままのヒモを強く引っ張ってしまった。当然、ヒモはグチャグチャに結ばれたままだんごみたいになってしまって、ツメを昨日切ったばかりの僕はなかなかヒモだんごをばらばらにする事が出来ない。
アクセンクトー。背負ったカバンが僕のじゃまをするのを楽しんでるみたいに、カチャカチャ鳴ってなんだかあせる。けれどあせればあせるだけヒモだんごは固く結ばれてしまって…………、おかしい、こんなハズじゃなかったのに。
「遊んでくるの、幸助?」
「うはっ」
いきなり後ろから声をかけられて変な声が出た。
ふりかえると、僕のすぐ後ろにはリビングでテレビをみてたハズのお母さんが。からまったヒモをほどこうと必死になる僕の手元を見て小さく笑うと、お母さんはすぐとなりに座って僕の足元に手をのばす。
「………………」
はずかしい。
「友達と?」
お母さんに聞かれて、少しだけ迷って、
「…………うん」
本当は『友達』じゃなくて『仲間』なんだけど。けどお母さんにその違いを言っても意味がない気がしたし、僕も、『友達』と『仲間』のめーかくな違いがわかってない。
ウソをついたせいで何だか胸がズキズキした。けどヒーローにカクシゴトは当たり前だから、なんだかよくわからない。
意外と、ヒーローもワルモノも、似た者同士なのだろうか。
「遊んで来るのは良いけど、午後から天気、悪いみたいよ? 雨が降り出したら、そこで帰って来ちゃいなさい」
「うん、わかった」
「よし」
くつヒモを結び終わったお母さんが、一回頷いてから立ち上がる。僕もカバンを背負いなおして玄関のドアノブに手をかけた。
「気をつけて遊んで来るのよ」
「わかったぁ」
「暗くなる前に――――――」
「わかったぁっ!」
お母さんはいつもシツコイからイヤになる。僕のガクシューノーリョクはそんなに低くないから、そーいう事は一度言われれば十分だ。あんまりシツコく言われると、まるで僕がいつも言うことを聞いてないみたいになる。
行ってきますのアイサツをしてから、玄関を開いて外に出た。
もうすぐで夏が来る季節の空は、見上げてると目が痛くなるくらい晴れていた。風がちょっと強くて、髪の毛がバサバサと鳥が飛んでる時みたいにあばれまわる。
カバンを背負って歩いていると、それだけで少し汗が出てくる。お母さんは午後から天気が悪いって言ってたけど、なんだかそれは信じられない。それに雨が降ってきたら、ぽかぽかする体がひえるからちょうど良いような気もする。それにヒーローは雨が降っていても悪い奴と戦うから、やっぱり今の僕に天気は関係ない。むしろ雨とかが降ってきた方が、なんだかワクワクする。
そんなことを考えていたら、いつの間にか僕は約束した集合場所にトウチャクしていた。
そこは公園だ。友達と遊んだり、いやな奴が僕を虐めたり。そして一号と僕が出会った公園。なかなかカンガイブカイ場所である。
じゃりじゃりと音を立てながら公園を歩いて、まわりを見回す。待ち合わせの時間より少しだけ早く家を出たけど、一号っていっつも公園とかにいそうなイメージがあるから、今ももう公園にいそうな気がするんだけど――――。
「遅いぞ、二号!」
「ぎゃっ!」
いきなり背中を思い切り押されて、僕は前に転がった。とっさに突き出した両手が地面にぶつかった時、嫌なクラスメイトの奴に突き飛ばされた時のことを思い出してしまって、それでよけいに手のひらがじんじん痛む。そうすると僕のだらしない目がまた涙を流そうとし始めるから、つんと痛い鼻をすすって、気分がぶるーになるのをガマンしながら立ち上がる。
「待っていたぞ、二号よ。今まで何をしていたのだね!」
振り返るとそこには、腕を組んでえらそうにしてる一号がいた。僕が背負ってるのより少し小さめのカバンを、一号も背中に背負っている。
「でも僕、まだチコクしてないよ……」
アンノジョーそっちが早すぎるのだ。
「むむむ。センパイを待たせておいて、やっぱり二号はナマイキな奴だな――――って、何で泣きそうになってるの?」
「そ、それはそっちが押してくるから――――」
嫌なことをシテキされて、思わずうつむいてしまう。すると一号はぴょんぴょんとジャンプして「わーわーわー!」とさけんで僕の言葉をさえぎった。
「そっちじゃない! 一号、一号だって言ってるじゃん!」
「う…………」
変なところにこだわる所が、この変な女の子らしいと思った。
「でも、やっぱりなんか一号って呼ぶの、むずむずするって言うか……」
やっぱり僕にもヒーローの女の子にも本名があるんだし、ニックネームにしても、一号とか二号って、なんだか変な気がしてしまう。けれどニックネームで呼び合うのは友達同士のことであって、僕たちは友達じゃなくて仲間だし、やっぱりヒーローだから、ふつうに呼び合ってはいけないのかもしれない。
なんだか頭がこんらんしてきた。
「いいの。一号と二号でいいの。だってそっちの方がカッコいいもん」
「そうかなぁ」
「そうなの! まったく二号はめんどくさい奴だな!」
「………………」
ぜったいにこの子はワルモノの方が似合ってると思うんだけど、そんなことを言ったらまた蹴られるからやめておく。僕のガクシューノーリョクは高いのだ。
僕がだまったままでいると、一号はもう一度腕を組んでえらそうに「ふん」と言うと、オモムロに僕の服のソデを引っ張って歩き始めた。
「安心したまえ、二号。ちょーめんどくさいキミでも、私と一緒にトックンをつめば、勇気もめんどくさくなさも手に入るぞ!」
「トックン?」
「そのとおり。さあ、ついて来たまえ!」
腕を引っ張られながら、なんだか妙に楽しそうな一号について行く。走り出したヒーローの女の子の足はすごく速くていっしょに走るのが大変だったけど、僕もだんだん楽しくなってきて、どきどきしてきて、そんなことは気にならなくなってしまった。