そのに
僕がいったい何をしたんだろう。虐めを受けているトージシャであるハズの僕には、その理由がわからない。そしてたぶん、僕を虐めるクラスの奴らに質問しても、誰も答えてくれないだろう。だって僕は、悪い事なんてしてない。してないと、思うから。
クラスの友達は、なんだか冷たい。きっと僕は悪いことをしてないんだから、僕が虐められていたら助けてくれればいいのに。けれど誰も、助けてくれない。いつも一緒にキューショクを食べてる子も、昼休みにドッチボールをしている子も、僕の周りに嫌な奴らが集まるといつも、僕から顔を逸らす様に逃げてしまう。そうして一人ぼっちになった僕はいつも、一人で虐められるのだ。僕にはわからない。友達が何で助けてくれないのか、わからない。
いや、そーでもないか。わかるかも。だって、虐めっ子に立ち向かう事は、とてもゆーきがいる事なのだ。みんなには、ゆーきがない。そして立ち向かう事の怖さは僕も知ってるから、やっぱり僕は、友達を責められないのかもしれない。ムリジイは出来ない。
ゆーき。
前にこの公園で会ったヒーローの女の子は、男の子は泣いちゃダメだって言ってた。それは僕のお母さんやお父さんも言ってるし、たぶん正しい意見なのだろう。何でかはわからないけど、正しいんだと思う。皆が言うから。
それに僕だって、泣いたりするのは嫌だ。ヒーローやお母さん達に言われなくったって、泣くのはなんとなくカッコ悪いし、負けてるような気がするから嫌だ。
だったら僕は、泣かないで、負けないで、立ち向かうべきなんだろう。僕を虐める奴に堂々と、立ち向かうべきなんだろう。
でも、怖いんだから仕方ないじゃないか、とも思ってしまう。僕はケンカが嫌いだし、体育だってそんなに得意じゃない。虐めっ子から逃げたくなったって、宇宙人から逃げたくなったって、仕方ないと思う。友達だって、逃げたんだから。
僕なんかに、ゆーきは無い。あるのは弱虫な目だけだ。すぐに涙を出す目だけなのだ。
僕が虐められている理由を無理矢理ひとつあげるなら、弱虫なくせに、偽物のゆーきを見せびらかしたのが悪いのだ。だから、僕にゆーきなんて無い。
「うぅぅ…………」
いつも通り、僕の目からは勝手に涙が出始めた。泣きたくなんかないのに、目が勝手に涙を流す。歯を食いしばっても、両手を力いっぱいグーにしても、涙は止まらない。情けない目だ。
「うぇ! また泣き始めだぞ!」
「だっせぇー。女子みたいだ!」
出したくて出してるわけじゃないのに、虐めっ子は涙をみて僕を馬鹿にするのだ。僕が望んだんじゃないんだから僕が馬鹿にされるのはおかしいハズなのに、目の代わりにいつも僕が馬鹿にされる。
だから僕は、泣きたくなんかないんだ。勝手に涙が出るのが悔しくて、それを笑われるのが悔しくて。そうするとまた、勝手に涙が出て来るから。アクジュンカンを巻き起こすから、泣きたくないのだ。
けれど、ゆーきの無い僕はやっぱり勝手に出て来る涙を止められないし、虐めっ子に仕返しする事も出来ない。されるがままである。
「うぅぅぅっ……!」
ここでイヌみたいなうめき声じゃなくて、何か文句の一つでも言うことが出来たら僕は、ヒーローにはなれなくてもワルモノ程度にはなれたかもしれない。けどやっぱり、それすら僕には出来なかった。ワルモノだって、ヒーローと戦うゆーきを持っているハズなのだ。
「こーらぁぁぁっ! 離れろ宇宙人!」
そんな風に。
突き飛ばされ、尻モチをついたままだった僕の周りから虐めっ子を追い払ったのは、前にもこの公園で聞いた声だった。
人を虐めるという行為は、少なからずザイアクカンを感じさせる事だったのだろう。声を聞いた瞬間に虐めっ子達は、ビクッと小さく跳びはね、僕と同じ様に公園の入口の方へと目を向けた。
あんのじょう入口近くに立っていたのはヒーローの女の子だった。
女の子は倒れた僕とその周りの宇宙人……、ではないけどとにかく悪い奴らを見、「うおぉぉぉぉぉっ!!」とか、すっごい大きな叫び声を上げて走って来る。虐めっ子の奴らはそのギョーソーにビビって、こちらも散々に喚きながら女の子が来たのとは別の出口から公園を出て行ってしまった。
すごい。ヒーローみたいだ。
僕の所まで走って来たヒーローの女の子は、腰に手をあててニオー立ちしたまま、「ふんっ」と虐めっ子が出ていった出入り口をにらむ。
そして、同じく逃げた方が良いのかどうか、決められないでいた僕に手を伸ばし、
「大丈夫か、少年!」
ちょっと強引に手を掴み、グイッとお尻を小石だらけの地面から引きはがす。その仕草はなんだか、この子がたぶん同い年であるハズなのに、とても心強く見えた。これが、ゆーきがあるかどうかの違いだろうか?
「……どうして助けてくれたの?」
立たされて、ヒーローの女の子の顔を見つつ、僕は言う。だって僕の友達は、友達なのに、友達の僕を助けてはくれない。なのにどうして、友達じゃない女の子が、男の子の僕を助けるのだろう。
「前にも言ったじゃないか! 私はヒーローだから、少年を見守っているのだよ!」
「ヒーロー…………」
仮面ライダーみたいなポーズをするヒーロー。僕はなんとなく、視線をヒーローからその後ろに広がる公園へと移した。
カンサンとした公園だった。僕は難しい言葉でも知っている。おじいちゃんが、教えてくれたのだ。
公園には、ブランコとか鉄棒とか、いろいろな遊具がある。けどそれで遊んでいる子供達の姿は、どこにも無い。さびしい、本当にさびしい公園。僕とヒーローの女の子しかいない、空っぽな公園。しきちを囲むように植えられた木。地面にうつったその影が揺れるその様子は、人気の無いここで見るとなんだかお化けの様にも見える。
公園の中がこんなにさびしいのは、最近テレビでよく聞くショーシカ問題のせいなのだろうか。だったらそれは、嫌だなーって、思う。遊ぶ友達が、ショーシカのせいでいなくなってしまうから。
――――――あ、そうか。
でもそれは逆に、僕が大人になれば解決する問題なんだ。早く大人になれば、子供と遊ぶ必要はないし。だから、ショーシカが進んでも困らないのか。
だったら、僕は大人になりたい。
それに、
「……助けてくれなくても、良いよ」
「うん?」
「僕は大人になるから、もう子供のキミに助けてもらわなくても、大丈夫だから」
それに大人になれば、子供に虐められても、困らないから。難しい言葉も知ってる僕なら、もう大人になっても良いハズだ。
「違うぞ、少年!」
けどヒーローの女の子は、まだ僕の事を『少年』と呼んで、言うのだった。
「誰かに助けてもらうのに、大人も子供も無いのだよ、少年」
「………………」
「そしてやっぱり、キミには勇気が足りてない!」
勇気が。
宇宙人と戦う勇気が。
誰かに助けてって言う勇気が。
「…………でも。誰も僕のこと、助けてくれないもん」
だから僕は、自分の事を自分で守れる大人になりたい。
「それはね、少年。キミが勇気を見せないからだよ」
………………。
そんなこと、
「……関係、無いよ」
「あるッ!」
ヒーローの女の子は大きな声を出して、僕の両方の頬っぺたをおもいっきり引っ張った。それはとっても痛くて、僕の目からはまた、涙がちょっとだけ出そうになった。
けどヒーローの女の子はそれより前に、また大きな声を出して言う。
「勇気全開の私といる少年はちっとも泣いてなんかいないのだ!」
「ふぇ……?」
ヒーローの女の子に言われて、とってもビックリした。
確かに、気がついたら僕の目は、女の子の言うとおり涙を流すのを止めていた。頬っぺたを引っ張られるのが痛いから、ちょっとだけ涙が出そうだけど、でも、止まってた。
いつもだったらまだまだ涙は出続けているハズなのに、今日は知らないあいだに止まってる。そういえばこの間も僕は、知らないうちに痛みも忘れていた。それはちょうど、ヒーローの女の子と出会ったすぐあとの事。
「私が勇気を見せているから、キミも勇気の力で涙を止められた。つまり、私の勇気がキミの涙を止めた」
ヒーローの女の子はあいかわらず頬っぺたを引っ張ったまま、それてもカッコ良い事を言う。
「誰かを変えたければ、まず自分が変わらなくちゃいけないのだよ、少年。そしてそれはつまり、自分が変われば自然と、周りの皆が変わっていくって事なんだよ。そしてそれをジッコーするのに必要フカケツな物と言えば、そう! それは勇気だ!」
パパがそー言ってたぞ! って。ヒーローの女の子が付け足す。
「ふぁふぁ?」
今、ぜったいにパパって言った。でも頬っぺたを引っ張られてる僕の口はしっかり言葉を発音することが出来ない。まあこの間も、パパの事について触れたらおもいっきり叩かれたから、今回は命拾いしたのかもしれない。
と思ってたけど、僕のあさはかな考えはどうやら意味がなかったみたいで。自分でパパって言ったヒーローの女の子は鼻の穴がひろがるくらいに顔を真っ赤にして、
「こ、コードネームゥ! コードネームなんだからねッ!」
「いふぁいッ!」
僕の頬っぺたを、ツメを立てておもいっきり引っ張った!
リフジンだ! 自分が言ったのにやつあたりするなんて、ヒーローのやる事じゃない!
本当に涙が出てきそうになったから、頬っぺたをつねる女の子の腕を引っ張る。
「いぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
でも、女の子の手を頬っぺたからはずそうとすると、頬っぺたにくいこんだツメがよけいに頬っぺたを虐めるのだ。その事に気づかなかった僕はらんぼうに女の子の腕を引っ張ったから、頬っぺたが取れそうなくらい痛くなってしまった。どうせ頬っぺたが取れるんだったら、おいしい物を食べて取った方が良い。
手をはずす事も出来なくて、でもヒーローの女の子はジバクしただけのくせに許してくれない。
シンタイここにキワまれり。おばーちゃんが観てた時代劇のセリフを使ってみる。たぶん今の僕は、あの殿様よりピンチなハズ。だって僕には刀が無ければ守ってくれるケライもいないから。
「ふぅぅぅぅ……」と口から泣き声ミマンのうめき声。またの名をキンキュー信号。僕がジシュテキに泣いてしまうぜんちょーだ。
キンキュー信号を受信したのか、ヒーローの女の子がようやく手を頬っぺたから離す。別に押されたわけでもないのに僕は、頬っぺたを両手でおさえながらノロノロと後ろにあとずさった。
指で触った頬っぺたには、ツメが食い込んだアトがハッキリと残ってる。運動をしたあとでもないのに、手の平にはジンジンと熱がつたわって来た。ちょっと泣きたくなった。
「今度へんな事言ったら怒るからね!」
「そっちがジバクしたんじゃないか……」
もう怒ってるし。
「し、してないもん!」
「してた」
「してないっ!」
「く、来るなっ!」
ヒーローの女の子が両手をグーにしてトッシンして来た。叩かれるのは嫌だから走っても、僕は足が遅いからなかなか女の子から逃げられない。ていうか、女の子のくせにチョー速い。足が遅い僕も悪いけど、それでも女の子の足は早過ぎる。
「こ、来ないでよぉ……!」
「ヒーローにナマイキな奴はやっつけてやる!!」
それ、ワルモノのセリフだと思う。
「ボーリョクはんたい!」
ヒーローの女の子がしつこくて、もう足が疲れてきた。あんまり思いっきり走ると、いっつも肺のあたりが痛くなり始める。だからこっちも必殺技をハツドウ。背負ってたランドセルをおろして、それを走ってくる女の子に投げ付ける。忍法、カワリミのじゅつである。
こっちも走りながら投げたランドセルが、ぴゅーと綺麗なカーブを描いて飛んでいく。ランドセルはまるで磁石がくっつくみたいにヒーローの女の子に向かって行って、
「…………あ」
バスッ、と。ビックリしたように目を大きくしてた女の子の顔に、フタの方から突っ込んだ。
顔にちょくげきしたランドセルに押されるみたいに、女の子がゆっくりと後ろに倒れる。どすっ、て痛そうな音をたてながら尻モチをついた女の子の足元に、遅れてランドセルが転がった。
いつも僕を虐める奴らはこれくらいの事じゃひるまないから、どうしたら良いかわからなくなってしまった。虐めっ子が平気な事に、ヒーローがくっする。えーっと、どうしよう。
「うぁぁ……」
ヒーローの女の子が小さな声でうめく。鼻をおさえた手の間から、赤い液体が流れて来た。
「……ち…………」
うぅ。血は嫌いだ。血を見ているとなんだか、背中のあたりがムズムズしてくる。
ヒーローの女の子が、地面に垂れた鼻血を見て目を見開く。砂に吸われて固まったそれに、女の子のミケンにシワがよる。目が細くなって、それは、涙が目から勝手に出て来るぜんちょーだ。
まるで虐めっ子に背中を押された時みたいに、足が勝手に動いた。血が怖くてあんまり近づきたくなかったけど、背中がムズムズするから離れていたかったけど、でも、やっぱりそれはダメだと思うから。
「な、泣かないでよ……」
「泣いてないし……」
「………………」
地べたに転がったランドセルを開けて、お母さんがいつも入れてくれるポケットティッシュを取り出す。僕『が』なのか僕『も』なのかわからないけど、でもやっぱり鼻血を出させちゃった事にはザイアクカンを感じる。自然とおどおどしてしまう目で女の子の目をチラッと見ると、やっぱり白目の部分が赤くなってて、いつも綺麗に光ってる目のキラキラはにじむ涙のせいでよけいにギラギラしてた。
ミカイフーのティッシュを開けて、一枚取り出す。ヒーローの女の子は鼻をおさえるのに両手を使っていたから、僕がかわりにティッシュで鼻をおさえてあげた。
「泣いてないもん…………」
ヒーローの女の子は、自由になった両手についた血をティッシュで拭きながら、目がうるうるしてるのにそう言った。そんな女の子に、僕は何も言えない。毎日泣いてばかりいる僕は、いっしょうけんめい、涙が零れそうになるのをガマンするヒーローに、偉そうな事は言えないのだ。僕ら小学生が涙をガマンするっていうのは、それくらいに難しい。特に僕の目は弱虫だから、よけいに。
「ヒーローは勇気を持ってるから、これくらいじゃぜったいに泣かないんだぞ」
「ゆーき……」
ゆーきと言う物がいったい何なんだか、僕にはまだわからない。僕にはゆーきなんて無いから、偽物しか持ってないから、本物のゆーきがどんな物なのか、けんとーもつかない。
でもこうやって。
鼻血を出しているのに。
怖いのに。
ムズムズするのに。
泣きたいのに。
それでも頑張って涙をガマンしている女の子はとってもスゴい。僕には決して出来ない事を、男の子なのに出来ない事を、女の子は、ヒーローは、やっている。
それはきっと、ヒーローの女の子が本物のゆーきを持ってるからなんだと思う。本物のゆーきを持ってるから、泣きたくてもガマンして、
――――――名前も知らない僕を、虐めっ子から助けてくれた。
「……………………」
「……………………」
気付くと僕は、女の子の顔をじぃっと見ていた。そして女の子も僕の事を、じぃっと見ていた。
なんだか恥ずかしい。
心臓がドキドキする。
でもこのドキドキは、ただ恥ずかしいからってだけじゃないのは、自分の事だからよくわかってた。
ゆーき。
「ねぇ」
「ん?」
「えっと、その……」
そう、このドキドキは。
アニメでユーカンに戦う主人公を観ている時の様な。
自分もそうやってカッコ良く戦えたら良いなとフトンの中で考えてしまう時の様な。
――――――単純なアコガレ。
「ぼ、僕も……っ!」
ゆーきが無い僕はそこでノドをつまらせそうになって。
けれど第一歩はココからだと思うし。
心臓をドキドキさせるコーキシンとキタイが、力強く、けれど虐めっ子たちとは似ても似つかない優しさで僕の背中を押す。
「僕も、ゆーきがほしい!」
ヒーローの女の子がぽかんとした顔になる。それを見た瞬間になんだかとってもキンチョウしてしまって、頭の中が真っ白になる。
知らない子に、「友達になろう」って言う時みたいだ。
そう。歩みより。
ゆーきを持たない普通な僕の、ゆーきを持ったヒーローに向けての歩みより。
今までヒーローの女の子からばかり話しかけられていたから、今度は僕から話しかけるのだ。
ゆーきを手に入れるために。
宇宙人――――虐めっ子に立ち向かうためのゆーきを手に入れるために。
「も、もう泣きたくないから。宇宙人に負けたくないから。だ、だから、僕もゆーきがほしい!」
ダイフゴーのやり方を覚えた時も。
野球のやり方を覚えた時も。
何も知らなかった僕は、遊び方を知っている友達と一緒にいたから、ルールを覚えることが出来きた。
だからゆーきも、本物のゆーきも、僕の涙を止めてくれたヒーローの女の子と一緒にいたら、いつか手に入れられる気がするから、
「ぼ、僕と、友達になってください!」
「……………………」
しばらくの間、ヒーローの女の子はだまったまま、僕の顔を見ていた。ひょっとして断られちゃうのかと不安になった。友達になってと言って、断ってくる子には今まで会った事がない。でもヒーローの女の子はなんかちょっと変だから、普通のシャクドで考えたらいけない気もする。
カラカラカラっと。風に転がされた空きカンが僕らの足元を転がる。だんだん暗くなり始めてる空。太陽が空のずっと向こうから届けてくれる光で、僕を見つめる女の子の目はキラキラしてた。
その目にはもう、涙は浮かんでいない。
「勇気がほしいのか、少年」
「う、うん……」
「本当に、勇気がほしいんだね?」
「…………うん」
僕はゆっくり、でも、しっかり、首をタテに振ってうなずく。
屈み込んだままだったヒーローの女の子が、急に勢い良く立ち上がった。鼻血の手当てをしていた体勢のまま置いてけぼりにされた僕は自然と、目の前にまるで樹木のみたく立つ女の子の顔を見上げる。
鼻の穴にティッシュをつっこんだヒーローの女の子は、けれどそんなカッコ悪い姿をチョウケシにしてしまうようにリリしく目をキラキラさせて、言うのだった。
「ならば少年! 今日からキミは、ヒーロー見習いだ!」
「み、見習い……?」
「そのとーり! それでヒーローの私と行動をともにし、もうぜったいに泣かない勇気を手に入れるのだ!」
――――――だから、私たちは『友達』じゃなくて『仲間』なのだ!
「仲間……」
仲間と友達って、どっちの方が仲良しなんだろう。そんなふうに思ったけど、でも、関係ないのかもしれないとも思った。
仲良く一緒にいられたら、それは仲間でも友達でも、同じ事なのかもしれない。そして僕は、ヒーローの女の子から本物のゆーきを教えてもらうのだ。
「だから少年。キミは今から、ヒーロー二号だからね?」
「…………え?」
「私が一号で、キミが二号!」
僕はまだ見習いのハズなのに、ドウトーな立場になっている気がする。
けれどヒーローの女の子は、新しい友達が出来た時みたいにうれしそうに笑って、やっぱり無理やりに、腕を引っ張って僕を立ち上がらせるのだ。細かいことは、あんまり気にしてないみたい。
「二号! 二号!」と楽しそうに僕の周りをクルクル回るヒーローの女の子を目で追いかけながら、
「……僕には藤ヶ谷って名前が――――」
「あーッ! あーッ!」
しゃべるのを途中で邪魔された。
ヒーローの女の子は僕の目の前にニオー立ちになると、頬っぺたをふくらませる。
「二号はヒーロー見習いなんだから、本当の名前はかくさなきゃダメなんだぞ!」
「えぇー……」
「えーじゃないの! ヒーローの決まり事なの!」
「わかったかい、二号?」って言われて、なんだか頬っぺたのあたりがウズウズしたけど、でもうなずくしかなかった。本当は名前で呼んでもらった方が良いんだけど、さからうとまた何をされるかわからないから、しかたない。
僕が渋々うなずいたのを見て、ヒーローの女の子がまた笑う。楽しそうに、そしてうれしそうに。
ヒーローの女の子――――一号が、始めて会った昨日みたいに、僕の手を引っ張って走り始めた。飼い犬に引っ張られる飼い主みたいになる僕。
けれど今は、一号に振り回されるのに疲れるのと同時に、なんだかポカポカした感覚も覚えていた。
本物のゆーきを持った女の子。僕を虐めっ子から助けてくれて、涙を止めてくれた子と、仲間になれたって言う事が、なんだか妙にうれしかった。
「おっとっと」
ティーカップの乗り物みたいにくるくる回ってた一号が、目をまわしてキュー停止。僕も一緒になって頭を振っていたら、ふと目があった時に一号がにっこり笑う。
「二号が勇気を持てる様に、これからは特訓だ!」
「と、っくん……?」
「そのとーり。見習いをしっかりキョーイクする事も、ヒーローのつとめなのだよ!」
へー。そーいう物なのか。ゆーきの勉強なんて、学校でもやらないのに。
かーかーと、どこか遠くでカラスが鳴いた。うすいオレンジ色の雲がゆっくり浮かぶ、夕暮れ間近のムラサキ色をした空。一番星が光るその空は、いつもよりなんだか綺麗な気がした。いつもと変わらないハズの空なのに、いつもよりちょっと綺麗な感じ。なんでだろうなー、って思っていたところに、一号の楽しそうな声。
ヒーローについて僕に語る一号。何を言ってるのかちょっとわからなくて困ったけど、でも、そんな話を聞いてるのもつまらなくはないと思った。
外で食べるお弁当がおいしいみたいに。
友達といると時間がすぐに過ぎちゃうみたいに。
『仲間』と一緒にいるから、空が綺麗に見えるんだろうか。
そんな風に考えていたら、なんだか自然と楽しくなってきて。一号が笑ってるのを見て、二号の僕も、笑うのだった。