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そのじゅう

「やーい、この弱虫ぃ!」

 クラスの嫌な奴が僕の肩を強く突き飛ばす。足がもつれて、勢いのままその場で転びそうになる。突き出した両手が地面の小さい石でけずれて、火がついたみたいにじりじり痛かった。

 いつも通り、虐めっ子の奴らは公園にいる僕を取りかこんでいた。背負ったランドセルがいつも以上に重い様な気がしてきて、その重さに潰されそうになるほど心細かった。虐めっ子に怖い顔をされた友達は僕をおいて逃げて行ってしまった。だけど、やっぱりそれは仕方ない。怖いものは怖い。それは僕も同じだから、僕は友達を責めることが出来ない。僕はただ、一人で嫌な奴らと戦うしかない。

 目の中にごみが入ったわけでもないのに、やっぱり涙が出そうになった。泣いたって痛みがどこかへ飛んでいくわけじゃないのに、よけい嫌な奴らに馬鹿にされるだけなのに、どうしても鼻の奥がつんとして、目と目の間のあたりがむずむずし始める。だけどやっぱり泣いたりするのは絶対に嫌だから、いっしょーけんめい奥歯に力を入れてガマンした。

「ほらぁ、立てよー」

 そう言って虐めっ子の一人が、軽くランドセルを蹴った。本当に軽くだったのに、それだけで僕は体勢をくずして地面に思い切り肘を打ちつけた。

 まるでうずくまってるみたいな格好になって、僕はぎゅっと目を閉じる。涙が出そうになるのをガマンしてるせいもあったけど、怖いって気持ちを必死におさえてるせいでもあった。

 怖いからって、逃げてたら駄目なんだ。

「うぅぅ……」

 怖いからって逃げるのは、ゆーきが無い奴のやることだ。それはとってもカッコわるい。だって、怖い事から逃げてたら、なんにも出来ない。怖いって気持ちがどんどん大きくなっていって、最後には取り返しがつかなくなる。

 だけど僕は違う。僕にはゆーきがある。あるはずだから、虐めっ子とだって戦える。前にチョウを逃がした時だって出来たんだから、今だってゆーきは出せるはずなのだ。

 本物のゆーきがあれば、何だって出来るのだ。何にも負けはしないのだ。

「うぅ……!」

「わっ!」

 いっしょーけんめい怖いのをガマンして、両腕を振り回して立ち上がった。僕の腕をよけて後ずさった虐めっ子たちが、きょとんとした目を向けてくる。そんな目で見られただけで、足がぶるぶる震えた。怖いって気持ちがあんまり大きくなりすぎて、何が何だかわからなくなってくる。胃のあたりで、ぎゅるぎゅるって変な感覚がして、背中がすごく熱くなってきて、視界のぜんたいが白っぽくなってくる。

 お腹の下のあたりがギュッと痛くなってきて、座り込みたくなる。だけどそれをぐっとガマンして、僕は背負ってたランドセルを、両手に持った。

 そして、もういつ涙が出始めてもおかしくない様な気持ちのまま、

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

 両手に握ったランドセルを、思いっきり振り回す。

「あぶなっ」

「こいつ、暴れ出したぞ!」

 驚いて更に後ずさった奴らに向かって、僕も一歩踏み出した。それからランドセルを振り回して、振り回して、振り回して。その間中、僕はずっとずっと、自分でも意味がわからない叫び声を上げて、ガムシャラになっていた。だけど大きな声を出せば出すほど、虐めっ子の事を怖がっていた自分はどこかに行ってしまって。胸の中で燃えるみたいにわいてくる何か強い気持ちが、それまで怖がってた相手に立ち向かう力に変わってくみたいだった。

 そして両腕がすっかり疲れてちゃったころ、コンシンのいちげきでぶん投げたランドセルが、いつもえらそうな虐めっ子のリーダーの顔面に直撃した。「うぎゃっ」って声を上げたそいつがその場に屈みこんで、鼻を押さえながら僕をにらみつける。その手の指と指の隙間から、真っ赤な血が公園の地面にたれた。

「お、お前、何すんだよぉ」

 ぎゅっと鼻を押さえながら、泣き出しそうな声でリーダーは言う。リーダーがやられたせいなのか、周りの他の奴らはとたんに、何だかトイレに行くのをガマンしてるみたいにそわそわし始めた。

「もう、逃げないから……」

「へ?」

「もうっ、僕はお前たちにやられてるだけじゃないからなッ!」

 ゲンコツを作って、思いっきり振り上げる。そうしただけで、屈みこんだリーダーの奴は首をすくめて小さくうめいた。

 しばらくの間、僕とそいつはにらめっこをした。そいつの目は、真っ赤にジューケツしていて、きっと僕の目も、同じくらい真っ赤になっていたんだと思う。

 そのうち、ばくばくうるさかった心臓の音が、だんだんと小さくなってきた。地面に落ちたランドセルを拾い上げて、背負いなおす。最後にもう一度、思いっきりにらみつけてやってからそっぽを向いたら、虐めっ子の奴らは人間を怖がる猫みたいに公園の外へ逃げていてしまった。


 虐めっ子たちの足音が聞こえなくなると、一気に全身から力が抜けた。その拍子になぜか涙まで出そうになって、それをこらえながらブランコに腰かける。深呼吸をくりかえして、ぷるぷると小さくケーレンしてる体を落ち着かせる。コーフンした気持ちが薄くなっていくと、汗をかいた背中が冷えてぶるりと体が震えた。

「………………」

 一号と一緒に洞窟の中で雨宿りした日は、二人とも疲れてたからすぐに寝てしまった。次の日の昼間に、僕たちはダクリュウのおさまった川を渡って、それぞれの家に帰った。

 僕はお母さんとお父さんにメチャクチャ怒られて、誰と一緒にいたのか聞かれたんだけど、僕は一号の本当の名前を知らなかったから、どうしようもなかった。それからカゼをひいちゃって、学校を休んで、二週間くらいの時間がたった。

 あれから毎日、午後にはこの公園に来た。だけど、ヒーローの女の子はもう公園に現れなかった。

 不思議な子だな、って改めて思った。突然現れたと思ったら、もういなくなってしまった。ひょっとして、もう本当に二度と会えないのかな、と考えると、なんだかさびしいけど、悲しくはなかった。それはなんでかなって、考えてみたけど、やっぱりそれは僕とヒーローの女の子が『仲間』だからなんだと思う。

 擦りむいた手の平を覗き込んだ。皮がはがれて、赤い血がにじんでいた。まだまだひりひりじんじんするけど、もうこれくらいのケガなら大丈夫だった。

「ヒーロー……」

 ついさっきまで、僕は虐めっ子たちに囲まれていた。だけどもう、今の僕は自分の力で嫌な奴らを追い払う事が出来たのだ。

 僕は、ゆーきを出せた。ヒーローの女の子が、僕にもゆーきがあるって言ってくれたから、頑張れた。

 弱い人の前にサッソーと現れて、ゆーきづけたらいなくなる。ひょっとしてヒーローの女の子は、本物のヒーローだったのだろうか?

 ギュッと両手を握りしめて、ブランコから飛び降りる。それで公園の中を思いっきり走り回ってから、ベンチの上に跳び乗った。

「一号よ!」

 一号のマネで仮面ライダーみたいなポーズをして、空に向かって大声を出した。きっと、こういうことは空に向かって叫んだほうが、ヒーローっぽいと思うのだ。

「僕は、自分一人で宇宙人と戦ったぞ! ゆーきを出して、やっつけたぞっ!」

 僕の言葉をどこかにいる一号へ届けるみたいに、背中の方から涼しい風が強く吹いてきた。公園の木々がいっせいに揺れて、細かい葉っぱたちが空へと飛んでいく。

 大きな声を出したら、胸の中がすごくすっきりした様な気がして。そしたら今度は、嬉しさが胸の中でいっぱいになって。自然と、にこにこと笑顔が浮かんできて。


 勝気な一号と、弱気な二号。

 僕たちは、本物のゆーきを手に入れた。










<おしまい>













どうもこんにちは、作者の千悠です。

ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。この作品を完結にまで持ってこられたのも、ひとえに皆さんが気長にこの作品の完結を待って下さっていたからだと思います。私一人だったら、たぶんまだまだ完結は先送りだったのではないでしょうか。それくらいに、この作品を書くのは難しかった。


これにて『勝気な一号と弱気な二号』は完結です。

小さな少年少女の小さな勇気、そして成長の物語は果たしてどうだったでしょうか。感想等々で、いろいろ聞かせて頂ければ、嬉しいです。


そしてこの物語、実は先が存在します。今現在の構想では、4部作になる予定。勝気な性格の一号と、弱気な性格の二号、そしてそんな彼らを取り巻く周囲の人間たちの成長について、書いてみようかなー、と思っていたり思っていなかったり。

続きを書くよ、とは断言できませんが、もしもこの先の物語を紡ぐこととなったときは、どうぞよろしくお願いします。


それでは、そろそろあとがきも閉めさせて頂きます。

このあとがきを含め、最後までお付き合いくださった皆様に、最大級の感謝を。

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