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そのきゅう

 僕たちはまた、岩穴に戻ってきていた。岩穴を出て行った時より、戻ってくる時のほうが、何倍も何百倍も体力を使ったような気がした。

 岩穴の中で、ミッチャクして一緒に座る。雨でズブヌレになったせいでとても寒いかった。

 岩穴の中にまで響いてくる強い雨と風の音。どんどん真っ暗になってく岩穴の中でそんな音を聞いてると、心臓が止まっちゃいそうなくらいに怖かった。本当に怖くて、怖くて、何度も泣きそうになったけど、でも僕は泣かなかった。泣けなかった。

 ときどき大きく、ゴロゴロゴロッ!! ってカミナリの音が響いてくるたんびに、となりに座った一号が、びくびくっと震えた。僕がお父さんに怒られてるときよりも、ずっとずっとおびえているのがわかった。

 こんな時に僕が泣き出したら、きっと一号は心細くてしかたなくなると思って。だから僕は、偽物のゆーきをふりしぼって、いっしょうけんめいに泣くのをこらえた。本当は泣きたいのを無理矢理ガマンするのは、とてもつらかった。お腹のあたりがスゴく痛くて。何でだろうって思ったけど、たぶん、それは自分にウソをつかなくちゃいけないからなのだと思った。

 雨が降り始めたら帰ってきなさい、っていうお母さんの言うことを聞かなかったから、僕たちはこんなことになったのだろうか。そうなのだとしたら、一号がこうやって怖い思いをしてるのはきっと、僕のせいだった。だったらやっぱり、僕はここで泣いちゃいけない。ぜったいに、泣いちゃいけなかった。

「だ、大丈夫?」

 そっと話しかけてみたけど、一号は体育座りしたヒザに顔を押し当てたまま、首を横にふるだけだった。

 僕はどうしたらいいかわからなかったけど、カバンの中におやつで持ってきた板チョコが入ってるのを思い出して、カバンからそれを取り出した。お菓子で小さい子のキゲンをとるみたいで嫌だったけど、これ以外に何かいい事が思いつかなかったんだから、しかたない。

 熱でちょっとだけやわらかくなった板チョコを半分に折って、片方を一号にあげる。残ったほうは僕のぶん。

「チョコ、おいしいよ?」

 言って、チョコを一口食べた。いつも食べてるのと同じはずなのに、今ここで食べるチョコは、いつも以上に甘いような気がした。

 一号も、ゆっくり顔を上げてチョコを食べた。リスが木の実を食べる時みたいにちょっとずつだったけど、チョコを食べる元気があるんだから、とりあえずは一安心だと思った。

「ね? おいしい――――」

 だけど、僕がそこまで言ったその時、またカミナリが鳴った。今までゴロゴロゴロッ!! って鳴ってたカミナリだったけど、今のカミナリは、ドンッ!! って大きな物が何かにぶつかるような音の鳴り方をした。そして地面が、かたかたっと小さく、地震みたいに揺れた。

「うぅっ……!」

 一号がチョコを地面に落として、銀紙がくしゃっとつぶれる。拾い上げようとした僕の手を、一号が両手で掴んだ。

 ぎゅっと強い力を入れられる。思わず手を振り払いそうになるくらいその力は強かったけど、一号の手はとても冷たくて、ぶるぶる震えてたから、僕は痛いのをガマンして一号の手を握り返した。

「パパぁ……」

 一号がそう言って、鼻をすすった。暗い岩穴の中に、一号の鳴き声が、ちいさくちいさく広がった。

 僕は悲しかった。一号は僕の涙を止めてくれたのに、僕は一号の涙を止めることが出来ない。やっぱり僕は、二号だから。本物のゆーきを持ってる一号じゃなくて、偽物のゆーきしか持ってない二号だから、僕は、この子の涙を止めることが出来ないのだろうか。

 僕は結局、何なんだろう。こういう時に泣いてる一号をなぐさめて上げる事もできなくて。僕は、本当にムリョクだ。そんなことだから、僕はクラスの嫌な奴からも虐められるんだ。

「に、二号は」

 一号が涙を洋服で拭きながら言った。

「カミナリとか怖くないの……?」

「そ、そんなこと」

 ピカッ、と空が光った。ツメが食い込むくらい強く握ってくる一号の手を、僕も強く強く握り返した。

「怖いよっ。す、すごく怖い。だって僕にはゆーきが無いし、本当は泣きたいけどっ」

 正直に本当のことを言ってたら、本当に涙が出そうになった。それでも自分にウソをつこうとガマンしたら、言葉が出てこなくなった。のどが潰れるみたいに苦しかった。一つの良いことをしても、一つの悪いことをすればバチがあたるのかもしれない。だけどきっと、本物のゆーきを手に入れるには、苦しくてもウソをつき続けなくちゃいけないんだと思った。

 自分にウソをつくって事は、自分をダマすって事で。そうすると本当の自分は何がしたいのか、だんだんとわからなくなってくる。わからなくなってくるけれど、それでも僕は一号の手を、小さくて冷たくてやわらかい手を強く握り続けていて。

「……勇気が無いなんて、ウソだよ」

「う、ウソなんかじゃないよ」

「でも、パパ言ってたもん。怖い物に立ち向かうには、勇気が必要だって」

「ぼ、僕、怖い物に立ち向かってなんてっ……、だってクラスの奴に嫌なことされてる時も、今も、僕は泣くのをガマンする事しかできないし――――」

 だって。

「だって、僕には偽物のゆーきしかないから」

「偽物?」

「全部偽物のゆーきが悪いんだ。僕が虐められるようになったのも、全部」

 一号が僕の顔を覗き込んだ。涙で赤くなった目で、僕を見つめていた。

「二号は、なんで虐められるようになったの?」

 二号にそう聞かれて、僕は少し迷った。迷ったけど、僕たちは『仲間』だから、話してもいいかな、って思った。


 僕を虐め始めるのより前から、クラスの嫌な奴は嫌な奴だった。授業中はうるさいし、すぐに消しゴムのカスを投げてきたり、うわばきを隠したりするから、クラスの人は皆、そいつらの事を嫌がってた。だけど、あんまり僕たちが怒ったりすると、そいつらはその何百倍も怖い顔で睨みつけてきたり、ちょっかいを出したりしてくるから、皆なにも言えなかった。

 嫌な奴たちは、クラスの飼育かかりをしてた。ああゆう奴らは、なんでかわからないけどいっつも飼育かかりをしたがる。

 でも、メダカとか、カブトムシとか、いろんな生き物を飼ったけど、飼育かかりをしてた奴らは小さい生き物をおもちゃみたいにいじり回すから、それがとても可哀想だった。可哀想だったけど、あいつらはウソをつくのがうまいから先生もチュートハンパにしか怒らなかったし、僕たちもだまって見てるしかなかった。皆、怖がっていたのだ。

 そしてある日、嫌な奴らがいっぴきのチョウをつかまえてきた。それは、とっても綺麗なチョウだった。

 モンシロチョウとかアゲハチョウとか、いろいろなチョウを見たことがあったけど、そのチョウだけは見たことが無くて、クラスの皆もそれは同じだった。

 だけど同時に、皆は思ってたんだ。つかまっちゃったチョウを見て、可哀想だな、って。

 あいつらにつかまったら、またおもちゃみたいに扱われちゃうし、もしかしたら、弱りすぎて死んじゃうかもしれない。きれいなチョウを見ながら、だけど、皆そんな事を考えてしまってあんまり思いっきり喜べないでいた。

 本当に可哀想だと思った。助けてあげたいと思った。だって、僕は今までにいろんな小さい生き物が虐められるのを見ていたから、嫌な奴らにつままれてバタバタあばれてるチョウを見て、すごくお腹が痛くなった。そのチョウは本当に綺麗だったから、余計にお腹が痛かった。

 皆、たぶん僕と同じ様なことを考えてたけど、誰もチョウを助けてあげなかった。嫌な奴らがチョウをカゴの中につっこんで、乱暴に扱うのをただ見てるしかなかった。僕はそれがガマン出来なかった。ガマン出来なくなってしまった。


「それで僕、チョウを逃がしたんだ」

「それから虐められるようになったの?」

「……うん」

 小さくうなずいて、僕はうつむいた。雨でぬれた体はとても寒くて、ぶるぶる震えてるうちに自然とマイナスしこーになる。

 あの時、やっぱり僕は見て見ないフリをしてた方がよかったのだろうか。もし見て見ないフリをしてたら、僕は虐められないで済んだと思う。だけどそうしたら、あのきれいなチョウは死んじゃったかもしれない。命はとっても大切だから、やっぱり守るべきだ。だけど、そのせいで僕が苦しい思いをしなくちゃいけないんだったら、やっぱり、僕は偽物のゆーきなんか出さなきゃよかったのだろうか。

「二号はさ」

「ん?」

「二号は、やっぱりすごい勇気を持ってるんだよ」

 僕は顔を上げて、一号を見ながら首をふった。

「嫌な奴には虐められっぱなしだもん。僕にゆーきなんて無いよ」

「でも、虐めっ子に立ち向かってチョウチョ逃がしてあげたんでしょ?」

「………………」

「それは、とっても勇気がいる事だと思うよ?」

 僕は思いっきり首をふった。一号に握られてた手を今度は僕の方が強く握って、言葉をしゃべろうとしたら急に涙が出てきそうになって、僕は思い切りせき込んだ。

「僕にゆーきなんて無いっ。ぜんぜん無いよ!」

「どうして?」

「だ、だって、本当にゆーきがあったら虐めっ子にも負けないし、友達が助けてくれない事がこんなにつらいわけないし、かっ、カミナリを怖がる一号を守ってあげられるし……!」

 ピカッ! っと。空が真っ白に光った。耳の中がぶるぶる震えるような音がする。

 だけど、今度の一号は怖がっていなかった。きらきらきれいな目で、僕をじっと見つめて、

「やっぱり二号は優しいな。二号はヒーローだ」

「ヒーロー……」

「そう、ヒーロー。私の『仲間』だな」

 その言葉を聞いて、僕はずっと気になってたことを質問した。思わず、一号に聞いていた。

「どうして、『友達』じゃなくて『仲間』なの?」

 聞いた瞬間、一号は僕の手をふりはらった。そして急に立ち上がり、初めて会った時にみたいに僕を見下ろして、大きな声で言のだった。

「ヒーローはっ、仲間同士で裏切ったりはしないのだ! 友達同士では裏切りがあっても、仲間同士だったら絶対に裏切りはない! だから一号の私と二号の君は、絶対の絶対に仲間なのだ! 二号が虐められても、二号の友達が助けてくれなくても、私と二号が仲間である限り、私はずっと二号の味方なのだっ!」

 そういって、にこにこと笑った。

 一号は本当に変わった子だと思う。女の子なのにヒーローだったり、一人で宇宙人と戦ってたり、めちゃくちゃ強かったり、足が速かったり。そのせいで一号は友達がなかなかできなくて。引っ越しをしてばっかりだって言ってたけど、たぶん、引越しをするより前の学校で、僕みたいに虐められてたこともあったんだと思う。だけど一号はいっつもにこにこしてて、それはすごいな、と思った。

 そして、そんな一号が教えてくれた『仲間』っていう言葉の意味に、なんだか目からウロコが取れるような感じがして。そんな一号が、僕にもゆーきがあるって言ってくれて、なんだか本当にゆーきがわいてくるような気がした。

「仲間……」

「そう! だから、もし二号の友達が二号の事を宇宙人から助けてくれなくても、私は絶対に助けてあげる!」

「で、でも。僕は一号に何もしてあげられないかも……」

 僕が言うと、一号はまた僕の隣に座り込んだ。ぴったりとくっついて座ってきたから、冷えた体がひんやりして一瞬びっくりした。だけど一緒に座ってると、服はぬれてたけど、確かに体は温かくなった。

「そんなことないぞ」

「え?」

「だって二号は私の事、カミナリから守ってくれるからな!」

 えへへ、って一号が笑う。雨が降って、この洞窟に戻ってきてから初めて見た一号の笑顔だった。

 僕も、僕でも、誰かをこうやって笑顔にしてあげられた。そう思ったら、こっちも自然と笑顔になっていた。

 雨も、風も、カミナリも、まだまだ止むとは思えなかった。だけど、暗い洞窟も、その中に響く動物の唸り声みたいな音も、一号と一緒にいればぜんぜん怖くない。いつの間にか僕たちは、自然とそう思える様になっていた。



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