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火の鳥  作者: 鈴木祖一路
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田中せんせい

あら、よくいらしたわね。電話の声の印象で綺麗な方とは感じていたけど、お嬢さん、おいくつ?


まあ、年なんて、どうでもいいわ。あたしも年齢のこと言われたら、見かけ通りのオバァチャンよ。


宮本くんのことなんでしょう? 電話で、宮本と言われてもすぐに思い出せなかったけれど、「邦彦」という名前ですぐ思い出したわよ。あんなに、あたしを悩ませた変な子も、40年の小学校の教諭生活で珍しかったから。


あなたどこの方? マスコミの方でしょう? 邦彦くん、まだ、生きていて、きっと、なにか事件でも起こした? マスコミじゃない……。


邦彦くん、今、何やってるの? 経営コンサルタント? 社会保険労務士?


馬鹿ねあなた。それ、クニヒコちがいよ。あなたクニヒコくんがどんな子がわかっているの? あなたが調べたがっている宮本邦彦さんと、同姓同名の人間、いるのよきっと? 札幌市も人口増えたから……。あたしの知るクニヒコ君と、その邦彦さんはクニヒコ違いよ。珍しい名前かもしれないけど、稀にいますからね。


ご足労でしたわねえ。え、間違いない? そうなのォ? ええ、そうそう、確かに昭和46年から昭和47年にかけては、私、札幌市立元町小学校で低学年を担当してました。どうやら間違いなさそうねぇ……。


クニヒコくんならば、一言で言えば、悪い子、勉強の極端にできない子、それから何よりも、あの子、なにか精神の病気だったわよ。知恵遅れだったしね。体格だけはよかったわね。それが、また、他の子にとっては、大変だったのよォ、あなた。


クニヒコくんが私の一年三組に転校してきたのは、確か昭和46年も終わる頃だったかしら? 随分と身なりの貧しい子だった。ひどく貧乏な家庭の子なんだな、……って、すぐに分かった。


最初は大人しくしていたんだけど、すぐに正体現したわよ。


長年、教諭やっているとね、分かると思うけど、勉強のできない子ほど可愛いという気持、教諭ならみんなあると思うの。ところが、大生くんときたら、勉強できない以前に私の授業を全く聞いていないのよ。無視するわけよ。


そうして、休み時間になると男の子達には暴力ふるうし、女の子達には、全員にスカートめくり。私まで、スカートめくられたし、確かクニヒコ君から暴力も振るわれた。まあ、私も、体罰はくわえていました。


ガキ大将ならば、いいのよ。ガキ大将は、無茶もするけど、みんなをまとめてくれる教諭にとっては有り難い存在でね。昔はまだ、ガキ大将っていたのよ。ガキ大将の子達って、勉強はあまりできないけど、世の中に出たら出世する子おおいのよォッ。


ところがクニヒコくんは、ガキ大将ではなかった。それどころか、転校して早々に、私のクラスのガキ大将にまで暴力ふるって、痛めつけてくれたわ。二年生を代表するガキ大将まで、痛めつけてしまっていた。ああい子が一人いると、クラスや学校の統率がとれなくなるのよ。いま、思えば、クニヒコくん、馬鹿力だけはあったけど、ほら、自閉症ってあるでしょう? 専門家じゃないから、分からないけど、知恵遅れではあったから、私、クニヒコくんを養護学校に入れる決意までいたしました。ところがね、職員会議で、クニヒコくんを養護学校に入学させる件について、討論していたら、


『邦彦くんのことならよく知っている。あの子は知恵遅れではないし、優しい、よい子だ。原因は、田中先生、あなたにあるのではないか?』


と、言って、邦彦くんの養護学校転校を強行に反対する、私と同年輩の四十歳くらいの男性教諭が一人だけいてね。養護学校転校は、結局、頓挫したけれど、二年生になって、元町北小学校ができた時には、私、安心したわよ。なぜかというとクニヒコくんの住所が、元町北小学校の管轄で、クニヒコくん、移校することになったから……。最後のお別れ会の時、大生くんを、ふと、目にして、色々あったけど最後だったし、見た目が、なぜか、生まれつきパァッ、と華やかな可愛い子だったから、クニヒコくんに私、思わず、最後に、最初で最後の優しい言葉かけちゃった。


「クニヒコ君……」


ってね。クニヒコくんは去って行きながら振り向いて、あのハーフみたいな顔で、知恵遅れの筈なのに、私に優しい笑顔を向けてくれたの! 信じられる? あんなに、悪い子だったのに、お別れの時は、あんな素晴らしい笑顔!


あの時、クニヒコくんは、元町北小学校に向かう、子供達の群れの中からも外れて、いつものように一人で歩いていた。ポケットに両手を入れてね。


あらら、貴女、何を泣いていらっしゃるの? 私はただ、思い出話しただけなのに、私、何か悪いこといったかしら? さあ、これで涙をお拭きなさいな。


ところで貴女、随分と若くて、お綺麗な方だけど、邦彦くんとは一体、どんな関係?




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