第一話 目覚めたら冷徹生徒会長!?
【連載版】乙女ゲームの冷徹生徒会長に転生した元開発者、バグレベルに溺愛されてヒロインのフラグが1本も立ちません
※第一章〜第二章、番外編と同内容となります!
もし、何百時間も眺めていた『推し』に、目の前で会えるとしたら――どうする?
たとえ、自分の姿が変わったとしても。
◇
「……えっ?」
鏡の中にいたのは――見慣れた二十五歳・女性の私じゃなかった。
艶やかな黒髪。
宝石のようなアメジスト色の瞳。
すっと通った鼻筋。
誰もが振り返るような、超絶美形の少年。
乙女ゲーム『恋する生徒会エグゼクティブ』(通称『恋エグ』)の攻略対象。
冷徹生徒会長――如月玲。
「……は?」
思わず鏡に触れる。
鏡の中の美少年も、同じように手を伸ばした。
「う、嘘でしょ!?」
頬をつねる。
「いひゃっ!」
痛い!
夢じゃない!!
「えええええっ!?」
私は思わず鏡から飛び退いた。
昨日まで私は、家賃六万円。 壁の薄さが自慢のワンルームマンションで暮らす、ごく普通の会社員――。
……いや。
正確には、乙女ゲームの開発に携わる、ちょっとオタクな会社員だった。
昨日だって夜遅くまでパソコンに向かって、ゲームの修正作業をしていたはずだ。
シナリオ会議で台詞を書き直し。
イベントCGの構図に頭を抱え。
収録されたボイスを聞いては、一人でニヤニヤしていた。
そんな私が、どうして――。
「……よりにもよって、玲!?」
鏡の中の自分を指差す。
「攻略される側!? しかも難攻不落の冷徹生徒会長!? 難易度高すぎるでしょ!!」
思わず頭を抱える。
「私、女性なんだけど!?」
二十五歳の開発者オタク女子に、超ハイスペック男子高校生の人生は荷が重すぎる。
「普通、転生するならプレイヤーキャラのサクラとかじゃないの!?」
混乱しながら、私は改めて部屋の中を見渡した。
白い漆喰の高い天井。
豪華なシャンデリア。
重厚な家具。
高級ホテルのスイートルームを思わせる、広々とした空間。
そして、鼻をくすぐる上品なリネンの香り。
……見覚えがある。
ここは学園の寮にある、玲の部屋。
もちろん見覚えがあって当然だ。
だって――。
「私が作ったんだもん……。」
部屋の間取りも、 家具の配置も、 窓から見える景色も。
ゲームの画面に映るほんの数秒の背景にまで、私はこだわった。
だからこそ、今こうして実際に立っていると、妙な感覚に襲われる。
「……本当に、ここは『恋エグ』の世界なんだ。」
呟いた瞬間。
ふと、ある考えが頭をよぎった。
「……待てよ?」
ここが私の作った『恋エグ』の世界なら――。
「私が愛情と情熱を注ぎ込んで作った、あの子たちに……」
胸が高鳴る。
「……生で会えるってこと!?」
次の瞬間。
さっきまでの不安が、ものすごい勢いで吹き飛んだ。
脳裏に浮かぶのは、私が何百時間も画面越しに見つめてきた『推し』たち。
ダウナーでツンデレ。 自分の趣味をこれでもかと詰め込んだ、白砂律。
男も女も魅了する、美の化身。 千早絢。
純粋で真っ直ぐな、大型ワンコ系。 神城豪。
大人の余裕で翻弄する、色気たっぷりの鬼塚烈。
危うさを秘めた、裏ボス。 黒崎冴。
全員、私が「こんなキャラがいたら最高!」という愛と癖を、これでもかと詰め込んで生み出した、大切な『推し』たちだ。
――前世の私はどうなったの?
――元の世界へ帰れるの?
不安がないわけじゃない。
だけど。
それ以上に今、私の胸を満たしているのは――。
「推しに会える!!」
ただ、その一つだった。
画面越しに見続けてきた。
笑った顔も、怒った顔も、イベントで見せる表情も全部知っている。
……だけど。
本当に息をして、動いて、この世界で生きている彼らに会える。
「……最高じゃん!!」
思わずガッツポーズを決める。
我ながら、切り替えが早い。
でも、仕方ない。
だって――推しに会えるのだから!!
そうと決まれば、私の行動は早かった。
勢いよくクローゼットを開け、制服に袖を通す。
ネクタイを締め、髪を整える。
最後に、もう一度姿見の前へ。
鏡に映っているのは、凛とした冷徹生徒会長。
けれど、その中身は――。
推しへの愛だけで突っ走る、二十五歳の開発者オタク女子。
「……よし!」
私は鏡の中の玲を見つめた。
ゲームのシナリオは、全部頭に入っている。
誰が、いつ、どこで、どんな選択肢で、どのルートへ進むのか。
だから――。
「私が来たからには、誰一人不幸になんてさせない!」
推しの幸せは、私が守る。
「みんなを、絶対にハッピーエンドへ連れていくんだから!」
――リアル推し活、スタートだ。
私は勢いよく部屋を飛び出した。
目指す先は、学園最上階の生徒会室。
あの扉の向こうに、私が愛してやまない推したちがいる。
画面越しに見つめてきた彼らに――。
今度は、画面越しじゃなく。
本当に会える。
「みんな待ってて――!」
自然と足取りが速くなる。
胸が高鳴る。
「今、会いに行くから!」
そして、生徒会室の重厚な扉の前に立つ。
「……落ち着け、私。」
一度だけ深呼吸をすると、手を伸ばす。
「失礼しますっ!」
私は勢いよく扉を開けた。
◇
バンッ――!!
勢いよく扉が開いた瞬間。
部屋の中にいた五人の視線が、一斉にこちらへ向いた。
「……!!」
息が止まる。
午後の日差しを受けて、キラキラと輝く攻略対象たち。
長い赤髪をなびかせ、端正な美貌を誇る千早絢。
オレンジ色の短髪に、腕まくりした制服から鍛えられた腕をのぞかせる神城豪。
金髪のウルフカットをかき上げ、不敵な笑みを浮かべる鬼塚烈。
銀縁眼鏡の奥から、アイスブルーの瞳で静かにこちらを見つめる黒崎冴。
そして――白砂律。
ふわりと揺れるミルクベージュの髪。 眠たげに細められた琥珀色の瞳。
どこか気だるそうなのに、不思議と目を奪われる存在。
律はソファに浅く腰掛け、気だるそうにスマートフォンを眺めていた。
そして、こちらに気づくと――。
ゆっくりと顔を上げる。
「……玲?」
少年特有の、少し高めで心地よい声。
たった一言。
それだけなのに、胸がぎゅっと締めつけられた。
私が誰よりも愛情を注いだ推し。
その本人が、今、目の前で私に向かって喋っている。
(む、無理……尊すぎる……!!)
目頭が熱くなる。
(危ない。泣くな、私! ここで泣いたら、完全に不審者だ。)
必死に平静を装う。
幸い、玲の顔は無表情だ。
中身が大混乱していることなど、誰にも分からない。
律は小さく首をかしげた。
「……どうしたの?」
その何気ない一言、仕草なのに――。
破壊力が、凄まじい。
(うぅっ、かわいいーーーっ!!)
心の中で叫びながら、私は必死に耐えた。
こうして私は――。
推したちを幸せにする物語の、第一歩を踏み出した。
……まさかこの先。
推したち全員から、バグレベルに溺愛されることになるなんて。
この時の私は、まだ知らなかった。




