嘘とも本当とも分からぬ話
魔王の恐ろしい邪気と魔力のことをあらゆる者が知っていた。
赤子が産声をあげる前に、両親の歓喜の声を聞く前に、真っ先に魔王の魔力を感じ取る。
それほどまでにこの世界には恐ろしい魔王の気配が存在していたのだ。
太陽や月に近いかもしれない。
あるいは人々はまだ存在も知らなかったけれど、空気や重力のようなものに近いかもしれない。
つまり、目に見えずとも、原理など知らずとも、そこにあるのが当然であるもの。
それこそがこの世界における魔王の気配だった。
その圧倒的な魔力は現存する全ての生き物の力を合わせたとて到底太刀打ちできない。
少なくとも人々はそう感じていた。
故に誰もが魔王を受け入れて生きていた。
あるいはそうするしかなかったと言えるだろう。
けれど、奇妙な言い方であるが世界は平和だった。
何故なら恐ろしい魔王の気配はあれど、それは遥か西の方にある魔王城から動き出したりしないから。
日に日に魔王の魔力は大きくなっていくが『それ以上』のことが起きないから。
魔王は人間を支配しようと侵略をするわけでもなく、魔王城に引きこもったまま動き出さない。
故に。
人々は平和に暮らしていた。
怯えてこそいたけれど、動かない魔王に安堵さえしていたのだ。
*
『――人間とは実に愚かである』
後世の学者は魔王の死について語る時、必ずこの一文を入れる。
『何故なら、魔王を討伐してしまったのだから』
魔王の存在があれど『平和であった』時代は魔王の死と共に終わりを告げた。
『【魔王】とはつまり【入れ物】だったのだ。それは生まれながらに世界に存在する悪意を魔力に変換して貯める役割を持っていたのだ』
伝えられる魔王の死は以下のようなものである。
『魔王は必死に訴えた。自分を殺さないでほしい。殺せば自分の貯めこんだ悪が世に放たれてしまう、と――しかし、人間は聞く耳を持たず、最後まで無抵抗の魔王を殺害した』
故に。
今日は魔王はおらず、悪意は少量で絶え間なく人々の体を行き交う――そんな嘘とも本当とも分からぬ話。




