第9話:ノエルの修行
翌日から早速ノエルの修行が始まることになった。
俺たちは広い庭の前に集合し、早速準備を始めている。
といっても、俺がやることはほとんどないが。
「それじゃあ早速始めようか」
「はい! よろしくお願いします!」
ノエルは杖を両手で握りしめ、元気よく返事する。
対するメルシエラは何も手に持っていない。ごく自然体だ。
「まずは初歩中の初歩、魔力を感じるところから。今さら? と思うかもしれないけど、今のノエルちゃんは前と大きく変わってるはずだよ」
「はい」
ノエルは目を閉じて集中する。
「凄い……これが、本当に私の魔力……?」
「分かってもらえたみたいだね」
その反応を見て、メルシエラが満足そうに頷いた。
俺からしたらちんぷんかんぷんだが、きっと魔法士同士、通じ合うものがあるのだろう。
「それが君本来の力。ただ気を付けて欲しいのは、すぐにその力を使いこなそうとしないこと。出力を間違えたら、水滴一つ出そうとしただけで街を呑み込む大洪水を巻き起こしてしまうかもしれないからね」
「そ、そんなにですか。でも、分かる気がします。今の私なら、もしかしてそんなこともできてしまうかも……」
「だから、まずは魔力を使いこなせるようにトレーニングをしよう」
そう言ってメルシエラは指をパチンと鳴らす。
そうすると、突然ノエルとメルシエラの間に杯が現れた。
「ノエルちゃん、この杯いっぱいに水を注いでみて。ただし、一滴も零しちゃ駄目」
「や、やってみます」
空中に浮く杯に、ノエルが手を伸ばす。
そして空の器に水を注ごうとする──が、しかし。
「わっ!?」
まるで桶一杯に入った水をひっくり返したような量の水が出る。
「初めての挑戦にしては抑えるのが上手だね。でも、全然まだまだ。頑張って」
「はい!」
それからノエルは何度も杯に水を注ごうとして、失敗する。
失敗して、失敗して、失敗して、失敗して……。
そうして太陽が天辺から少し傾き始めた頃、ようやく成功した。
「ふぅ」
「お疲れ様、よくできました」
メルシエラはぱちぱちと拍手する。
俺も同感だ、ノエルはよくやってのけた。
杯に並々と注がれた水は、まるでプロが注いだエールのように縁ギリギリで綺麗に収まっている。
「この感覚を忘れないで。魔力を自在に調節できて初めての魔法士だから」
「分かりました。ありがとうございます、メルシエラさん」
「あはは、まだお礼を受け取るには早いかな。本番はこれからだよ」
それもそうだ。
メルシエラ曰く、今のはまだまだ序の口。
ここからが本当の特訓だろう。
「それじゃ、ヴァニにも手伝ってもらおうかな」
「俺に?」
唐突に矛先を向けられ、困惑する。
俺に手伝えることなんてあるか?
「うん。ノエルちゃん、これからヴァニと実戦形式で戦ってみよっか」
「えっ!?」
「なっ……」
「どうしたのさ二人とも、別に驚くことじゃないでしょ。魔法士にとって一番の利は遠距離からの攻撃。裏を返せば近接戦闘に持ち込まれたら致命的な弱点になるでしょ?」
確かに言っていることはその通りだ。
特にこの世界は魔法士の数が少ない。戦闘といえば、近接戦闘が殆どだ。
加えて、魔獣ともなればそのスピードは人間とは桁違い。
いざ実戦であっさり近づかれてしまえば、どれだけ魔法が使えようともなんの意味もない。
「だからノエルちゃん、遠慮しないでいいよ。彼の強さはよく知ってるでしょ?」
「それはそうですが……」
ノエルは遠慮がちにこちらを見る。
「そういうことならオーケーだ。ノエル、メルシエラが言ったように遠慮はいらない。殺す気でかかってこい」
「ですが……」
「躊躇してたら死ぬ、それが冒険者の鉄則だぜ。大丈夫だから、安心しろ」
「……わかりました」
ノエルは杖を、俺は双剣を構える。
「うんうん、覚悟はいいみたいだね。ノエルちゃん、今の君なら色んな魔法を使えると思う。だから──やっちゃえ」
「≪縛侵水≫!」
メルシエラの一言を皮切りに、ノエルが魔法を詠唱する。
直後、俺の足元に水で出来た鎖が纏わりつこうとしてくる。
それを後ろに跳んで回避するが──
「っ≪水穿槍≫!」
「チッ」
回避した先に水流の槍が飛来する。
だがそれは、先日見たものより遥かに勢いが上だ。
上体を無理やり捻って何とか避けるが、俺の後ろ、水槍が着弾した地点にあった木が轟音を立てて折れた。
「ははっ、なんつう威力だ……」
威力も精度も段違い、おまけに使える魔法のレパートリーが増えている状況。
間違ってももはや銅級に留まる器じゃない。
だが、押されっぱなしでは俺のメンツにも関わるもんでな。
「こっちからも……行かせてもらうぜッ!」
姿勢を低くして全速力で駆ける。
「≪瀑布葬≫!」
しかし、俺を呑み込むように大瀑布の水圧が襲い掛かってくる。
まともに進めば流されてジ・エンドだ。
だから。
「ふっ!」
地を蹴って高く飛びあがる。
そして猫のようにくるくると回りながら落下し、激流を乗り越えて再び走る。
「嘘!? っ……! ≪円水刃≫!」
続いて飛来するのは円形の水の刃。
しかし左右に駆けて難なく回避する。
チェックメイトだ。
「まず一本」
「……ま、参りました」
首元に宛がわれた剣を見て、ノエルは両手を上げる。
「しかし……凄いな、かなり強くなってる。誇っていいぞ」
「ヴァニさん……」
「魔法士としての戦いの評価はメルシエラ先生に任せた」
まだ粗は残ってるが、初戦でこれなら上出来もいいところだ。
そこら辺の指摘はメルシエラに丸投げし、俺は少し離れた所で煙草を吸う。
「うん、充分凄いね。魔法の選択も間違ってない。ただ、自分の必殺技を躱された後は動揺して無駄な魔法が増えてたかな。相手は自分の想定を必ず上回ってくる。それを頭の片隅に叩きこんで」
「はい!」
メルシエラもこの評価だ。
彼女にここまで言わしめるとは、つくづくノエルの才能が恐ろしい。
付け焼き刃でここまできた俺とは違って、ノエルは本物の天才だ。
「それじゃあここまで頑張ってきたし、ノエルちゃんは見学ね」
「わかりました。でも、この後は?」
「うーん、二人の戦いを見てたら僕もやりたくなってきちゃった」
「おい、まさか」
ぎょっとしてそう言うと、メルシエラは俺の方を向いてぱちんとウィンクした。
畜生、無駄に絵になってるのが腹立たしい。
「そ。ヴァニ、次は僕と勝負ね」
「マジかよ……」
最悪だ。
こいつとは正直二度とやりたくないというのに。
こうして、俺とメルシエラの勝負が決定してしまった。




