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第8話:秘密の開錠

 メルシエラに案内され、家の中に入る。

 

 そこは前と全く変わっていなかった。

 俺が出て行った時のままだ。

 違うところがあるとすれば……。


「おい、メルシエラ。あれ……」 


 雪崩のように崩れた本の山。

 先ほどの轟音の原因はこれだろう。


「あっ! うん!? なにもないよ!? ナニモナイー」


 しかし、メルシエラは下手な口笛を吹きながら片手を上げる。

 次の瞬間、ふわりと本がひとりでに動いて綺麗な塔になる。

 彼女の魔法の仕業だ。


「うそですよね……詠唱もなしで、こんな複雑な魔法を……?」


 ノエルは驚いたように目を見開いている。

 あいにく魔法はさっぱりだが、確かにメルシエラが規格外なのは分かる。

 彼女以外の魔法士は、どんな魔法を使うにしても必ず詠唱を必要とするからな。

 

 思えば、記憶の中にいるメルシエラはいつも涼しい顔で詠唱なしで魔法の行使をしていた。流石は魔女と呼ばれるだけある。


 しかし当のメルシエラは気にした様子もなく、すまし顔をして席に着いた。

 大きな丸机に、同じく丸椅子が四つ。


「さ、掛けて掛けて」

「おう」

「失礼します」


 俺とノエルが着席したのを確認したメルシエラが指をぱちんと鳴らすと、浮遊したティーカップとティーポットがやってきて、勝手に紅茶を淹れてくれた。

 そして後から、菓子を載せたトレイがやってくる。


「それじゃあ改めて。私のお城にようこそ、そして……おかえり」

「……ああ、ただいま」

「……お邪魔します」

 

 恐らく、今のは彼女の素だったのだろう。

 一人称が『僕』ではなく『私』になっていた。

 そういうところも変わってない。

 

 俺は紅茶に口を付ける。

 良い香りだ。銘柄は分からないが、良い茶葉を使っているのだろう。

 

「それで、ノエルちゃんはどんな魔法士になりたいの?」

「私は……ヴァニさんを守れるようになりたいです。ヴァニさんが傷つかなくて済むように、そして多くの人を助けてあげられるように」

「そっか。うん、良い目標だね。子どもが抱く夢物語のようだけど、決して叶えられないわけじゃない」

「だから、お願いします、メルシエラさん。私に魔法を教えてください」

「あはは、教える、となると何十年もかかっちゃうね。でも、人の時間は短い。それにノエルちゃんもすぐに結果がほしいでしょ? だから、僕がしてあげられるのはお手伝いだけ。そのあとで弟子入りしたいなら、もちろんそれは歓迎だけどね」


 魔法士同士の話に俺が首を突っ込む必要はない。

 彼女たちの話に、俺は黙って耳を傾ける。


「さっきの話だと、ノエルちゃんは魔法があんまり使えないんだって?」

「そうなんです。知識としてはあるんですが、使おうとしても駄目で……」

「ふむ、それは不思議かな」

 

 メルシエラは考え込むように顎に手を添える。


「魔力がない人が魔法を使おうとすると、当然そうなる。でも、僕の()に映るノエルちゃんの魔力は相当なものだよ」

「そうなんですか?」

「うん。ハッキリ言ってしまえば、稀に見るレベルの逸材だね」

「では……」


 期待と不安が入り混じったようなノエルの問いかけに、メルシエラは紅茶を一口飲んでから答える。


「考えられる可能性としては、何かが君の魔力回路に蓋をしていること……かな。ねえ、ノエルちゃん。いつも魔法を使うときに、何か違和感はない?」

「そういえば……仰る通り、まるで蛇口を思いきり捻っても水の出が悪いような、何かが詰まっている感じがします」

「やっぱりね」

「なぁ、メルシエラ。さっぱり分からないんだが、それはつまり誰かの悪意によってノエルが呪いを受けてるってことか?」


 流石に疑問を抱いた俺は質問を投げかけてみる。

 「呪い」などと大層な言葉を使ってしまったが、俺の認識ではそうだ。


「うーん、それに近いと言えるかな。でも、悪意は感じられないんだ。それが不思議なところだね。ノエルちゃん、心当たりは?」

「いえ……」


 ノエルは首を横に振る。

 つまり、彼女の身近にいた人物で彼女の魔力回路とやらに工作をした相手に心当たりはないということだ。


 となると手詰まりか……と俺は思ったわけだが、メルシエラはそうでもないようで。


「となれば講じられる手段は二つかな」


 クッキーを一つつまんで、メルシエラは指を立てる。


「ひとつ、今の制約を受けたまま、魔法の訓練をする。かなり効率は悪いけど、確実に使える魔法は増えるだろうね」

「もうひとつはなんでしょうか」

「ふたつ、僕の魔法でノエルちゃんにかけられた制約を解く。君本来の力を取り戻すことはできるけど、すごく危険だよ」

「ちょいと待ってくれ。危険ってのはどういうことだ?」


 メルシエラほどの魔法士であればそういうことも可能なのかもしれない。

 だが、それによって伴う危険という言葉を聞き逃すことはできなかった。


「ノエルちゃんの魔力回路にかけられた制約はかなりの力だ。それを無理やり解こうとするなら、当然ノエルちゃんの身体にかかる負荷はとてつもないことになる。最悪……魔力が暴走を起こしてノエルちゃんの身体が壊れるか、心に重大な障害を遺すことになるかもしれない」


 そんなに危険な行為だとは思っていなかった。

 それに、ノエルに課せられた制約の重さも。


 個人的にはやめてほしい。 

 そこまでの危険を冒してまで強くなる必要なんてどこにもないし、いざとなればいつでも俺が守ればいい。今のまま、頑張ってくれればそれでいいと思ってしまう。

 

 だが、決断するのはノエルだ。


 ノエルの方を見ると、静かに膝の上に手を置いて俺の方を見ていた。

 その瞳には、しかし強い決意が宿っているように見える。


 やがて。ノエルは少し息を吸い込み、メルシエラに向き直った。


「お願いします、メルシエラさん。私の身にかけられた縛りを──解いてください」

「覚悟はできてるんだね?」

「はい」


 そう答えたノエルの声はどこまで澄んでいて、しかしハッキリと芯が通っていた。

 

 それを聞いた俺は煙草を咥えようとして……途中でやめた。

 代わりに、紅茶を一口飲む。

 

「お前さんがそう決めたなら、俺は何も言わない。だが……応援してるぞ、ノエル」

「ふふ、ありがとうございます」


 そう交わす俺たちの様子を、メルシエラは微笑ましそうに見つめていた。


「君たち、仲がいいんだね。まるでお互いを信頼しあってるみたいだ」

「どうだかな。なんせまだ知り合って間もない。だがまぁ……信じてるのは確かだ」

「私はヴァニさんを心の底から信頼していますよ」

「……面と向かってそう言うのはやめてくれ」

「あはは、照れてるねぇヴァニ」

「……………………」


 からかわれて、ため息を吐きながら視線を逸らす。

 慣れていないのだ。誰かから()い評価を下されることに。

 

「じゃあ、準備はいいかい。ノエルちゃん」

「はい、お願いします!」


 メルシエラに問われ、ノエルは背筋を正した。


「──魔の深淵よ、我が声に応えよ、我が声に従え、無窮(むきゅう)なる力を以て、その身に穿たれた(くさび)を解かん」


 初めて聞いた、メルシエラの詠唱。

 それだけ本気で、それだけノエルを縛る鎖が重いということだ。


「≪開錠(メル・イルーナ)≫」

「うっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」


 ノエルの口から絶叫が漏れる。

 激しい七色の光が明滅し、稲妻のような軌跡がバチバチと迸る。

 

 ノエルは身体をくの字に折り曲げながらも、自身の服の裾をきつく握って今なお襲っているであろう激痛に耐えている。


「ノエル!」

「あああああああああああっ! くっ……! ふーっ……ふーっ……ふーっ……! だい、じょうぶ、です……! これ、くらい…………!!」

「頑張って! あと少しだよ!」


 どれだけの時間が経っただろうか。

 

 一分か、それとももっとか。

 やがて光は収縮していき、完全に消える。

 ノエルは大量の汗をかきながら、荒い呼吸を繰り返していた。


「終わったよ、ノエルちゃん。どう?」

「はぁ……っ、はぁ……っ、大丈夫です、それにむしろ、なんだか身体が軽い気がします」

 

 それを聞いて、メルシエラは満足そうに頷いた。


「後遺症もなし、と……うん、成功だ。本当によく頑張った。ね、ヴァニ?」


 問われ、俺も頷く。


「ああ、よく頑張った。お疲れ様、ノエル」

「ヴァニさん、メルシエラさんも……ありがとうございます」

「ひとまず今はゆっくり休んで。魔法の特訓はまた明日からしよう。もちろん泊ってくよね?」

「ああ、そうだな。しばらくの間、厄介になってもいいか?」

「うん、もちろんだよ。好きなだけゆっくりしていって」


 ノエルの解呪は無事に終わった。

 しかし、むしろこれからが本番だ。


 それに謎はまだ解けていない。


 ノエルの身に制約をかけた人物が誰なのか。

 それもまた調べていく必要があることだろう。


 だがひとまず。

 今はこの結果を、心より喜ぼう。

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