第7話:魔女との再会
翌日、帝都の街門の近くにて。
俺は例のごとく、ノエルと待ち合わせしていた。
「ヴァニさーん!」
大通りの方からノエルが走ってくる。
俺の前までやってくると、膝に手をついて乱れた息を整えた。
「はぁ、はぁ……すみません、今日は少し寝坊してしまって」
「いや、大丈夫だ。よく眠れたか?」
「はい、久しぶりにぐっすり寝れた気がします」
そう言ってノエルはにっこりと笑う。
表情がコロコロ変わる、笑顔が似合う少女だ。
「さて、それじゃあ行こうか」
「はい、でも今日は依頼も請けてないですが……どちらまで?」
「ちょっとそこまでな」
ノエルと肩を並べて街の外に出る。
それから少し歩き、人気のない小さな森にやってきた。
「よし、ここらへんでいいだろう」
「えっと……?」
ノエルはきょとんと小首を傾げる。
それもそうだ、今日の目的を説明してないからな。
何で説明してないかというのは……まぁ、ちょっとした茶目っ気だ。
少しサプライズしてやろうという魂胆で、敢えて黙っていた。
俺は背負い袋から、お目当ての物を取り出す。
それは長方形の正五角錘柱。
先端には紫に輝く水晶が付けられており、陽の光を浴びて煌めいている。
「ヴァニさん、それは?」
「まぁ見てろ」
「……?」
俺には魔力がない。
だから魔法を使うことなどできないわけだが、少しでも効力の確実性を持たせるために念じる。
「扉よ、門よ、通じる果ては帰郷也。願いて開は彼方への幻橋也」
いつだったかに教えられた詠唱をすると、水晶が妖しい光線を放った。
そしてその光線の先に、どこかこことは別の景色がぼんやりと見えるゲートのようなものが現れる。
成功だ。
「凄い……まさか、魔法具……?」
「ご名答。さ、行こうぜ」
「あ、ま、待ってください!」
ゲートに向かって足を進め、蜃気楼のような扉を潜り抜けると──
そこは拓けた山の中。
一般の家屋にしてはやや大きい家の前に出た。
家の隣には山の上から引いてきた水路が繋がっており、水車が回っている。
庭はかなり広く、小さな村程度の規模なら村民が全員集まっても収まるほどだ。
「ここは……?」
「ここは俺の恩人の家だ。今日は、ちょっと力を貸してもらおうと思ってな」
玄関の前に行き、扉をノックする。
…………………………静かだな。
かと思えば、急にもの凄い音がした。
まるで土砂崩れのようだ。
そして再び一瞬の沈黙を挟み、慌ただしくこちらに向かって走ってくる足音。
「ヴァニ!?」
「痛ぇ」
思い切り開かれた扉が俺の顔面に直撃する。
「あ、ごめんごめん」
ちっとも悪いと思っていなさそうな軽薄な謝罪。
俺は軽くため息を吐きながら、声の主を見る。
そこにいたのは、淡い紫の髪を腰の辺りまで伸ばした、アメジスト色の瞳を持つまだ少女の面影が残る女性。
この世界は顔面の基準が高く、彼女もまた例に漏れず恐ろしく整った顔立ちをしている。
「久しぶりだな、メルシエラ」
「うん、久しぶり。会いに来てくれたんだ」
メルシエラはそう言って微笑む。
そして、俺の背後にいるノエルに気付いて首を傾げた。
「えっと、そっちの子は?」
「ああ、彼女はノエル。ちょっと色々あって、今は一緒にパーティを組んでる」
紹介に続いて自己紹介するかと思ったが、当の本人は何やら凍り付いている。
ぱく、ぱくと声にならない声を紡ごうと口が開いたり閉じたりしていた。
「ノエル?」
「ヴァ、ヴァニさん、今……メルシエラと言いましたか?」
「ああ、そうだが」
「どうしちゃったんだろう?」
次の瞬間、ノエルは興奮したように大声で叫ぶ。
「えええええええええええええええええ!?」
静かな山奥に綺麗なソプラノボイスの絶叫がこだまする。
なんだなんだ、驚くじゃないか。
「吃驚したぁ、何さ、何なのさ!」
「メルシエラさん!? 本当にあなた、メルシエラさんなんですか!?」
「なんだノエル、知ってるのか?」
「知ってるも何も! 魔法士なら誰もが一度は聞いたことがありますよ! 〝魔女〟メルシエラ。その知啓は停滞していた魔法界に大きな革命をもたらし、千を超える魔法を自在に使いこなす大天才! わぁぁぁ……本物なんだぁ」
珍しく早口で捲し立てるノエル。
っていうか、全然知らなかったぞ。こいつそんなにすごい奴だったのか。
確かに、やけに色々便利な魔法を使いこなしてるなぁとは思っていたが、いやぁ……学がないとこういうことになるのか。
当のメルシエラはノエルの説明を聞き、満更でもなさそうな表情で胸を張る。
「ふふん、まさか今の時代にも知ってる子がいるとはね。そうさ、僕はメルシエラ。魔女なんて久しぶりに呼ばれたけど、そう呼ばれて悪い気はしないかな」
「わ、私大ファンです! 特に著書『重力魔法の転換による生活魔法の形態化』とか、何回も読みました! あ、ごめんなさい、私ノエルといいます!」
「ノエルちゃんか、うんうん、良い名前だね。訪問を歓迎するよ!」
メルシエラとノエルは互いに手を取り合って話題に花を咲かせる。
女性陣はすっかり意気投合したようだ。
なんだかすっかり置いてけぼりにされてしまっている。
しかし、サプライズは成功したようなので、まぁいいか。
「ところで、今日はどうして来てくれたの? 僕に会いに来てくれただけ……ってわけじゃないよね?」
ふと、メルシエラがこちらに顔を向けて問いかけてくる。
「ああ、それなんだがな……ノエルに魔法を教えてやってほしいんだ。色々と訳アリでな」
それから、俺はざっくりとノエルの魔法士としての現状を説明した。
説明をしている間、メルシエラは顎に手を当てながら黙って聞いていた。
そして少し考えるような素振りを見せたあと。
「いいよ」
二つ返事で承諾した。
「いいんですか!?」
「うん、どうやらノエルちゃんは悪い子じゃないみたいだしね。その力を正しい方向に使えるなら、魔法に携わる身として僕もやぶさかじゃないよ」
「わぁ……ありがとうございます!」
ノエルはすっかりメルシエラに感動した様子で、目をキラキラとさせる。
メルシエラはこほんと咳払いしたあと、片目を瞑りながらちらりと俺を見た。
「それに、ヴァニからのお願いなら聞かないわけにはいかないよ」
「すまんな、急に押しかけて頼んじまって」
「ううん、気にしないで」
そして「それより」と言ってメルシエラは手を叩く。
「まずはお茶にしよう。焦っても何もいいことはないからね。久しぶりのお客さんだ、精一杯おもてなしするよ。さ、入って入って」
メルシエラは家の中へと引っ込んでいく。
その後に俺たちも続いた。




