第6話:ノエルの過去
冒険者ギルドの前。
イザベラに報告を済ませた俺たちは、どこに行くでもなく適当に歩調を合わせてとなり歩いていた。
「ヴァニさん」
「ん?」
「ヴァニさんは今日この後、どうするんですか?」
「あー……まずは風呂だな」
今の俺は全身血塗れだ。
流石にこのまま過ごすのは、周囲の目線も痛い。
「ノエルはどうするんだ?」
「そうですね、私もお風呂に行こうと思ってます」
入浴は良いことだ。
気分のリセットにもなる。
そんな中身のない話をしながら歩いていると、いつの間にか大通りに出ていた。
「それじゃあヴァニさん、私はここで」
「おう……って、ノエル?」
「はい?」
「そっちは公衆浴場じゃないが」
しかしノエルが向かおうとしている先は、帝都から出る門の方角だった。
不思議に思って問いかけると、ノエルは少し恥ずかしそうに目を逸らす。
「えっと……お恥ずかしながら宿の代金で手一杯で手持ちのお金があまりないので。近くの森に水浴びをしに行ってるんです」
「おいおいマジかよ……」
彼女の口から語られたのはあまりにも切実な話。
公衆浴場なんて銅貨二枚で入れるお手頃な価格だ。
それすら出し渋るなんて、この子は一体どんな生活をしてるというのか。
「ちなみに、飯はどうしてるんだ?」
「一日一回、パンを食べるだけですよ?」
「…………」
俺は絶句してしまった。赤貧生活もいいところだ。
その辺りのホームレスと同じ……いや、冒険者も似たようなもんだが、そんなことは今どうでもいいとして、あまりにもノエルの生活水準が低すぎる。
何にせよ、このまま放っておくことなど流石にできない。
「オーケー分かった。とりあえずついてこい」
「え?」
「今日一日頑張ったんだ。今のお前さんに必要なのは、温かい風呂と美味い飯だろ」
「でも、私──」
「気にすんな、俺が全部出してやる」
「そんな、これ以上ヴァニさんにご迷惑をおかけするわけには──」
「………………」
「す、すみません……お言葉に甘えさせていただきます」
固辞しようとするノエルを半目で見つめれば、彼女はぺこりと頭を下げて再び俺の隣にやってきた。
まったく……どんな事情があるのかは知らんが、もし昨日見捨てていたら今頃どうしていたのだろうか。
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ひとっ風呂浴びて公衆浴場から出ると、流石にノエルはまだいなかった。
まぁ、さっきの話から考察するに久しぶりの風呂だ。
何より女性だし、長くなるのは当然だろう。
適当に人の少ない場所に立ちながら、煙草に火をつけてノエルを待つ。
起き抜けの煙草と風呂上がりの煙草は何よりも格別だ。
この時間が俺は嫌いじゃない。
暫くぼうっとしながら待っていると、やがてノエルが駆け寄ってきた。
頬にほんのりと朱が差しており、湯気が漂っている。
「お待たせしました」
「いや、平気だ。それよりゆっくり温まれたか?」
「はい! とっても気持ちよかったです」
ノエルはぱぁっと花が咲いたような笑みを浮かべる。
それと同時に、甘い石鹸の匂いが漂ってきた。
「それなら何よりだ。腹は減ってるか?」
「お、お恥ずかしながら……」
俺の問いに、ノエルはこくりと頷く。
少しデリカシーのない質問だったというか、女性への気遣いができてない気がするがまぁ、そこは許してほしい。
軽く咳払いしてから煙草を携帯灰皿に捨て、飯屋に向かう。
そうして少し歩くと店に着いた。
中に入ると丁度飯時ということもあって、それなりに人がいる。
店員に案内されるまま進むと、そこは窓際の席。
喧騒から少し離れているせいか静かで、悪くない。
「さ、好きなもん頼んでくれ」
「でも……」
言い淀みながら、ノエルはこちらを見つめてきた。
その瞳はまるで「本当にいいのか」と問うてきているようである。
まるで捨てられた子犬みたいだな、と思った。
「そんな顔すんなって、俺が好きでやってんだ。……って、ああ、そういうことか」
そこまで言って気付く。
俺が先に決めないと、注文しづらいよな。
ここは素直に俺の配慮が足りなかった。反省だ。
「それじゃあ俺はロックァの炭火焼きにするわ。ほれ、メニュー」
「あ、ありがとうございます」
ノエルはおずおずとメニューを受け取り、『イプサル海老のパスタ』を注文した。
少しして料理が運ばれてくると、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
名前の通り、ロックァという怪鳥のモモ肉に香辛料をかけ、炭火で焼いた料理だ。
酒が欲しいが……今日はまぁいいか。
ノエルの方の料理も届いたようで、目をキラキラとさせている。
その様子に微笑みつつ、口を開く。
「んじゃとりあえず食うか。……いただきます」
「えっと……いただきます?」
ノエルは俺の真似をしてぎこちなく手を合わせる。
そうだった、こっちの世界ではそんな挨拶しないもんな。
またしても失敗だ。今日の俺は択を間違い続けているな。
ロックァの肉はジューシーで、非常に柔らかい。
噛むたびに肉汁が溢れ、スパイスと合わさって暴力的な旨味に変換される。
「~~~~~!」
ノエルもイプサル海老のパスタを口に運ぶと、頬に手を当てて悶絶している。
お気に召したようで何よりだ、ここの飯は美味いからな。
それからしばらくお互い無言で料理に舌鼓を打っていると、ふとノエルが口を開いた。
「あの、ヴァニさん」
「ん?」
「その……改めて、本当にありがとうございます。昨日から私、ずっと助けられっぱなしです」
「気にすんな、なんたって俺たちはもう仲間だからな……なんてのは流石にクサすぎるか」
「いえ、そんなことないです。ヴァニさんはとっても優しい方です」
優しい、か……。果たして本当にそうだろうか。
自己満足を押し付けているだけじゃないか、と俺は思う。
だが、彼女が喜んでいるならそれでいいのかもしれない。
俺はふと、気になったことを聞いてみることにした。
「なぁ、ノエルはどうして冒険者になろうと思ったんだ?」
「………………」
俺がそう問うと、ノエルはフォークを皿に置いて俯く。
「夢、なんです」
言葉の続きを、俺は黙って聞く。
「私の両親は、凄い魔法士でした。小さい村でしたが、みんなから愛される、娘の私から見ても自慢の両親でした」
何やら事情がありそうだ。
俺も食事の手を止め、真剣にノエルの話に耳を傾ける。
「でも、両親はある日突然亡くなりました。なのにそれがどうしてだったのか、どうしても思い出せないんです……その日のことを思い出そうとすると、まるで霧がかかったかのようにモヤがかかるんです」
「……」
「もともと、私の夢はいつか両親のように、みんなを助ける凄くて優しい魔法士になることでした。でも、今の私は少し違う……どうしても、両親が亡くなった理由を知りたいんです」
「だから、冒険者になって解決の糸口を探そうと?」
ノエルはこくりと頷く。
「凄い魔法士になれば、私の元々の夢も叶います。それに、お父さんとお母さんのお墓に胸を張っていけます。だから、私は絶対に今のままじゃ終われないんです」
「なるほどな……」
話を聞いてみても謎だらけだ。
流石にパッと原因が分かるわけではない。
「両親が亡くなった後、叔母の元に引き取られて魔法学園に通いました。でも、ご存じの通り私全然ダメダメで……学園では『落ちこぼれ』って呼ばれてました。それで……家も学園も追い出されちゃいました」
えへへ、と言ってノエルははにかむ。
「なんとか冒険者になってこの街に来ましたけど、後はヴァニさんもご存じの通りです」
話を聞き終え、俺は胸中複雑な気持ちに陥っていた。
少女が辿るには、あまりに不憫な運命だ。
だが、同情で済ませていいほど温い話じゃない。
それでも──
「ノエルは落ちこぼれなんかじゃないさ、決してな」
「ヴァニさん……」
「これは同情じゃない。ノエルの努力の結果の一端は、今日逢魔の森で見せてもらった。お前さんには間違いなく才能がある。それは保証する」
本当に才能がない人間に、あそこまで精度の高い魔法が使えるだろうか?
答えは否だ。現実問題、才能がない人間というのはいる。
だが、ノエルは違う。
「だから一緒に探そうぜ、答えを。俺も手伝うから」
「…………ヴァニさんは、ずるいです」
俺がそう言うと、ノエルは困ったような、複雑そうな表情を浮かべる。
「さっきヴァニさんのことは私が守るって決めたのに、いっぱい力になるって決めたのに、気付けばまたヴァニさんに助けてもらって、励ましてもらって……」
そのあと、何と続けようとしたのかは分からない。
だが、ノエルは首を振って顔を上げる。
「だから、約束です。今日までの分も、これからの分も。ヴァニさんに助けてもらった分……私、きっと恩返ししますから」
そう言って笑うノエルの頬は、涙で濡れていた。
「ああ、楽しみにしてる」
俺はその涙には気付かないふりをして、ノエルに微笑みかける。
さて、そうと決まれば明日からは特訓だ。
ここはやはり、彼女に頼るとしよう。
かなり久しぶりに訪問することになるが、まぁ許してくれるだろう。
そうして食事を済ませたノエルと別れ、俺は帰路に就いた。




