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不死刑—世界を救えば死ねるらしい—  作者: 茄子田わさび
第二章:万魔のラビリンス
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幕間②:今は、まだ

《Sideセスカ》


「はあああああッ!」


 アタシの木剣が、ヴァニの肩口を目掛けて突き出される。

 しかしヴァニはその軌道に剣を置いてあっさり弾き返してきた。

 だけどそれは想定済み。

 

 わざと力を抜いて弾かれ、その勢いを利用して回転しながら斬り付ける。

 

「動きは悪くない、けど隙が大きすぎるな」


 そんな声が聞こえた時には、アタシの背後から木剣が突き付けられていて。


「……参りました」


 悔しいけど、敗北宣言をした。


 今日、アタシはヴァニと一緒に冒険者ギルドにやってきていた。

 中庭にある訓練場を借りて、特訓をしていたのだ。


「ほらよ」

「ありがと」


 ヴァニに投げ渡されたタオルを受け取り、汗を拭く。

 やっぱりヴァニは強い。アタシなんかよりもずっと。

 だからこそ……早く追いつきたいんだ。


 ベンチに置いてあった水筒を手に取り、水を飲む。

 火照った体に冷たい水が気持ちいい。


「ん、アンタも飲む?」

「おう、サンキュー」


 アタシはごく自然に自分が飲んでいた水筒を手渡そうとして──自分が何をしようとしてるのか気付いて、慌ててその手を引っ込める。


「わーっ! わーっ! 今のなし!」

「なんだよ、急にデカい声出して」

「なんでもない! とにかくこれはあげないから!」

「はぁ……? まぁ、別にいいけど」


 ヴァニは怪訝そうな顔をして、木剣を元の場所に戻しに行った。

 

 ……危なかった。もう少しでヴァニと、か、間接キスを──

 

「~~~~~~~~~~~ッ!」

 

 ぼん、と顔に熱が入る。

 本当に、本当に自分が日に日におかしくなっていってるのを感じる。


 すれ違うたびにヴァニのことを目で追ってしまうし、その目線は大体首筋や引き締まった腹筋だ。思い返す度に悶々とする。

 今まで逢いたくても逢えなかった分、いつでもヴァニに会える今の環境はあまりにも劇薬だ。 


 それに──


「アタシの分も、持ってってくれたんだ……」


 自分で戻すつもりだった木剣がないことに気付き、ヴァニの優しさに胸が高鳴る。

 このままじゃ、アタシの心臓が持たない。 

 ノエルは一体どうやって日々を耐え抜いているんだろう。


 ──ノエル。


 アタシよりずっと後にヴァニと出会ったのに、アタシより先にヴァニの相棒になった少女。

 初めて出会った時は嫉妬でどうにかなりそうだったし、今でもまだその感情は少し残っている。

 だけど、あの子はもうアタシの大切な、大切な親友だ。


 そして、アタシは気付いてる。

 あの子もまた、ヴァニに並々ならぬ感情を抱いていることに。

 

 ヴァニを前にすると頭が真っ白になって頓珍漢(とんちんかん)なことを言ってしまうアタシとは違って、あの子はいつも極自然体でヴァニと接している。

 

 どうして、平常心を保っていられるんだろうか。

 その秘密がどうしても知りたい。


「今度聞いてみようかな……」

「何をだ?」

「うわっひゃい!?」


 いつの間にか戻ってきていたヴァニに背後から声を掛けられ、気色悪い悲鳴を上げながら肩を跳ねさせてしまう。


「い、いきなり話しかけないでよ!」

「あー……おう、えっと……すまん?」


 ヴァニは心配そうにアタシの顔を覗き込む。

 って、近い近い近い!!

 ほんのり香る汗の匂いに混じって、森の草葉のような落ち着く匂いが漂ってくる。


「お前、大丈夫か? 何か変だぞ」

「…………大丈夫だから、少し離れて」

「っと、悪い。汗臭かったか」


 いいえ、むしろとてもいい匂いでした。なんて口が裂けても言えない。


「なぁ、セスカ」

「何?」

「この後ちょっと時間あるか?」


 ヴァニに問いかけられ、アタシは首を傾げる。


「特に予定はないけど……どうしたの?」

「ちょっとそこまで付き合って欲しくてな」

「はぁッ!?」

「っと吃驚(びっくり)した……何なんだよお前ほんとに」


 抗議の視線も気にならない程に、アタシの脳内では緊急会議が開かれていた。


『今付き合って欲しいって! 付き合って欲しいって言った!』

『バカ、落ち着きなさい! ただどこかに付き合って欲しいって言っただけよ!』

『待って、つまりそれってデートのお誘いってことでしょ?』

『『デデデ、デートぉぉぉ!?』』

『あわわわわわわわ落ち、落ち着けけけなさい』


 議題の内容に緊急警報(レッド・アラート)が鳴り響く。

 このままではアタシの頭は処理落ちしてしまう。


「すぅ……はぁ……」


 深呼吸、そう、深呼吸だ。

 ……よし、幾分か落ち着きは取り戻せた。


「別にいぇいわよ」


 駄目だった。盛大に噛んだ。


「ははっ、よかった。それじゃあ早速だけど行こうぜ」


 ヴァニはそれにスルーして笑顔を見せる。


 そしてギルドを出て向かう先は、工房区画。

 何か、思ってたのと違う。

 もっとこう……商店街で色んなものを一緒に見て回るとか。

 人気のスイーツが気になってるけど一人じゃ恥ずかしくて頼めないから一緒に来てほしいとか、そういうのだと思ってた。


 いや、ヴァニと一緒にいれるだけで嬉しいからこれはこれでいいんだけど。

 いいんだけど!


「……何か機嫌悪そうだな」

「別に! そんなことないわよ」


 本当に。機嫌が悪いわけではないのだ。

 ただこの気持ちをどう説明したらいいか分からなかっただけ。


 むすっとしながらヴァニの隣を歩いていると、一つの工房に辿り着く。


「ここだ」

「何の用事があったわけ?」

「まぁ、ちょっとな」


 ヴァニは曖昧な返事を残して、「ちょっと待っててくれ」と言いながら工房の奥に入っていってしまった。


「………………」


 結局、アタシは何のために連れてこられたのだろうか。

 一人立ち尽くしながら、もやもやする。

 その気持ちを消化できないでいると、やがてヴァニが戻ってきた。


 その手には大きな包み袋が握られている。


「よう、悪い悪い、待たせちまったな」

「…………別に」


 ぷいっと顔を背けるアタシだったが、ヴァニが包み袋をアタシの前に差し出したのが視界の端に映って、顔を戻す。


「ほら」

「何よ」


 とりあえず受け取ってみると、それは大きさに反して軽かった。

 中身を取り出してみて、アタシは驚く。


「……これ、細剣(レイピア)?」

「ああ。前のは折れちまっただろ? だから新しいのをやろうと思ってさ。折角だから、サプライズってやつだ」

「…………」

「お気に召さなかったか?」

「違うわよ……………………バカ」


 本当は、今すぐ飛び上がってヴァニに全力で抱き着きたいほど嬉しい。

 でも、アタシの反応を見てヴァニは困ったように笑って肩を竦める。


 ノエルの言った通りだ。ヴァニは人の好意に対してだけあまりにも鈍い。

 異常なことだ。だって彼はアタシたちの些細(ささい)な心の変化を見抜いてくれるほど、心の機微(きび)(さと)いのに。

 

 まるで……わざと避けている(・・・・・・・・)ような気がするのは気のせいだろうか。

 

 本心を隠してるアタシが言うなって話なのは分かってるけど、少しは伝わってくれてもいいのにと思ってしまう。


「…………ありがと」

「……どういたしまして」

  

 でも、お礼だけはせめてちゃんと口にして伝えることにした。

 

 そうして帰り道、通りはすっかり夕焼けに染まっていた。

 

「ねえ、ヴァニ」

「ん?」


 アタシは貰ったレイピアを大事に胸の前で抱えながら、彼に話しかける。

 ……やっぱり、どうしても心に引っ掛かってることがあったから。


「あの時さ、アタシがアンタに言いかけたこと……覚えてる?」

「もしかして、迷宮の中でか?」

「うん」


 あの時アタシは、ヴァニに告白しようと思った。

 もうあれでお別れだと思ったから。二度と会えないと思ったから。

 あの時初めて、気持ちはちゃんと伝えないといけないって思った。


 だから、これはやり直しだ。 


「覚えてるぞ。ずっと気にはなっていた。で、結局何が言いたかったんだ?」

「アタシは、さ……その、アンタのことが──」


 でも言おうとして、言葉が詰まった。

 急に怖くなったんだ。もし気持ちを正直に伝えて、断られたら?

 彼との関係性が壊れてしまったら、アタシはどう生きていけばいいんだろう。


「セスカ?」

「…………」

「おい、大丈夫か? やっぱ体調でも悪いんじゃ──」


 やっぱりそんな〝もしも〟のことを考えるのはもうやめた。

 アタシは勢いに任せて、彼の頬に口づけをする。

 口にするにはどうしても、やっぱり勇気があと一歩足りなかったけど。


「……お前……?」

 

 怪訝な顔をしながら頬に手を当てるヴァニを見ていると、何だか自分が悩んでたことが馬鹿らしくなってしまう。

 

 ……そっか、これでもまだ伝わらないんだ。


「やっぱり内緒! でも、いつかちゃんと言うから!」

「お、おう」


 今はまだ、いいや。

 いつかヴァニがアタシの気持ちに気付いて、言える勇気が持てたら言おう。

 

 顔も、耳も凄く熱い。

 ヴァニには、夕焼けのせいで赤くなってるように見えてますように。


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