第53話:帰還、そして……
全てが終わって、千剣の迷宮が崩壊した後。
俺たちは支部長室に通されていた。
外ではまだ衛兵や冒険者たちが、倒壊した街の後片付けや怪我をした人の救護活動に当たっている。
「改めて、本当にお疲れ様」
ソファに腰掛けたシモンが、穏やかな笑みを浮かべて言う。
笑ってはいるが、その顔には色濃い疲労が窺えた。
迷宮で見たこと、起きたことの報告は全て済ませた。
その上で、大氾濫の際の街の被害も聞いている。
死者──百六十二人
負傷者──五七五人。
今回の大氾濫の規模を考えれば、奇跡的な数字だ。
だがそれと同時に、助けられなかった人の数でもある。
その事実が、俺たちに重く圧し掛かった。
「すまなかった」
俺はシモンに向かって深く頭を下げた。
今回の件、やはり俺に責任がある。
追い詰めたのにサビンの計画を見抜けなかったこともそう。
迷宮を崩壊させたこともそう。
全部、俺がもっと上手く立ち回っていれば起きずに済んだことだ。
「支部長、彼だけの責任じゃないわ。アタシたちも同罪よ」
「本当に、申し訳ありませんでした」
セスカたちまで頭を下げる。
おいおい……お前らは何も悪くないだろうが。
「三人とも、頭を上げてくれ」
しかし、シモンは本気で驚いたような声で俺たちを窘めた。
「責任? 罪? 何を言ってるんだい? 君たちはこの街を救ってくれた英雄だろう?」
「しかし──」
「確かに、迷宮の崩壊は無視できない損失だ。けれどね、それ以外に被害を押し止める選択肢はなかったと思う」
シモンは顎鬚を撫でながら言う。
「先の未来が大事なのも否定しないけれど、一番大切なのは今を生きている人たちの命だ。彼らがいなければ、未来なんてないんだからね」
「未来とは、〝今〟が作っていくものだよ」と続けてシモンは笑った。
俺は、どうなんだろうか……。
目の前の男に心が救われた部分があるのは事実だ。
それでも、やはり自分を許すことはできない。
……いや、それでいいんだ。
きっとこの気持ちは間違いじゃない。
勿論開き直るつもりはない。
だが、この罪を背負って生きていくべきなんだ。
だから。
「ありがとうな、シモン」
俺は礼を述べた。
♠
それから少しの間雑談をして。
シモンが不意に疑問の声を上げる。
「でも、気になることは確かにあるね……」
「もしかして……」
「うん、迷宮の奥にいたという人物……サビン、といったかな」
ノエルの反応に頷き返し、シモンは奴の名前を挙げる。
今回の事件の中でやはり一番無視できない存在だろう。
あの男に関しては、あまりに謎が多かった。
それに解決できていない問題もある。
亡霊だったマルクスをどうやって肉体に再定着させたのか。
何故そんなことをしたのか。
あの時は時間が無かったから訊けなかったが……奴の所属している組織──【終末の使者】が同様の技術を所持しているなら、今後脅威になることは間違いない。
「終末……あいつらは本当にそれを起こすつもりなのかしら」
「まだ何も分からないね。けれど、知ってしまった以上何も対策を講じないわけにはいかないよ」
「でも、あまりにも規模が大きすぎて……正直何をどうしたらいいか」
確かに終末思想の危険集団に対抗する術を練り上げるのは至難だ。
それが実際に行動に移し得る奴らなら尚更。
だが確信がある。
俺たちはきっと、今後も他のメンバーに遭遇することになるだろう。
情報を聞き出せるかは分からないが……いいや、聞き出してみせる。
そして──
「全員ぶっ潰す」
結局のところこれしかない。
話し合いで解決できるわけがないからな。
サビンの実力を見て俺は痛感した。
俺たちはもっと強くならなければいけない。
「とにかく、今回のことは各ギルドにも伝達することにするよ。いいかな?」
「ああ、もちろんだ」
シモンの方を見て、俺は頷く。
「それじゃあ、解散しようか。僕もまだ事後処理が残ってるからね、ははは」
「あの、何かお手伝いできることは……その、私、治癒魔法も使えますし」
しかしノエルの提案に、シモンは手を上げてやんわりと断る。
「事件の解決の功労者にそんなことはさせられないよ。後のことは僕たちに任せてほしい。君たちはゆっくり──今の街の様子では難しいかもしれないけれど、休んで」
「……分かりました。でも、もし何か手助けが必要なら遠慮なく言ってくださいね」
「うん、その気持ちだけで充分だよ。みんな、本当にありがとう。」
「こっちの台詞だよ、シモン支部長」
「アタシは勝手に付いて行っただけだもの。お礼を言われるようなことなんてしてないわ」
俺たちはそれぞれシモンと握手をして、ギルドを後にする。
後悔も謎も残る大事件だったが……これでひとまずは終わったわけだ。
特に宛てもなく三人でぶらぶらと街を歩きながら、俺は口を開いた。
「ところでさ、セスカ」
「何?」
言おうとして、言葉が出てこなくて。
でもやっぱり言わなきゃいけないと意を決して、彼女の方を見る。
「ふふっ」
どうやらノエルは俺が何を言おうとしてるか分かったようで、くすりと笑う。
そんな彼女の様子を見て、セスカは不思議そうな顔をしていた。
ああ、もう。調子が狂うな。
でもこのくらいの空気の方が言いやすいか。
「セスカ、良かったらなんだが……──俺たちのパーティに入ってくれないか?」
「……え?」
俺の言葉に、セスカは足を止めて猫のような瞳を真ん丸にする。
「ごめん、今何て言ったの?」
「俺たちのパーティに入ってくれって言った」
「え、え、あ…………」
雛鳥のように口をぱくぱくさせて、セスカが固まる。
次の瞬間、彼女の目から涙が溢れて流れ出したのを見て俺は焦る。
「おい、ノエル! 俺何かまずいこと言ったか!?」
「もう、ヴァニさんってほんとに人の心が分からないんですね。ふふふっ」
「これが分かったら俺は超能力者だっての!」
小声でノエルに相談するも、罵倒のような返事をされて俺の頭はパニックになる。
「あ、あー……セスカ? ごめんな、そんなに嫌だとは思ってなくて……だからこの話はなかったことにし──」
「~~~~~~バカッ!」
「ぐえっ」
言いかけたところで、セスカは俺に飛びついてきた。
その腕が首に絡まって思いっきり絞まり、俺は蛙のような声を出してしまった。
「バカ! バカバカバカ! バカ! ほんっとうにバカ!」
「おい、俺だって傷付くことはあるんだぞ」
「知らないもん! …………バカ」
レパートリーの少ない、まるで子供のような暴言を一身に浴びて何と返せばいいのか分からなくなる。
この反応は一体何なんだ。何て返してやるのが正解なんだ?
「仕方がないから教えてあげます。セスカさんは、ヴァニさんに誘ってもらえたことが嬉しいんですよ」
「全くそうは思えんが?」
「だからバカなんです」
「お前まで……」
ぴんと人差し指を立てながら解説してくれるノエルに、思いっきり馬鹿にされる。
「あー……じゃあ、まぁ入ってくれるってことでいいんだな?」
「……うん、これからもよろしくね」
そこでようやくセスカは俺から離れる。
そして少し俺たちの前に出て、くるりと振り返って言った。
「もし抜けて欲しいって言われても、絶対抜けてやらないんだから。一生ついてくから、覚悟してよね!」
そう言って笑う彼女の笑顔は、まるで向日葵のようだった。




