第52話:選択の代償
「それじゃあ、行くぞ」
覚悟は決まった。
俺は【クシャハラ】を高く掲げる。
紅い稲妻が迸り、その穂先からエネルギーが射出された。
「凄い……」
「とんでもない力ね……」
その効果は絶大だった。
迷宮内を走り回る魔物たちが次から次へと砂に変わり、斃されてゆく。
現れては消え、現れては消え、しかし──
「……チッ、エネルギー切れか」
穂先が明滅したかと思うと、次第にその力が弱まっていき……やがてただの物言わぬ棍と化した。だが、魔物はまだ湧いてくる。
──最初から、こんな予感はしていた。
確かに強力な力だったのは認める。
だが、迷宮丸ごとその内に蔓延する魔物を全て葬り去り、この大氾濫を止めるには圧倒的に出力が足りない。
やはり、魔物じゃなく俺の──人間の命を使うしかないか。
「……やる、つもりなのね」
「そうだな」
「ヴァニさん……」
湿っぽい空気は似合わない。
「お前たちは先に出てろ」
どうせただ俺が自害し続けるだけのつまらない光景だ。
そのことに心を痛める彼女たちが残っても、何の得もないだろう。
だが、二人は揃って首を横に振った。
「見届けるわ。それが……何も出来ないアタシたちの責任だから」
「それに、ヴァニさんが頑張ってるのに、私たちだけ逃げたくありません」
「……律儀な奴らめ」
俺は言いながら、苦笑する。
責任感が強いと心が摩耗しちまうぞ、なんて言葉は今の俺に吐く資格はない。
だって、俺のせいでそうなってるんだからな。
「そんじゃ、まぁ……始めるか」
まず一回目。
俺はサビンがやったように、【クシャハラ】を自分の腹に突き立てる。
鋭い痛みが走り、視界が赤く染まる。
「ぐっ……!」
だがこれじゃ時間が掛かる。もっと早く死ぬ必要がある。
もう一段階深く押し込み──そこで一回目の死を迎えた。
──そしてすぐに目が覚める。
【クシャハラ】は俺の腹に突き刺さったままだ。
体に何かが刺さってる状態で死ぬと、刺さったまま傷が修復されるのが面倒だな。
だがまぁ、どうでもいいか。
「うおおッ!」
俺は勢いよく【クシャハラ】を引き抜き、そしてもう一回突き立てる。
引き抜いた時にかなりの血が出た影響か、今度はすぐに死ぬことができた。
──三回、四回、五回……
まだまだ足りない。もっと、もっと力を溜めなければこの状況には対応できない。
──十回、十一回、十二回……
気が遠くなってくる。慣れているとはいえ、痛みは痛みだ。
だが、こんなことで折れそうになるほど俺の辿ってきた人生は浅くなかった。
もっと使い潰せ、命を。償え、その身を以て。
──三十回、三十一回、三十二回……
ノエルたちの啜り泣く声が聞こえる。
セスカに至っちゃ、号泣でもしてんじゃねぇかな。
ほんと、悲しませて泣かせてばっかりだな。俺は。
──百回、百一回、百二回……
あの時解放したエネルギーも無駄じゃなかった。
そのお陰かは知らんが、これだけ時間を掛けても魔物が寄り付いてこない。
──二三七回、二三八回、二三九回……
──『ララ、ラ、ララララ』
デウリエリの歌声が聞こえる。
野郎、俺の体を乗っ取る気満々で待機してるな。
だが悪いがそうはならないぞ。お前は一生俺に飼い殺されるんだ。
──二七四回、二七五回、二七六回……
ああ、疲れたな……もういいだろうか。
俺はあと何回これを繰り返せばいいんだろう。
これをするだけの価値が、果たして本当にあるんだろうか?
──三六五回。
カランと音を立てて、【クシャハラ】が地面に落ちる。
俺は滝のような汗をかいていた。
「ヴァニッ!!」
「ヴァニさんッ!!」
二人が俺の元に駆け寄ってきて、俺の体を抱き締める。
「もういい、もういいわ! 充分やったでしょ!?」
「もうやめて……やめてください……!」
「ハァ……ハァ………………ハァ」
泣きながら言われて、俺は我に返った。
もう充分……? そう、だよな。もう充分だ。
これだけ溜めれば、きっと届く。
周囲の地面は血溜まりがまるで池のようになっている。
【クシャハラ】は、俺の血で柄の部分まで真っ赤に染まっていた。
それだけじゃない。バチバチと最初に見せた紅い稲妻を纏っている。
どう見てもエネルギーが溜まっている証拠。
良かった。俺の死は無駄じゃなかったわけだ。
「後は、これを解き放つだけだ……」
二人に解放された俺は、よろよろと立ち上がりながら【クシャハラ】を手に取る。
このエネルギーを解放すれば……きっと迷宮は崩壊する。
そうなればフレデリックの街は迷宮という財産を永久に失うことになるだろう。
その責任を取ることが俺にできるだろうか。
だが、ここでやらなければ被害はもっと拡大する。
何百人もの罪のない人々が無惨に殺され、この街は滅ぶ。
どっちにしろ、待ち受けているのは苦難だ。
「……」
そっと、柄を握る俺の手にノエルの手が重ねられる。
続けて、セスカも自分の手を重ねた。
「ヴァニさん一人ではやらせません」
「アタシたちも、一緒にその重さを背負うわ」
「お前ら……」
ああ、本当に良い仲間に恵まれたな、俺は。
「……ありがとう」
微笑みながら感謝し、【クシャハラ】を構える。
「これで終わりだ、千剣の迷宮」
そして、溜まったエネルギーを解き放った。
直後、目を開いていられない程の閃光が奔り、爆音が迷宮内を駆け巡る。
「始まったか……!」
激しい地震を引き起こしながら、迷宮が揺れる。
俺たちは急いで迷宮の外に飛び出た。
「おい! あれ……!」
「人だー! 迷宮から人が出てきたぞ!」
久しぶりに帰ってきたフレデリックの街では、冒険者たちが魔物と戦っていた。
その中の何人かが俺たちの姿を認め、声を張り上げる。
「なんだ、あれ……!」
冒険者の一人が千剣の迷宮を指さす。
天高く聳え立つ塔が──迷宮が鳴いていた。
そしてその頂点から紅いエネルギーの奔流が空に向かって放たれたかと思うと、次の瞬間轟音を上げて崩れ始める。
「迷宮が……! 千剣の迷宮が崩れる……!」
「避難! 全員避難だ! 巻き込まれるぞ!!」
「アンタたちも早く!」
冒険者たちの後に続いて、俺たちも避難を開始する。
背後では千剣の迷宮の崩壊の衝撃が地面に到達し、激しい土煙が迫ってきていた。
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その頃、一人の男が遠くの方を眺めていた。
「ほう、ほう、ほう……あれは……」
男は目を細め、彼方で打ちあがった光を見つめる。
その男は壮年の男性の顔を、そして若い女性の顔を、次に子供の顔を形取り、一秒たりとも同じ顔でいることはない。
──異形の人外。まさにそう呼ぶ他ないだろう。
「こうなる可能性は想定していた。凡そ三十八万分の一……といったところか」
男は一心不乱に手にしたメモ帳に何かを書き殴り、やがて満足したように顔を上げる。
「必然か、はたまた変数か……ふむ、実に興味深い」
男は顎に手を当てながら部屋を後にする。
「まずは殿下に報告を……いや、その前に観察すべきか? ううむ、実に悩ましい」
薄暗い回廊に靴の音を響かせながら、男の呟きが途絶えることはなかった。




