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第5話:ギルド支部長、イザベラ

──冒険者ギルド・帝国支部


 広大なギルドの三階、支部長室と看板が掲げられた部屋の前に俺たちはいた。

 あれから急ぎ帰還し、事のあらましを受付嬢に報告した俺たちは、すぐにギルド支部長からの呼び出しを受けたのだ。


「こ、ここが支部長室……」

「なんだ、緊張してるのか?」

「は、はい。だって……この帝都のギルド支部長は、とても怖いお方だって噂を聞いたので……」


 部屋に入る前から、ノエルはすっかり萎縮してしまっている。


「ははっ、そんなことはないさ。確かにちょっと気が強いが、案外話せば分かる奴だぜ」


 そんなことを話していると。


『何をしている、入れ』


 扉の向こうから鋭く芯の通った女性の声が聞えてきた。


「へいへい、失礼しますよっと」

  

 それを聞いた俺は一応礼式に乗っ取り三回ノックして、扉を開ける。

 その後にノエルが続いた。


 直後、部屋の中から漂ってきたのは濃厚な煙の匂い。

 同じ喫煙者の目線からしても……相当臭い。

 ノエルに至っては涙目になりながらけほけほと咳き込んでいる始末だ。


「よく来たな、ヴァニ。それから……ノエルだったか」

「は、はいっ! えっと……ノエルといいます!」


 高級そうな革のソファにどかりと腰を降ろし、足を組んで葉巻を咥える女性。

 燃えるような紅色の髪を後ろで纏め、鋭い釣り目がちの翡翠の瞳で値踏みするようにこちらを見てくる彼女こそ、この冒険者ギルド・帝都支部の支部長──


「私はイザベラ・カルデナントだ。無論、知っているだろうが」


 ──イザベラ・カルデナント。

 若干二十代半ばにしてこの帝都の支部長を任せられる傑物(けつぶつ)


 曰く、単騎で百体超えの魔獣を相手に勝利したバケモノ。


 その噂を裏付けるかのように、整った美しい顔の瞼から頬にかけてはしかし、深々と刻み込まれた傷跡が遺されている。


「立ち話もなんだ、座るといい」

「はいよ」

「し、失礼します……!」


 俺たちはイザベラの向かい、これまた高級そうなソファに座った。


「それで……? 報告は受けているが、直接聞きたい。お前たちは一体──森で何を見た?」


 イザベラは葉巻を口から離して灰皿に置くと、机の前で手を組んでそう問うた。


「何も……正確には、根源となる正体は見てない、ってとこだろうな」

「突然森の奥から不気味な鳴き声が聞こえてきて、それから危険な魔獣たちがまるで……逃げてきたみたいに襲ってきたことくらいです」

「ふむ……」


 噂は事実、だが正体は未だ不明。それ以上に報告しようがない。

 何にせよ虎妖魔(ルフィコラ)を筆頭に危険な魔獣が浅瀬に出てくるような事態が起きた以上、捜査隊でも組んで大規模に調査するしかないだろう。


 俺たちにできるのはせいぜい、こうして話す程度だ。

 

 イザベラは(しば)し考え込むような素振りを見せた。

 その足は細かく地面を踏んでいる。苛立っているのが傍目(はため)から見ても分かる。


「ヴァニ。お前はこの事態をどう見る」

「さぁな」


 俺はわざとらしく肩を竦めた。

 分かりっこないだろう。というより、考えるのが面倒くさい。

 どうせロクでもないものだろうに、何が悲しくてわざわざ自分から首を突っ込まなければいけないのか。

 

 よしんば俺一人なら単独で調査に行ってもいいだろう。

 だが今はノエルがいる。彼女を危険に巻き込むわけにはいかない。

 だからこれは俺なりの防衛手段だ。


「真面目に答えろ。もしお前たちの話が事実なら、今後予想される被害は逢魔(おうま)の森近辺だけには及ばない」

「チッ……」


 しかしやはり、イザベラは俺の白けた演技を見過ごすほど甘くない。

 俺は後頭部をガシガシと掻き、ポケットから煙草を取り出した。

 アイ・コンタクトでノエルに吸ってもいいか確認したところ、首肯されたため火をつける。


「まぁ、災害級の魔獣がいるだろうな。それか、魔獣とも呼べないもっと(おぞ)ましいモノか。そいつはしっかり調べないと分からんが」

「はぁ……お前が言うならそうなのだろう。また仕事が山積みになるな……」


 俺のざっくりとした所感に、イザベラは半ば匙を投げたようにため息を吐く。

 それから葉巻を咥えて天井を仰いだ後、再び俺に視線を向けた。


「時にヴァニ。お前のその様子……また死んだ(・・・)な?」

「…………」


 俺は敢えて何も言わずに両手を上げる。


「イザベラさん、知ってるんですか!?」


 だが、そこに謎の食いつきを見せたのはノエルだった。

 やっぱり流石にバレてるよな。っていうか、思いっきりバレてたわ。


「ああ、詳細はこいつが頑なに口を割らないから知らんが、不死だということは知っている。正確には、死んでも生き返る(・・・・・・・・)ことはな」

「…………っ、私の、せいなんです……」

「ノエル?」

「私がいたから、私が弱いから、ヴァニさんは私を庇って一人で魔獣と戦って、それで…………っ!」

 

 ぽた、ぽたと、ノエルの手の甲に滴が落ちる。

 気付けば彼女の頬を涙が伝っていた。


「ヴァニさんは、こんな弱い私を助けてくれました。見捨てないでくれました。なのに、私は何も返せないで、それどころか迷惑ばっかりかけて……っ」

「……………………」


 彼女が泣く様子を、イザベラは黙って見ていた。

 俺だってそうだ。何て声を掛けたらいいか分からず、固まってしまっている。


 口を開いたのはイザベラだった。


「ならば強くなればいい」

「イザベラさん…………?」

「簡単な話だ。お前がそこの男に並ぶよう、今よりもっと精進すればいいだけの話だ。答えが見えているのに、何を甘えたことを言っている?」

「私は…………」

「どんな事情があって、黒曜級のヴァニとお前がパーティを組んだのかは知らん。だが、仲間というのは互いに背を、そして命を預ける存在だ。自分では頼りないと感じるのならば、頼れる自分になるよう努力すればいい。守られるだけの自分が嫌だというのなら、自分が守る側になればいい」


 その言葉は核心を突いていた。

 ノエルは着ていたローブの袖でごしごしと目元を拭い、それから顔を上げた。

 その瞳には、強い光が宿っている。


「そう……ですよね、イザベラさんの言う通りです。私、もっと強くなります。それでヴァニさんを守ります」

「ノエル……」

「ふっ、良い眼だ」


 イザベラは柔らかい微笑みを浮かべると、葉巻の火を消した。


「そいつはなまじ死なないだけに、簡単に自分の命を投げ出そうとするきらいがある。お前のような存在がいてくれるだけで、こちらも安心できるよ」


 しかし、すぐにいつもの難しい顔つきに戻り。


「さて、私はこれから早速調査隊の選定に移る。もしかしたらお前たちにも何か頼むことになるかもしれないが……今はゆっくりと休むといい。報告ご苦労だった」


 話は終わった。

 俺たちはギルドを後にする。


 来たときはまだ太陽が天辺(てっぺん)にあったというのに、今やもう傾き始めている。

 

 逢魔(おうま)の森の異変、そしてノエルとの出会い。

 俺は運命論者なんかじゃないが、間違いなく何かが動き始めている予感だけはする。

 きっと、ここから始まるのだろう。全てが。俺が俺を終わらせる旅が。


「……ありがとな、ノエル」

「?」

「さっきの言葉だ。嬉しかったよ」

「あう……! わ、私は自分の気持ちを素直に言っただけで……!」


 ノエルは顔を真っ赤にしてわたわたとし始める。

 

 ああ、嬉しかったさ。

 でも、その気持ちをこれから先、踏み(にじ)ることになる。


 何とも言えない複雑さが胸中をうずまき、俺の心に影を落とした。

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