第46話:歪んだ男の成れの果て①
階段を下りた先は、荘厳な山奥のような風景だった。
奥にある寺院までの山林の道中には、無数に突き刺さった千の剣がある。
成程、これはまさしく千剣の迷宮というわけだ。
しかし、道はそれほど長いわけでもない。
五分もあれば寺院まで辿り着くことができるだろう。
つまり、ここは変な小細工なしの最終地点というわけだ。
「遂に辿り着いたわね」
「そうですね……気を引き締めていきましょう」
そしてきっと、この奥には今回の異変を引き起こした犯人がいる。
どんな面をしてるのかは分からないが……一発殴ってやらなきゃ気が済まない。
そうして戦場跡のような山林を進んでいると、不意に進行先の空間が歪んだ。
武器を構える俺たちの耳に、聞き覚えのある高笑いが届く。
『おめでとう、おめでとう! よくここまで辿り着いたな!』
そして現れたのはマルクス……なのだろうか。
疑問形になったのには答えがある。奴は、大きな変貌を遂げていた。
ずしんと音を立てて奴が地面に着地する。
その姿は、まさに異形のバケモノと呼んで差し支えない。
「マルクス……あなたは……」
ぼこぼこに膨れ上がった巨体の各所。
右腕は大きな鎌のようになっており、反対に左腕は歪なほどに小さい。
足は魔物のように鋭い爪が生えた筋肉質なもので、唯一奴の面影を残しているのはその顔面だけだ。
『ああ、見ろよこの姿。気持ち悪いよな。でもいいんだ、これで俺は再びこの世界に戻ってきたんだからさ!』
マルクスはそう言って、勢いよく右腕を振るう。
距離はかなり離れているはずなのに、それだけで左右の林の木々が薙ぎ倒された。
『それに、この力──ヒャハハ! こいつはいい! この力があれば俺は無敵だ!』
「……どうやら狂ったのは頭だけじゃないみたいね」
セスカが毒づく。
『それで……』
ぎょろりと、零れ落ちそうな程に見開かれたマルクスの目が俺たちを、それからノエルを捉えた。
『ああ、会いに来てくれたんだなぁノエル。ずっと待ってた。お前ならここまで来れるって信じてたぞ!』
「……っ!」
『さあ、俺の下に来い! 今なら傷付けずにお前を迎え入れてやる! 一緒にそいつらを殺そう!』
「何言ってるんですか、そんなの死んでも嫌です」
『ハッハッハ! そう言うと思ったよ! なら仕方ない──死ね』
その言葉を聞き終わるか、聞き終わらないかぐらいのタイミングで俺の体が動いた。
一瞬でノエルの前に行き、剣を構える。
甲高い硬質な音が山林に響き、俺の剣と奴の鎌と化した右腕が交差していた。
『へぇ、これに間に合うのか』
「……どういうつもりだ。お前の望みは、彼女を自分の手下に引き入れることだろ。何故殺そうとする?」
俺の問いかけに、マルクスはニヤリと笑って返答の代わりに蹴りを放ってきた。
咄嗟に腕でガードすると、凄まじい衝撃が届いて俺は数メートル後退る。
今ので骨がイカれなかったのは、やはりデウリエリの釘のお陰だろう。
『別に死んでも構わないさ。どうせ俺みたいに生き返れるんだからな、それも素晴らしい肉体を持って!』
「ふざけないでッ!」
再びノエルを狙って振り下ろされた右腕を、今度はセスカが防ぐ。
「アンタの歪んだ思想に彼女を──アタシの親友を巻き込まないでちょうだい!」
そう叫んで、なんとセスカは細剣で押し返した。
その剣身は半ばで折れたままだというのに、だ。
まさか──
『チィッ! どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって!』
マルクスは忌々し気に吐き捨てると、一度飛び退いて元の位置に戻る。
「セスカ、お前……」
「……正直、アタシも驚いてるわ。もしかしてだけど──」
言い終わる前に、遠隔斬撃が飛んでくる。
「≪堅水壁≫!」
しかし斬撃は俺たちに届く前に、ノエルの張った防御壁に防がれた。
「ヴァニさんたちには、傷一つ付けさせません」
「ありがとう、ノエル」
俺は彼女に礼を言いながら、セスカの体を見る。
特に何も目立ったところはない。傷一つない綺麗な体だ。
だが、さっきの膂力は──
「あの時、俺の……いや、正確にはデウリエリの力の一部がセスカに移譲された?」
「……かもしれないわ」
どういう理屈かはさっぱり分からない。
しかし、そうとしか言い切れない状況だ。
ともかく。
この状況を打破し、奴を倒すのにこれほど心強いことはない。
「セスカ、これを」
「ありがとう」
俺は自分の剣の一本をセスカに渡す。
「仕掛けるぞ、ノエルは俺たちがバリアの外に出たら魔法で援護を頼む」
「任せてください」
セスカと頷き合い、二手に分かれてバリアの外に。
『何をこそこそと! お前たちが何を企んだって、全部無意味なんだよ!』
マルクスは次から次へと斬撃を飛ばしてくる。
それを回避し、一瞬足に力を溜めたあと俺は全力で地を蹴った。
『なっ! 迅い!?』
「こっちだ」
俺の姿を見失ったマルクスが一瞬虚を突かれた隙に、俺は既に奴の背後に回り込んでいた。
『がぁっ!』
「アタシのことも忘れるんじゃないわよ!」
背後から剣を突き刺され、マルクスが前のめりに突っ張ったところで、セスカが正面からやってくる。
そして剣に炎を付与し、正面からも剣を刺す。
『こ、のォ……ッ!』
「≪斬裂水≫!」
トドメにノエルの水魔法がマルクスの両足を襲い、切り飛ばす。
『ぐおおおおぉぉぉぉぉぉッ!』
チェックメイトだ。
動けなくなった以上、奴に打つ手はない。
俺はその首筋に剣を当て、尋ねる。
「死ぬ前に答えろ。お前をそんな姿にした犯人は?」
『ヘヘッ……バーカ! やってみろよ』
「そうか」
どうやら答える気がないようだ。俺はマルクスの首を斬り飛ばした。
別に拷問する気はなかった。どうせこの後すぐに分かることになるからな。
「……さ、行こう」
そして寺院を目指してその場を後にする俺たち。
しかし、その背後でぼこぼこと何かが泡立つような音が聞こえる。
「何だ?」
振り返ると、奴の死体は消えていなかった。
それどころか、全身が激しく弾け、収縮し、新たな姿を形作っている。
「どうやら、まだ終わりじゃないみたいね」
「ああ。お前ら、構えろ」
「マルクス……」
復活したマルクスは、先ほどよりも一回りほど大きくなっていた。
もはや人の姿を留めていない。その姿はまさしく──そう、恐竜。
翼を持たず、されどその力は竜の如し。
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!』
そんな恐るべき怪物が、俺たちの前に再び立ち塞がった。




