第44話:アタシのヒーロー③
《Sideセスカ》
冷たい路地裏に、冷たい声が響いた。
「あぁ? 誰だお前」
「今からいいとこなんだよ! 邪魔しねぇでとっとと消え失せやがれ!」
「それとも痛い目見てぇのか、あん!?」
浮浪者たちが吠える。
だけど、その矛先を向けられた人──ヴァニは、煙草の煙を吐いて月を見上げた。
「良い夜だな、って言ったんだ。そして、これからもっとそうなる」
「何言って──」
きらりと、何かが光るのが見えた。
次の瞬間、アタシの腕を押さえていた力が消える。
「ぎゃあああああああああ! 俺の、俺の腕があああああああああ!?」
男は蹲って、血を噴き出しながら叫ぶ。
ヴァニは無表情にただじっとそれを見つめていた。
ふと、その瞳がアタシと交差する。
「ちょっと待ってろよ」
一瞬だけ、昼に見せてくれたあの優しい微笑みを浮かべる。
しかしすぐに感情を感じさせない無の表情に戻り──
「まずは一匹」
ごとり。
音がしてそっちを見ると、さっきまで腕を切り落とされて騒いでいた男の首が無くなっていた。
「畜生! こいつ殺りやがった!?」
「イカれてやがる!」
仲間が殺されたのを目撃した浮浪者たちは、アタシのことなど忘れたかのように身を翻して逃げようとする。
しかし、その体が前に進むことはなかった。
何故なら、既にその膝から下が消えていたから。
「あがあああああああああっ!」
「ひいいいいいいいいいいっ!」
コツ、コツ。
靴の音を響かせながら、ヴァニが男たちに歩み寄る。
「お前たちみたいなのは、さ──」
「た、助けてくれ! 何でもする! だから許してくれ! ぎゃああああああああ!」
必死に命乞いをした男の肩に、無慈悲にも剣が突き刺さった。
「そうやって、自分が見下した人間にしか強く出れないんだよな」
「許して! 許してくれ! そ、そうだ、もうこんなことはしないって約束するよ! だから!」
「いいや嘘だね。自分が助かるためなら平気でその場凌ぎのキレイゴトを並べるのも反吐が出る」
「あがががががががががが……!」
ヴァニがぐりっと男の肩に刺した剣を捻ると、男は白目を剥いて失禁した。
血と鉄の匂いに混じって、鼻を突く刺激臭がする。
「お前狂ってる、狂ってるよ!」
「ああ、そうだな」
「ぎひぃっ!?」
唯一意識を保っている男がそう非難すると、ヴァニはその男の耳を切り落とした。
「世界は被害者に優しくない。お前たちみたいな加害者は放っておけばすぐに世に出て、また同じことを繰り返す。だから教えてやるよ」
「助け、助けて……!」
そしてその首を掴んで持ち上げると、自分の顔の前に近付けた。
「命はさ、平等に軽いんだ」
「がげっ」
鈍く重い音がした途端、男の首が折れて絶命した。
「はっ……はっ……!」
いつの間にか意識を取り戻していた男が、這って逃げようとする。
しかしヴァニはその背中を踏みつけ、首の後ろに剣を突き立ててあっさりと殺してしまった。
「それと最後にひとつ。俺は──お前らみたいな奴がこの世で一番嫌いなんだ」
そう吐き捨てるように呟いたヴァニの声は、どこまでも冷たくて恐ろしかった。
「ヴァニ……?」
絞り出すように紡いだアタシの声は、震えて掠れていた。
当然だ。目の前で人が殺されるのを、アタシは初めて見たから。
しかも残酷に、残虐に、冷徹に。
今目の前に立っている人が、アタシを助けてくれたのと同じ人だと、アタシは信じられなかった。
振り返った彼の瞳が、とても哀しそうだったのが強く印象に残る。
「ごめんな、嫌なモン見せちまった」
「殺した、の……? 本当に……?」
「……言い訳はしない」
ヴァニはアタシの前にやってくると、着ていたコートをアタシに被せる。
そして、ポケットからポーションの入った瓶を取り出して地面に置いた。
「怖い思いをしただろ、そのポーションは傷を癒すのと一緒に精神を少し落ち着けてくれる効果がある。飲んだら今日はもう帰れ。……気を付けてな」
ヴァニはアタシに背を向けながらそう言うと、どこかへ向かって足を進める。
「待ってッ!」
無意識だった。
アタシの足は勝手に動き、そして立ち止まったヴァニの背中に抱き着いていた。
「……ありがとう、助けてくれて」
今度は本心をちゃんと伝えることができた。
彼の温かい背中を肌で感じていると、体の震えが次第に止まってくる。
「……ごめん、もう少しこのままでいさせて」
それから暫くの間、アタシはヴァニの背中に甘えさせてもらう。
彼の体温と匂いを感じながら、アタシは穏やかな気持ちを取り戻し始めていた。
「俺は人殺しだぞ、怖くないのか?」
「……うん」
これも本心だ。不思議と、彼が怖くはなかった。
確かに、ヴァニがさっきした行為は許されることじゃない。
でも、あの男たちがアタシにしたことだって同じだ。
どちらも同じ行為で、そこに線引きをするのは間違ってる……なんて言われるかもしれないけど、そんなのアタシには関係ない。
ヴァニはアタシを守ってくれた。守るために、あんな凶行に及んだんだ。
「ごめんね、ヴァニ」
「……何がだ?」
「アンタの手が汚れたのは、アタシのせい。アタシの手が綺麗なのは、アンタのお陰」
「別に、お前は何も悪くない。ただの被害者だろ。俺はただ自分の主義のためにアイツらを殺しただけだ」
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
背中越しにも、ヴァニが困惑しているのが伝わってきた。
「アンタもさ、存外素直じゃないわよね」
「意味が分からんが」
今日だけで、色んな彼の一面を見ることができた。
かっこいいヴァニ、冷酷なヴァニ、暗いヴァニ。
でも、結局のところ集約するのは、彼が〝優しい〟ということだ。
もし彼にそう言ったら「人を殺すような奴が優しいわけないだろ」って言うんだろうけど。
そして、きっとそれは正しい。
でもアタシには正しさなんて関係ない。
今日、アタシは彼に救われたんだ。
ずっとどこか暗かったアタシの人生も含めて、丸ごと。
だから──
「本当にありがとう、ヴァニ」
もっと彼のことが知りたい。
同じ景色を見て、同じものを食べて、同じ気持ちを共有して。
きっと、これが恋に落ちたっていうやつなんだろう。
案外アタシはちょろい女だったみたいだ。
でも、そうさせたのはヴァニだ。責任は取って貰わなくちゃね。
だって彼は、たった一人のアタシのヒーローなんだから。
それからアタシはしつこくヴァニに絡むようになって、色んなことを経験するわけだけど──続きを見る前に、アタシの意識は浮上した。
♠
ぼんやりと膜がかかったような視界が、次第に鮮明になっていく。
まず視界に入ったのは、薄明りの差し込む彼方の天井。
そこから少し視線をずらすと、泣きそうな顔でアタシを見つめるヴァニとノエルがいた。
「二人、とも……?」
まさかまた二人の顔を見れるなんて思ってもいなかった。
アタシはさっき、確かに死んだはずだから。
何があったんだろう。
どうしてアタシは、生き返ったんだろう。
聞きたいことは沢山あるけど、二人の顔を見てたらなんだかおかしくなっちゃって。
だからまずは言わなきゃ。
「──ただいま。ふふっ、二人して捨てられた犬みたい」
最後に出た言葉は、ちょっとした悪戯心のようなものだった。




