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不死刑—世界を救えば死ねるらしい—  作者: 茄子田わさび
第二章:万魔のラビリンス
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第43話:アタシのヒーロー②

《Sideセスカ》


 アタシは少しの間、呆けたように男性──ヴァニを見ていた。

 

 ぼさぼさに伸びた白い髪を頭の後ろで纏め、目の下に濃い(クマ)がある男性。

 その瞳は底なしの闇のように黒く、お世辞にも善人には見えない。

 だけど、アタシに向けられた微笑みは今までに見てきたどんな人よりも優しかった。


「あ、ありがと……」


 アタシは差し伸べられた手を取り、立ち上がる。

 ヴァニはそれを確認すると、魔獣を一瞥(いちべつ)し、それから煙草を取り出して咥えた。

 爽やかな緑の香りがしていた森に、濃い煙という異臭が混ざる。


「にしても、災難だったな。まさか剣が折れちまうとは」

「見てたの?」

「丁度お前さんの姿が見えた時にな」


 恥ずかしい。 

 つまりそこからの一部始終を、全て見られていたということだ。

 それと同時に、カッと顔が熱くなるのを感じる。


「だ、だったら……もっと早く助けてくれればよかったのに」


 命の恩人に吐く台詞では断じてない。

 だというのに、アタシの口は勝手に憎まれ口を叩いていた。

 

 言った瞬間、後悔する。

 また嫌われてしまう。また怒られてしまう。

 いつもみたいに冷めた目で見られて、置いて行かれてしまう。


 でも、違った。


「ははっ、そりゃその通りだ。悪かったな」


 ヴァニは笑いながら、さも当然といったように謝罪の言葉を口にする。


「ふ、ふん! でも別に、助けてもらわなくたってアタシ一人でも勝てたわ!」

「へぇ? そりゃ凄い、もしかして邪魔だったか?」

「邪魔とは言ってないわよ!」


 ああ、どうしてなんだろう。

 次から次に失礼な言葉ばっかり口から出てくる。

 違うんだ。アタシが言いたいのはこんなのじゃない。


 ただちゃんと、「助けてくれてありがとう」って言いたいだけなのに。

 

 それに、どうして……どうして、この人はこんな酷い言葉を言われながら平然と笑ってられるんだろう。どうして、まだアタシと普通に話してくれるんだろう。


 調子が狂う。


「……セスカよ」

「あ?」

「アタシの名前! ちゃんと覚えなさいよね!」

「そっか」


 ヴァニは煙を空に向かって吐き出し、服の内側から携帯灰皿を取り出して煙草を捨てる。

 それから再び、あの優しい瞳でアタシを見つめた。


「セスカ、話は聞いたぜ」 

「話って?」

「さっきここから逃げてきた女の子。あれ、お前さんが助けたんだろ? その子に頼まれたんだ。『お姉ちゃんを助けてあげて』って」

「あの女の子が……」


 その話を聞いて、アタシの胸がじんわりと温かくなる。

 ……そっか、アタシ、助けられたんだ。あの子、無事に逃げられたんだ。


「良かった……」


 安堵のため息と一緒に口から出たのは、紛れもない本心だった。


 ふと、アタシの頭に手が添えられる。

 何だろうと思って見ると、ヴァニがアタシの頭を撫でていた。


「立派なもんだ。よく立ち向かったな」


 低いハスキーボイスと一緒に、優しく撫でられる感触。

 それが物凄く心地良くて、委ねてしまいそうになって、でも恥ずかしくて。


「き、気安く触らないでちょうだいっ!」


 ぱしんとその手を払いのけてしまった。


「ははは! 悪かったって」


 今度こそやってしまった、嫌われたと思ったのに、ヴァニはそれでも笑っている。


 ああ、もう駄目だ。

 この人と一緒にいると、アタシがアタシでなくなる気がする。

 必死に作ってきたアタシの外殻(がいかく)が、簡単に剝がされてしまいそうな気がする。


 そう思ったアタシは、結局お礼の言葉を伝えることもできないまま、彼に背中を向けて走って逃げてしまった。



 その日の夜、アタシは街の中をあてもなく一人で歩いていた。

 理由は単純で、ただじっとしていると頭の中にあの男が浮かんでくるからだ。


「……変な奴」


 少し冷静になって考えれば、アタシの態度は問題だがあの男も悪い気がする。

 初対面の女子の頭を急に撫でるなんて、相当な変人だ。

 まさか変態なのかとも思ったけれど、彼の瞳にはそういう欲望は一切なくて、ただただ子供を見守る保護者みたいな色が浮かんでいた。


 ……それはそれで腹が立つ。


 アタシはもう子供じゃない。立派な大人の女性だ。

 だからやっぱり、急にあんなことをしてきたアイツが悪いんだ。


 でも──


「あの手、温かかったな……」

 

 口から勝手に呟きが漏れる。

 

 初めて人に分け与えてもらった温もり。

 子供の頃からずっと独りぼっちだったアタシにとって、それは心の底から欲して止まないものだった。

 

 もし、アタシにも心の底から家族って呼べる人がいたなら……あんな風に頭を撫でてもらったり、できたのかな。


「ヴァニ……」


 半ば放心したように、無意識に彼の名前を呟いてみる。


 さっきからアタシはずっとこんな調子で。

 だから、いつの間にか人通りの少ない暗い路地に足を踏み入れてしまっていたことにも気付かなかった。


「へへっ、いい女」

「!?」


 急に誰かに腕を引っ張られて、路地の陰に連れ込まれる。

 突然のことに驚いてなんとか逃げ出そうとするけど、相手は何人もいるのか全く抜け出すことができない。


「駄目だよぉ、お嬢ちゃん、こんな夜の裏路地を一人で歩いてちゃさぁ」

「そうそう、おじさんたちみたいな怖い人に襲われちゃうからねぇ」

「でも、もう手遅れだけどね! ヒハハハハ!」


 何? 何なの? 襲われる? 

 頭がパニックになって何も考えることができない。

 生臭い息が顔にかかって、思わず吐きそうになる。

 

 暗闇に慣れたアタシの目には、数人の小汚い服を着た男たちが映る。

 浮浪者……だろうか、その目は欲望でギラギラと光っていて、下卑た視線がアタシの身体を舐め回すように動いている。


「しかし可愛い子だなぁ、テンション上がるぜ!」

「本当になぁ! まさかこんなツキが俺たちに回ってくるなんて、初めて浮浪者をやってて感謝したよ!」

「ん~~~! ん~~~!」


 叫んで助けを求めようとするけど、口を手で塞がれていて声が出せない。

 必死に暴れても無駄で、そうこうしている内に男の手が伸びてきた。


「うひょっ! 良い体ぁ!」


 乱暴に服を剝ぎ取られ、アタシの身体が月明かりの下に(あらわ)になる。

 そこまでくれば、アタシがこれから何をされるのかなんて嫌でも分かってしまった。


「おい、俺が先だ! 俺が先!」

「馬鹿野郎! 最初に目付けたのが誰だか忘れたのか!」

「それより早く下も脱がせようぜ!」


 それだけは嫌だと必死に抵抗していると、たまたま振り上げた足が男の体に直撃する。


「痛ぇ! コイツ蹴りやがったぞ! おい、抑えとけ!」

「ッ!?」


 逆上した男はアタシの顔に向かって、拳を放った。

 二発、三発と思いっきり殴られて意識が飛びそうになる。

 痛い。なんでこんなことをされなければいけないのか。


「大人しくしやがれ、お前はな、もう俺たちのオモチャなんだよ」


 もう、全てがどうでもよくなってきていた。

 スカートを下ろされ、下着が露出する。


 何やら男たちが興奮して騒いでいる声が聞こえるけど、全く内容が入ってこない。


 ……結局、こうなる運命だったのかな。

 

 多分、これからアタシは好き放題犯されて、そして飽きたら殺されるんだろう。

 朝の冷えた路地に、死体だけ放置されて。

 折角彼に助けてもらった命なのに、延びたのはたったの数時間だけ。


 乱暴に胸を揉まれる。

 男の体臭が臭い。

 

 ああ、一度でいいからアタシも愛されたかったな。

 アタシはアタシだって、そこにいていいんだって認めてほしかった。

 

 気付けば涙が一筋、頬を流れていた。

 建物の角に少しだけ見える月は、こんな日でもとても綺麗だった。

 

 そして、男の手が遂にアタシの下着にまで伸びる。

 薄暗く人の寄り付かない路地に、助けは来ない。


 ふと、あの人の顔が浮かぶ。


 ──ヴァニ。


 こんな男たちに犯されるくらいだったら、あの人がよかった。


 そして──


「よう、今日は良い夜だな」


 今まさに思いを馳せていたその人の声が、私の耳にやけにハッキリと届いた。

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