第42話:アタシのヒーロー①
《Sideセスカ》
夢を、見ていた。……それは昔の記憶。
アタシがヴァニという男と出会った時の、始まりの記憶だった。
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「あーあー面倒くせぇ! お前みたいな気の強い奴のご機嫌取りをすんのはもううんざりだ!」
男がバンとテーブルを叩いて立ち上がる。
そして他の仲間たちと共に床に唾を吐きながら、どこかへ立ち去っていった。
「……ハァ。ほんっと、面倒くさいのはこっちだってのよ」
アタシは椅子に座って頬杖をついたままため息をつく。
結局、今回のパーティも三日と持たなかった。
女のくせに生意気、ついていけない、気が利かない──
理由は様々あっても、大体どれも自分本位なやっかみばかり。
アタシだって、自分ががさつで気が強いのはよく理解してるつもりではある。
だけどこれがアタシなんだ、仕方ないだろう。
「パーティなんて疲れるだけね。いっそソロで活動しようかしら」
元々、誰かとパーティを組んで冒険者をやることに拘りがあるわけでもなかった。
ただ何となく、少し憧れのようなものがあっただけ。
仲間と一緒に強敵を倒して、その話をしながら楽しくご飯を食べる、そんな生活に。
それがいざ蓋を開けてみればこれだ。
もう、あの頃みたいなワクワクなんてどこにもなかった。
ただご飯を食べて、寝る場所を確保するために仕事をして、帰ってきて、寝る。
それだけの生活の繰り返し。
一体いつまでこんな人生が続くんだろうか。
それはまだ十五歳の子供が抱く感情にしては、あまりにも擦れていた。
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「これで終わりっ!」
細剣が魔獣の心臓を貫き、短い断末魔と共に命を奪う感触を得る。
今日も仕事をしに、アタシは近くの森にやってきていた。
いつもと変わらない、雑魚を相手に剣を振るう虚無な一日。
でもこれでお金を貰っているんだから文句は言えない。
アタシはてきぱきと斃した魔獣の皮を剝いで、討伐証拠の部位を切り取る作業を終わらせる。
膝に付いた土をぱんぱんと叩き落しながら立ち上がって、額に滲んだ汗を拭った。
「今日はこれで帰ろっかな。もう依頼分も集まったし」
そうして踵を返して帰ろうとした瞬間──
「きゃあああああああっ!」
『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
どこかから子供の叫び声が聞こえた。
それと同時に、魔獣の咆哮。
気付けばアタシの足は勝手に動いていた。
幸いなことにそんなに距離は遠くない。
アタシの足なら、充分に間に合う。
急いで駆けつけたアタシの視界に飛び込んできたのは、籠を放り投げて尻もちをつく小さな女の子と、その目の前に二本の足で立つ巨大な熊の魔獣。
「っ、その子から離れて!」
アタシは叫びながら、女の子と魔獣の間に立って庇うように細剣を構えた。
『GRRRRRRRRRRR……!』
魔獣は突然現れたアタシに警戒の唸り声を上げる。
その剥き出しになった牙の間から涎がぬらりと垂れて、地面に落ちた。
よく見ればかなり痩せている。食料がなくて気が立っているのだろう。
「もう大丈夫、あなたは逃げて」
「で、でも……お姉ちゃんが……」
女の子は戸惑ったような声を上げる。
アタシは舌打ちしたくなった。
悠長に言葉を交わしてる時間はない。でも、ここで怒鳴ったら女の子は更に怯えてしまう。
だから、アタシは顔だけ振り返って女の子に微笑んだ。
「アタシは平気、これでもけっこう強いんだから。さ、早く」
「あ、ありがとう!」
そう言うと女の子は近くにあった籠を拾って、森の出口に向かって逃げて行った。
「あら、行かせるわけないでしょ」
『GRRRRRRRUUUUU!』
魔獣が女の子を目で追いながら追走しようとするが、身体を動かしてその視線を遮る。
魔獣は苛立ったようにアタシを見て更に唸り声を強くした。
かなりの巨体だ。その腕力もどれだけ強いかなんて想像に難くない。
でも、アタシならやれる。その時はそう過信していた。
「はああああっ!」
駆け出して、細剣を振るう。
剣先が魔獣の右目を大きく斬り裂き、魔獣は大きな声を上げて仰け反る。
「はっ! 所詮は雑魚ね、まだまだこんなものじゃないわよ!」
次の一撃で沈める。
そう思って深く踏み込んだ瞬間、魔獣がアタシに向かってその鋭い爪を振りぬいてきた。
当然それに反応したアタシは細剣で受け流そうとして、そして──
「嘘っ!? きゃああああっ!」
ぱきん。
細剣が折れて、力を受け流せなかったアタシはそのまま吹き飛ばされて近くにあった木に背中から激突してしまった。
「っ痛……どうして……!」
生暖かい感触が頭の方から流れ落ちてきて、手で触って確認してみるとべっとりと血が付いている。
どうやら攻撃をもらった拍子に頭をぶつけて切ってしまったみたいだ。
でも、それだけで済んでよかったとも言える。あんな攻撃、まともに喰らったらいくらアタシでもひとたまりもない。
それより、問題なのは細剣だ。
中心からポッキリと折れてしまってもう使い物にならない。
これじゃあ、アタシはもう魔獣に対抗する武器がない。
『GARRRRRRRRR……!』
魔獣は口から涎を垂らしながらゆっくりとアタシに近づいてくる。
その時、初めてアタシは死の恐怖というものを覚えた。
今まで奪ってきた命と同じように、今度はアタシが目の前の魔獣に命を奪われるんだ。
「嫌……嫌よ……来ないで……!」
アタシは必死に後退りする。
けど、すぐにその背中は木に着いてしまった。
もう逃げ場はない。そして、魔獣がアタシを見逃してくれるはずがない。
涙で視界が滲む。
あれだけカッコつけておきながら、あれだけ粋がっておきながら、アタシはなんて無様なんだろうか。
ふと、走馬灯みたいに昔の出来事が頭の中を流れる。
──『どこへなりとも消えてしまえ。お前のような存在、私にとっては不要だ』
──『ああ、なんて穢らわしい! あなたみたいな子がいるだけで虫唾が走るのよ! さっさとどこかに行って頂戴!』
──『見ろよ、あの高飛車女。ああいうのは結局どこに行っても独りなんだろうな』
ああ、そうだ。アタシはずっと昔から〝いらない子〟として扱われてきた。
物心ついたときから、ずっと。
だから、きっとここでアタシが消えても誰も悲しまない。
だって、アタシが消えたことにすら誰も気付かないんだから。
……それは、やだな。
アタシだって頑張って生きてきた。
自分の価値を見出すために、必死に頑張ってきたんだ。
それなのに、こんな終わり方をするなんて──
「やだ……やだよぉ……! 誰か、誰か助けて……!」
情けなく、アタシは来るはずもない誰かに助けを求める。
魔獣はもう目の前まで近付いてきていた。
獣臭い体臭が鼻を突く。
『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
「っ…………!」
そして魔獣が爪を振り上げるのが見え、怖くなったアタシは次に来るであろう痛みに強く目を閉じて──
「おい」
『Ga……?』
だけど、いつまで経っても痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けると、そこには一人の男の人が立っていた。
男性は魔獣の脳天から一直線に剣を突き立てていて、魔獣が白目を剥いて絶命したのを確認するとその頭から飛び降りてアタシの隣に降り立った。
「ふぅ、危ねぇ危ねぇ。大丈夫だったか?」
「え、あな、あなたは……?」
男性はさっきまでの冷徹な、死を濃厚に匂わせる表情から一転してアタシに優しく微笑みかけ、手を伸ばしてくれる。
「俺はヴァニ。まぁ、ただの同業だよ」
それが、彼とアタシの初めての出会いだった。




