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不死刑—世界を救えば死ねるらしい—  作者: 茄子田わさび
第二章:万魔のラビリンス
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第41話:ミア・シーラ

 なんとか間に合った。……いや、それでも少し遅かったが。

 軽々と巨人の大剣を受け止めながら、俺はちらりと後ろを振り返る。

 

 セスカはもう息も絶え絶えだった。

 今はノエルが必死に治癒魔法をかけてくれているが、助かる確率は低い。

 だからこそ、俺の役目はノエルが治療に全力を尽くせるようにこの巨人を止めること。


 ──いや、止めるなんて生温い。こいつは必ず殺す。


『NUGAAAAAAAAAAAAA!』


 巨人の振り下ろす大剣に更に重圧がかかる。

 だが今の俺には子猫がじゃれついてくるようにしか感じられなかった。


「その程度か? なら今度は俺の番だな」


 少し力を込めると、大剣が弾かれて巨人が大きく()()る。

 

 ──瞬歩。

 

 軽く飛ぼうと思っただけで、俺は巨人の眼前にいた。

 そのまま剣を横薙ぎに払えば、巨人の兜がひしゃげて横に吹っ飛ぶ。


 轟音と共に広場の壁に激突した巨人。

 空間が砕けてその上に滝のように落水が注がれる。


 まだだ、まだこの程度じゃ許さない。


『…………』

「今のでお前の罪の百分の一ってところだな」


 景色が凄まじい速度で動き、一瞬で巨人の元に到達。 

 頭を振って意識をハッキリとさせようとしている巨人の肩口に、剣を突き立てる。


 鋼鉄の鎧がまるでバターのように柔らかい。

 

「……これじゃどっちが魔物だか分からねぇ」

    

 ここまで超人的な力を発揮できている理由。

 そして俺がセスカたちの救援にギリギリ間に合った理由。

 

 それは、俺の心臓付近で黒い紋様(もんよう)と共に脈動する釘にあった。  

 そう、正体不明(デウリエリ)が落としたモノだ。

 まさか自分の体に突き刺して試すことになるとは思ってもいなかったが。

 

 魔法陣に巻き込まれたノエル、そしてセスカを助けようとした俺は、所謂(いわゆる)モンスターハウスの中心に飛ばされた。

 そこで死闘を演じる最中(さなか)、頭の中で聞こえた声に従って釘を取り込んだのだ。


 結果得た能力は、奴と同じ驚異的な移動速度、そして圧倒的な膂力(りょりょく)

 もう一つあるが、それは今この場では使えない。彼女たちを巻き込むことになるからな。だがこの二つで充分だ。


「長引かせるつもりはない。お前はここで──死ね」

『GAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 巨人の鎧、その胸部に剣を突き立てること二十四回。

 もはやそこは鎧に守られているとは言い難く、ぽっかりと空いた大穴の奥で不気味に鼓動する赤い宝石が露出していた。

 あると思ったぜ、いわんやコイツの魔核と呼ばれるものだ。


 俺は魔核を抜き取り、巨人の前に掲げて見せる。


「よくもセスカをやってくれたな。おかげで俺は大切な仲間を失うところだった」


 激情が全身を駆け荒れ、されど心はどこか冷静に俯瞰(ふかん)している。


「さよならだ」


 力を入れ、魔核を砕く。


『OOOOO……O……GAAA…………』


 巨人はぐったりと全身の力を抜いて地面に倒れ伏し、黒い砂となって消失した。

 それを見届けた俺は(きびす)を返し、ノエルたちの元に駆け寄る。


「セスカさん! しっかりしてください、必ず助けますから!」


 ノエルはセスカに必死に呼びかけながら、淡い蒼の奇跡を彼女に施している。

 けれどセスカがその声に答えることはなく、彼女はどこか安らかな顔で静かに目を閉じて横たわっていた。

 

 一瞬最悪の想像が頭を(よぎ)るが、よく見れば本当に微かにだが、まだその胸が上下している。

 俺は彼女の傍らで地面に剣を立てて片膝を突き、その手を取った。


「セスカ、頑張ってくれ……もう大丈夫だ、全部終わったから」


 言って、俺は自分の声が泣きそうな程に震えていることに気付いた。

 

 ああ、そうか……そりゃそうだよな。

 この迷宮調査を通して、いつの間にか俺の中で、セスカはノエルと同じくらい大切な存在になっていたんだ。


 いつだったか、俺は彼女に「怖いものはないのか」と訊かれたことがある。

 その時俺は、「自分は怖いという感情が灼き切れてしまった」と答えた。

 その答えに嘘はない。

 だが、まだ一つだけ……たった一つだけ、俺にも怖いものはあったんだ。


 それは、喪うということ。

 

 喪失の恐怖だけは、未だに拭い去ることができない。

 人は生まれ、そして死んでいく生き物だ。

 いつかは別れが平等に訪れる。喪い、喪われることになる。


 分かっていても、俺はそれが嫌で嫌でたまらない。 

 それが例えどれだけ覚悟していても。


「セスカ……頼むよ、目を開けてくれ……」


 もうあんな思いをするのは二度と嫌なんだ。

 俺は……俺の大切な人が俺の前からいなくなるなんて死んでも御免だ。


 その時、微かに──本当に微かだが、セスカが俺の手を握り返すのを感じた。

 ハッとして顔を上げれば、薄らと目を開けた彼女が俺の方を見て微笑んでいる。


「ヴァニ……」

「セスカ!」

 

 血に濡れたその口から紡がれる声は、驚くほどに弱弱しい。


「ありがと……ね……来て、くれて……助けて……くれて……」

「そんなの当たり前だ! すまん、来るのが遅れて……もう少し早く来れてれば、お前は……!」


 セスカは静かに首を横に振る。


「いいの、よ……全部……アタシが、弱かった、せいだから…………むしろ……アタシ、また……ヴァニに、迷惑……かけちゃった……」

「そんなことを思ったことは一度もない!」

  

 きっと今の俺の顔は、酷いことになっているだろう。

 もっと安心させてやるために、穏やかな顔をしているべきだ。

 だけど……だけど俺にはできそうにない。


 なぁ、どうしてお前はそんなに消えそうな笑顔をしてるんだよ。

 それじゃまるで……まるで自分の終わりを悟ってる奴みたいじゃないか……。


「ヴァ、ニ……」

「何だ? 何でも言ってくれ」


 消え入りそうなセスカの声。

 俺はそれを一言一句聞き漏らさないように、彼女の口元へ耳を近付ける。


「アタシ、ね……どう、しても……アンタに……伝えたかった、ことが……あるの……」

「伝えたいこと?」


 セスカの口から漏れる吐息は、もう殆ど聞こえない。


「アタシ……ね…………ヴァニの、ことが…………────」

 

 ふっ、と。

 俺の手を握り返すセスカの力が抜け、その手が地面に落ちる。

 セスカは目を閉じて、何かを言いかけたまま静かに息を引き取った。


 ノエルは息を呑んでその瞳いっぱいに涙を溜め。

 そして俺は感情に任せるままに叫ぼうとして。




『お前はこの結末を受け入れるつもりか?』




 そんな声が聞こえてきた。

 それは、今までに何度も聞いたことがある声。

 あの虚無空間で相対する、謎の男の声だ。


「受け入れられるわけ……ないだろ」

『だったら自分を信じろ。自分たちを信じろ』

「何が言いたい……?」

『もう二度と喪わないと誓ったんだろ。その誓いを果たすときだ』


 男の声は俺の質問には答えず、一方的に告げてくる。

 だが、それで充分だった。


「ああ、そうだよな……認められない、認められるはずがない」


 俺はセスカの顔を見る。

 さっき、お前は俺に何を伝えようとしたんだ? 

 それを聞かないまま逝かせるなんて、俺は絶対に許さないからなこの野郎。


「ノエル」

「……はい?」


 泣きじゃくりながら俺に顔を向けるノエルに向かって、手を伸ばす。


「俺の手を」


 デウリエリの力を手に入れてから、俺の体には今までになかった不思議な力が渦巻いているのを感じていた。

 これが魔力なのかは分からない。もっと別の危険な力かもしれない。


 だから、これは賭けだ。

 だけど、試さない手はない。


「俺の力を貸す。だから、もう一回セスカに魔法をかけてくれ」

「…………分かりました」


 この結末を受け入れられないのは、恐らくノエルも一緒だ。

 俺とノエルは手を握り合い、そして共にセスカの手を取った。


「水の安らぎよ、生命の流れよ、私は(こいねが)う。全ての命の源は水にあり。全ての水の力は我に在り」 


 ノエルは言霊を紡ぐ。

 それは完全詠唱と呼ばれる、魔法の神髄。

 (しっか)りとセスカを見据え、言の葉を(そら)んじる。


「セスカさん。私たち、まだまだこれからじゃないですか。せっかくお友達になれたのに、大切な仲間になれたのに、ここでお別れなんて私たちは絶対に認めません。だから──」


 俺たちは目を合わせ、頷く。


「≪万理水生(ミア・シーラ)≫」

  

 魔法が発動し、セスカの体を優しく水が包む。

 目に見える傷が消え、元の綺麗な体に戻っていく。

 それと同時に、俺の身体からごっそりと何かが引き抜かれていくのを感じた。


 頼む、目を開けてくれ、セスカ。

 またお前の元気な声を聴かせてくれ。

 いつもみたいに俺を罵って、そして笑わせてくれ。


 心の底から祈りを込めて、セスカの手を握る。

 



 そして────




「ん………………」




 


 セスカの目が、開かれた。

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