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不死刑—世界を救えば死ねるらしい—  作者: 茄子田わさび
第二章:万魔のラビリンス
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第40話:絶望に差す希望

《Sideセスカ》


『NUUUUUUUU…………!』


 巨人が地の底から響く唸り声を上げる。

 重低音が鼓膜を震わせ、肌を(あわ)立たせた。


 黒い甲冑に全身を包んだ、騎士のような見た目。

 しかしその兜は禍々しい棘が何本も生えており、スリットから覗く(あか)の単眼が(しっか)りとアタシたちを見据えている。


「くっ……!」


 駄目だ、気圧されるな。

 アタシは細剣(レイピア)を構えながら、攻めあぐねていた。


 相手は砦のような巨体の魔物。対するアタシはただの人間。

 竜に(ねずみ)が挑むようなものだ。

 自分でもどれだけ無謀なことかはよく分かってるわよ。

 

 だけどね──


「負けるなんて運命、認められるわけないでしょッ!」


 吠えながら、剣身に紅蓮を(まと)わせる。

 何百回、何千回と使ってきた(わざ)だもの、呼吸と同じくらい自然にできるわ。

 

 そして、疾走。

 

 正面から挑むなんて馬鹿な真似はしない。 

 狙うのは鎧の隙間、細剣(レイピア)を刺し込めそうな部分だけ。


『NUUOOOOOOOO……!』

「はあああああッ!」


 跳びあがる寸前、足の裏で小さな爆発を起こして推進力を得る。

 そして一気に巨人の肩まで接近して細剣(レイピア)を振るおうとして──


「っ!? 速ッ──!?」


 巨体とは思えないスピードで振るわれた剛腕を寸でのところで(かわ)す。

 凄まじい風圧が目の前を通り過ぎて、髪の毛が何本かはらりと落ちた。

 攻撃の出鼻を(くじ)かれたアタシはくるくると回転しながら着地し、巨人から距離を取る。


 ……危なかった。

 あと少し、あと少し判断が遅れていたら今頃アタシの体は木っ端微塵に粉砕されてた。


 額を冷や汗が伝うのが分かる。


「≪《水穿槍(アクシオラ)》≫!」


 ノエルの援護射撃が巨人の兜に命中し、その巨体がぐらりと傾く。

 一体どれだけ莫大な魔力を持っていれば、そんな出鱈目(でたらめ)な威力が出せるんだろう。


 とにかく、好機(チャンス)ね。

 

 心の中でノエルに感謝しながら、アタシは再び巨人に接近する。

 今度は姿勢を低くしながら地を駆けると足甲の隙間を狙って、レイピアを突き刺した。


 ずぶりと肉を貫く感触がする。


『NUUUUUUUUUUU!?』


 苛立ったように呻き声を上げながら、巨人が足を持ち上げて振り下ろしてきた。

 アタシは素早く後方に飛び退いてそれを回避する。

 凄まじい衝撃が地面を伝い、ぐらぐらとアタシの足元が揺れた。


 手応えはあった。でも、些細なダメージを与えただけ。

 あとどれくらい繰り返せばいいのか、先のことを考えて頭がくらくらしそうになる。


 いや、弱音を吐くな。ここでやらなきゃ、いつやるっていうのよ!

 アタシは唇を強く噛み、自分を叱咤する。

 体力はまだ残ってる。例えどれだけの時間がかかっても、こいつはアタシとノエルで倒して見せる!


「ノエル! 足よ! 徹底的に足を攻撃するわ!」

「分かりました!」


 後方からノエルの返事が聞こえる。

 現状、アタシたちが取れる唯一の打開策だ。

 なんとかして奴を転ばせることが出来れば、その兜の隙間から覗く瞳に細剣(レイピア)を突き立てられる。

 

 魔物だって生命だもの、弱点は頭にあるはずだわ。


「≪水穿槍・三重(アクシオラ・トリオラ)≫!」

『NUGUOOOOOOOO!』


 三連続の水流が轟音を立てて巨人の脚部と激突する。

 再び体勢を崩しかけて踏ん張る巨人の足を、アタシはレイピアで何度も刺突した。

 肉を裂く湿った感触と共に、確かなダメージが通っていることが確認できる。


「いいわ、この調子なら!」

 

 地団駄のように踏み下ろされる足を華麗なステップで躱しながら、アタシは高揚を覚える。 

 でも、次に巨人が見せた動きに背筋が凍り付いた。


『NUUUUUUUUUUUU!』


 巨人は雄叫びを上げると、虚空に向かって手を伸ばした。

 一体何をするのかと思えば、伸ばされた手の先にある空間が歪み始め、そこから巨大な剣が二振り現れる。巨人の体とほぼ同じ大きさの剣だ。あんなものを振るわれたら、受け止めきれない。


 戦慄(せんりつ)を覚えるアタシに、しかし時間をくれるほど巨人は優しくない。

 もはや風切り音なんて呼べない轟音を上げながら振るわれる大剣を何とか(かわ)すけど、もう片方の大剣がすぐそこまで迫ってきている。


「≪堅水壁(アク・ミリア)≫!」

 

 もう駄目かと覚悟したところで、アタシを守るように水のバリアが現れて大剣と衝突する。


「あ、ありがとう!」

「気を付けてください! 長くは持ちませんので!」


 その言葉を証明するように、バリアに亀裂が入り始める。

 アタシは急いで回避行動を取り、バリアの外側に出た。

 直後、大剣が地面を粉砕する。


 さっきから危ない場面ばっかりだ。

 ノエルがいてくれなかったら、今頃アタシなんてとっくに地面のシミになっていたと思う。

 

 だからこそ──それが悔しい。

 守る側のはずのアタシが、守られてばっかりいることが。

 このままじゃ、何の価値も証明できない。

 

 だから!


「やあああああああああッ!」

  

 裂帛(れっぱく)の叫び声を上げて、アタシは巨人に斬りかかった。

 多分、今まで冒険者をやってきて一番の動きだったと思う。

 場所を変え、角度を変え、次から次へと巨人の足に攻撃を加える。


 黒い血煙が大気中に噴き出し、地面を濡らした。


『Nuuuuuuuuuuuu!?』

  

 巨人の体がぐらりと傾く。そして、がくりと片膝を突いた。

 やっと蓄積されたダメージが功を奏したんだ。

 大剣を地面に突き刺して支えにしている今、反撃の心配もない。

 

 アタシは巨人の膝に飛び乗り、そこから更に跳躍して巨人の頭部を目指す。


 ──このまま押し切る!


 けれど──


「セスカさん、危ないっ!」

「え?」


 次の瞬間、締め付けられるような感覚と浮遊感がアタシの全身を覆った。

 何が起きたのか一瞬分からなかった。

 見れば、巨人が片方の手から大剣を捨て、その手でアタシを握り締めていた。


 ……失敗、したんだ。アタシ。

 

 簡単に予想できたはずだった。

 勝手に焦って、無茶した結果がこの(ざま)か。

 当然の結果だったのかもしれない。


 そして、巨人がアタシを握る手に力を籠める。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?!?」


 みしりと全身の骨が軋む。

 ごきりと、どこかの骨が砕ける。

 たまらずアタシは口から大量に血を吐いた。

 

 折れた肋骨が肺に刺さる感覚。

 ああ……このまま握り潰されて死ぬのかな。


 全身は耐えられない激痛と苦痛に苛まれているのに、アタシの心はどこか穏やかだった。

 ……うん、これでいいんだ。だってアタシは〝いらない子〟なんだから。

 むしろ、これまでよく頑張って生きてきたと思う。


 周囲の評価を見返したい一心で必死に頑張って、足掻いて、ここまでやってきた。

 

 本心は──心残りがないわけじゃない。

 

「ヴァ、ニ……」


 それは、まだこの気持ちを伝えることができていないこと。

 

 フレデリックの街で彼の姿を見たとき、本当は嬉しくて仕方がなかった。

 駆け寄って、抱き着きたかった。

 もっとずっと一緒にいたかった。


 でも、それは叶わない夢。

 そうしてしまったのは他でもない、アタシ自身だ。


 今更、どんな面を下げて彼と接すればいいっていうんだろう。

 アタシにはそんな資格はない。

 だけど、ねぇ──もし許されるなら。


 その時、全身を締め付けていた力が緩まったと思うと、アタシは激しく地面に叩きつけられた。


 折れた全身の骨に衝撃が加わって、思わず血と共に咳き込んでしまう。

 呼吸が苦しい。血が昇ってきて、うまく息ができない。


 ぼやけた視界の中で、ノエルが涙を流しながら必死にアタシに何かを叫んでいる。


 その向こうでは体勢を立て直してしまった巨人が大剣を振りかぶっているところだった。

 それに気付いたノエルは即座にバリアを張り、再びアタシに顔を向ける。


「ノエ……ル……、アンタは、逃げ……がはっ! ごほっ!」


 ああ……駄目よ、ノエル。

 ここにアタシと一緒にいたら、アンタまで殺されちゃう。

 そんなのは見たくないよ。

 

 だって、アンタは初めて心からアタシと友達になってくれた女の子なんだもの。

 

 最初はお互い最悪だったわよね。

 喧嘩して、馬鹿にしあって、でもその後すぐに仲良くなれて。

 

 ねぇ、あの時どれだけアタシが嬉しかったか知ってる?

 

 だから、お願い。


 ──バリアに亀裂が入る。


 お願いよ、神様。


 この子だけは、ノエルだけは──


「助けて……」


 助けて。


「お願い……」


 どうか。


「助けて……ヴァニ……!」

 

 そしてバリアが破壊されて、大剣がアタシたちに迫り──






「遅くなって悪かった」






 衝撃はこなかった。 

 

 代わりに見えたのは、自分の何十倍もある大剣をたったの剣一本で防ぐ、アタシの大好きな英雄(ヒーロー)の後ろ姿だった。

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