第39話:鎮座する巨人
《Sideセスカ》
アタシは暗い水路を二人、ノエルと肩を並べながら歩いていた。
未だに手が震えてるけど、絶対にバレないように隠してる。
さっき、アタシがノエルを救出できたのは全てが偶然だった。
物凄い音が聞こえたから調べに来て、かと思えば出鱈目な大洪水が起きたから必死に天井にぶら下がってやり過ごして。それで、絶対に犯人はノエルだって思ったから慌てて駆けつけてみたらなんとスライムにやられそうになってるじゃないの。
アタシはこれでも、ここを含めて何回も迷宮に潜ったことがあるからスライムの怖さは知ってる。アレは戦うべき相手じゃないってね。
でも、そんなことは言ってられなかった。
目の前でここまで一緒にやってきた仲間が、友達が殺されそうになってるのに見過ごすことなんてできない。
そう思ったら急に頭が冷静になって、スライムの頭に核が見えたから無我夢中で突き刺して。
後のことは知っての通りね。
……本当に、一時はどうなるかと思ったわ。
「──さん? ──カ──ん」
もしあそこでノエルを失ってたら、アタシはどんな顔をしてヴァニに会えばいいのよ。
それだけじゃない。ノエルは、アタシにできた初めての友達で──
「セスカさん!」
「ひゃあっ!? な、なによ」
耳元で大きな声を出され、驚いて変な声を出してしまう。
「もう、聞いてくれてなかったんですか?」
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしてたのよ」
ノエルはぷくっと頬を膨らませて抗議の視線を送ってくる。
なんだかハムスターみたいで可愛いな、なんて、アタシは場違いな感想を抱いてしまった。
「実はここに来るまでに、冒険者さんのご遺体を見つけたんです」
「ああ、そのことね……」
どうやらノエルも見つけていたらしい。
アタシもここに来るまでに散々見たから知っている。
男女様々、若い人から中年まで、沢山の冒険者の死体がこの水路には転がっていた。
どれも溶けて白骨化していたり、白骨化半ばで中途半端に放置されていたからスライムの仕業で間違いないと思う。
……本当に酷い死に様だった。
そのことを共有すると、ノエルは驚いたように目を丸くして、それから「やっぱり」と小声で呟いた。
「私、少し思ったことがあるんです」
「何?」
「あの人たちも、もちろん皆さんそうだとは言いませんけど……もしかして、転移の魔法陣に引っかかってここに飛ばされてきてしまったんじゃないか、って」
転移の魔法陣……思い出しただけで腹が立ってくる。
あれは断じて、よくあるタイプの迷宮の罠の類じゃなかった。
多分……対象を選別して発動するタイプのものだと思う。
アタシも初めての経験だったから確証はないけど。
じゃあその選別条件は何かって言うと──
「……」
アタシはノエルの顔をちらりと盗み見る。
多分、この子の持つ膨大な魔力ってところかしら。
もちろんアタシも人より魔力が多い方だから、ノエルだけが原因じゃない。
「作為的な気配がぷんぷんするわ……」
「セスカさん?」
「ううん、なんでもない」
もし。もしもアタシの被害妄想じゃなければ。
あの罠を設置した犯人がどこかにいるはずだ。
そいつはきっと、この迷宮のどこかで何かを企んでるんだと思う。
発想が飛躍しすぎてるかもしれないけど、この迷宮全体のただならない空気には何か理由があるはずだもの。
『────────────ァァ!』
その時、どこか遠くで何かが聞こえた気がしてノエルと顔を見合わせる。
「今、何か……」
「はい、私にも聞こえました」
魔物の叫び声だろうか。
少なくとも人間の出す声じゃないと思う。
まさか──
「ヴァニ……」
「ヴァニさん……」
ノエルとアタシの声が、綺麗に被った。
二人とも考えることは一緒みたい。
もしかしたら、今もどこかでヴァニが戦ってるのかもしれない。
たった一人で、傷付きながら。
想像しただけでいてもたってもいられなくなる。
でも、今のアタシにそんな心配をする資格があるのだろうか。
「…………」
アタシのものじゃない感覚に身体が乗っ取られていた時の記憶は、鮮明に残っている。
アタシはヴァニに罵詈雑言を吐きながら襲い掛かって、あまつさえ彼を傷付けてしまった。
彼は「気にしなくていい」って言ってくれたけど、それでもアタシはやっぱり自分を許すことができない。
本当は、すぐにでもヴァニたちから離れて消えてしまいたかった。
アタシにヴァニたちの傍にいる資格なんて失ってしまったから。
だけど、彼はそれすら見透かしたようにアタシの逃げ場を優しく封じてしまった。
その結果、罪の意識だけがアタシの心に残り、楽な方に逃げることを許してくれない。
もう、どうしたらいいか分からないの。
逃げることも、向き合うことも烏滸がましい。
自分の身体が汚らわしくて仕方ない。
「セスカさん」
「……?」
そっと、ノエルの手がアタシの手に触れる。
「やっぱり気にしてますか? あの時のこと」
「……あはは、ノエルにはお見通しか」
どうやら顔に出てしまっていたみたい。
反省するけど、もう遅い。
ノエルはアタシに向かって優しく微笑みかける。
「実は、私もなんです」
「ノエルも?」
予想していなかった言葉に尋ね返すと、彼女は頷く。
「いくら口で立派なことを言っても、結局私は何も行動に移せてないんです。あの時も、ただ見ていることしかできませんでしたから……」
「ノエル……」
アタシは何と返してあげたらいいのか分からず、ただノエルを見つめることしかできない。
きっと、彼女が欲しいのは慰めの言葉じゃないって分かってるから。
でも、そこまで踏み込む勇気が今のアタシにはない。
……ほんと、友達失格ね。アタシは。
「わぁ、随分広い所に出ましたね」
そのまま悶々と歩き続けていると、アタシたちは広い空間に出た。
どうやらここは全ての水路の源のようだ。
まるで蜘蛛の巣みたいに至る所に向かって水路が伸びていて、上の方からは滝のようにザーッと音を立てて水が流れ落ちている。
天井は首を思いっきり上に持ち上げても見渡せないほど広く、窓からは光が差し込んでいた。
「……待って、ノエル」
「……はい」
アタシはノエルの前に腕をかざして警戒する。
問題は、この広間の中央部分にいた。
本来なら貯水池として機能しているはずの円形の窪みには水が殆どなく、代わりにまるで城砦と見紛うほど大きな魔物が腕を組んで立っている。
魔物──フロアボスはアタシたちに気付いているのか気付いてないのか知らないけど、ただそこに立っているだけなのにここまで届くほどの威圧感をビリビリと放っていた。
こんな奴、見たことない。
「やるしかない……のよね」
「……っ」
思わず出た情けない言葉に、自分で嗤ってしまう。
ノエルがぎゅっと杖を握りしめるのを見て、「怖いのが自分だけじゃなくてよかった」と思ってしまうことが情けない。
こんなんじゃ、ノエルを守って戦うことなんてできないっていうのに。
ふと、アタシの脳裏にあの男の姿が過った。
──ヴァニ
アタシの記憶にいるあの男は、いつだって独りで恐怖をものともせず戦っていた。
過去に一度「怖くないのか」と尋ねたことがある。
何に対してかと訊かれたから、死んだり怪我をするかもしれないことがと答えると、ヴァニは笑って言った。
──『俺はさ、どうも怖いって感情が灼き切れちまったみたいなんだ』
そう語ったあの時の彼は、凄く寂しそうな表情をしていたのを覚えている。
アタシはアイツの過去に何があったのか知らない。
アイツみたいに戦うこともできない。
だけどあの時思ったの。
なら、アタシがこの人の代わりにこの人自身を守るって。
その想いだけは、今でも一度も揺らいだことはない。
『……………………』
ずっと黙していた巨人が顔を上げ、アタシたちを視界に捉える。
赤い瞳が輝き、地震のような音を立てて組んでいた腕を解いた。
「覚悟はいい、ノエル?」
「はい、全力でサポートします!」
第三十七層のフロアボス──今のアタシたちじゃ逆立ちしても勝てない相手との戦いが、今始まる。




