第35話:豹変
第三層は、流石だなという階層だった。
雰囲気が雰囲気なら、出てくる魔物もクリーチャーのようなものが多い。
魔物なんて皆おしなべてバケモノのような見た目だが、そういう次元の話ではないのだ。
例えば、全身に釘が刺さった歩く死体袋。
例えば、首が反対の方向に折れた髪の長い女。
例えば、磔にされた浮遊する怪物。
とてもじゃないが、直視したい存在ではない。
「きゃああああああっ!」
現在進行形で、頭が三つある四つん這いの双子に追われながらセスカが絶叫を上げている。三だの四だの二だのハッキリしてほしいところだ。
「せ、セスカさん! あわわわわわ!」
一方のノエルも、腸が飛び出た老婆に手を焼いていた。
「見てないで助けなさいよヴァニぃぃぃぃぃっ!」
「ヴァ、ヴァニさん! 私も無理ですううううっ! お婆さんは攻撃できません!」
「いや……」
俺は呆れつつ、背後から忍び寄ってきていたゾンビ犬を斬り伏せる。
この階層に出てくる魔物は、全体的に見た目が生理的に受け付けないだけでそこまで強いわけではない。
今セスカたちが相対している魔物だって彼女たちの実力ならば簡単に屠れるレベルだ。
だから、ここで甘やかしてはいけない。
「ほら、早く倒さないと死ぬぞー」
「この鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「ひええええええんっ!」
近くの家の壁にもたれかかりながら、俺は煙草に火をつけた。
よっぽど危なくならない限り、手を貸してやる気はない。
肝心な迷宮の異変問題は何も解決してないんだからな。
彼女たちにも、何が起きても対処できる自衛能力はある程度付けて欲しい。
「許さない……殺してやる、殺してやるわよヴァニィィィィッ!」
セスカは何だか物騒なことを叫びながら、くるりと方向転換して極大な炎の渦を放つ。彼女に関してはクリアと見ていい。
「ごめんなさい、お婆さん!」
ノエルもノエルで、魔物に対して謝罪の言葉を口にしつつきっちりと老婆を仕留める。
「なんだ、やればできるじゃないか」
煙草を口から離し、煙と共にひゅうと口笛を吹いた。
そして煙草を地面に落とし、靴の踵でぐりぐりと揉み消す。
本当なら絶対にダメな行為だ。
煙草のポイ捨てなど、喫煙者の風上にもおけない社会の屑がすることである。
しかし、こと迷宮においては別に構わない。
何故ならどういう理屈か、捨てたゴミは勝手に迷宮に吸われて消えるからだ。
だというのに置いた荷物はゴミとして判定されない。
結局、人類は迷宮という未知の存在についてまだ三割も解明できていないのである。
「お疲れさ──」
「≪豪炎閃≫!」
「はぁっ!? バッカ! 危ねぇ!」
二人に近づこうとした俺に向かって、セスカが魔法を放ってくる。
ギリギリのところで回避したが、髪の毛先に掠ってちりちりと焦げた匂いがした。
何考えてんだこの女。
「フフ、フフフフフ……アハハハハハハハ」
やべぇ、こいつ目がマジだ。
「イカれてんのかお前!」
「アンタが全部悪いのよ! 死になさい!」
だが彼女は止まる様子がなく、風の如きスピードで切りかかってくる。
咄嗟に剣で防いだが、凄まじい衝撃が腕を襲った。
完全に殺しに来てる勢いだ。
「おいおい、悪ふざけにしちゃタチが悪すぎねぇか」
「そ、そうですよセスカさん! 落ち着いてください!」
「死ね、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
セスカは口の端に泡を溜めながら、半狂乱の勢いで細剣を乱舞する。
……待てよ、様子がおかしい。
俺の記憶にある彼女は、冗談でもこんなことをする奴ではなかった。
となれば、まさか──
「おい、セスカ! 俺だ! 覚えてるか!?」
「敵、敵敵敵敵ィィィィィィ! 魔物はみんな殺すゥゥゥゥゥゥ!」
「クソッ! やっぱりそうなってたか!」
間違いない、セスカは異変に吞まれている。
「ヴァニさんっ!」
「手出しは無用だ!」
ノエルが声を上げて加勢しようとするが、俺はそれを制する。
ここでノエルまで加勢してしまえば、確実に少なくない血が流れることになる。
こうなれば、俺がやるしかない。
剣が交差し、火花が散る。
力は俺の方が優勢だが、次の瞬間セスカの細剣が火を纏い始めた。
今までの攻略で散々見てきた付与魔法だ。
「チッ!」
一度剣を引き、体勢を立て直す。
「死ね、死ね死ね死ね、死ね! アタシは……アタシは……? ヴァニ、どうして……? 違う、殺す、ヴァニ、でも、あ、あああああああああああああッ!!」
一方、セスカは支離滅裂な言葉を叫びながら頭を押さえ始めた。
「ッ……! セスカ! 俺の声が聞こえるか!?」
「アタシ、ヴァニを殺す、違う……ダメ……! でも、殺さなきゃ……どうして殺さなきゃいけないの? あぐっ、うううううううううう!!」
どうやら異常思考と理性が戦っているようだ。
今なら何とかなるかもしれない。
「待ってろ、セスカ……!」
俺は剣を構え、再び走り出す。
そしてセスカに肉薄し、剣の柄で腹部を殴ろうとした瞬間──
「敵は殺さなきゃ」
「……ぐっ……!」
再び異変に乗っ取られたセスカが光の消えた瞳で俺を捉えたかと思うと、凄まじい速度で細剣を突き出した。
咄嗟に反応できなかった俺の肩に深々と突き刺さった刀身が焔を纏い、俺の体を内側から焦がす。
「ヴァニさん!!」
「大丈夫だ……!」
想像を絶する熱さに耐えながら、俺はもう片方の手に持った剣の柄でセスカの腹部を殴った。
「あっ………………」
気絶したセスカを片手で支えながら、そっと地面に横たえる。
そして、刺さったままの細剣を抜く。
「大丈夫ですか!? 今治します!」
「ああ、悪いな」
ノエルの水魔法による治癒を受けながらセスカの顔を見ると、彼女の頬は濡れていた。
きっと残された僅かな理性で必死に戦ったのだろう。
「ありがとう、ノエル。俺はもう大丈夫だ。セスカにも念のため治癒魔法をかけてやってくれるか?」
「もちろんです」
そしてノエルがセスカに治癒魔法をかけている間、俺はさっきの彼女の様子を思い返していた。
「まさか、な……」
俺にはノエルのように魔力が視える眼はない。
そして自分が賢いと己惚れるつもりもない。
だが、あの時確かに、ハッキリと。
何かセスカの周りを中心に悪意のようなものを感じていた。
仮に迷宮に意思があるとして、そこまで強いものなのだろうか。
あるいは、もしこれが第三者の仕業なのだとしたら。
俺はそいつを絶対に許さない。




