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不死刑—世界を救えば死ねるらしい—  作者: 茄子田わさび
第二章:万魔のラビリンス
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第37話:飛ばされた先

《Sideノエル》


「ん…………」


 顔に当たる水滴で、私は目を覚ました。

 ここはどこだろう……どうやら、気絶してしまっていたみたい。

 

 身体を起こして辺りを見渡してみるが、薄暗くてよく見えない。


「≪光球(ポルタ)≫」


 小さな声で詠唱すると、私の頭上に小さな光の球が現れて光源になってくれる。

 これは生活魔法の一種で、こういう種類の魔法なら、まだ私が魔法士として駆けだしだった頃から使えていた。


「地下水路……?」


 ようやく目が慣れてきて見えたのは、口に出したそのままの景色。

 ぽた、ぽたと天井から滴が下に落ちて、その音が反響して聞こえてくる。

 足元は水浸しになっていて、着ていたローブがすっかり濡れてしまっていたのが嫌だった私は、乾燥魔法で服を乾かしながらとりあえず足を動かす。


 どうやってここに来たんだろう。

 私は少し前のことを思い出す。

 

 ──そう、たしか第三層のお城の玉座の間で転移の罠が発動して、それに巻き込まれたんだ。


 でも、どうして隣にいたセスカさんや慌てて駆け寄ってきてくれたヴァニさんが近くにいないんだろうか。


「まさか、はぐれちゃったのかな」


 そうとしか考えられない。

 一番こわいのは、全員がバラバラに飛ばされたという可能性。


 そして残念だけどその可能性が今、一番有力だ。


「……とにかく探さないと」


 二人のことが心配だ。

 私は運よく周りに何もいない場所に飛ばされたから良かったけど、もしも魔物が沢山いる場所に飛ばされていたら……考えただけでぞっとする。


 ぱちゃ、ぱちゃと水路を歩く音が辺りに響く。


 ここは凄く不気味な場所だ。

 薄暗いし、足場は悪いし、何よりも湿っていてかび臭い。

 通路が狭いから、もし前後から魔物が現れて挟まれてしまったら、私なんてひとたまりもない。


「っ……」


 ううん。弱気になっちゃダメ、ノエル。 

 いくらバラバラに転送されたからって、みんな同じ階層には居るはずなんだ。

 ここが第何層なのかは分からないけれど……私は希望だけは捨てない。


 時折、どこからともなく冷たい風が吹いてきて身体をぶるりと震わせる。

 水に濡れた靴が重たい。


『オオオォォォォォォォ…………』

「ひっ」

 

 分かってる。分かってはいるんだ。

 ただ壁にぶつかって反響した風の音だっていうことは。


 だけど、どうしても低い男の人の唸り声のように聞こえて、一瞬身構えてしまう。


 凄く心細い。

 早くヴァニさんたちに会いたい。


「ヴァニさん……」


 その名前を呟くだけで、不思議なことに勇気が湧いてくる。

 まだ、頑張れる。


 それから不気味な水路を歩き続けることしばらく。

 

 何も変わり映えしない風景が続いていたから、ううん──続いていたおかげで、私の視界にある違和感が映った。


「あれは……?」

 

 通路の端、壁にもたれかかるようにして、何かがいる。

 もう少し近づいてみると、それが人だということに気付いた。


 大変だ。


「大丈夫ですかっ!?」


 私は急いでその人に近寄る。

 返事はない。


 そして目前まで行ってみて、理解した。

 その人は既に死んでいた。

 

 顔は何かに溶かされたように白骨化していて、手には何かを持っている。


「……ごめんなさい」


 もう亡くなっているとはいえ、私は持ち主に謝罪の断りを入れて拾い上げる。

 それは一冊の小さな日記帳だった。

 

 光球の明かりを頼りに中身を開いてぺらぺらとめくると、私はそこに書かれていた壮絶な内容に息を呑む。


 内容は、この迷宮で遭難してから彼がここで息絶えるまでの間を(つづ)ったもの。

 

 彼はどうやら、この迷宮で起こった異変の調査に送り出された冒険者らしかった。

 つまり私たちと同じだ。

  

 最初は順調だったものの、徐々に身の回りで起き始めた異変に気付いたときには、もう引き返せないところまで来てしまっていた。

 帰ることはできず、かといって助けを期待することもできないため、奥に進むしかなかったらしい。


 そしてここまでたどり着いた、ということ。

 それと、どうやらここが第三十七層だということがわかった。


「でも、これって……」

 

 彼の心情は察して余りある。

 助けてあげられなかった自分が悔しいとも思う。


 けれど、私の意識は日記帳の最後に乱雑に書きなぐられた二ページに釘付けだった。


 そこに書かれた内容はこうだ。



『やつらがくる、とりこまれる、くわれる、たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて』

  


 よほど切羽つまっていたのか、それとも逃げながら必死に書いていたのか。

 その異常な筆跡からは、何とかして生き延びたい、それが無理でも自分がここで生きていた証を遺したいという強い意志を感じる。


 やつら、というのは誰のことなのだろうか。

 とりこまれる、とはどういうことなのだろうか。


 分かることはたったひとつだけ。


 ここには、危険な何かがいる(・・・・・・・・)ということ。


「……ねえ、あなたは一体……何を見たんですか」


 もう答えることはできない冒険者の亡骸に向かって、私は思わず尋ねる。

 そしてしゃがみこみ、その顔をよく見てみると、まだ皮膚が残っている部分と骨になっている部分の境目に何かが付いているのが分かる。


 そっと手を伸ばして指ですくってみると、ピリピリとした感触がした。


「…………安らかに眠ってください」


 私は立ち上がり、遺体に向かって黙とうを捧げる。

 これが、私にできるせめてもの弔いだ。


 それに、彼の犠牲は決して無駄じゃない。


 だって、私たちが迷宮に入って初めての冒険者の痕跡だ。

 異変の解決に、大きく一歩前進したことは間違いないだろう。


 早くヴァニさんたちに合流してこのことを伝えないと。


 そのためにも、絶対に生き残らなくちゃいけない。


 決意して一歩を踏み出した私の耳に、不思議な音が聞こえた。


 ──ぺたん、くちゃっ


「……?」


 振り返ってみるけれど、そこには何もいない。


 ──ずる、ずる


 だけど、音は聞こえる。


 ──ずちゅっ、くちゅり


 粘着質で、湿った音だ。


「だ、誰かいるんですか?」


 声を上げてみても、答えは返ってこない。

 代わりに先ほどからずっとしている異音と、水滴の音が聞こえるだけだ。


 そして、私は気付いてしまった。

 その音が一つだけじゃないことに。


 何個も重なるように、色んなところから粘ついた水音が聞こえる。


「…………っ! ≪瞬閃(カンディラ)≫!」


 私は意を決して魔法を詠唱する。


 激しい閃光が一瞬辺りを照らし、そして私の目に飛び込んできたのは──




 ────通路を埋め尽くすように(うごめ)く、大量のスライムだった。

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